83話:『Closed World (閉じられた世界)』
ボクの身体を包む眩いばかりの青い光。
最近は見慣れて来た感も強いその光からの解放は、無事に『渡航』が終わったことの証明でもある。
ただし、渡航が終わったからと言って油断してはならない。
「うおっ!?」
予告無しに身体が落下。
心臓に悪い浮遊感を覚えるも、それは一瞬の事。
フードを引っ張られ、持ち上げられたボクの身体が宙で一回転し、不格好にも「どてっ」と尻もちをついた。
「あいたたた、一体何事?」
「ホッホッホ。危うく“大穴”に落ちるところじゃったな。隠れ家の『世界扉』は“渡航先を指定出来ぬ”から、使用時には気を付けろよ」
「そういうのは先に言ってよ……」
呆れのジト目をおじいちゃんに向けつつ、ボクは2分前の会話を恨めし気に思い出す。
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~ 2分前:隠れ家のロビーにて ~
おじいちゃんは言った。
これから『C』の世界へ、つまりは『Closed World (閉じられた世界)』へ向かうと。
これまた随分と急な話ではあるけど、しかし問題はそこではない。
「まぁ行くのは別に構わないんだけどさ、でもゴミ山はまだ燃えてるよ? あそこにあった『世界扉』までどうやって行くつもり?」
「ホッホッホ。残念じゃが、今回の火事でゴミ山の『世界扉』は十中八九壊れておる。今更使い物にはならんじゃろう」
「え、そうなの? 結構貴重な物だったんじゃ……」
「左様。ワシとしても非常に痛手じゃが、今更ないものねだりしても仕方がない。今回は“隠れ家の扉”を使う。しばし後ろを向いておれ」
そう告げて、顎で指示を出すおじいちゃんだけれど、この対応にはボクも納得し兼ねる。
おじいちゃんが偉そうとか、そういう気持ち的な話ではない。
「この入り口の扉、何かすると『世界扉』として使えるんでしょ? パルフェが無人島に来た時、それでコノハに送ってもらったって言ってたもん。無人島から帰って来る時も、その扉から戻って来たよね? 使い方を教えてくれたらボクが自分でやるのに」
「駄目じゃ。お前さんに教えたら、あの娘っ子達にも使い方がバレるじゃろ。こんな違法の代物を気軽にホイホイと使われたら敵わん」
「………………」
余程信頼が無いらしい。
扉の扱い方を知りたかったところだけど、これ以上ごねてもキレられるだけか。
言われた通り後ろを向いて、それから「OK」を貰った時には、既に隠れ家の扉が青く光っていた。
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かくして、隠れ家で渡航してきたボクの目の前には、先程おじいちゃんが告げた通り“巨大な大穴”が開いていた。
覗き込んでも下が見えないブラックホールの如き大穴、その淵ギリギリの場所に出現したらしい。
一体どれだけの深さがあるか見当もつかない大穴だけど、しかし目を見張る光景は何も下ばかりではない。
大穴の中央には、これまた“巨大な柱”が存在していた。
そのまま目線を上げていくと、やがて岩盤の“天井”も見えてくる。
「凄い……ここは本当に空が無いんだね」
『C』の世界:『Closed World (閉じられた世界)』。
“地下空間しか存在しない”巨大な空洞の世界だ。
いわゆる「空」という概念に当たるモノが存在せず、「太陽」も「月」も「星」も見えない風変わりな世界。
ただ、だからといって光源が無いわけでもなく、岩盤から顔を見せる大小さまざまな蓄熱光石が光を放ち、世界をそれなりの明るさで保ってくれている。
「ここ『センターコロニー』は世界最大級の地下空間じゃ。『Closed World (閉じられた世界)』経済の中心地と言っても過言ではない。特に近年はゴールドラッシュに沸いておる」
「あ、それはボクも知ってるよ。この大穴の壁には、一獲千金を狙って掘られた無数の坑道があるんだよね? 採掘目的で大勢の人が集まって来てるって――」
「おいッ、柵の外側は立ち入り禁止だぞ!!」
「ッ!?」
会話を遮る唐突な大声。
慌てて振り返ると、柵の向こうに「非常にゴツゴツした人」が二人いた。
(“鉱石”……地下と言えば確かにこの種族だね。近くで目にするのは地獄にいた時以来かな?)
