17 イクス視点
まったく。せっかくリディア様と湖へ行けるというのに、なんでルイード皇子も一緒に行くんだ。
帰れ帰れ!
あっ、今こっちをチラリと見やがった。
……俺の心の声、漏れてないよな?
準備のためにリディア様が食堂から出て行った後、エリック様がルイード皇子に文句を言っていた。
「ルイード様! 一体何をされたのですか?
リディアの今後の予定も、今まで会ったお相手も、いくら王宮といえど簡単には調べられないはずですが」
「王宮には何も協力など頼んでいないよ。
俺の動きが陛下に伝わったら、さらに邪魔をされてしまう恐れがあったしな」
「では、どうやって……」
「それは、信用できる情報屋にお願いしただけだよ」
「…………」
情報屋だと!? まさか……。
頭には赤い目をしたアホみたいなウサギの仮面男が浮かんでいる。
こんなに早くこれだけの情報を集められたのなら、ほぼ間違いないだろう。
あのクソ兎……リディア様の情報を皇子に売りやがって。
今度殴り込みに行ってやる。
頭の中でクソ兎への文句を並べ立てながら、俺も出かけるための準備に向かった。
*
湖に着いてすぐ、カイザ様とルイード皇子と誰がリディア様と一緒に船に乗るかで口論が始まった。
皆簡単には譲らないため、一向に決まらない。
カイザ様になるのは構わないが、ルイード皇子と2人で乗せるのだけは断固反対だ。
ここは相手が皇子だろうが譲れない。
延々と話し合いが続く中、チラリとリディア様の様子をうかがうと、馬車へ向かっていることに気づいた。
なぜ馬車へ……?
嫌な予感がしたので慌ててリディア様の後を追う。
案の定、リディア様は昼食の入ったバスケットを持って行こうと苦戦していた。
持っていたから知っているが、あれはなかなか重い。
きっとカイザ様がいるから料理長がたくさん詰め込んだのだろう。
腕が細く力のないリディア様は、両手で持っているもののほとんど地面から浮いていない。
一生懸命持ち上げようとしている姿が可愛くてずっと見ていたくなるが、なぜ自分を頼ってくれないのか……という不満も感じる。
「みんな! とりあえず先にお昼を……」
そう言いかけたリディア様にそっと近づき、重いバスケットをその手から取り上げた。
正直に不満をぶつけると、彼女は俺たちが話し合っていたから……と遠慮気味に言った。
どんな状況だろうが、リディア様より優先させるものなどないというのに。
「リディア様に呼ばれたら、すぐに行きますよ」
俺がそう言うと、リディア様の白い頬が赤くなった。
うっ……。なんだその反応……。
可愛すぎるだろ……。
胸のあたりがグッと苦しくなる。
そもそも、今日のリディア様はいつも以上に可愛くて目のやり場に困っているというのに。
何故ルイード皇子のいる日にこんな姿にしたんだと、あとでメイに文句を言ってやりたいくらいだ。
「あ、ありがとう、イクス」
少し照れたように言う姿に耐えられず、俺は彼女の手を掴もうと自分の手を伸ばした。
「じゃああっちに移動しましょう」
もう少しで触れられる……というタイミングで、突然現れたルイード皇子が彼女の手をとった。
……邪魔するとは言われていたが、まさかここまであからさまに邪魔してくるとは……。
やはり皇子を一緒に連れて来るんじゃなかった。
まぁ俺にそんな決定権はないが。
「とにかく、早く戻ろう」
俺と少し口論したあと、そう言って皇子はリディア様の手を掴んだまま歩き出した。
「あっ」
どさくさに紛れて、結局自分がそのまま手を持つとは……。
かわいらしい見た目をしているが、本当に侮れない皇子だな。
多少イライラしながら2人の後をついて歩き出すと、後ろを振り返っていたリディア様の顔が赤くなっているのが見えた。
彼女は俺と目が合うと、すぐに前を向いてしまった。
……え? 今、赤くなってなかったか?
もしかして、ルイード皇子と手をつないでいるから……?
