18 気づく気持ち
カイザと乗った船が船乗り場に到着すると、先程と変わらない位置にイクスとルイード皇子が立っていた。
もしかしてこの2人、ずっとここにいたのかしら……?
よく見ると2人ともどこか元気がなさそうに見える。
ルイード皇子は私たちが戻るなり笑顔を見せてくれたが、イクスの方は心ここに在らずといった様子で目を合わせることすらしない。
何かあったのか気になるが、カイザが降りるなりルイード皇子が船に乗り込んできた。
このまますぐに出発するらしい。
「一度船から降りて休憩する?」
ルイード皇子が私を気遣ってくれたが、特に疲れてもいなかったのですぐ出発することにした。
「気をつけて行けよ」
「いってきます」
カイザが声をかけてくれたが、イクスはまだ黙ったままだ。
私の方を見てもくれない。
なぜだかすごく寂しい……。
結局、船が動き出してもイクスはこちらを見てはくれなかった。
「……寂しい?」
「え?」
「いや……。そんな顔をしていたから」
「そ、そんな事ないです」
慌てて否定すると、皇子は「はははっ」と少し切なそうに笑った。
まるで皇子も寂しいと思っているかのような顔だ。
「湖なんて初めて来たよ。
実はオールを漕ぐのも初めてなんだが……カイザのを見て真似してみた」
「そうなのですか。でもとってもお上手です。
カイザお兄様より、断然乗りやすいですよ」
「それなら良かった」
ルイード皇子がやっと本当の笑顔で笑ってくれた気がする。
どこかホッとしているのが伝わってきて、とても可愛い。
皇子がゆっくりと漕いでくれるので、さっきよりも周りの景色をきちんと眺めることができた。
「ここの湖は本当にキレイですね。
透き通っていて、キラキラ光っているみたい……」
「俺から見ると、リディアの髪の毛も同じくらいキラキラしているから眩しいよ。
水にうつして見てごらん」
言われた通り船から少しだけ顔を出してみると、私の髪の毛が輝いてうつっているのが見えた。
「……本当だ。日に当たると、こんなにキラキラするんですね」
「リディアは自分が周りからどう見えてるのか、全然わかってなさそうだよね」
「それ、バカにしてます?」
「まさか!」
私が少し拗ねたように言うと、ルイード皇子は慌てて否定した。
初めて会った時に比べて、外見も中身もだいぶ大人っぽくなったけど……この焦った顔は相変わらず可愛いな。
いつ見ても癒される。
「あ……リディア、髪についてる花が取れそうだ」
ルイード皇子の手が、サイドに編み込まれている私の髪に伸びてきた。
取れかかった花を一度抜き取り、また丁寧にさしてくれる。
急に近くなった距離に、身体が硬直してしまった。
一瞬だけ合った目をそらし下を向くと、日傘を持っていた両手に触れられたのがわかった。
えっ
そのまま私の右手だけを持ち、ルイード皇子の両手でぎゅっと包まれる。
気づけば船は湖の真ん中で止まっていた。
「ル、ルイード様……?」
皇子は私の手を包んでいる両手に額を当てて、祈りを捧げるかのような体勢になっている。
顔は見えないが、手が少しだけ震えているのがわかった。
「頼む……。他の男のところへ行かないでくれ……」
「……え?」
かすれたような小さい声。
周りがこんなに静かでなかったなら、聞こえないほどの皇子の言葉……。
ゆっくりと顔を上げた皇子は、宝石のような瞳で真っ直ぐに私を見つめてきた。
あまりにも綺麗なその瞳から目が離せない。
「君が他に婚約者を探していると知った時、胸が苦しくて押しつぶされそうだった。
誰かに取られるかもしれないと考えるだけで、不安でたまらないんだ……」
ぎゅっと、握る手に力が入ったのがわかった。
「こんなに心を動かされるのも、生涯一緒にいたいと思うのもリディアだけだ。
俺と……結婚して欲しい」
「……!!」
皇子の瞳には不安そうな色が浮かんでいる。
握られた手から、さっきよりも震えているのが伝わってくる。
心ににじむように染み渡ってくるその言葉に、なぜか胸がしめつけられた。
なんで苦しいの……。
なんで泣きたくなるの……。
