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72話:無駄な2年間

「「「……は?」」」


 前市長:ピエトロ及び、その妻エクドレアを殺害した犯人はピエトロ。

 その事実を叫ぶテテフの必死な訴えに、しかし街の人々はポカンとした顔を返した。

 この場面でお前は何を言っているんだと、呆れの混じった反応だ。


「おいおい、ピエトロさんがそんな事する筈ないだろう」

「そうよテテフちゃん。親が死んで辛いのはわかるけど、その責任を人に押し付けても解決はしないわ」

「ピエトロさん、アンタからも言ってやれよ。トマスの野郎は無法集団アウトライブにやられたんだろ?」


(……全く、呆れた連中だな)


 ピエトロは見下す様に鼻で笑う。

 この状況下でまだ自分を信じている馬鹿がいることが、おかしいを通り過ぎてむしろ不愉快に思えてくる。


「馬鹿には何を言ってもわからねぇか。まぁわからせる必要も無いが……冥途の土産だ。ガキを目の前で殺せば、2年前の真実が嫌でもわかるだろう。“こいつ”も一緒に処分してやる」


「へ? ピエトロさん……?」


 まさかの言葉に戸惑う人々。

 その目の前で、ピエトロは物言わぬ少年の足を持ち上げた。

 右手にはテテフの足を、左手にはドラノアの足を掴んだまま、瓦礫の足場で宙に浮き上がる。


 ボタボタと、血を滴らせる少年の動かぬ身体。

 それを目の当たりにしたテテフが瞳一杯の涙を浮かべる。


「辞めろ!! そいつは関係ない!!」


「ハハッ、関係ないってことはねぇだろ。こいつは無法集団バカどもを片付けてディグリードまで倒し、俺の計画を邪魔した大罪人だ。このまま放っておいても勝手に死ぬが、どうせならテメェと一緒に殺してやるのが“優しさ”ってもんだろ?」


「頼むッ、そいつは見逃してくれ!! 全部アタシが悪いんだ!!」


「……うるせぇな。ゴミがそれ以上喋るんじゃねーよ」


 視線を返すこともせず、冷たい言葉を放つピエトロ。

 そのまま街全体を見渡せる位置まで浮上し、そこで彼は両腕を振って――呆気なく二人の身体を離した。


 まるでゴミでも捨てるかのように。

 人間の命など、虫けら以下だとでも言わんばかりに、彼は自分にとってのゴミを放り投げる。


「あばよクソガキ、無駄な2年間だったな」


「くそッ、くそッ、くそォォォォオオオオ!!!!」


 血と涙の放物線を描き、そのまま街の外まで投げ出される二人。

 死へと向かう3000メートル落下の最中、テテフは無我夢中でドラノアの元へ寄り、叫んだ。



「死ぬな!! お前が死んだらパルねぇが悲しむ!!」



 必死に叫んだところで、しかし少年は返事を返さない。

 彼は既に虫の息だ。


 わざと意識の無い振りをして、反撃の機会を伺っていた訳でもない。

 お腹を貫かれ、血を大量に流した結果、死んでいないだけの死に体になっている。


(くそ!! アタシがこいつに頼らなければ……!! アタシのせいで、こいつは……ッ!!)


 自分が招いた不幸で彼が死ぬ。

 大好きなパルフェの、大好きな人が死ぬ。

 両親の敵討ちどころか、頼った少年を巻き込んで死ぬ。

 二人一緒にゴミ山へ落下し、元の顔がわからなくなる程ぐちゃぐちゃになって死ぬ。



 父と母の最期がそうだったように――。



 眼下に迫るゴミの山が、そのまま自分達の墓場となる。

 大好きだった両親と同じだ。

 大好きな両親が眠る場所で、自分も一緒に眠りにつくことになる。

 その現実を、最早受け入れるしかない。



 “生き地獄を生きるくらいなら、ここで死んだ方がマシよ”



 2年前、母が残した言葉がテテフの中に蘇った。


(……そう、なのかもしれない。出来もしない夢を描いて、無駄に生き残ったアタシが馬鹿だったんだ……もう、疲れちゃった)


