2 何故今さらこの男が登場するのですか
今……イクスさん、なんて言いました?
「こ、恋人……? になる? 誰と誰が‥‥?」
「俺とリディア様です」
イクスはすごく真面目な顔をしているので、冗談ではなさそうだ。
……頭がついていかない。
イクスを見つめるだけで言葉が何も出てこない。
恋人……? 私とイクスが……?
「…………」
「……恋人ができないと、ルイード様と結婚なんですよね?」
「う、うん」
黙ってしまった私を見兼ねて、イクスが会話を続けてくれる。
「でもリディア様は王宮には嫁ぎたくないから、なんとしてでも半年以内に恋人を作らないといけない……そうですよね?」
「そ、そうです」
「それで、その恋人候補はいるんですか?」
「恋人候補……」
頭の中をフル回転させているが、そんな人物など出てくるわけがない。
この異世界に来てから学校にも舞踏会にも行っていない私は、恋人候補はおろか友達だっていないのだ。
すごく身近にいい男はいるが、エリックとカイザはリディアの実の兄だからダメだし。
執事のアースはもうおじいちゃんだし。
「……いませんよね? だから俺でいいじゃないですか。
フリですよ。恋人のフリ」
「恋人のフリ……」
チラッ
目の前にいるイクスを改めて見てみる。
文句のない端正な顔立ち、焦茶色の短い髪は少しツンツンに立っていて、現世でいうと爽やかスポーツ少年のようだ。
……いや。基本的に真顔が多いから、爽やかっていうよりかはクールスポーツ少年って言った方が正しいかしら。
どちらにしろ、学校にいたらめちゃくちゃモテるタイプ!!
そんな人と、たとえフリでも恋人ごっこなんて無理!!!
ドキドキしすぎて痙攣しながら倒れるわ!!
「…………」
「嫌なんですか?」
イクスがどんどん顔を近づけてくるので、私はお尻を引きずりながら少しずつ離れる。
その時、頭に赤い瞳の人物が浮かんだ。
「あっ!! ジェイクがい……」
「却下です。あいつだけは絶対にダメです」
……即座に却下されてしまったわ。
「……そんなに俺は嫌ですか?」
イクスがめずらしく少し落ち込んでしまった。
いつもマイペースで堂々としているのに、今はズーーンと暗いオーラが漂っている。
うっ! そうよね。これじゃイクスを拒否しているみたいだわ。
ただ私が恥ずかしいだけなのに……ちゃんと理由を言わないと可哀想よね。
でもなんて言えばいいの!?
イクスとだとドキドキしちゃって無理! なんて、そんな可愛いセリフ言えーーーーん!!!
「あ、あのイクス……」
「リディア様ーー」
イクスに声をかけようとした時、私の専属メイドのメイが私を呼びに来た。
なにやら急いで来たらしく、ゼェゼェと息が乱れている。
「メイ。どうしたの?」
「はぁはぁ……お、お客様です。
エリック様が、リディア様もすぐ来るようにとおっしゃってました」
「お客様?」
「ダーグリヴィア侯爵様と、その御子息のサイロン様です」
サイロン……? ってまさか……小説の中でリディアの婚約者だったあのサイロン!?
なんで!? なんで今更サイロンが登場するのよ!?
一気に頭が真っ白になる。
と、とにかくダーグリヴィア侯爵に挨拶をしないといけないらしいから、行かないと……!
私はすぐに立ち上がり、急ぎ足で屋敷へ戻った。
あーーイクスとの話も途中だし、サイロンにも会うことになっちゃったし、どうすればいいの。
自分の部屋に一度戻り、着替えてから応接室へと向かった。
後ろには先程から黙ったままの護衛騎士がついて来てくれている。
イクスへのフォローもしたいところだけど、今はサイロンが先だわ!
だって、サイロンが小説通りの人物であれば面倒くさい事になる可能性が高いもの!!
