78話(2章最終話):この小さな家出を終わらせる為に
「ひっく、えっぐ……うわぁぁぁぁああああ~~~~ん!!」
しばらくの間、テテフは泣いていた。
秘密の道、その出入り口の扉がある螺旋街道の中腹。
ここまで登れば流石に大丈夫だろうと判断した場所から、燃えるゴミ山を見下ろしながら泣いていた。
炎と煙でよく見えない中、時には嗚咽を漏らしながら、燃えるゴミ山をただただ見つめて泣いていた。
地面に膝をつき、大粒の涙を流しながら。
この2年間、溜めに溜め込んだ想いを吐き出す様に――。
「パパ……ママぁ……ぁぁぁぁああああーーーーッ!!!!」
その号泣をかき消すほどの、爆音!!
終わることなない爆発が、未だに下のゴミ山から幾度も響いている。
――“火葬”だ。
ゴミ山の燃焼と共に行われるのは、2年越しの“火葬”。
様々な想いが、彼女の中に駆け巡ったことは想像に難くない。
しかし、どの様な想いが駆け巡ったのかを知ることは、ピエトロを倒すよりも難しい。
(一体誰が、何の為に爆薬を? このタイミングじゃないと駄目だったのか? ……くそッ)
せめて、テテフがお墓を掘り返すまで。
そこまでは待っていて欲しかったというのが本音だけれど、自分でもわかっている。
こんな「もしも」の話をしてもしょうがない。
起きた事実が全て。
ゴミ山は爆発し、燃焼し、地獄となった。
それだけのこと。
これだけのゴミが積もっていれば、元々変なガスも至る所に溜まっていただろう。
爆薬があろうがなかろうが、いずれこうなるのは時間の問題だったのかもしれない。
(……結局、ボクはずっと無力だ。何も守れてない。強くなったつもりで、全然強くなってない)
号泣するテテフ。
彼女の涙を止めることすら今のボクには出来ない。
本当に無力だ。
痛い程にそれを痛感する。
それを更に自覚させる為か、お腹の痛みもぶり返してきて、酷く痛い。
身体も、心も、何もかも――。
――でも。
それでもボク等はこうして生きている。
一度死んで脱獄したボクも。
地獄の様な2年を過ごしてきたテテフも。
まだ、生きている。
生きて動いている。
(……終わりじゃない。今のボクに全部を守る力が無くても、これで終わりじゃない。もっともっと強くなって、全部を守れるくらい強くなって、そうしたらきっと、テテフもこれ以上泣かないで済む筈だ)
だけど今は、その力が無い。
全てを灰に帰す火葬を前に、ボクは号泣するテテフに寄り添うことしか出来ない。
本当にそれしか出来ないから、号泣するテテフの傍に、ただただ寄り添い続ける。
こんなにも頼りないボクだけれど、彼女が何かに縋りつきたくなった時、ちょっとでも頼ってもらえるように。
せめて、彼女が立ち上がる時の“支え”となれる様に。
――――――――
――――
――
―
テテフの嗚咽が落ち着いてきたのは、太陽が同じくらいの目線に降りて来た時だった。
多分、今ならボクの言葉も彼女に届くと思う。
「あのさ、テテフはもう知ってる? ボクが自殺して、だけど地獄から脱獄してきたって話」
「………………」
無言のまま、彼女の瞳が大きく見開かれた。
事前にパルフェから聞いていた可能性もあったけれど、どうやら初耳だったらしい。
彼女から「どうして?」という視線がボクに向けられたものの、そこは話の本題ではない。
ボクもボクでテテフに視線を返し、「色々あったんだ」と短い言葉を返すに留めた。
その代わり――。
「あのさ、こんなボクが言っても説得力は無いかもしれないけどさ、それでも言わせてほしいんだ。例えどんな最後を迎えたとしても、その中にあった“幸せな時間”は、無かったことにしちゃ駄目だって。その先に悲しい未来が待っていたとしても、その時にあった幸せは本物で、そこだけは絶対に否定しちゃ駄目だって思うんだ。それこそテテフはご両親の――大好きな二人の子供になって幸せじゃなかったの? 二人と一緒に居る時間は、キミの中で幸せな時間じゃなかったの?」
「そんなことない!!」
唐突にテテフが叫ぶ。
今一度、その目に綺麗な涙を浮かべて。
「そんなこと、ないッ。パパとママと暮らして……あの人達と一緒に過ごせて、アタシは……アタシは、幸せだった。本当に、幸せな時間だった……」
「うん。それはきっとご両親も同じ気持ちだと思う。だから二人の子供になったことを、キミは否定しちゃ駄目なんだ。それに――ボク達も同じ気持ちだよ」
「……へ?」
「テテフがいると賑やかだし、パルフェなんか本当の妹みたいに可愛がって、とっても嬉しそうで幸せそうだった。ボクも同じ気持ちだったんだけど……テテフは違うの? ボク達と一緒にいて幸せじゃなかった?」
