73話:お前に、勝つまで
「えっ、アレ? 生きてる……い、今の内に……!!」
ピエトロに殺される寸前。
九死に一生を得た恰幅のいい男性が、転がるようにその身を起こす。
いまいち状況の把握は出来ていないらしいが、命があるなら儲けものとばかりに「これ幸い」と転がる様に逃げ出した。
その男性を追うこともなく、ピエトロは変わらずに眉をひそめ続ける。
――狐に抓まれた様な話だ。
先ほど殺した筈の少年が、この場に現れただけでも不可解。
加えて、彼の腹に空いていた筈の風穴も“真っ黒な何か”によって塞がっている。
(あの黒ヘビで腹の穴を塞いでいるのか? 何て無茶苦茶な野郎だ)
しかし。
だとしても彼は納得がいかない。
(3000メートルの高さから投げ捨てたんだぞ? 何故生きてる? 空でも飛べねぇ限り、絶対に助かる訳が――)
そこで、ふとピエトロは思い出す。
“これで2度目”だ。
高所から落ちた筈の人間が生きているのは。
あり得ない話が2回も重なれば、それは最早で偶然で済む話ではない。
2回も起きた不思議な出来事は、この『AtoA』では“魂乃炎”による必然となる。
(まさか、死の瀬戸際でテテフに“魂乃炎”が発動していたのか? そんな素振りは見えなかったが……)
それでも、目の前には少年がいる。
それが全てだ。
過程がどうであれ、結果から目を逸らすわけにはいかない。
当然、生存者が彼一人だと断定するのは早計か。
「おい、あの糞ガキはどうした? 奴が空を飛んだか、もしくは落下の衝撃を和らげたのか?」
「……泣いてた」
「あ?」
「テテフが泣いてた」
「……それが?」
「全部お前のせいだ。お前のせいであの子は両親を亡くし、あの子の2年間は滅茶苦茶になった。――全部、お前のせいだ」
ギロリッと、少年が真っすぐに睨み返す。
その真っすぐな視線を、ピエトロは鼻で笑い返す。
「ハッ、それがどうした? ゴミみてぇな生活を送ってる奴なんざ、この世界には腐るほどいるだろ。他の奴がよくてアイツが駄目な理由でもあるのか? それともテメェは、ごまんといる底辺の人間全てを助けるつもりか?」
「黙れ。そんな戯言は他人を傷つけていい理由にならない」
「おーおー、随分とご高尚な言葉を吐いてくれるじゃねーか。そんなモン、この『Lawless World (無法世界)』じゃあ何の意味も成さねぇよ。俺を止めたきゃ力づくで止めてみろ。瀕死の身体でそれが出来るならな」
「勿論、言われなくてもそのつもりだよ。ボクの口から言わないとわからなかった?」
「……生意気を」
ならばこそ。
改めて殺してやろうと、ピエトロは今一度瓦礫の鎧を纏う。
相手が死にかけだからと、ここで油断する様な男ではない。
(もしテテフが生きてるなら、また俺の死角から狙って来る可能性もある。やられてやるつもりはねぇが……警戒したまま戦うのも面倒だ。ここは力でゴリ押す!!)
ピエトロが狙ったのは“短期決戦”。
瓦礫に乗って一気にドラノアへと近づき、巨大な瓦礫の拳を振り上げ、振り下ろす!!
その振り下ろされた瓦礫の腕に、“蜷局を巻いた”黒ヘビの一撃がぶつかった!!
(――勝ったな)
瓦礫の巨腕が、グッと黒ヘビに食い込む。
質量の差は歴然。
こちらがパワーで押し勝った証拠だと、ピエトロがそう思った直後。
「“黒蛇:蜷局拳”」
急激に黒ヘビが“押し返し”、瓦礫の巨腕が弾き飛んだ!!
「なッ!?」
まさかの事態に目を見開くピエトロ。
その間も止まらぬ黒ヘビの一撃が、ピエトロが纏っていた瓦礫の巨体を吹き飛ばす!!
(くそがッ、さっきまでの比じゃねぇ!! 何だこの威力は!?)
宙を飛ばされながらピエトロは焦っていた。
油断していた訳ではない。
しっかりと「勝ち」にいった筈の一撃がはじき返され、逆に自分が吹き飛ばされたのだ。
纏った瓦礫の鎧が1つ2つと建物を巻き込みつつ、3つ目の建物にぶつかり、その身体を構成していた瓦礫の半分を失ったところで、ピエトロはようやく止まる。
崩れた建物の瓦礫がガラガラと降りかかるも、彼はその瓦礫を“纏い直す”。
再生能力を持った生き物の様に、再び瓦礫の巨体を創り上げたのだ。
制御しきれなかった瓦礫により多少の傷は受けたものの、ピエトロの思考・身体能力に何ら問題は無い。
あえて、見せつけるようにゆっくりと立ち上がった彼の前に、黒い煙を立ち昇らせる小さな少年が立ち塞がる。
ギロリと、ピエトロは少年を――ドラノアを睨む。
「やってくれるじゃねぇか、死に体のくせに。腹の穴を塞いだからといって、重傷なのは変わらねぇだろ。血も流し過ぎている筈だ。立つのもやっとの状態なんだろう?」
「うん、そうだね。だからさっさと終わらせたいんだ」
身を屈め、相対するドラノアが殴りに来る!!
