77話:テテフの行方
天上街:ベックスハイラント。
今や「廃墟」と言って差し支えない街への出入りは、完全に自由となっている。
誰に入場許可証を求められるでもなく、ましてや街を囲んでいた塀は半分以上が崩壊し、塀の意味を成していない。
壊れた塀を軽々と乗り越えた後、ボクは螺旋山の崖を慎重に滑り降りた。
『その右腕は当分使うな。今のお前には過ぎた代物だ』
――隠れ家を出る際、コノハからそんな忠告を受けている。
最早クロとボクは一心同体な訳だけれど、腐っても医者が言うのだから、今くらいは言うことを聞いておくべきだろう。
右腕が使えないので慎重に。
クロの右腕を使えた時の何倍もの時間をかけて(それでも普通の人よりは全然早いと思うけど)螺旋山の中腹に到着。
螺旋街道の脇に見覚えのある扉を見つけ、しかしそこで止まることなく更に崖を降り――ようやくゴミ山に降り立った。
(さてと、噂じゃあゴミの中に“危ない物”が混じってるって話だったけど……何かわからないと用心しようもないね。とにかく気を抜かずに行こう)
危ない物が“あるかもしれない”。
その可能性がある時点で、ここにいる間は嫌でも大きな不安を覚えてしまう。
大量の刃物でも捨てられたのか、処分に困った銃火器でも混じっているのか、もしくは他の何かなのか、それとも何も無いのか判断がつかない。
どうやったって消しようもない不安。
それを払拭する為にも、さっさと目的を達成して帰路に尽きたところだ。
幸か不幸か“目印”は完全に消えていたけれど、それでもそこに目当ての姿はあった。
大きな耳と尻尾を生やす小さな体で、ゴミ山を掘り返している少女の姿が――。
「やぁ」
「ッ!?」
声を掛けると「ビクッ」としたものの、しかしテテフはこちらを振り向かない。
無言のまま、一人黙々とゴミ山を“掘り返し”続けている。
一体、どれだけの時間そうしていたのだろう?
彼女の指先には血が滲み、綺麗になっていた耳と尻尾の毛並みも汚れている。
見たところ1メートルも掘り返せていないけれど、それは彼女が「非力」というよりも、積もったゴミの中に大量の瓦礫が混じっている為か。
アレを掘り返すのは、大人でも一筋縄ではいかない。
こんなやり方では“目的”までたどり着くのに、何日かかるか見当もつかない。
「ボクも手伝っていい?」
「………………」
返事は無かったけど、否定されることもない。
そんなテテフに習って。
ボクも左手一本で積もったゴミを拾い、それを遠くに投げ捨て、また拾い、投げ捨てる。
この作業の繰り返しだ。
終わりが見えない。
それでも黙々と作業を続けていると、後ろからボソリと言葉が聞こえた。
「……怪我、もういいのか?」
「うん、ちょっとだけ痛むけど平気だよ。でもお腹空いたしさ、そろそろ隠れ家に戻らない? パルフェも心配してたよ」
優しい開口一番。
その想いが嬉しくてボクは少しだけ弾んだ声を返した。
しかし、それに返って来たのは少々物悲しい答えだ。
「……いい、アタシはここにいる」
「ここにいるって、それはいつまで?」
「わかんない……でも、ここにいる」
「えぇ~、そんなこと言わずに戻ってお昼にしようよ。お肉食べたくないの?」
「肉は……食べたい」
「じゃあ戻ろうよ」
「いい、アタシはここにいる。戻るならお前一人で戻れ」
「………………」
頑なに戻ろうとしないテテフは、再びゴミ山を掘り返す作業に没頭する。
ボクは「やっぱりか」と深くため息を吐き、作業を辞めてゴミ山に座った。
「――自分を責めてるんでしょ?」
「ッ!?」
澄んだ瞳が見開かれる。
どうやら「当たり」らしい。
「なるほどね、それで居たたまれなくなって隠れ家を出たんだ? テテフは優しいね」
「帰れ!! もうお前に用は無い!!」
唐突にテテフが叫ぶ。
その反応はボクの言葉が「正解」だと、そう言っている様なものだろう。
「帰れと言われてもねぇ、パルフェから頼まれてるんだよ。キミを連れ戻して欲しいって」
「うるさいッ、もうアタシに関わるな!! アタシに関わった奴は不幸になる!! きっとアタシは疫病神なんだ!!」
「……ん?」
意味が分からない。
テテフが疫病神だって?
