81話:二人の管理者
3章もよろしくお願いします。
~ 『全世界管理局:本部』 ~
荘厳な印象を抱かせる大理石。
その白い床をカツンッ、カツンッと足音を鳴らしながら、一人の男性が歩いていた。
身長2メートル程のスラッとした細身の青年で、女性だけでなく男性すらもすれ違いざまに見惚れてしまう、非常に整った顔立ちをしている。
彼の名は「リョードル」
優秀な管理者が集まる本部の中でも“特殊な部隊”に属する一人だ。
そんな彼が“とある部屋”の前で止まり、ノックをすることなく扉を開けると――
「死ね!! 死ねッ!! 死ねぇぇええええッ!!!!」
――扉の向こうには、怒気の籠った罵声と共に拳を振るう男がいた。
燻る黒煙をその拳から垂れ流しながら、広々とした部屋の壁と床を手当たり次第に殴りつけている。
知性と気品、それに優雅さを兼ね備えているリョードルとは正反対。
怒り暴れる男性には、知性も気品も優雅さもそのどれ一つ感じられない。
まるで檻に閉じ込められた野犬の如きその振る舞いに、リョードルは「ふぅ~」とため息を吐く。
「随分とご機嫌斜めだね。どうしたんだい?」
「あぁ? どうしたもこうしたもあるかッ、楽しみにしてた獲物を収穫直前で横取りされたんだぞ!? これが暴れられずにいられるかってんだよ!!」
「う~ん、そこで暴れないのが普通の人なんだけどね。まぁ『野生』を体現化したような“ブラ君”に、そんなの期待するだけ無駄かな」
「誰がブラ君だッ、ぶっ殺すぞ!!」
リョードルを見据え。
思いっきり眉間にしわを寄せる荒々しい男性――彼の名は「ブラミル」。
関係性を語るとリョードルの「弟」に当たる人物だが、そこに歳の差は無く、つまり彼等は双子の兄弟となる。
彼もまた兄:リョードルと似てそれなりに整った顔立ちをしているものの、そこには知性の欠片は無くただただ野性味に溢れた顔立ちだ。
そんな怒れる弟を前に、兄:リョードルは「平常運転」とばかりに淡々と言葉を紡ぐ。
「楽しみにしていた獲物って、螺旋山のバルトロールのことかい? だったらあれは仕方がないよ。好きに泳がせていたんだから誰に狩られても文句は言えない」
「はぁ? バルトロールって誰だよ。俺が話してるのはピエトロのことだぞ」
「そのピエトロの本名がバルトロールだよ。そんなことも知らないなんて、ブラ君って馬鹿なのかい?」
「誰が馬鹿だッ、その首狩り取んぞ!!」
「出来るモノならどうぞ。ブラ君が先攻でいいよ」
――ピキッ。
弟:ブラミルのこめかみに血管が浮かび上がる。
「だ~か~らぁぁあ~~、ブラ君呼ぶなつってんだろうがッ!!!!」
咆哮と共に“魂乃炎”を燃やす弟:ブラミル。
人よりも長い犬歯をむき出しにして、今にも噛み付かんとする顔で拳を振るう!!
といっても、兄:リョードルとは距離が離れている。
普通に考えて当たる訳も無い拳は、しかし振るった拳から“拳型の炎”が放たれ、兄:リョードルを襲う!!
「死ね!!」
兄弟とは思えない言葉。
それを炎の拳と共に放ち、兄の整った顔立ちに直撃する――寸前。
「氷刑:“鏡写し”」
炎の拳の前に“氷の拳”が現れ、激突!!
