11 ルイード皇子が帰ってくるらしいよ
「うん。誰もいないわね」
裏庭に誰もいないことを確認して、街へとつながる抜け道からささっと屋敷の中に逃げ込む。
すぐ近くにある部屋へ入ると、先程私がドレスを脱いだままの状態だったため、誰もこの部屋に入っていないであろうことがわかる。
急いでドレスに着替え直したいところだが、脱ぐことはできても着るのは流石に無理だ。
もうジェイクの所へはいってしまったのだし、メイにだけは正直に話そうかな……そんな事を考えていると、私の名前を呼ぶメイの声が聞こえた。
「リディア様ーー?」
すごい! ナイスタイミング!
さすがメイね。
「メイ、こっちよ」
私が部屋のドアを開けメイを呼ぶと、メイは驚きながら部屋の中に駆け込んできた。
「リディア様!! 探していたんですよ!
裏庭にもいらっしゃらないようだったら、イクス卿を呼びに行くところでした!!」
「それは危なかったわね。実は、ジェイクのお店に行ってたの」
「あっ! 本当だ。服も着替えてる!
どうして教えてくれなかったんですか。心配しましたよ!」
「ごめんね。止められると思って……」
メイはブツブツ文句を言いながらも、ドレスに着替えさせてくれる。
なぜジェイクのお店に行ったのか、そういった内容について問いただしてこないのがメイのいいところだ。
私の部屋へ着くなり、メイはぐちぐち言いながら冷たいドリンクに甘いお菓子を用意し、少しボサボサになった髪を整えてくれている。
メイの優秀さ、すごすぎる……。
「そういえば、ルイード様がもうすぐ視察からお戻りになるそうよ。
ジェイクの情報網って本当にすごいわよね」
私がそう言うと、メイは持っていたクシをポロっと落とし、真っ青な顔で硬直してしまった。
「……メイ? どうしたの?」
「ル、ルイード様がお戻りになるのですか……?
予定ではまだあと1ヵ月は先というお話でしたが……?」
「ジェイクが詳しくは教えてくれなかったんだけど、向こうで何かハプニングが起きたらしいわ。
ルイード様が一刻も早く帰れるようにと、仕事を鬼のように急いで片づけてるそうよ。
何をそんなに慌てているのかしらね?」
私の話を聞いて、メイの顔がさらに真っ青になる。
手をプルプル奮わせながら下に落ちたクシを拾い、意を決した様子で訴えてきた。
「リディア様! 今すぐにその事をエリック様にお伝えしなければ……!」
「え? 無理よ。抜け出してジェイクのお店に行った事を怒られちゃうわ」
「おそらく大丈夫だと思います! その情報を聞けば、そちらに意識を取られるはずですから!」
「ええ!?」
真剣に訴えてくるメイの迫力に負けて、私はエリックの執務室へ行くことにした。
それにしても、何をそんなに焦っているのかしら。
ルイード皇子が予定より早く帰ってくるのが、そんなにも大変なことなの?
コンコンコン
「エリックお兄様。リディアです」
「入っていいぞ」
「失礼します」
執務室に入ると、いつも通り無表情なエリックが黙々と大量の書類にサインをしていた。
チラッと私を見て、仕事を続けながら話しかけてくる。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「あ、あの。ジェイクから聞いたのですが、もうすぐルイード様が視察からお戻りになるそうです」
その言葉を聞いた途端、ずっと動いていたエリックの右手がピタリと止まった。
めずらしく驚いた様子でゆっくりと顔を上げてこちらを見る。
あっ! やばい!? 怒られる!?
「……ルイード様が戻る? 予定よりだいぶ早いが……」
あれ? ジェイクにどうやって聞いたか、問い詰められると思ったのに……。
というか、まるっきりメイの時と同じやり取りね。
先程メイにしたのと同じ説明をすると、エリックも青い顔をして考え込んでしまった。
エリックもメイも、何でそんなに動揺してるの?
「あ、あの。ルイード様が戻られると何か都合悪いのですか?」
「え? あ、ああ……」
「どのような問題があるのですか?」
「…………実は、ルイード様は……」
エリックはすごく深刻そうな顔で、迷いながらも話してくれようとしている。
なに!? 一体なんなの!?
