75話:3日後
~ ドラノア視点 ~
――パチリ。
ボクの目覚めを出迎えたのは、全く見覚えの無い天井だった。
周囲はカーテンで囲まれており、状況を把握したくても把握しようがない。
(ここは……何処だ?)
確かめる為に身体を起こそうとして、
「痛ッ!?」
お腹に走った痛みにより、再びベッドに横たわる。
そんなボクの短い悲鳴に反応があった。
「ん、起きたか。私が誰かわかるか?」
「え……あ、コノハ?」
「ふむ、頭は大丈夫みたいだな。医務室のベッドを3日も占領しやがって」
カーテンを開けて覗いてきたのは、隠れ家のセクハラ医者改めコノハだ。
どうやらピエトロを倒した後、3日間も眠っていたらしい。
お腹に巻かれた包帯がじんわり赤く染まっているけれど、見たところ出血は止まっている。
一命は取り留めたとみていいけれど、その代わり。
クロを出そうにも、右肩に巻かれた包帯が邪魔だ。
左手で無理やり包帯を剥がそうするも、「辞めておけ」とコノハに止められてしまう。
「テメェの右腕は身体への負担がデカすぎる。必要以上に使わない方が身の為だ」
「別にそんなこと……クロとは一心同体だし」
「テメェは医者か?」
「………………」
たとえセクハラ医者だろうと、医者にそう言われたら返す言葉は無い。
「しばらく右腕は封印ってこと?」
「少なくとも、腹の痛みが引くまでは自重しておけ」
「あ、それならもう大丈夫。全然痛くないから包帯を――痛ッ~~!!」
上半身を捻ったら、再びお腹に痛みが走った。
「無理に動くな」と身体が忠告しているのだ。
我慢しようと思えば我慢出来なくもないけれど、流石に今くらいは医者の言うことを聞いておくべきかもしれない。
「ハハッ、痛いと思えるなら生きてる証拠だ。その痛みを忘れる前に、命があることに感謝しろ。どうやらテメェは命を軽く見てる節があるからな」
「……返す言葉もございません」
「それと、後日治療費を請求するから覚悟しとけ。テテフやウシ乳の比じゃねぇからな?」
「うっ、容赦ないなぁ」
街を、隠れ家の皆を守る。
その為に戦って傷ついた人間から治療費を取るだなんて、この人は本当に仲間なのだろうか?
仲間の治療くらい無料でやって欲しいところだけど……いやしかし、それよりも。
「あれから街はどうなったの?」
包帯の巻かれたお腹を押さえつつ、何とか上半身を起こしてコノハに尋ねる。
一拍置いて。
先の質問に返って来たのは、何とも言い難い内容だ。
「建物の半分は全壊、残りの大半も半壊ってところだな。この隠れ家は少々特殊だから問題は無いが……家を無くした奴らの中には、既に街を捨てて出て行った者も多い。遅かれ早かれこの街はゴーストタウンになる」
「……そっか」
ギリリと歯を食いしばると、それがお腹に響いて痛みが走った。
身体の痛みは、それ以上でも以下でもない。
それはわかっているけれど、人を失ってゆく街の痛みを痛感しているようで、嫌にズキズキと身体の奥底に響く。
結局、ボクに街を守ることは出来なかった。
「………………」
「おいおい、何を落ち込んでるんだ? 自分を責めるのは勝手だが、人死にが少なかっただけマシだろう。テメェがいなきゃ、大半の奴らは街を出る前に死んでたんだからな。十分よくやったよ」
「コノハ……」
「ま、死んでも構わねぇ奴らが大半だけどな。クククッ」
「………………」
ボクを励ましてくれたのかと、ちょっとでもそう思った自分が間違いだった。
気を取り直し、改めて気になることを彼女に尋ねる。
「それで、ピエトロはあの後どうなったの?」
「そりゃまぁ死んださ、多分な」
「多分? 誰もピエトロの最後を見てないってこと?」
「あぁ、ゴミに埋もれちまったのさ」
