16 兄と妹
湖にあるボートは、小さくて2人乗り用でした。
そのボートに誰が私と乗るかで、イケメン3人が口論しております。
「だーかーらー、ここは兄である俺がリディアと乗れば解決じゃねーか!」
「ボートに兄妹で乗ってどうする。
今リディアは俺と結婚するかどうかの大事な時期なんだから、ここは譲ってもらわないとな」
「それを言うなら俺の方が適任でしょう。
リディア様は今新しい結婚相手を探しているんですから」
なんだかイクスとルイード皇子がやけに刺々しく言い争っているみたいだけど……。
この2人、本当に仲が悪いわね。
落ち着いた2人だからただバチバチしてるだけだけど、これで2人ともがカイザのような性格だったら、今頃殴り合ってそうだわ……。
話が全くまとまりそうもないので、私は馬車から先程イクスが持っていた大きな籠のバスケットを取ってくることにした。
重っ!! 一体どれだけの食べ物が入ってるのこれ!?
「みんな! とりあえず先にお昼を……」
下を向いていた状態から、顔を上げてそう言い始めると……いつのまにか目の前にイクスが立っていた。
私が「えっ」と驚くよりも早く、私の手から重いバスケットを取り上げる。
そして少し怒ったような顔で文句を言ってきた。
「何してるんですか。これ結構重いんですよ」
「そうみたいね……。持って驚いたわ」
「……そういう時はすぐに俺を呼んでください」
「でも、3人で言いあら……話し合ってたから」
「リディア様に呼ばれたら、すぐに行きますよ」
イクスがフッと優しく微笑んだ。
この流し目スマイルは、色気がありすぎて至近距離で見るのは危険だ。
さらに優しい言葉付きとなったら、ドキッとしてしまうのも無理はない。
「あ、ありがとう、イクス」
「じゃああっちに移動しましょう」
そう言って、荷物を持っていない方の手が私の手に伸びてくる。
えっ……手をつながれる……!? と思っていると、ギュッとイクスよりも先に誰かに手を握られた。
ん!?
「……ルイード様!」
「先に食事にするんだろう? カイザが待ってるぞ」
私の隣には、先程と同じくいつのまにかルイード皇子が立っている。
少しだけ焦った様子で、皇子は不自然な笑顔を作りながら私の手をそっと引いた。
行き場をなくした手を戻しながら、こちらもわざとらしい作り笑顔をしながらイクスが言った。
「ルイード様がわざわざ来てくれなくてもよかったんですよ。
……邪魔しないでもらえますか?」
「早く食べたいとカイザが言っているから、迎えに来たんだよ。
……邪魔するとは元々伝えてあったはずだが?」
顔だけ見ると2人ともニコニコしているのに……。
なんで毎回バチバチという音が聞こえてくる気がするんだろう……。
「とにかく、早く戻ろう」
ルイード皇子はそう言うと私の手を優しく引っ張って、カイザの方へと歩き出した。
イクスは「あっ」と言って、不機嫌そうに後をついてくる。
あの不機嫌そうな顔……もしかして、また妬いてくれてる……?
『嫉妬くらいしますよ。好きなんですから』
わーー!! 妄想ストップ!!
イクスの言葉が蘇り、顔が一気に赤くなったのがわかる。
後ろにいるイクスから視線を外し前を向くと、ルイード皇子が私の様子をジッと見ていた。
わっ!! み、見られてた!?
「……顔、赤いけど大丈夫?」
「えっ。あっはい。大丈夫です」
「…………彼と何か……」
「え?」
「……いや。なんでもないよ」
そう言って優しく笑った皇子の笑顔はどこか悲しそうな色が見える。
今日は何度も皇子の不自然な笑顔を見たけど、こんな辛そうな笑顔は初めて見た。
ルイード皇子はさっきよりも少しだけ強く、私の手をギュウっと握ってくる。
つないでいる手がとても温かい。
それなのに何故か切ない気持ちが伝わってくるようだった。
木陰に広げたシートの上に座りながらご飯を食べていると、カイザが何か閃いたかのように大きな声で叫んだ。
「よし! 誰も譲らないなら、全員がリディアと船に乗ればいいんじゃないか?
向こう岸まで行って戻ってくる! それで交代だ。どうだ?」
「……俺はそれでも構わないよ」
「俺もそれでいいです」
「よし! 決まりだ!
めんどくせーから順番も俺が勝手に決めるぞ!
1番俺。2番ルイード様。3番イクスだ!」
…………自分が1番なのね。
それにしても、私の意見は全く聞かないのかよ!!
私だけ3往復もしなきゃいけないじゃん!!
まぁ乗るけどね!? 船とかちょっと楽しそうだし!