“岩の筋肉”を持つ、『Closed World (閉じられた世界)』を代表する種族――鉱石族。
鍛えれば鍛えるほど筋肉が岩石化し、己の身体一つで掘削が可能になるらしい。
故に、ここ『センターコロニー』には採掘目的の鉱石族が大勢集まって来ると聞くが、先程大声を上げた男性はその限りではない。
岩盤を削って作られた無骨な街並みを背に、白と黒を基調とした「管理者の制服」を身に纏ってボクを睨んでいる。
「貴様、どうやって柵の外に出た? まさかとは思うが不法渡航者か?」
「あらら、管理者に見つかっちゃった。おじいちゃん、どうする?」
「………………」
(ん?)
返事が無い。
振り返った時には、既におじいちゃんの姿が消えていた。
ただ一言「ガルム展望台」と書かれた一枚のメモ書きを残して。
「ちょッ、おじいちゃん!?」
焦りと怒りの感情を合わせたところで、事態は何も解決しない。
「そこを動くな!!」と管理者に忠告されて、馬鹿正直に動かなければ捕まるだけ。
(逃げよう!!)
決断は早いに限る。
『Closed World (閉じられた世界)』に到着早々、逃走しようと足を動かした――その時。
「そいつを捕まえてくれッ、宝石強盗だ!!」
(ん?)
ただならぬ声に、ボクも管理者も思わず街中に目を向ける。
そこには人込みを押しのけ爆走する“逃亡者”と、それを追う別の管理者の姿があった。
逃亡者はケモノ耳を生やした細身の男で、その胸には“魂乃炎”が燃えている。
管理者との距離を一気に引き離し、背後を振り向いた男性は「ヘヘッ」と笑い声を上げる。
「捕まってたまるかよノロマ野郎!! 俺の“疾風”には誰も追いつけブッ!?」
ぶつかった、正面衝突だ。
道の先に人がいて、一瞬振り向いた彼がそのまま突っ込んだ形となる。
「いってぇな!! 何処見て歩いて――ゲッ!?」
逃亡者の顔が一瞬にして青ざめる。
ぶつかった相手は、まるで「大岩が歩いている」とでも言わんばかりの大男。
異様なまでに発達したゴツゴツな筋肉の持ち主で、明らかな“強者”のオーラを纏っていた。
逃亡者はすぐさま逃げようとするも、その首根っこは大男によってガシッと掴まれてしまい、結果として彼は涙目で懇願する。
「み、見逃してくれ!! 弟が病で手術に大金が必要なんだ!!」
「そんな嘘が通用すると思うか?」
「嘘じゃねぇッ、本当だ!! 頼むッ、たった一人の弟なんだよ!!」
「だったらよ、尚更見逃せねぇなぁ。兄貴がこんな事してたら弟が悲しむぞ?」
「黙れッ、アンタに俺の気持ちがわかるもんか!! 弟が死ぬくらいなら俺は罪を犯してでも――」
ゴンッ。
拳骨一発で逃亡者は気を失った。
それから軽々と逃亡者を持ち上げた大男は、先程ボクに絡んで来た管理者二人に声をかける。
「おい、そこの二人。コイツを牢屋に」
「りょ、了解です。しかし、我々はこの不審者を問い詰めていたところで……あれ、いない?」
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「くそッ、すばっしこい野郎だ!! 何処へ逃げた!?」
「お前はあっちを探せッ、俺はこっちを探す!!」
仲間に声掛けし、鉱石族の管理者が明後日の方向へと駆けてゆく。
それを建物の陰からコッソリと伺い、彼等の姿が見えなくなってから、ボクはフードを被りつつ通りに戻った。
「ふぅ~、とりあえず撒いたみたいだね」
白昼堂々行われた宝石強盗のおかげで、ボクが逃げる隙が生まれた。
宝石強盗様様、と言うのは少々不謹慎かも知れないけど、その事実は素直にありがたく受け取っておこう。
ただし、これで全ての問題が解決した訳でもない。
「さて、おじいちゃんは何処に行ったんだ? 残されたメモ書きには“ガルム展望台”と書かれてたけど、場所がわかんないよ。それっぽい高台はいくつもあるし……」
当然ながら土地勘など皆無。
この広い『センターコロニー』を闇雲に探しても時間の無駄なので、誰かに尋ねようと周囲を見回すと――。
「は、離して下さい!!」
男性ばかりの通りで珍しく“女性の声”が聞こえたかと思えば、明らかにトラブルの匂い。
一体何事かと振り返ると、そこには若いエルフ族と、彼女を足止めする中年のおじさん二人がいた。
ボクは「はぁ~」とため息を吐く。
(……全く、いざこざが多い街だね)




