23 もう一度……
「抱きしめてもいいですか……?」
イクスの深い緑の瞳が真っ直ぐに私を見つめている。
私は一瞬なにを言われているのか理解できなかった。
抱きしめ……?
抱キシメテイイデスカ……?
あれ……?
なんだかこんなやり取りを前にもイクスとした気がする……。
あれは確か……私がリディアに転生した日……イクスが聞いてきたんだわ。
「抱きしめなくてよろしいのですか?」って。
あの頃は、イクスはリディアに逆セクハラされてて、イヤイヤの状態で……。
申し訳なくて、断ったのよね。
でも今は、その頃とは状況が変わってて……。
イクスは私のことを好きだと言ってくれてて、私もイクスが好きで……?
だから抱きしめられるのにも問題はない……? んん?
頭の中がぐるぐるしている。
病み上がりだから、うまく頭が働いていないらしい。
「……ダメですか……?」
「えっ……ダ、ダメじゃない!」
私がなかなか返事をしないので、不安になったのだろうか。
落ち込んでいるような声で確認されて、思わずOKを出してしまった。
ホッとしたように微笑むイクスを見て、心臓が大きく跳ねる。
そんな顔で笑うなんてずるい……。
ダメなんて言えるはずないじゃない。
……言うつもりないけど。
イクスは椅子からゆっくり立ち上がると、私のベッドに移動してきた。
私が座っているすぐそばに腰をおろし、腕を背中に回され優しく抱き寄せられる。
背中に感じるイクスの手の温もりがくすぐったい。
自分の顔をイクスの肩に押しつけると、今まで知らなかった彼の匂いが一気に充満してクラクラしてくる。
ドッドッドッと激しく聞こえてくる心音は、どっちの音なんだろう……。
ふと、身体の部分はそんなに密着していないことに気づいた。
2人の間には、私がかけていた毛布が挟まっている。
どうやら毛布ごと抱きしめられてしまったらしい。
私もイクスの背中に腕を回したいのに、毛布と一緒に私の腕も包まれてしまっているのでできない。
せっかくイクスに抱きしめてもらっているのに……間にある毛布が邪魔に感じる。
「イクス……毛布、取りたい……」
「…………いえ。今のリディア様は薄着なので、これがないと俺が困ります」
「……!」
素直に思っていることを伝えてみたのだが、イクスからの正直すぎる答えになにも言えなくなってしまった。
そういえば私、寝巻き姿だった……!!
しかもここはベッドの上だし、確かにこのままの方がいいかも。
「……体調はどうですか?」
「……もう大丈夫」
「いきなり高熱を出されたので、心配しましたよ」
「ごめん……。心配してくれてありがとう」
抱きしめられたまま話しているなんて、なんだかくすぐったくて変な感じだ。
緊張しすぎて落ち着かないと思っていたけど、不思議と安心感に包まれていて全然苦じゃない。
「体調……大丈夫ってウソですよね?
これ、絶対熱あると思うんですけど。……あついです」
「本当にないよ。
身体が熱いのは……イクスにくっついてるからドキドキして上がっちゃっただけだと思う」
「…………っ」
突然ぎゅっと抱きしめる力が強くなった。
なぜかイクスが少し震えている気がする。
「イクス……?」
「……ほんと……この状態でそういう可愛いこと言うのやめてください……」
「?」
どうやらイクスは照れているようで、その声には少し焦りが混じっている。
男らしく積極的かと思えば、些細なことで照れたり……イクスって不思議だ。
でも……かわいい。好き……。
背中に回せない手で、イクスの胸元の服をぎゅっとつかんだ。
「……イクス、好き……」
「…………え?」
「…………」
「…………」
しばらく無言になったと思ったら、突然イクスが身体を離して私の顔をマジマジと見てきた。
両手は私の肩……というより腕をがっしりと掴んでいる。
放心状態らしく、イクスの顔は赤くなってもいないし照れた様子もない。
「も、もう一度言ってください……」
「……イクスが好き」
まるで聞こえていなかったかのようにお願いしてきたので、仕方なくもう一度言ってみる。
「……もう一度」
「……好き……」
「もう一度……」
「……何回言わせるの?」
何度も繰り返し聞いてくるので、さすがに限界だ。
絶対に熱が上がった気がする。
身体中がカッカしていてすごく熱い。
イクスは私の腕を掴んでいた手をそのまま背中にすべらせて、さっきよりも密着させるように抱きしめてきた。
顔も身体も包まれるように抱きしめられていた時とは違う。
私の頬とイクスの頬が触れ合っている。
イクスの唇が私の首筋に当たっている……気がする。
鼓動が速すぎて息が苦しい。
身体が硬直してしまって、どうしていいのか何を言えばいいのかわからない。
「…………くて……そう」
「え?」
イクスがなにやらボソッと喋ったが、小さすぎて聞こえなかった。
なに?
