19 恋のフィルター起動したら色々やばいです
ピクニックに行った日から数日。
私は見事に挙動不審女と化している。
「あっ! リディア様見つけた!
もぉーー探しましたよ」
「メ、メイ……」
「今日は食料庫ですか?
最近いつの間にかいなくなっては普段行かない場所に隠れてますが……何かあったのですか?」
「別に……なんでもないわ」
「イクス卿なんて、庭にある建物全て探しに行ってますよ」
うっ……。
イクスの名前を聞くだけで、胸がざわついて顔がこわばってしまう。
大切で元々大好きなイクスのことを、恋という意味で好きだと気づいてから……どうにも彼と顔を合わせられなくなってしまった。
イクスと同じ空間にいるのが耐えられなくて、つい毎日こうして彼から逃げては隠れているのだ。
「さぁ、お部屋へ戻りましょう。
イクス卿にも見つかったと知らせに行かなきゃ……」
そう言いながら、座っている私に手を差し出してくる。
私はその手を取らず、懇願するようにメイを見つめてお願いをした。
「イ、イクスは呼ばないで……」
かなり弱々しい声になってしまったので、きっと顔も情けなくなっていると思う。
そんな私の様子を見て、メイは少し困ったような顔をすると、急に顔を近づけてきた。
「……リディア様。私、ずっっっっっと我慢していたのですが、言わせてもらってもよろしいでしょうか?」
「な……なに……?」
「リディア様。…………イクス卿のこと、好きですね?」
「えっ!?」
いきなりの爆弾発言に、素直に反応してしまう。
メイはふぅ……と小さなため息をつくと、私の隣に「失礼します」と言ってちょこんと座った。
「ど、どうしてわかったの!?」
「……リディア様の態度、かなりあからさまでしたよ。
お部屋からいなくなるのも、いつもイクス卿が訓練場から戻ってくる時間ですし……」
ええええ。あ……あからさま!?
そんなにわかりやすかった!?
最近の自分の不自然な動きの理由を知られていたとわかり、とてつもなく恥ずかしい。
はっ!!!
そんなにわかりやすかったなら、もしかして本人にも!?
「……もしかして、イクス本人も気づいてる!?」
「いえ。それはないですね。
……むしろ嫌われてると思って落ち込んでいます……」
「え?」
最後の言葉だけやけに小さい声で喋るので、何を言っているのか聞こえなかった。
メイは遠い目をしながら「なんでもないです」と言った。
でも本人にはバレていないとわかって、心の底から安心したわ……。
最近あまり顔を合わせてないからかも。
やっぱりバレないようにこのまま避け続けて……。
「どうして避けるのですか?
両想いなんですから、正直にお気持ちを伝えた方がよろしいのでは?」
メイはごく自然に、当たり前のことを言うかのように質問してきた。
いやいやいやいや。ちょっと待って!?
なんかしれっと言ってくれちゃってますけどね!?
あなた今、『両想い』とか言いました!?
「ななななんで両想いだって……」
「あ。イクス卿の気持ちですか?
本人からは何も聞いていませんが、ずっと前から知ってますよ」
あんた何者!? 探偵!?
メイドは見た! 的な素人探偵なの!?
前からメイのことはすごく優秀だと思っていたけど、ここまで色々把握しているなんて……。
すごいと尊敬する気持ちもありつつ、どこまで知られているのか恐ろしくもある。
「それで、なぜ本人に伝えてあげ……伝えないのですか?」
「それは……」
頭の中には、悲しそうに笑うルイード皇子の顔が浮かんでいる。
この前、私に自分の気持ちを話してくれた皇子。
返事はまだしないで欲しいと言われたが、そこが曖昧なままイクスに伝えることはできない。
「……今はまだ、伝えるべきじゃないかなって」
「……そうですか。まぁルイード様のことをハッキリさせてから、というのもわかります」
「そうなのよね。まずはそこを……って、えええ!?
ちょっ……ほんとに……なんで……!?」
「見ていればなんとなくわかります」
そうなの!? そんな事なくない!?
あれ……小説で、リディアのメイドが超能力者とかいう設定はないわよね……?
