85話:洞窟管理棟での再会
~ 洞窟管理棟 ~
“洞窟へ入る”。
そう言ってやって来たのは、大穴の淵から中央の柱にかかる大橋――その近くにある、全く洞窟っぽくない建物だった。
どうやらゴールドラッシュに沸く大穴に無断で入ることは出来ず、ここで受付を済ませる必要があるらしいが、すぐに手続き出来るとは限らない。
「むぅ、思ったより並んでおるのぉ」
「だね。意外と観光客も多いみたい。この際おじいちゃんが時間を止めて、こっそ洞窟にり入っちゃえばよくない?」
「ワシを過労死させる気か? キレるぞ?」
「そう簡単にキレないでよ。ちょっと言ってみただけなのに……あっ、写真が沢山飾ってある」
おじいちゃんの視線が逃げるように待合の座席へ着くと、壁に飾ってある沢山の写真に今更ながらに気づいた。
鍾乳石や宝石類の写真が多く、それら写真の中でも一番目を引くのは“黄金の大剣”か。
色取り取りの宝石があしらわれた祭壇の中央に、これまた巨大な黄金の剣が仰々しく突き刺さっている。
「何アレ、洞窟内の写真? 本当にあんな場所が実在するなら、見つけた人は億万長者間違いなしだね。まぁ写真が飾られてるってことは、既に誰かが持ち出した後だろうけど……」
「フフッ、そう思うでしょ? でもね、まだ誰もあの大剣を手に入れてないの」
「ん? ……あ」
おじいちゃんではない。
知らない人から話しかけられたと思ったら、それが全く知らない人でもなかった。
「また逢えるとは思わなかったよ。さっきは助けてくれてありがとね」
そうお礼を口にしたのは、管理者の制服を着た耳の長い女性――つまりはエルフ族の女性だ。
ガルム展望台へと向かう前、おじさん二人に絡まれていたところをボクが助けた人で、ここ洞窟管理棟の職員だったらしい。
「キミのおかげで仕事に間に合ったよ。本当にありがとね」
「あぁ、うん。別に気にしないで」
「フフッ、素っ気ない態度も可愛いね。今日はおじいちゃんとお出掛け?」
「えっと、まぁそんな感じかな」
実際は全然違うけど、彼女の勘違いを訂正するのも面倒だ。
思わぬ再会にニコニコと笑みを浮かべる女性に愛想笑いを返すと、おじいちゃんがコツンッとボクの背中を杖で突く。
「誰じゃ、知り合いか?」
「いや、知り合いという程でもないけど、道中おじさん達に絡まれてたから手を貸したんだ」
「むっ? 下手に暴れたりしとらんじゃろうな」
「大丈夫だよ、控えめにしておいたし」
「……ならよいが」
ヒソヒソ声の会話を終えて振り返ると、変わらずニコニコと笑みを浮かべる女性の顔がある。
再会できて嬉しい――みたいな感じではなく、“仕事柄”笑顔がデフォルトなのだろう。
「そろそろ仕事に戻るね、先輩に怒られちゃうし」
遠慮がちに一言告げ。
女性は笑顔を変えず、立ち位置だけ変えて受付カウンターの向かい側に立った。
どうやらボク等の受付をしてくれるらしい。
「それでは改めまして、本日はどのようなご用件ですか? 観光目的であれば、上層の『洞窟見学ツアー』がお勧めですよ」
「いや、『採掘コース』じゃ。中層の洞窟を頼む」
「え、採掘ですか? そちらのコースは余程屈強な方じゃない限り、個人レベルでの採掘は推奨致し兼ねますが……」
「構わん。とにかく『採掘コースじゃ』。」
「は、はぁ。そこまで言われるのであれば……」
どこまでも頑固なおじいちゃんの態度。
彼女は目を丸くし、「本当にいいの?」という視線をボクに向けてくるも、そんな視線を向けられたところで出来ることは無い。
ボクに出来るのは「お願いします」と、ただ一言付け加えるのが関の山だった。
――――――――
「どうかお二人に“神影柱”のご加護があらんことを」
洞窟管理棟に勤めるエルフ族の受付嬢。
彼女の祈りに見送られた後、ボクとおじいちゃんは大穴の淵に設置された昇降機の1つにやってきた。
浅い場所なら壁沿いに掘られた道を通って行けるけど、ある程度の深さになるとこの昇降機を使うらしい。
一度に100人ほどが乗れる大きな昇降機。
籠の中は屈強そうな男性で溢れており、如何に『Closed World (閉じられた世界)』の鉱業が賑わっているかが伺える。
「ねぇ、面子的にボク等だけ浮いてない?」
「気にするな。“洞窟の地質調査に来た教授の助手みたいな顔”をしておればよい」
「それはまた難題な……」
具体性が皆無。
何をどうすれば“洞窟の地質調査に来た教授の助手みたいな顔”になるのかわからないけれど、とりあえず澄まし顔をしておけば問題無いか。
その後はなるべく目立たないよう身動きせず、目的地まで到着するのをひたすら待つこと数十秒。
