25 恋人らしく…ってどうすれば
やっとイクスに気持ちを伝えることができた。
初めての両想いに、幸せな気持ちでいっぱいだ。
これからはフリじゃない本当の恋人として、イクスと……。
そんな幸せな毎日が始まると思っていたのだが、現実はなかなか難しい。
なぜなら、恥ずかしくてイクスの顔が見れない問題に直面してしまったからだ。
え……なんで……?
こんな状態になるのは、片想い限定じゃないのか。
両思いになったら、もう普通に手をつないだり抱きついたりできるようになるんだと思ってた。
もうキスまでしてるのに、顔も見れないとか……。
頭ではもっと恋人らしく色々したい……という期待があるのだが、実際に行動に移せない。
私が恋愛慣れしてないから?
ここにきて、恋愛初心者の壁が……。
ああ……。今この時ほど少女漫画を欲したことはないわ。
どうすればいいのかさっぱりわからない。
そんな不自然な私に真っ先に気づいたメイが、見兼ねてこんな提案をしてくれた。
「一緒に甘いものでも食べてみるのはどうですか?
リディア様もリラックスできるでしょうし、デートしてる気分になりますよ」
「おお……。それはいいかも。
私も甘いものがあれば、緊張がなくなる気がする!」
「じゃあ早速準備をしましょう!」
メイが美味しそうなケーキや紅茶を用意してくれる。
イクスがいつ来るのかわからないので、それまで紅茶を飲んで待っていよう……と思ったタイミングで、イクスがやって来た。
さすがイケメンヒーローはタイミングもばっちりなのね!!
イクスが来て嬉しいけれど、実際その姿を見るとやっぱりまだ緊張してしまう。
すぐに顔を見ることができなくて、私はケーキを凝視してしまっていた。
ダメダメ!! 今日はデート気分で楽しむんだから!!
すると、イクスが話しかけてきた。
ジェイクが自分のことをジェイミーと言ったという話で盛り上がり、私も久々に大笑いしてしまった。
一気に緊張が解けて、イクスの顔も見れるように……って遠!!!
えっ!? イクス遠くない!?
なんでそんな離れた場所に立ってるの!?
気づけば、イクスは普段立っている窓際よりも遠い、壁際の方に立っている。
あんなに離れてたら全然デート感ないんですけど!
だからといって、近くに来てって言うのも恥ずかしいし……。
どうしていいかわからず、とりあえず目の前にあったケーキを一口食べる。
すると、甘い生クリームが口に広がり一気に幸せな気分になった。
美味しい!! これ、何個でもいけちゃいそう。
イクスも好きかな……?
これ食べてみてって呼べば、来てくれるかな?
「イクスも食べてみて」
そう言うと、イクスは一瞬迷った素振りをしたが、こちらに近づいてきてくれた。
私が差し出したケーキを、パクッと食べる。
うわ! やってから気づいたけど、これってあーんってやつだよね!?
素直に食べてくれたイクス、可愛すぎる!!
至近距離で一瞬目が合い、その整った顔に鼓動が激しく揺さぶられる。
また緊張してしまいそうになったので、誤魔化すように感想を聞いてみた。
「ね? 美味しいでしょ?」
「…………っ。お、おいしい……です……」
なぜか苦しそうに答えるイクス。
えええ!? なにその反応!?
美味しくないの? どっちなの!?
よくわからない反応をしたイクスは、なぜかすすす……と私から離れ、また先程の位置まで戻ろうとしている。
顔は私からそらされていて、腕はなにやら力がこもっているのかプルプルと震えている。
ええ……なにこの状況……。
デートどころか、いつもより距離があいてる気がするんだけど……!
イクスの謎すぎる行動に戸惑っていると、廊下の方からザワザワした声が聞こえてきた。
メイの声と、男性の声だ。
その声がだんだん大きくなってるので、声の主がこの部屋に近づいてきているのだとわかる。
というかこの声って……。
「お約束もないのに困ります」
「大丈夫!大丈夫!」
「せめてあちらのお部屋でお待ちください」
「今すぐに会いたいんだよ」
部屋に近づくにつれて、何を話しているのかまで聞こえるようになってきた。
最悪だ。
イクスがスタスタと扉に向かって歩き出し、ガチャ!と強めに扉を開けて廊下に出た。
出たといっても右足だけを廊下に出して、身体はほぼこの部屋の中に残している状態である。
「なにか御用ですか? サイロン様」
イクスの低く冷めたような声が聞こえる。
やっぱりサイロンかーーーー!!
男にはクズ、女にはキザ、小説の中ではリディアの婚約者だったサイロン。
ルイード皇子が戻り、他の貴族男性が来なくなったと同時にサイロンも現れなくなっていた。
……はずなのに、いきなり来たと思ったらまたアポなし訪問か!
「なんだ、またお前か! そこ、リディア様の部屋なのか?
なんでお前がその部屋に入っているんだ!」
「はい? リディア様の護衛騎士なのだから当然でしょう。
この部屋には毎日入っていますがなにか?」
「なんだと!」
イクスとサイロンが言い争っているのが聞こえてくる。
毎日……という部分をやけに強調していた気がするのは気のせいだろうか。
「今すぐに出ろ!! 俺が部屋に入るから、出て行け!」
「何をおっしゃっているのかわかりませんね。
護衛騎士として、あなたをこの部屋に入れるわけには行きません」
「俺はダーグリヴィア侯爵家の者だぞ!