「ルイード様は……?」
ゴクリ……。
「ルイード様は……リディアの半年間の話を知らないんだ」
「…………ん?」
え? なんですって?
半年間って……私の猶予期間、婚活生活のこと?
それをルイード皇子が知らないの?
…………うん。だから?
「え? あの……その事をルイード様が知らないと、なにかダメなのですか?
陛下から提案された事ですし、特に問題はないかと思いますが……」
「問題はない。許可をもらっているからな。
ただ、それをルイード様がすんなり納得するとは思えない」
エリックは私と話しながらも、頭の中では色々考えているようだ。
目がチラチラと動いていて落ち着いていない。
ルイード様が納得しない……?
あっ! たしかに、ルイード様にとってはこれって浮気みたいなものよね!?
一応まだ婚約を解消していないのに、他の男性とたくさん会ってるなんて印象も悪いわ。
でもたとえ気分の悪いことでも、陛下が決めたこととなればルイード皇子だってすんなり納得するんじゃないかしら。
「最悪、お前と会った貴族男性たちに何かが起こるかもしれない……」
「え!? まさか。
誰かが何かすると言うのですか?」
「ルイード様だ」
「ええ!? あの可愛……優しい皇子がですか!?
まさか。そんな事しないですよ」
「お前はルイード様のことを知らないんだ……」
エリックは真っ青な顔のままゆっくり立ち上がり、王宮へ行くと言って出て行ってしまった。
今やっていた仕事よりも、ルイード皇子の対策の方が優先なのだろうか。
それから3日ほど経っても、エリックはずっとソワソワしている状態だった。
「エリックお兄様があんなに落ち着いていないのなんて、めずらしいわよね。
そんなにルイード様が心配なのかしら?」
「まぁ正確に言うと、ルイード様が心配なのではないですけどね……。
ルイード様が何をするかが心配なんですよ」
私はいつものように庭の木陰で本を読んでいて、イクスもいつも通り木刀で素振りの練習をしている。
イクスの態度があまりにも普通なので、今では私も前と同じように接することができている。
たまに距離が近くなると、ドキッとしてしまう事もあるけど……。
「イクスもお兄様と同じ事を言うのね。
あの可愛らしい皇子様が、一体なにをするっていうのよ」
「可愛いらしい……ね。
まぁリディア様の前ではそうかもしれないですね」
イクスがはぁ……と小さなため息をつきながら言った。
「私の前では?」
そう聞き返すと、イクスは私の前に腰を下ろし、真剣な顔で見つめながら少し強い口調で話し出した。
「いいですか? いくら可愛い顔をしていても、あの方は立派な皇子です」
「わかってるわよ」
「自分の意思を貫いて、欲しいモノは必ず手に入れたい、邪魔する者は許さない、という立派な皇子です」
「ええ? それ、ルイード様に当てはまる?」
「そのままです!」
ドキッパリと言い切るイクス。
えええ? あのルイード皇子が?
イクスと皇子はあまり仲が良くないから、勝手に悪く思っているだけなのでは……。
でもエリックもそんなような事を言っていたし……。
えええ!? 本当にそんな一面が!?
で、でもちょっと……
「……今、そんな皇子も見てみたいとか思ったでしょう?」
軽蔑したような目でイクスが見てくる。
え。なんでわかったの?
そりゃあ見たいでしょう!
あの可愛い外見で、実は黒い内面もあるとかギャップ萌え!!!
アイドル、ルイード皇子のファンとしてはそんな皇子も見てみたいわ!
……でも、そんな事言ったらドン引きされるわね。
「そんな訳ないでしょ!
そんな事思ってないわよ」
イクスは軽蔑したような顔のままジーーッと私を見ている。
うん。絶対信じてないわね。
まぁ実際ウソだしね。いいわ、もう。
そんな事をしていると、執事のアースが慌てた様子で私を呼ぶ声が聞こえた。
声の聞こえた方を向くと、すぐに名前を呼ばれている理由がわかった。
アースの後ろに誰かがいる。
銀の入った薄いブルーの髪が風にサラサラ揺れ、宝石のように輝くネイビーの瞳が私を見つめている。
「リディア!」
ルイード皇子が私の名前を呼んだ。