コンコンコン
「入れ」
中からエリックの声がして、イクスが扉を開けてくれた。
テーブルを囲み座っている3人の男性が、部屋へと入って行く私に注目している。
1人は王子様のような金髪の青年、私の兄であるエリック。
その向かい側に座っている小柄なおじさまがダーグリヴィア侯爵だろう。
という事は、その隣に座っているこの青年が……サイロンね。
サイロンはリディアの2つ年上だったから、今は18歳。イクスと同じね。
さすが元々主人公を溺愛する主要メンバーだったサイロンは、イクスやエリックと並んでも違和感ないくらいには整った顔をしている。
座っているので正確にはわからないが、手足がすごく長いので身長も高そうだ。
ネイビーブルーの髪は前髪も襟足も少し長めで、まるでホストを彷彿とさせる。
そんなサイロンのシルバーの瞳は、真っ直ぐに私を見つめたまま動かない。
「初めまして。リディア・コーディアスでございます」
ドレスのスカートを持ち軽く会釈をしながら挨拶をすると、ダーグリヴィア侯爵がにこやかに挨拶を返してくれた。
「これはこれは……噂には聞いていたが、本当に美しいお嬢さんだ。
なぁ、サイロン?」
「…………」
父親に声をかけられているというのに、サイロンは一切反応しない。
無視しているというよりは聞こえていない……と言った方が正しいだろうか。
と、言うか…………めっちゃ見られてる!!!
めちゃくちゃ見られてるんですけど!!
え!? そんな見ます!?
見るにしても、もう少し目線を外しながらチラチラ見たりしない?
顔や体の向きが完全に私の方に向いてるし、思わず私の方が目をそらしてしまうほど凝視されていますけど!
あああ。何故か後ろにいる護衛騎士から変なオーラが出ている気がします。
背筋がゾッとするのは気のせいでしょうか……。
「サイロン……?」
もう一度父親であるダーグリヴィア侯爵が声をかけると、サイロンはハッとして急に立ち上がった。
そして私の目の前まで来て、片膝をついてこちらを見上げた。
「なんて美しい人なんだ。こんなに綺麗な人は見た事がない。
君は空から舞い降りた天使……?
君のあまりの美しさに、俺の心は危うく空へと連れて行かれるところだったよ」
ぎゃーーーーーーーー!!! でた!!!
小説のまんまだわ!! サイロンの寒すぎるキザセリフ!!
一気に全身鳥肌モノだわ!!!
ほら! 周りをよく見て!
エリックなんて今までにないほどの冷めきった顔をしているし、イクスなんて白目をむいちゃってるわ!!
もちろんそんな周りの空気に気づくはずもなく、サイロンはスッと私の左手をとるとその甲にキスをした。
ぎゃああーーーー!! 何してんのよあんたぁぁーーーー!!
鳥肌を通り越し、もう硬直状態だ。
小説を読んでいた時からこのキザなサイロンは生理的に合わなかったのよね!
サラはサイロンから好かれていたはずなのに、サイロンとのエンドは全く考えてなさそうだった。
きっといくらイケメン好きのサラでも、サイロンのキザっぷりは無理だったんだわ。
あああ。もしかしたら小説とは違うキャラになってるかもとか期待したけど、やっぱりそのままだったか!
というかいい加減手を離してくれ!
「ご、ご丁寧にどうも……。
あの、そろそろ手を離してくださいますか?」
「ごめんよ。君の願いなら全て叶えてあげたいのだが、困ったことに俺の右手がどうしても君の左手と離れたくないと言っているんだ。
恋でもしてしまったのかな?」
サイロンが上目遣いでウインクしながら言った。
ぎゃああああーーーー!! ぞわぞわする!!
なんかさっきより強く握られてるし! 嫌!!
その時、私とサイロンの間にイクスがスッと入ってきた。
イクスはサイロンに握られている私の左手首をそっと掴み、少し威圧感のある低い声で言った。
「失礼します。リディア様が困っているので、手を離していただけますか」
イクスにそう言われ、サイロンは私の手を離して立ち上がった。
ほっ……。やっと離してくれたわ。
イクスありがとう…………ってヤッバ!!!
イクスとサイロンがめちゃくちゃ睨み合ってるんですけど!?
やっぱり思った通り、面倒くさいことになったわ!!