“蜷局を巻いた”黒ヘビの右腕で。
「大人を舐めるな!!」
反撃とばかりに、再び瓦礫の巨碗で殴り返すピエトロ。
その感覚では確かに“押し勝った”筈なのに、しかしその後に押し返されて、結局宙を舞ったのは彼の方だ。
ギリリと、ピエトロは歯を食いしばる。
(――“バネ”か!! あのチビガキ、黒ヘビを蜷局状にして瞬間的なパワーを跳ね上げてやがる!! だが、それにしても俺の方が吹き飛ぶのは納得いかねぇッ!!)
重さ、質量の差は歴然の筈だ。
いくら黒ヘビがバネの力を手に入れても、瓦礫を幾重にも纏うピエトロの方が質量的には重い。
その二つがぶつかれば、普通に考えて少年の方が大きく吹き飛ぶ筈なのに、しかし現実はそうなっていない。
不可解だ。
複数の建物を破壊し、瓦礫の鎧も失ってようやく止まったピエトロは、フラフラと立ち上がりながら悔し気にドラノアを見据える。
(……認めたくねぇが、このまま接近戦を続けるのは不利だ。一旦宙に逃げて、奴の体力切れを待つのが得策か)
不安要素のある接近戦に付き合う必要は何処にも無く、ならば一番勝率の高い“待ち”の作戦に切り替える。
ピエトロは強欲だが、その考えは柔軟だ。
彼は再び瓦礫の鎧を纏い、瓦礫の足場に乗って空に浮遊した。
(この高さなら黒ヘビのリーチ外。俺に手の出しようも……あ?)
そこでピエトロは気づく。
彼の黒ヘビが、“ナイフを咥えている”ことを。
「“黒蛇:大鎌鼬”」
「ッ!?」
リーチのある特大の一振り。
その一振りで生まれた巨大な斬撃が、ピエトロ目掛けて一直線に迫る!!
「“瓦礫壁”」
一緒に浮かせていた瓦礫を前後に並べ、咄嗟に幾重もの壁を作るが――
斬!!!!
瓦礫の壁を切断し、纏っていた瓦礫の鎧も切断される!!
結果、巨大な斬撃がピエトロを襲った。
「がぁッ!?」
身体を大きく斬られ、鮮血が激しく噴き出す。
即死に至るダメージではなかったものの、これでは“待ち”の作戦がどちらに転ぶか怪しくなった。
「このチビガキがァァアア!! その腹にもう一度風穴を開けてやる!!」
“瓦礫筍槍”――地面から突き出る瓦礫の槍!!
身を翻し、それを避けるドラノア。
彼は再び黒ヘビで蜷局を巻き、それを“地面目掛けて放ち”跳躍する!!
(バネの反動でジャンプを? だが、この高さには届かねぇ!!)
常人の跳躍力を遥かに超えた、10メートル近いジャンプを見せるドラノア。
“魂乃炎”の炎も見えないのに、少年の動きは次から次へと予想の斜め上を行く。
だが、ピエトロはそれ以上の高さにいる。
ここで気を付けるべきは先程の巨大な斬撃のみだと、この時はまだそう思っていた。
少年の左手から爆炎が放たれ、“空中で加速する”までは。
「なッ!?」
「逃がさない」
「ッ――それはこちらの台詞だ!!」
強烈な黒ヘビの一撃!!
それを敢えて許し、ピエトロも瓦礫で応戦!!
次々と生まれる爆炎の煙と瓦礫の塵。
視界が徐々に悪化する中、空中で激しい攻防が繰り広げられる。
防御の要となる鎧。
それを構成する瓦礫は徐々に剥がれ、逆にドラノアの身体には秒毎に生傷が増えていく。
互いに譲らぬ激しい消耗戦。
その激しい消耗故に「終わり」はそう遠くなかった。
「うッ!?」
ドラノアの腹、そこから血が噴き出す。
応急処置的に体内から黒ヘビで塞いでいたものの、それで耐えるのも限界を迎えたのだ。
激痛に顔を歪ませたその隙に、ドラノアの背中に瓦礫が直撃!!
体勢を整える事も出来ず、少年は地面に墜落。
それでも尚立ち上がろうとする彼を、ピエトロは笑った。
「ハハッ、死にかけの癖に無茶し過ぎだ!! 限界を超えたその身体で、あと何秒持つんだ!?」
「――お前に、勝つまで」
「ほざけッ、宙で俺に勝てると思うな!! ……はぁ、はぁ、これで終わりだ!!」
瓦礫の鎧を全て切り離し、身軽になったピエトロは更に上空へと浮上。
そしてすぐさま両腕を振り上げる。
「死に体の身体で、耐えられるモノなら耐えてみろ。この“終わりがねぇ攻撃”をな……ッ!!」
“街中の瓦礫”を宙に浮かせ、ピエトロの操作で徐々に回転を始める瓦礫。
ドラノアが呆気に取られる数秒で、彼は「瓦礫の竜巻」を創り上げた。
「“瓦礫流竜巻”」