作業で疲れ過ぎて、頭がおかしくなったのだろうか?。
「神様を名乗るならさ、もっとマシな神様にしたら? 嘘を吐くのはあまり感心しないよ」
「嘘じゃない!! パパもママもッ、アタシを拾ったせい死んだんだ!! アタシがあの人達の子供にならきゃよかったんだ!!」
「………………」
初耳だった。
てっきりお墓の両親が「本物の親」――という表現が正しいかどうかはともかく、普通に実の親なのだと思っていた。
だけど実際は血の繋がった両親ではなかったらしい。
言われてみれば。
亡くなったテテフの両親が「獣人族」だという話は出ていなかったけれど、それはわざわざ言うまでもないことだと、勝手にそう勘違いしていた。
どうやらボクが思っていた以上に、彼女も彼女で色んな事情を抱えていたみたいだ。
――ただし、それはそれとして。
「悪いのはキミじゃなくてピエトロ、そうでしょ? そんな簡単なこともわからないくらい、テテフはお馬鹿さんなの?」
「うるさい!! 誰が悪くても、現にお前は大怪我を負った!! それでパル姉が悲しんで、街だって滅茶苦茶になった!! アタシが関わったせいだ!!」
「それは違うよ。ボクが怪我したのはボクが弱かったからだし、パルフェを悲しませてしまったのはボクだ。街を滅茶苦茶にしたのは無法集団とピエトロで、キミは何も悪くない」
「違うッ、アタシのせいだ!! アタシがお前を頼ったからこんな事になった!! 全部アタシが悪いんだ!!」
「………………」
駄目だ、聞く耳を持たない。
あんなに大きな耳を持っているのに、その大きな耳が意味を成していない。
一人で色々と考え過ぎて、軽くパニックを起こしている様にも見える。
周りが見えていない。
周りの声が聞こえていない。
かつて「これは復讐だ」と自分の死を正当化し、命を投げ出す前の自分を見ているかのようで、少しばかり心に痛い。
彼女を一人にさせては駄目だとボクの直感が告げている。
「テテフ、とりあえず隠れ家に戻ろう。一度シャワーを浴びてスッキリすれば、少しは冷静に――」
ドンッ!!!!
何の前触れもなく、近くのゴミ山が“爆発”。
爆音と共に多数の破片が四方に飛び散り、その一部がボク達を襲う!!
「――え?」
(ッ!!)
時間的余裕は無い。
事態を把握する間もなく呆然としていたテテフを押し倒し、その上へ咄嗟に覆い被さる。
直後、ボクの頭上を「ヒュンヒュン」と鳴る風切り音が通り過ぎた。
突然過ぎる暴虐の時間。
予告無しに襲って来たその時間を必死の思いでやり過ごし、頭上の風切り音が落ち着いてから、ボクはゆっくりと身体を起こす。
――ゴミ山が大きく抉れていた。
小さな隕石でも衝突したみたいに、ゴミ山の中に小さな穴がぽっかりと開いている。
その穴の底に、見覚えのあるお墓らしき物が見えるが……
「パパッ、ママ!!」
「近づいちゃ駄目だ!! “焼け死ぬ”よ!!」
燃えていた。
ゴミ山に空いた穴が、燃えていたのだ。
その穴へ愚かにも降りて行こうとするテテフを引き留め、暴れる彼女を抱きかかえたところで、再び爆音が轟く。
それも1つではない、複数だ。
ゴミ山のアチコチで大きな爆発が起きていた。
(くそ、どうしていきなり爆発を!? 噂にあった“危ない物”って、まさか爆薬だったのか!? ――とにかく避難しなきゃ!!)
今、爆発の理由を考えている場合ではない。
このゴミ山の中に安全地帯があるとは思えず、コノハから厳重注意を受けたばかりの痛む身体に鞭打ち、螺旋街道の崖を駆け上る。
「離せッ、パパとママがあそこに!!」
「大人しくして!!」
暴れるテテフを抑える。
それで益々腹の痛みが激しさを増すが、それでも彼女を離すわけにはいかない。
痛みを堪えて螺旋街道を駆け上る間も「ドカンッ、ボカンッ」と幾重にも重なる爆音が続き、ゴミ山はあっという間に“地獄絵図”と化す。
爆発と燃焼。
そこに立ち昇る黒い煙。
まるで地獄と見紛うばかりの光景に、ボクの背筋がゾッと凍る。
爆発が起きたのも、燃えているのも、今のところは先程までボク等がいたゴミ山の周辺のみだ。
地獄の規模としてはまだ小規模だけれど、この勢いで爆発が続くと何処まで燃え広がるかわからない。
この地獄はまだ生まれたばかりで、しばらくは留まることなく成長してゆくだろう。
(どうしよう、ゴミ町の人達にこの事を伝えるべきか? ……いや、そんな余裕はない)
ギリリと、歯を食いしばる。
何処で爆発が起きるかわからない以上、ゴミ町に向かうだけでも相当危険だ。
この爆発音と煙で危険を察知し、早めに逃げてくれることを願うしかない。
もしくは――。
「パパッ、ママッ!!」
(……駄目だ。テテフに何かを頼むのは危険すぎる)
いくら“魂乃炎”で空が飛べるようになったと言っても、ここで下手に頼みごとをして、その身を自由にするのは危険だ。
彼女は今、錯乱状態にある。
お墓に近寄ろうとして、自ら爆炎の中に飛び込みかねない。
その可能性がゼロではない以上、彼女を一人で行かせるべきではない。
(煙が凄いな、臭いも……ここも危ないか)
火の手がここまで来なくても、そこから発生した煙がボクの鼻を刺激する。
少女の絶叫を無視したまま。
ボクは彼女を抱きかかえながら、避難の為に螺旋街道を更に上へと駆け上った。
*次話、2章の最終話です。