大穴の入り口が、早くも見上げる高さになるまで降りて来たところで、ぎゅうぎゅう詰めな昇降機の中で“いざこざ”が起きた。
「おい、肩がぶつかったぞ。もっとそっちに寄れよ」
「あぁ? だったらテメェ等が詰めろよ。狭いのはこっちも同じなんだよ」
ピりついた言葉の応酬に、場の空気が一瞬にして変わる。
面倒事しか感じない雰囲気に、これ以上大事にならないことを望むばかりだけれど……生憎とボクは気づいてしまった。
いざこざを起こしている男の一人が、ボクが街中で股間を蹴り上げた人物だということに。
「おいおい、三下が俺達『ブーリアン・カンパニー』に指図すんじゃねーよ。こっちは採掘会社最手様だぞ?」
「ケッ、脳無し野郎の数が一番多いだけだろ。街の噂で聞いたぜ? アンタ、“年端もいかねぇガキ”1匹にけちょんけちょんにされたんだってなぁ」
「ッ~~!! 舐めんじゃねぇぞテメェ、やんのかコラ!!」
「おーおー、やってやんよ!! 次で降りろや!!」
次第にヒートアップしてゆく二人のやり取り。
先にも増して不穏な空気が濃くなる中、おじいちゃんからヒソヒソ声が掛かる。
「わざわざ言うまでもないが、アレには絶対手を出すなよ? あんな輩でも、そのバックにおるのは“裏社会の大物”。ここで得た金がそ奴らの活動資金になっておる。下手に関わると自らの首を絞めることに……おい、何故顔を隠しておる」
「いや、理由は特に無いけど」
「むっ? まさかとは思うが、話に出てきた“年端もいかぬガキ”はお前さんのことか?」
「……まぁ、その可能性が無きにしも非ずかな」
「………………」
おじいちゃんが呆れ顔になるも、触らぬ神に祟り無し。
これ以上おじいちゃんの血圧を上げない為、そして大声で怒鳴り合う男も存在を気づかれない為、ボクはただ静かに口を閉ざし“洞窟の地質調査に来た教授の助手みたいな顔”に徹した。
■
停止と降下をひたすらに繰り返す昇降機。
最初は100人ほどいたの乗員も今や10名足らずとなっていた。
上からの光量もかなり心許無くなり、大穴の岩肌から露出している蓄熱光石や、昇降機のライトが視界の頼りという状況だ。
「ふぅ~、人が減ってかなり静かになったね。さっきの連中も途中で降りてくれたし」
「まぁあの程度の連中が採掘できるのは、上層までの洞窟じゃろう。それより下は腕に覚えのある者しか潜ることは出来ぬ」
「確か、上から順番に洞窟の番号が振られてるんだよね? 『上層』の0番から始まって4000番以降が『中層』、更に7000番以降は『下層』って聞いたけど、具体的に何が変わるの? 下に行けば行くほど岩盤が固くなるとか?」
「それもあるが、下の方ほど暗く入り組んだ洞窟も多い。必然的に事故が起きやすくなるから気を抜かぬことじゃ」
「了解。――あっ、みんな採掘頑張ってるねぇ」
ふと昇降機の外に目を向けると、ちょうどすぐ近くの洞窟からトロッコが出てくる場面だった。
山盛りに削り出された岩と操縦者が、傾斜のきつい道を「負けるものか」と登っている。
更にその1段下には大型の重機が設置され、トロッコよりも大きな岩石をコンベアで運んでいる光景も見える。
こんな深い場所に重機を設置するだけでもかなり労力だろうけど、逆を言えばそれに見合うだけの利益が出るのだろう。
それから数回、停止と降下を繰り返し、『B5400』と記された昇降場でボク等は降りた。
受付で案内された5408番洞窟へ行くには、ここから崖沿いの道を少し下る必要がある。
「そう言えばだけどさ、受付の人が言ってた“みかげばしら”って何?」
運搬用のトロッコレールに沿って壁沿いの狭い道を進みつつ、ボクはふと今更ながらの話を思い出した。
「何かあの人、最後に『ご加護』がどうとか言ってたけど……」
「それはホレ、中央にある巨大な石柱のことじゃ。アレを“神影柱”と呼び、この世界を支える柱として人々に信仰されておる」
「ふ~ん、そんなに重要な柱なんだ? 穴が大き過ぎてサイズ感がいまいち掴めないけど……でも確かに、この柱だって規格外に大きいもんね。信仰対象としては確かにピッタリかも」
いわゆる山岳信仰や神木信仰と似たようなものだろう。
世界の天井まで伸びている柱を、祈りたくなってしまう人々の気持ちもわからなくはない。
「――よし、到着じゃ」
先を歩いていたおじいちゃんが足を止めたのは、高さ3メートル、幅5メートル程の“入り口”が待ち構える洞窟の前だ。
その頭上には「5408」の番号が刻まれており、洞窟管理棟で案内された洞窟に間違いない。
クイッと顎で指したおじいちゃんの指示に従い、ボクは先頭を切って洞窟に足を踏み入れた。