 彼女はそっと目を閉じる。

 数十秒後に「死」が迫る中、脳裏に蘇るのは両親と居た頃の楽しい記憶――ではない。


 この2年間、毎日が地獄だった。

 腐った残飯に手を出し、腹を壊すことなど日常茶飯事。

 腹に入れられるモノなら何でも食べた。

 稀にゴミ山の中から見つかる「缶詰」が、一番の御馳走と言っても過言ではない。


 極めて惨めで、悲惨な辛い毎日の繰り返し。


 同い年の知り合いが出来ても、数週間と経たずに行方がわからなくなる。

 誰々に買われたとか、誰々に売られたとか、聞きたくない言葉も沢山耳にした。

 大人を頼ろうとしたこともあったが、トマスの娘だとバレて殴りかかられた過去もあり、彼女は自ずと人に頼ることを辞めた。


 久しぶりだったのだ、誰かに頼るのは。

 心の底から本気で人に頼るのは。


 頼った結果、その相手と共に死ぬ。


 今となっては、ただただ申し訳ない気持ちで一杯だけれど、最早彼女に出来ることなど何も無い。

 ギュッと、彼女は少年を抱きしめる。

 渦巻く感情の全てを込めて、それ以上の「ごめんなさい」を心に宿して彼を抱きしめる。



 すると――今にも消えそうな、擦れた声が聞こえて来た。



「……生きて」



「ッ~~!!」


 奇しくもそれは、母が死に際に残した最期の言葉と同じだった。

 死の瀬戸際に立たされた少年の、死に逝く母と同じ言葉に、テテフは泣いた。

 泣きながら、叫んだ。



「……嫌だ……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないッ、アタシはこんなところで死にたくないッ!!!!」



 ――ドクンッ。


 彼女の心臓が高鳴る。


 ――ドクンッ!!


 それは最早“鼓動”というよりも“悲鳴”だ。


 ――ドクンッ!!!!


 彼女の心臓が悲鳴を上げた結果、その胸に炎が燃え上がる……ッ!!



 ■



 ~ ゴミ山のゴミ町にて ~


 男性は見ていた。

 以前は山頂のベックスハイラントでパン屋を営み、今はゴミ町でひっそりと暮らす男性は見ていた。


 螺旋山の山頂から降って来た“何か”。

 それが二人の人間だとわかった時、突然光を放った。

 そしてその光が、Uターンする様に“急上昇”する光景を。


「テテフ……ちゃん?」



 ■



 ~ ベックスハイラントの街中にて ~


「頼むッ、何でもするから助けてくれ!! この街以外に行く場所が無いんだ!!」


「………………」


 ピエトロは「無」の表情を返す。

 足に縋りつき、必死に懇願する恰幅のいい男性を前に、風で飛ばされてきたゴミでも見る瞳で。


 懇談する男性の背後には廃棄怪物ダスティードが控えており、今すぐにでもその命を摘み取ることが出来る状況。

 死の淵に立たされた男性のなりふり構わない命乞いに、ピエトロは仕方なしにと口を開く。


「本当に何でもするんだな? その言葉に偽りは無いか?」


「無い!! 何でもする!! 本当だ!! だから命だけはッ、頼む!!」


「そうか。それなら――死ね」


「……え?」


「何でもするんだろう? 今すぐ死ねよ」


「ッ~~!!」


 命乞いは無駄だった。

 男性は慌てて逃げようとするも、恰幅のいい体では素早い動きが出来る筈も無い。

 足がもつれ、彼は呆気なく転んでしまう。


 そして慌てて振り返った先には、武骨な腕を振り上げた廃棄怪物ダスティードの姿があった。


「ひぃッ!?」


 最早逃げ場はなく、堪らず目を瞑る男性。

 覚悟していない死を、それでも拒む術が無いと悟り、彼は命を諦めて目を瞑る。


(……無様だな。これが力を持たない奴の末路か)


 男性を憐み、蔑んで、慈悲は無い。

 ピエトロの指示で廃棄怪物ダスティードが腕を振り上げ、あとはそれが振り下ろされるだけの場面。


 ――そこに、不意の声が届く。



「“黒蛇クロノ喧嘩首ネッキング”」



「ッ!?」


 廃棄怪物ダスティードが吹き飛んだ!!

 その吹き飛んだ『廃棄怪物ダスティードと入れ替わる様に、“見覚えのある少年”がスタンッと着地する。


「馬鹿なッ、あり得ねぇ……どうしてテメェがここにる?」


 目を見開き、堪らず眉をひそめるピエトロ。

 彼の視界に映るのは、先程上空から投げ捨てた筈の、今頃はゴミ山で死体となっていた筈の少年だ。


 落下の衝撃で死ぬか、それ以前に出血多量で死ぬか。

 その2択しか未来が存在しなかった筈の少年が、たった今廃棄怪物(ダスティード)を吹き飛ばし、ピエトロの前に着地した。

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