イクスもルイード皇子も順番に納得いってなさそうだったが、そこは我慢したのか何も言い返したりはしなかった。
食後、早速私達は船乗り場に移動し、カイザと一緒に船に乗り込む。
思ったよりも揺れるのでバランスを崩して倒れそうになったけれど、カイザが片手で受け止めてくれた。
「ほら。気をつけろよ」
「う、うん」
おおお。なんだかカイザがカッコよく見えるわ。
これが吊り橋効果ってやつ!?
……それはまた違うか。
カイザと向かい合わせになるように座ると、カイザがニヤッと笑いながらオールを持った。
「ここから向こう岸までどっちが早く行けるか、あいつらと競争するか!?」
なんとも楽しそうな顔だ。子どもか。
キラキラした瞳に水をさして悪いけど、カイザが本気を出したらどんなスピードが出るのか……考えるだけで恐ろしいわ。
「いいえ。危ないからやめましょう」
「じゃあ何分で向こう岸まで行けるか、時間を計るか?」
なんでそんなにスピードにこだわるんだよ。子どもか。
それじゃ対戦相手がいないだけで、やること一緒じゃん。
「いいえ。怖いからゆっくりがいいです」
「そ、そうか?」
目に見えてシュンとしてしまったわ。子どもか。
なんだかこっちが悪いことした気分になるわね。
チラッと船乗り場の様子を見てみると、イクスとルイード皇子が2人で並んで心配そうにこっちを見ていた。
クール系カッコいいイクスと、爽やか系カッコ可愛いルイード皇子のツーショット。
こ……これはヤバイ!!!
アイドルの生写真として売られたら、即完売するやつ!!!
なんって眩しすぎる光景なの!?
湖よりもあなた達のが眩しくてキレイってどういうこと!?
そんな2人に見惚れていると、カイザがオールを漕ぎ出した。
私に言われた通り、全然力も込めずにのんびりマイペースに漕いでくれているみたいだ。
うん。きっとこれでも弱く漕いでくれてるのよね?
なんだか真正面からの風当たりが強くて、日傘が飛ばされそうになってるのを必死に持っているんだけど、きっと本人はのんびり漕いでくれているのよね?
……速すぎるわ!!!
「ちょっ……カイザお兄様!?
も、もう少しゆっくり!」
「え?」
カイザがピタリと動きを止める。
気づけばあっという間に湖の半分以上進んでいたらしい。
先程いた岸よりも、向かっている岸の方が近くなっている。
一体どれだけ怪力なのよ……。
「速すぎたか?」
「……かなり。そのさらに半分くらいの力でいいと思いますよ」
「難しいな……。今のもほとんど力入れてないんだけどな」
「カイザお兄様と結婚される女性は、鋼の心臓を持ったご令嬢がいいと思うわ」
「結婚……。お前はどうなんだ?
ルイード様とイクス、どっちと結婚したいんだ?」
突然のカイザからの質問に、さしていた日傘を離してしまいそうになった。
「は、はあ!? な……なんでその2人の名前が出るの!?」
え!? カイザはイクスの気持ちを知ってるの!?
イクスが言うわけなさそうだし、まさか自分で気づいたとか!?
「この2人は俺がリディアとの結婚を許せる2人だからだ」
カイザが堂々とした態度でキッパリと言った。
なんだそれ。お前の希望かよ。
ああーーでもびっくりした……。
兄に今の自分の恋愛事情とか知られてるなんて、気まずすぎる!
「どっちと結婚と言われても……」
「じゃあ、どっちと船に乗りたかったんだ?」
「え?」
「さっき、誰がお前と船に乗るかで揉めていただろ?
お前はルイード皇子とイクス、どっちと船に乗りたかったんだ?」
面白がっているようでもなく、カイザは本当に純粋な疑問として聞いてきている。
どっちと乗りたかった……?
頭の中には焦茶色の髪をしたクールな騎士の姿が浮かんでいる。
実は先程3人が言い争っている時にも、彼を望む気持ちがなかったとは言えない。
「…………」
「まぁ答えなくてもいいけどな!
お前が自分でわかっているなら、それでいい」
何も答えられずにいる私だったが、カイザが意外にもそのまま流してくれた。
無言のままカイザを見つめると、優しく微笑みながらポンと頭に手を乗せられる。
「俺はお前が幸せならそれでいいんだ。
お前が望まない結婚をしようとしたら、全力で止めてやる。
だから絶対に自分の気持ちに正直になれよ」
「…………」
……なんなの。急にお兄さんぶるなんてずるい……。
頭に乗せられているカイザの手が大きくて、カイザの顔が見えない。
見えなくて良かった。
この大きな手がなかったら、私の涙目が見られていたかもしれないから。
しばらくこの状態でいた後、カイザはゆっくりとまたオールを漕ぎ始めた。