護衛騎士など必要ない!
由緒ある家系なのだから心配もいらないだろう。どけ!」
「家系には問題ありませんが、ご本人に問題があるため無理です」
「なに!? お前……誰に向かって……」
あのサイロンがイクスやメイに促されて言うこと聞くわけないよね。
このままじゃ埒があかないわ。
私は静かに立ち上がり、イクスの後ろをすり抜けて廊下に出た。
サイロンと顔を合わせると、彼は今まで叫んでいた男と同一人物だとは思えないほどに紳士のような態度に切り替わった。
「おお……俺の女神、リディア様」
誰がお前の女神じゃい。
「どれだけ時が経とうとも、あなたの美しさは変わることなく輝き続け……」
「お久しぶりですね。サイロン様」
長くなりそうなサイロンの挨拶を笑顔でぶった斬る。
話を中断されたというのに、サイロンには全く不快そうな様子はない。
シルバーの瞳をキラキラと輝かせながら私を見つめている。
「こちらへどうぞ」
そう言って私の部屋から1番近い場所にある応接室へ案内すると、サイロンは文句も言わずに笑顔でついてきた。
私と2人きりになりたいと言うサイロンを無視して、イクスとメイと4人で応接室の中に入ってから私はサイロンに向かって言った。
「サイロン様。何度も申し上げておりますが、突然の訪問は困ります」
「すまない、我がレディよ。
会えることになった嬉しさから、ついそのまま家を飛び出してきてしまったのだよ」
「会えることになった……?」
「それが俺にもよくわからないのだが、ある日突然リディア様へ会うことを禁止されてしまったのだ。
君に会えない日々はまるで地獄のようだったよ。
理由を聞いても父は何も答えてくれないし、俺たち2人に訪れた試練なのだと耐えるしかなかった。
ところが、今朝になって急に禁止令が解かれたのでやってきたんだ。
やっぱり俺たちには引き裂けない絆がーー……」
サイロンはまるで悲劇のヒーローを演じているかのように話した。
顔は悲しみに酔いしれているし、左手は自分の胸に、右手は私に向かって伸ばしていて、ここは舞台の上か? と錯覚させられるほどだ。
この人、一応顔はイケメンだし……舞台俳優とかになれそうだわ。
それよりも……私に会うのが禁止されていたというのは、例の権力の力ってやつかしら。
ルイード皇子……よね。
それが解除されたということは、皇子も正式な婚約解消に向けて動き出したのかな……。
皇子のことを考えると、また少し胸が痛んだ。
「ーー……なのでこれはもう運命としか言えないと思う。
眩しすぎる俺の光よ。これからもずっとそばにいて欲しい」
気づけばサイロンが私の目の前で片膝をつき、私の手を握っていた。
はっ!!! しまった!!
サイロンの話はすぐに耳を素通りしてしまうから、全然聞いてなかったわ!
てゆーかいつの間に手を!! 離せバカ!!
掴まれている手を引こうとしたが、ガッチリ握られていてビクともしない。
ぎゃーーーー離してくれないんですけど!!
こわい!! やだ!!
同じくサイロンの話に放心していたらしいイクスが、慌てて私の手を引いてくれた。
「やめてください」
「お前は……本当にいつもいつも邪魔をして……。
もしかして、まだリディア様と恋人同士だとウソをつく気か?」
「ウソではありません」
「お前が選ばれるはずがないだろう。
お前が俺に勝っている部分なんて一つもないんだからな」
サイロンはイクスが来るとすぐに立ち上がり、腕を組んで偉そうな態度で話し出した。
イクスのことを見下しているのがよくわかる。
イクスがサイロンに勝っている部分がないですって?
サイロンの勘違いもここまでくると相当ね。
私は、サイロンと睨み合っているイクスの身体にピトッと抱きついた。
サイロンは目を丸くして私を凝視し、イクスは硬直したのがわかった。
「お言葉ですがサイロン様、私にとって彼以上の男性はおりません」
「!」
「なっ……何を言って……背は俺の方が高いんですよ?」
「そうですね。でも、イクスも十分高いですし。
高ければ高いほどいいものではないですから」
「い、家柄だって俺の方がいいぞ」
「そうですね。ですが私は家柄よりも人柄のが大事ですから」
サイロンの後ろ……壁際にひっそりと立っているメイが、顔を下に向けて震え出したのが目に入った。
あれは絶対に笑いをこらえているに違いない。
「か……顔だって俺の方がカッコいいではないですか!」
「そうですか? 好みの問題かもしれませんが、私はイクスの方がカッコいいと思いますよ」
「そっ……そんな……」
サイロンはわざとらしいくらい大袈裟に、膝から崩れ落ちた。
彼のプライドをかなり傷つけてしまったらしい。
でも全部本音なのだから仕方ないだろう。
……と思っていたら、なぜかイクスまでもが膝から崩れ落ちて床に手をついている。
えええ!? イクスまで!? なんで!?
ショックで頭が真っ白になっているサイロンと、床に四つん這いになりながら震えているイクス。
なんだこの光景。
なんだこのイケメンの地獄絵図。
というかどうしたイクス!
「今幸せを噛みしめていると思うので、放っておいてあげてください」
いつの間にか私の後ろに来ていたメイが、私の肩をポン……と優しく叩きながらそう言った。