一瞬にして「ジュッ」と蒸発し、二つの拳が形を失った。
その結果に、弟:ブラミルがムッと眉根を寄せる。
「真似してんじゃねーぞ!! テメェにゃオリジナリティってもんがねぇのか!?」
「おや、ブラ君のくせに随分と難しい言葉を使うんだね。頑張ってお勉強したのかな?」
「ざけんなッ、ガキでも知ってる言葉だろうが!! あぁもうアッタマきた!!」
「頭にきたらどうなるんだい?」
「はッ、決まってんだろ。こっからは本気で――」
「そこまでにしておけ」
ピタリと、兄弟二人の動きが止まる。
渋い声を発して部屋へと入って来たのは、これまた見上げる程に大きな初老手前の男性だ。
身長は4メートル近くと、兄弟二人を縦に並べた高さと同程度。
流石に5メートル級の閻魔王や『Fantasy World (幻想世界)』の魔人には及ばないものの、それでも『AtoA』に生きる大半の人間が、顔を上げなければ視線が合わないのは間違いない。
その長身から放たれる視線が、つい先ほどまで喧嘩をしていた兄弟二人に降り注ぐ。
「ブラミル、それにリョードルもだ。少しは管理者としての自覚を持て。いつまで仲良く遊んでるつもりだ?」
「おいおい、誰と誰の仲が良いだって? おっさんの目玉腐ってんじゃねーのか?」
「ブラ君、流石におっさん呼びは『局長』に失礼だよ」
言葉遣いがなっていない弟:ブラミル。
兄リョードルがそれを嗜め、それから彼は改めて大男に――『全世界管理局』の局長に、つまりは『AtoA』の全管理者のトップへと向き直る。
「それで局長、僕達を集めて何の用です?」
「“レベル3”のバグが出現した。今すぐ討伐に向かえ」
「はぁ? 何で俺達が……」
「一番の下っ端だろう?」
不満の顔を隠さない弟:ブラミルに「さも当然」と言葉を放ち、局長は部屋の奥にある椅子に腰かける。
その一連の動作を待ってから、兄:リョードルが再び口を開いた。
「バグが出現したのは何処ですか?」
「『Ocean World (海洋世界)』だ。リゾート地の近くで目撃されたらしい」
「うへぇ~、マジかよ。水だらけの世界じゃねーか。俺あの世界嫌いなんだけど……」
「つべこべ言わず、少しは兄を見習ってまともに仕事をしろ。一体何の為に管理者がいると思っている? レベル3だからと油断していい相手ではない。出現したバグを放っておけば、いずれ世界に多大なる影響が――」
「はいはいわかったよ。やりゃいいんだろ、やりゃあよ」
不満げな顔で「やれやれ」と肩を竦める弟:ブラミル。
しかし、彼はその後に“とあること”を思い出し、少しニヤけた顔で局長に問う。
「ところでよ、おっさんの“馬鹿息子”はどうなったんだ? 確か魂なんちゃら法違反ってので牢屋にぶち込まれたんだろ? 名家バルバドス家の恥さらし野郎は、今頃牢屋でわんわん泣いてんのか?」
「何の話だ? 私にそんな息子はいない」
「おいおい、しらばっくれても意味ねーだろ。顔も名前も知ってんのによ。どこで子育て間違ったんだ?」
「ちょっとブラ君、いい加減にしないと殺されるよ」
兄:リョードルが顔を曇らせ、弟に代わってペコリと頭を下げる。
「すみません局長、ウチの馬鹿弟が――」
「悪いが、本当にそんな息子などいない」
「おいおっさん、流石に言い訳が苦しいぞ。アンタのバカ息子:ジーザスのことだよ」
「だから本当に、そんな息子などいない」
一切の嘘偽りが無い顔。
歴史を紡ぐ語り部の様に、局長はそれが史実だとばかりに真剣な顔で告げる。
そこに「しかし」という一言を加えて。
「しかし――そうだな。私にそんな息子などいないが、少し前に“縁を切った”馬鹿な男なら知っている。先日地獄に送ってやったから、今頃は八大地獄の中だろう。魂がすり減っていたら、既にこの世から消えているかもしれんな」
「「………………」」
ゴクリと、兄弟二人は思わず唾を飲み込んだ。
兄:リョードルは顔を強張らせ、弟:ブラミルはたまらず口を開く。
「マジかよテメェ。自分の息子を地獄に送ったのか? それでも人の親かよ」
「何だその目は? 馬鹿に付ける薬はなかった、それだけの話だ」
「……鬼だなテメェは」
「ふんッ、それは鬼族に失礼な表現だ。彼等は強く、そして聡い。お前等も少しは“彼女”を見習え」
ここで局長は、スッと視線を横に逸らす。
「――エンジュ、二人を頼むぞ」
「御意」
一体いつからそこに居たのか。
部屋の隅から静かな声を返したのは、この場の中で誰よりも若い女性――頭に角が生えた『鬼の管理者』だった。