「そんなことない!! アタシだってッ、アタシ、だって……」
涙を堪えようとして、だけどその頬に一筋の軌跡が生まれる。
その涙をペロリと舐める――なんてことはしなかったけれど、人差し指で拭ってあげるくらいなら出来た。
それと、こんな提案も。
「今すぐは無理だけど、いつかはゴミ山の火の手も収まると思うんだ。そしたらさ、新しいお墓を作ろうよ。二人分の立派なお墓を」
「お墓? ……パパとママの?」
「うん。このゴミ山の中から二人の遺骨を見つけるのは大変そうだけど、まぁ一緒にやればきっと何とかなるよ。その時はパルフェとコノハにも手伝って貰ってさ。ついでにおじいちゃんの老体にも鞭打って、皆で立派なお墓を作ろうよ。ね?」
「……うん」
素直に頷いてくれた。
それが何よりもうれしい。
時間が経って気持ちが落ち着いて来たのか、先程までの錯乱した姿は何処にもない。
その姿に少し安堵し、でも、ボクはギュッと拳を握り締める。
『その内、天国のご両親へ逢い行こうよ』
――本当は、彼女にそう言ってあげたかった。
実現可能か不可能かは別として。
希望として、もしくは気休めとして、そんな言葉を言ってあげたかった。
地獄から脱獄して来たボクだからこそ、“それ”が死への冒涜であり、同時に生への冒涜だとわかっていても、それでもテテフが笑顔になるなら構わないと思った。
だけどそれは、パルフェが許してはくれなかった。
『“命の冒涜”は、『AtoA』の中でも特に重い罪なの。私達はもう手遅れだけど……テプ子は“まだ何もしてない”。本当にテプ子のことを想うなら、心苦しいけど、何もしない方がいいと思う』
テテフ捜索の出発前。
パルフェから貰ったこの台詞が、ボクの喉から出掛かった言葉を寸前で止める。
反論など出来る筈も無い。
テテフを不必要な危険に巻き込まない為にも、ここは言葉を飲んで然るべきだ。
『生』と『死』は、絶対的な命の境界線。
そこを破っているボク等の存在が、圧倒的にイレギュラーなのだと今一度自覚しなければならない。
その代わり――にはならないけれど、“この話題”なら何の問題も無いだろう。
先ほど流れたテテフの涙が乾いたところで、「そう言えば」とボクは口を開く。
「風の噂で聞いたんだけどさ、山頂にある幽霊屋敷で、美味しいお肉が誰かの帰りを待ってるらしいよ」
「……肉? 本当に美味い肉か?」
ピクリと反応したテテフの大きな耳。
その率直な動きが愛おしく、思わず笑みがこぼれてしまう。
「勿論、本当に美味しいお肉だよ。風の噂だと、テテフの大好きな人が料理してるんだって。ボクも手伝おうかと思ったけど――」
「お前は手伝うな。肉が可哀想だろ」
「………………」
酷い。
たった一度、キッチンを丸焦げにしただけで酷い言われようだ。
あの後はキッチンのコンロもちゃんと使える様になったし、丸焦げにするヘマはしていないというのに……という余談はともかく。
テテフに“可愛い強気”が戻って来たし、もう心配する必要は無い。
「そろそろ帰ろうか、ボク達の隠れ家に」
「うん!!」
晴れやかな笑顔と共に、ボク等は螺旋街道を登り始めた。
と思ったら、テテフが一人で宙に浮き、そのままスーッと上昇してゆく。
「あれ? 何で一人で先行くの? どうせならボクを運んでくれると嬉しいんだけど……」
「やだ。パル姉の肉は全部アタシの物だ!!」
ッ――抜け駆けだ!!
このタイミングで裏切るとは。
「やーい、悔しかったらここまで来てみろ!! アタシに追いつけるならな!!」
「言われなくても……ッ!!」
ビリビリと、左手で右肩の包帯を乱暴に引き千切る。
こうなったらこっちだって本気だ。
パルフェの手料理を独り占めさせてなるものかと、コノハから禁止されたクロの右腕を再び使い、ボクはテテフの後を追う。
(痛いッ、けど……負けられない!!)
身体が悲鳴を上げている。
お腹も激痛を放っている。
それでも。
この時間がやけに嬉しくて、ボクは全力で螺旋山を登り始めた。
この小さな家出を終わらせる為に、パルフェの待つ隠れ家を目指して――。
【2章】(完)
■■■あとがき■■■
これにて「2章」は完結となります。
「1章」に引き続き、ここまでお付き合い頂いた方、本当にありがとうございました。
なお、「2章」を改稿した関係で、次の「3章」が「81話」からとなります。
「78話」で終わった「2章」とズレが出ていますが、内容に問題はありません。
話数のズレに関しては「5章」の投稿が終わった段階で修正する予定ですので、引き続き「3章」もよろしくお願いします。
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