ルイード皇子が本気で気持ちを伝えてくれている。
自分を求めてくれている。
それなのに、なぜこんなに悲しいんだろう……。
「わ、私……」
「ストップ。今は返事はしないで。
まだ時間はあるから、すぐに答えを出そうとしないで欲しい。
もう少しだけ……俺のことも考えて欲しいんだ」
「…………」
皇子はまた泣きそうな顔で笑った。
そんな皇子の笑顔を見て、私は小さく頷くことしかできなかった。
そのあとは会話もないまま、皇子は元の岸へと戻って行った。
船乗り場に着き、皇子が船から降りる。
カイザに少し休憩するかと聞かれたが、とてもそんな気分ではなかったので断った。
このまま出発したい。
そう素直に伝えると、イクスが船に乗り込んできた。
先程と変わらずイクスもどこか態度がおかしいままだったけど、きっと今は私の態度も不自然になっているだろうからお互い様だ。
「日が沈むまでには戻ってこいよ?」
「わかりました」
カイザがイクスに声かけている。
いつの間にか空は夕焼け色になってきていた。
カイザよりはゆっくり、ルイード皇子よりは早いスピードで、船が進んで行く。
半分以上進んだ頃、ずっと黙っていたイクスが口を開いた。
「……大丈夫ですか?」
「……なにが?」
「なんだか……考え込んでいるようなので……」
そう言われて、この船が出発してから初めてイクスの顔を見た。
普段クールなイクスにはあまり見ることのない、不安そうな顔をしている。
「……イクスこそ、変な顔してるわよ」
「変!?」
私の言葉にショックを受けたのか、めずらしくイクスが素の姿を見せてきた。
「ふふふっ」
「……からかってるんですか?」
「まさか〜」
驚いた顔も、少し拗ねた顔も、全てが私の心を温かくしてくれる。
でも、今はその温かさは逆効果だったみたいだ。
「…………リディア様?」
ずっとこらえていた涙がポロッと頬をつたったのがわかった。
「…………っ」
一度出てしまうともうダメだ。
止められない。どんどん溢れてくる。
泣いている顔を見られたくなくて、両手で顔を隠した。
なんでこんなに苦しいんだろう。
ルイード皇子から好意を向けてもらったのに。
嬉しい気持ちよりも、悲しい気持ちになるのはなんでなの。
『親しい相手から告白されたら、そんなに嬉しい顔はできないものなんだよ。
特に、他に好きな人がいる場合はね』
そんなジェイクの言葉が頭に浮かぶ。
私が「たとえ他に好きな人がいても、好きって言われたら嬉しくなるものでしょう?」と聞いたら、「こればっかりは実際にされてみないとわからないことかな」って言ってた。
……ジェイクの言う通りだよ。
嬉しい気持ちがないわけじゃないけど、とても嬉しい顔なんてできそうにない。
あの時は本当にジェイクの言ってることが理解できなかったけど、今ならわかる気がする。
なんでこんなに苦しいのか……。
きっと、その気持ちに応えられないからだ。
相手の気持ちを受け入れてあげられない……だから親しい相手ほどツラくなるんだ……。
「…………っ」
ルイード皇子に応えることができない。
それがこんなにも苦しくて、涙が止まらない。
「リディア様」
イクスが、顔を隠している私の左手を引っ張って顔を出させた……と同時に、なにか布のようなものが顔に優しく押しつけられた。
グイグイと涙を拭っていく。
ハンカチよりも少しかたい……? と思ったその布は、どうやらイクスの服の袖らしい。
「……ハンカチ持ってないので、これで我慢してください」
口調はぶっきらぼうだが、涙を拭いてくれる手はとても優しい。
…………どうしよう。
皇子に告白されてはっきり気づくなんて……。
ルイード様に申し訳ないと思いつつも、この優しい手に惹かれてしまう。
手に直接触るのは躊躇われて、袖の部分を少しだけつまんだ。
私、イクスのことが好き……。
「リ、リディア様……?」
戸惑っているイクスの声が聞こえて、また心が温かくなったのがわかる。
こんなにも私の心は正直なのに、なぜ今まで気づかなかったのか自分でも不思議だ。
私の涙が止まるまで、イクスは何も聞かずにそのままでいてくれた。