悪い考えが頭に浮かんでくる。
リディア様が皇子との結婚を望んでいないのは、王宮に嫁ぎたくないからだと言っていた。
ルイード皇子自身のことを拒否しているわけではない。
皇子に心惹かれることがあっても不思議ではないのだ。
……落ち着け。
元々あの2人は婚約していて、陛下の計らいがなければ結婚していた関係なんだ。
それなりの覚悟はできていたはずだろ。
今さら動揺するな。まだわからない。
……落ち着け。
ズキズキと痛む胸に気づかないフリをして、2人の後をついて行った。
足がやけに重く感じるのは、このバスケットのせいではないだろう。
その後カイザ様の提案で、結局全員がリディア様と船に乗ることになった。
ルイード皇子とも2人にさせてしまうのは気に入らないが、それはお互い様なので仕方ないだろう。
順番もなんで俺が最後なんだ……という不満はあるが、それも我慢するしかない。
船乗り場までみんなで行き、リディア様とカイザ様の乗った船が出発するのを見送る。
2人の乗った船は、ものすごい速さで岸から離れて行った。
……船ってこんなに速いものだったか?
さすがカイザ様の腕力……。
だけどあのスピードでリディア様は大丈夫なのか。
そんな心配をしていると、先程からずっと黙ったままだったルイード皇子が突然話しかけてきた。
「……イクスは、リディアに気持ちを伝えたと言っていたが……」
「……? はい」
皇子はどこか暗く元気がない様子だ。
すでに小さくなっている船の方に視線を向けたまま、小声でつぶやくように話している。
「彼女も君を…………」
「え?」
どんどんと小さくなるその声を、うまく聞き取ることができない。
聞き返したが、皇子はそのまま黙ってしまった。
何かすごく考え込んでいるようだが……なんだ?
どうしたんだ?
とりあえず皇子がまた話し出すまでは待っていようと、俺もリディア様の乗った船を確認してみる。
どうやら途中で止まっているようだ。
船が動いていないのがわかる。
ルイード皇子はずっと船から視線を離さない。
「この後は……俺がリディアと乗るんだよな……?」
「……はい」
…………?
またルイード皇子がボソッとつぶやくように質問してくる。
俺が答えると、皇子はやっと船から視線を外してこちらを向いた。
その顔は、女性を喜ばせるような爽やかさも可愛さもなく、『皇子』としての威厳を感じさせる強さもなく、何かを心に決めながらも自信のなさそうな……そんな弱さを感じさせる顔だった。
だが、宝石のようなネイビーの瞳は輝いたままこちらを真っ直ぐに見つめている。
……こんな儚いような雰囲気なのに、なぜ男らしく感じるのだろうか。
「俺もリディアに気持ちを伝えようと思う」
「…………え」
思ってもいなかった皇子からの言葉に、頭が真っ白になる。
反応の薄い俺を見て、皇子が話を続けた。
「今までも……彼女を望んでいるという気持ちは伝えてきたつもりだ。
でも、はっきりと言葉にしたことはない」
「…………」
「同じ立ち位置になるためには、俺もしっかりこの気持ちを伝えるべきだ」
「…………同じ立ち位置?」
なに言ってやがる。
俺よりもリディア様に近い位置に立っているのはそっちじゃねーか。
「ルイード様の方がすでに近い位置にいると思いますが……?」
イラッとした気持ちが顔や声に出てしまっていただろう。
そう言うと、ルイード皇子は一度驚いたように目を見開いたあと、すぐに目を細めた。
軽蔑しているような、呆れているような、とにかくバカにしているような目だ。
「な、何ですか、その目は……」
「いや。君って意外と…………なんでもない。
わざわざライバルに教えてあげるほど俺は優しくないからな」
そう言うとルイード皇子はまた視線を船へと戻した。
気づくと船はもうこちらに向かっているところだった。
あの船が戻ってきたら、次は皇子がリディア様と2人で船に乗る……。
そこで気持ちを伝える気か……?
先程ルイード皇子と手をつなぎながら顔を赤くしていたリディア様の姿が浮かぶ。
皇子が好きだと伝えたら……リディア様は……。
こちらに向かってくる船を見ながら、ずっと着かないでくれとバカみたいなことを祈っていた。