なんて言ったの?
「……嬉しすぎて死にそう。なんだこれ……」
「…………」
嬉しすぎて死にそう……?
え? 今のイクスのセリフ?
……え? か、可愛すぎるんですけど……。
私の背中にまわされた腕が、だんだんと緩くなっていく。
密着していた身体が少しずつ離れて、自然とお互いが見つめ合った。
赤く染まっているイクスの頬が、可愛いのにどこか色っぽくて胸を軽く締めつけてくる。
コツン……と、イクスがおでことおでこをくっつけてきた。
あまりの近さに、肩に力が入ってしまう。
「ごめん……。もう一度だけ……言って欲しい」
めずらしく甘えてくるイクスに、愛しさが込み上げてきて苦しすぎる。
なんなのもう!!!
可愛すぎるんですけど! もう無理!
「イクスが好き……大好き」
「俺も……」
好き……という言葉が続くと思っていたが、そこで途切れてしまった。
くっついていたおでこからイクスの顔が動いたのを感じた瞬間、唇が重ねられた。
一瞬のことで、目を瞑ってもいない。
唇はすぐに離され、至近距離で優しい瞳に見つめられる。
「……好きです」
「……っ」
何度も言われているのに、胸をぎゅーっと締めつけられる感覚はなくならない。
一体いつになったら慣れるんだろう……。
イクスに好きだと言われるたびに、胸がときめきすぎて苦しい。やばい。
何度も言って欲しいけど、心臓が持たないからあまり不意打ちはやめて欲しい……。
イクスの手が私の頭を撫でている。
その手が耳のあたりで止まり、そっと親指で頬に触れられた。
「キスしてもいいですか?」
「…………それ、今さらってやつ……」
さっき勝手にしたくせに、なぜ今度は聞いてくる?
イクスと見つめ合いながら、お互いふふっと笑ってしまった。
その笑顔を見るだけで、心が満たされていく。
今度はちゃんと目を閉じて彼の優しいキスを受け入れた。
コンコンコン。
「……メイです。失礼します」
声が聞こえてから、ワンテンポ遅れて扉が開く音がした。
メイが色々気を使ってくれているのがよくわかる。
「イクス卿……リディア様は……」
「ずっと寝てる」
「そう……ですか」
メイが少しガッカリしているのが、声でわかる。
私はベッドに横になり、先程と同じく寝たフリをしているので、メイが今どんな顔をしているのかは見れない。
せっかく気を利かせてくれたメイには申し訳ないが、今は恥ずかしくてなにも話せそうにない。
布団に顔をうずめて、赤くなっているのを気づかれないようにしている。
ごめん! メイ!
もう少し……私の気持ちが落ち着くまで待って!
とりあえずずっと寝ていたことにして欲しいと、イクスにお願いしていた。
演技力に不安はあったが、なんとか信じてもらえたようだ。
カタン……とイクスが椅子から立ち上がる音がする。
メイが戻ってきたので、部屋から出ていくのだろう。
行かないで欲しい……。
さっきまでずっとくっついていたのに、もう寂しくなってしまう。
くっついていたからこそ、余計に……なのかな。
イクスは歩き出す前に、一瞬だけ私の手に触れていった。
部屋はすでに薄暗くなっているので、メイには気づかれていない。
ほんの少し触られただけなのに、その感触がずっと残っている。
幸せな気持ちに満たされながら、寝たフリを続けた。