これが噂の『女の勘』ってやつなのかな。
すごすぎる……。
「とりあえず、みんな心配しているので一度お部屋に戻りましょう」
「うん……」
今度こそメイと一緒に立ち上がり、隠れていた食料庫を出て自分の部屋へと向かう。
メイに色々バレていて恥ずかしい……と思っていたはずなのに、なぜか心が軽くなっていることに気づいた。
そういえば、私の気持ちを誰かに知ってもらうのもそんな話をするのも初めてだわ。
少し恥ずかしくもあるけど、なんだかスッキリしたかも……。
これならイクスに会っても普通でいれそう…………って!!!
へ……部屋の前に立ってるのはまさかのイクスさんではないですか!?
ああっ! 気づかれた!
部屋に向かっている私たちに気づいたイクスが、スタスタとこちらへ歩いてくる。
私を探していたからか、汗をかいているイクスの姿に罪悪感が湧く。
こんなに汗をかくほど探してくれたなんて、申し訳ない…………って思うのに!
ダメだ!!
それ以上にそんな姿がカッコ良すぎて胸がときめいてしまう!!
罪悪感よりもそっちのが強い!
ごめんイクス!
恋をすると相手がさらにカッコ良く見えるとか、キラキラして見えるとかいうけど、まさにそんな状態だ。
元々イクスは容姿端麗すぎる最強イケメンなのに、そこに恋のフィルターかかったらもうヤバイ……ヤバすぎる!!
「リディア様……どこに行ってたんですか?」
「……食料庫にいました」
「食料庫!?」
私がメイの後ろに隠れてしまったので、代わりにメイが答えてくれる。
最近はずっとこんな風にイクスを避けてしまうのだ。
「……で、リディア様はなんでメイの後ろに隠れているのですか?」
少しだけ不機嫌そうな声でイクスが言った。
「か……隠れてなんかいないけど」
「え。それ本気で言ってますか?」
うっ……。そんな訳ないでしょ。
でもはっきりと「あなたを避けてる」なんて言えるか。
仕方ないので、掴まっていたメイの服を離してイクスの前に出る。
でもやっぱり顔を見ることができなくて、視線は部屋の扉の方に向けて、イクスのことは見ないままだ。
「…………メイ。少しだけ、リディア様と2人にしてくれるか?」
そんな私を見たイクスが、さっきよりも低い声で怒りの空気を漂わせながらメイに言った。
え!? 2人にしてくれ!?
無理!! 無理無理無理!!!
バッとメイを見ると、少し困った顔をしながらも訳あり顔で私に向かってコクンと頷いた。
私の心の叫びが通じたかな? と思ったが、メイはイクスに向き直ると笑顔で「いいですよ」と答えている。
ええーーーー!?
ちょっと! 全然良くないんですけど!?
ここはもう自分で断るしか……
「待って! 勝手に……」
そう言い始めるのとほぼ同時に、イクスに手首をつかまれて部屋まで引っ張られてしまった。
私が部屋に入るなり、前にいたイクスが後ろを振り向いてバタン! と扉を閉める。
そしてその体勢のまま動かなくなってしまった。
私の背中は扉にくっついていて、イクスの右手はドアノブ、左手は扉に押し当てている。
そんなイクスの両手にスッポリ囲まれている状態の私。
……ちょ、ちょっと待って。
こ、この体勢って、ももももしかして……かか壁ドン……というやつでは!?
ぎゃーーーーーー!!!
ウソ!! 近い近い近い!!!
すぐ目の前にイクスの胸元が!!
頭の上にはイクスの顔がすぐ近くにある気配がする!!
どどどどうしよう!! 顔上げられない!!
「……こっち見てください」
思った以上に近い距離からイクスの声が聞こえる。
ドッドッドッと激しくなっている心臓の音も聞こえてしまいそうな近さだ。
「…………無理」
「どうしてですか?
最近、俺のことをずっと避けてますよね」
バレてる!! ま、まぁそりゃそうか……。
「避けてなんか……」
「……じゃあ何で俺の顔見ないんですか」
こんな至近距離で見れるかバカ!
何も答えられずにいると、イクスの顔がさらに近づいてきたのがわかった。
左耳の近くに感じるイクスの息遣いに、鼓動がどんどん速くなる。
すると、先程までとは全然違う……悔しそうな声でイクスが囁いた。
「言いたいことがあるならはっきり言ってくれ。
嫌いとか他の男が好きとか、こっちは言われる覚悟できてんだよ。
……あなたに避けられるのはキツい。
だったら嫌いだと言われた方が諦めがつく」
いつも敬語のイクスが、初めて自分の本当の言葉で伝えてくる。
その声は歯を食いしばっているかのような、泣きそうな声だった。