――それからコノハは教えてくれた。
ボクがピエトロを吹き飛ばし、奴がゴミ山に落ちた後。
空から“かつてない量のゴミ”が降ってきて、ピエトロを埋めてしまったらしい。
新たに10メートルほど積もったゴミ山。
そこから人を掘り起こす事、それが大変な労力を要するのは誰の目から見ても明白だ。
大半が家や建物を破壊された街の人々からすれば、“そんな事”に費やす労力など無い。
仮に。
ゴミ山に落ちた時点でピエトロに命があったとしても、ゴミに埋もれてしまった状況下では生きている筈もないだろう。
街を破壊していた瓦礫の竜巻も、ピエトロが落ちた後に止まったという話だ。
モノ言わぬ悪人の死体を、わざわざ多大な労力をかけて掘り起こす必要もない――結局はそういう結論になっていた。
(ま、死体を掘り起こしてる場合じゃないってのはわかるけど……)
そこについてはしょうがない。
しょうがないと思うけれど、それでも気になるところが全く無い訳ではない。
「ピエトロが落ちた所ってさ、最近はゴミが降らない場所だったんじゃないの? だからテテフは、あの場所に両親のお墓を作ったって言ってたし」
「そんなの私に言われても知らねーよ。降っちまったもんはしょうがねぇだろ」
「それはまぁ、そうなんだけど……」
しょうがないと言われると、ボクとしても他に出てくる言葉は無い。
“あの場所”は、テテフの両親のお墓があった場所。
2年間もの間、テテフが過ごした「家」があった場所だけれど、10メートルもゴミが積もれば全て押し潰されてお終い。
何ともスッキリとしない結末だけれど、それでもピエトロを倒せた――テテフの両親の仇が討てたので、ひとまずは「よし」とするべきか。
(………………。………………。……ボク、人を殺したのかな)
一通りの把握が済み。
安堵した心の隙間へ潜り込むように、漠然とそんな気持ちが込み上げて来る。
地獄で過ごした4000年で、何千何万と人を殺めてきたけれど、それらは全て“翌日に復活する”ことが前提での話だ。
剣舞会でパルフェを撃ったダンガルドですら、ボクが直接的に殺めた訳ではない。
無人島では元:人間の妖怪を沢山倒したけれど、今を生きている人間ではなかった。
ピエトロを倒した事に、一切の後悔などある筈も無い。
けれど、人を殺してしまったかも知れない事実に、後悔が無いとは言い切れない。
(でも、手加減していられる状況じゃなかった。ボクだって一杯一杯だったんだ。だから……これでいいんだ)
自分にそう言い訳する。
命を殺めた事に変わりがないことを自覚したまま、それでも、ボクは――。
「おい、起きれる様になったらさっさとウシ乳を連れで出て行け。これ以上治療費が嵩んでもいいのか?」
「ん?」
思考の渦に溺れかけていたところで、コノハが顎でボクの横を指した。
それで今更ながら、隣に“ボクではない布団の膨らみ”を発見する。
恐る恐る布団をめくると……。
「わッ!?」
パルフェがいた。
ボクの横で丸くなり、心地よさそうにぐっすりと眠っている。
「い、いつの間に……」
「最初からずっとだよ。この3日間、お前の横で四六時中辛気臭い顔して、マジで迷惑してたんだ。動けるならそいつを連れてさっさと出て行ってくれ」
「りょ、了解」
と答えたタイミング。
パルフェがパチリと目を覚ました。
直後。
ボクと目が合い、吸い込まれそうな大きな瞳からブワッと涙が溢れ出し――
「どヴぁのずげぇ~~!!」
――思いっきり抱きつかれる。
それも、思いっきり痛むお腹をギュッと抱きしめられて。
「ッ~~~~!!!!」
到底耐え難い、想像を絶する激痛。
ピエトロに腹を貫かれた時と同じくらいの痛みを覚え、ボクは再び気を失った。




