82話:朝も明ける前から
~ ドラノア視点:『秘密結社:朝霧』の隠れ家にて ~
「……パル姉、コイツのぬいぐるみ減った?」
こんがりと焼けた骨付き肉を片手に、部屋へと戻って来た獣人族の少女:テテフ。
改めて部屋を眺め、今更ながら上記の件に気づいたらしい。
問われた天使の家出娘ことパルフェは、下唇を突き出し「むすっ」とした表情をテテフ――ではなくボクに向ける。
「だって~、ドラの助がさっさと片付けろって言うんだもん。せっかく幽霊屋敷みたいに不気味な部屋を“ドラの助祭壇”に仕立て上げたのに」
「そっちの方が余程不気味だよ。足の踏み場にも困るし……そもそもボクが部屋にいるんだから、ぬいぐるみも必要ない筈でしょ?」
「あれれ、もしかしてぬいぐるみに焼いてたの? いやん、寂しかったんならそう言ってくれればいいのに。ほらおいで~」
両手を差し出しハグを要求するパルフェ。
そんな彼女を前に、ボクは読んでいた本をパタリと閉じる。
それから彼女の胸に飛び込む訳もなく、ボクに代わってパルフェに飛び込んだテテフ(+こんがり肉)の「羨ましいだろう?」みたいな顔を尻目に「よいしょ」と立ち上がった。
「ドラの助、今日も“リハビリ”行くの? 手伝わなくて本当に大丈夫?」
「うん。お腹の痛みも大分引いたし、“アレ”を見るのはボク一人で十分だから」
「でも、ドラの助一人に任せるのも……」
「そこを任せて欲しいんだ。ボクの我がままだけど、聞いてくれると嬉しいかな」
「……そっか、わかった」
少し悲し気な「はにかみ」。
それから気を取り直したように、パルフェが「ニコッ」と笑う。
「疲れたらすぐ帰って来てね。愛情と特性ハチミツがたっぷり入った手料理と、巷でドラの助が病みつきと噂の“ぬるぬるマッサージ”を用意して待ってるからね」
「うん、ありがとう。前者はありがたく享受するよ」
後者に関しては、何処の巷か知らないけれどノーコメント。
そんなことに付き合う時間は無い。
「それじゃいってきま――」
「おい、待て」
いざ出発!!
そう意気込んで扉に手を掛けたところで、パルフェに抱き着いていたテテフから「待った」がかかった。
一体何事かと思ったら、早くも肉が無くなった元:こんがり肉の骨をボクに突き付け、告げる。
「出て行く前に“面白い話”しろ。街が無くなってアタシは暇だ」
「………………」
何事かと思ったらコレだ。
相手にしなければ良かったと、後悔するレベルの言葉が返って来る。
(いやもう本当に、コレを傍若無人と呼ばずして何と呼ぶんだろう?)
ここ最近のテテフは大体こんな感じだ。
打倒ピエトロ、つまりは敵討ち――その2年越しの悲願を叶えた反動からか、近頃はかなり横暴な態度を取るようになっている。
どうやら元々が「いたずらっ子」だったみたいだし、ゴミ山での生活が終わって緊張感から解放された結果、徐々に本来の姿を取り戻してきたのだろう。
まぁそれ自体は悪いことではない。
ただ、隠れ家の皆に対して同じような態度ならともかく、ボクにだけこんな態度を取るのだから、納得がいかないというかなんというか……。
「急にそんな無茶振りしないでよ。面白い話なんて持ってないよ」
「じゃあ面白くなくてもいいから何か話せ。でもなるべく面白いのがいい」
「そう言われてもねぇ」
近頃は部屋で一緒に過ごす時間も多いし、わざわざ話すことなんて思いつかないけど……あ、一つだけあった。
「最近の話なんだけどさ、夜な夜な“変な夢”を見るんだよね。皆が寝静まったあと、部屋の壁から“尻尾の生えた幽霊”が現れて、その尻尾をボク等にプスッて刺すんだ。まるで大昔にいた『吸血鬼族』みたいに、その尻尾で血をチューチューとボクの血を吸って――」
「おい、怖い話は禁止って言っただろ」
「えぇ、そんなの一言も聞いてないけど……」
「うるさいッ、もうその話はいい!!」
両耳を丸め、パルフェの胸に顔を埋めて話を遮断したテテフ。
思い起こすと『Japan World (武士世界)』の無人島では妖怪を怖がっていたし、どうやらホラー系が苦手みたいだけど、ボクとしてはその暴君っぷりの方が怖い。
その後は苦笑いを浮かべるパルフェに見送られ、今度こそボクは“リハビリ”に出かけたのだった。
――――――――
~ 人が居なくなったベックスハイラントの廃墟にて ~
ピエトロの撃破から2週間以上が経過した。
街の住人はほぼ全員去ったが、ゴミ山に発生した火の手はまだ消えず、テテフの両親、そのお墓を掘り出す事は実行に移せていない。
数日前までは瓦礫に埋もれた物品を“発掘”する人達が残っていたけれど、それもいつの間にかいなくなっている。
そんな状況下で。
ボクに与えられた仕事は、リハビリがてら隠れ家周辺の瓦礫を撤去することと、そのついでに「お宝」を見つけることだ。
アンティーク家具や壺といった品は大抵壊れているものの、中には破壊を免れた逸品が瓦礫の隙間で無事に眠っていることもある。
それらを見つけては拾って帰り、コノハに買い取ってもらうのがここ最近の日課。
まぁ多少安めに買い叩かれている気がしなくもないけれど、それでも既に50万G以上になっているので、借金の返済方法としてはそんなに悪くない。
悪くないとはいえ、時たま出逢う“腐敗臭”には流石のボクも気持ちが滅入ってしまう。
(うッ、またか……)
パルフェが「手伝う」と言っても、ボクが頑なに拒んでいる理由はコレだ。
瓦礫を退けると、その下には押しつぶされた「人間の遺体」があった。
今や廃墟となったここベックスハイラントは、高度3000メートルの高所。
下のゴミ山よりも多少は気温が低く、腐敗が遅いのは救いだけど……その分“より人の形を保った状態”で見つけることになる為、考えようによっては残酷度が増しているとも言える。
これも街を守り切れなかったボクの実力だと、そう心に言い聞かせるしかない。
「“火葬地獄”」
塀の外へと遺体を移し、燃やす。
地獄の炎で燃やす“火葬地獄”を、本当の火葬目的で使うのもこれで10回目。
あと何回この儀式を繰り返すのかわからないけれど、それでもボクは自分への戒めとして“火葬地獄”を行う日々を繰り返し続けている。
■
~ その日の夜 ~
(……トイレ)
尿意で目が覚めた。
夜が明けきっていないのか部屋の中はまだ暗く、隣のベッドにはお互いを抱き締めるように眠るパルフェとテテフの姿がある。
仲睦まじくて微笑ましい光景だけど、密着し過ぎて暑苦しいのか、時期が時期なら風邪を引いてもおかしくないパジャマがはだけた格好。
部屋はそんなに寒くないので大丈夫だろうと思いつつ、念の為にそっと毛布を掛けて――
「ん?」
不意に視線を感じた。
ぬいぐるみで埋まった壁の方だが、当然ながらそこには誰もいない。
いるとすればボクのぬいぐるみだけど、それは「いる」というより「ある」だけで、ボクが気にする訳もないのだけど……。
(そう言えば、昼間テテフに話した“夢の幽霊”ってあの壁から出てくるんだよね。……幽霊、確か『Pionner World(開拓世界)』には「いる」って話だけど、ここは『Lawless World (無法世界)』だしなぁ)
所詮は「夢」だと思ってあまり気にしていなかったけど、現実とリンクしてくると何だか不安になってくる。
それとも、たまたま変な夢を見たボクが知らず知らずの内に不安を覚え、ここに居もしない幽霊の存在を勝手に脳内で創り上げただけだろうか?
――念の為。
視線を感じた辺りのぬいぐりみを退かしてみると、そこには絵の具が剥がれた「風景画」が飾ってあった。
ボクの記憶が確かなら、この絵は元々この部屋に飾ってあった物で、特にこの絵に対して何かをしたという記憶も無い。
「この絵が幽霊の通り道とか? ……う~ん、よくわかないけど、とりあえず裏返しておくか」
ボクの勘違いならそれでいい。
もし幽霊が居たとしても、これで部屋に入ってくることは出来ないだろう……多分。
まぁ本当に幽霊が居たら壁とかすり抜けそうだし、あまり効果は無いかもしれないけれど、それならそれで警戒するだけ無駄とも言える。
実体のない幽霊相手にボクが出来ることも無いし、逆に実体の無い幽霊がボクに出来ることも無い。
それからボクは部屋を出て、吹き抜けのロビーに繋がる螺旋階段を降り、一階のトイレへ移動。
無事に用を足し、2階へ戻ろうと螺旋階段に一歩足を掛けたところで――
「出掛けるぞ。すぐに着替えてこい」
ロビーのソファーから渋い声が届いた。
『秘密結社:朝霧』のボスにして、あらゆる面でボクの恩人たる人物だ。
「おはようおじいちゃん。っていうか、出掛けるって今から? まだ夜も明けきってないのに、そんなに急ぐ必要ある?」
「つべこべ言わず、言われた通りに動け。キレるぞ?」
「こんな早朝から軽々しくキレないでよ。……それで、何処に行くの? まさか『Pionner World(開拓世界)』じゃないよね?」
「はぁ? 何故あの世界に行く必要がある。これから渡航するのは“空の無い世界”――『Closed World (閉じられた世界)』じゃ」




