71話:お前を殺すまでアタシは死なない
*前半はピエトロ視点のお話です。
廃棄怪物に襲われ逃げ惑う人々と、破壊された建物の崩壊音。
混乱を極める音がアチコチから鳴り響く中、纏っていた瓦礫の鎧をガラガラと脱ぎ捨て、ピエトロは「ふぅ~」と安堵の息を漏らす。
「ったく、無駄に素早いガキだったぜ。ちょこまかと動きやがって」
たかだか小さなガキ1匹――そう侮り舐めてかかっていたら「まさか」の可能性もあっただろう。
ただ、そこは先に車掌:ディグリードがやられてた為、小さな姿から受ける印象以上に警戒していたのが功を奏した。
結果を見れば彼の完勝。
目の前には、腹を貫かれた少年が血まみれで倒れている。
「ピ、ピエトロさん!? 何でその子を刺したんだ!? その子は俺達を守ろうとしてくれたし、そもそもどうしてアンタが瓦礫を――え?」
瓦礫の槍。
それが腹に突き刺さり、声を掛けてきた男性は呆気なく言葉を失った。
人一人を始末して顔色一つ変えないピエトロは、言葉を失った男性に代わって気だるそうに口を開く。
「さて、これで廃棄怪物の遠隔操作に全力を使える。さっさと全員を始末するか」
近くの瓦礫に足を乗せたピエトロ。
上空から街全体を俯瞰しつつ、6体もの廃棄怪物を完璧に操ろうという魂胆だ。
並の“魂乃炎”所持者であれば不可能に思えるその所業も、懸賞金が「億」越え確実なピエトロならばそれも可能となる。
(普段、廃棄怪物には一定の行動ルーチンを与えているが、その動きは大雑把なモノだ。街の住人共が家を捨てて「逃げ」に徹すれば逃げられる。俺が直接制御しねぇと)
その為に、いざ浮き上がろうとして――
「ぐッ!?」
背中に“ナイフが刺さった”。
「何をしやがる!!」
反射的に振り向き、背中を刺した犯人の腕を掴むピエトロ。
その目がハッと見開かれたのは、頭の上に生える獣耳に見覚えがあった為だ。
「……こいつは驚いた。まさか本当に生きていたとは」
「お前を殺すまでアタシは死なない!! パパとママの仇をここで討つ!!」
――背中を刺した犯人。
それは2年前に殺したトマス夫妻の娘:テテフだった。
苦痛に顔を歪めるピエトロは、しかし致命傷には至らない傷である事を認識し、ナイフが突き刺さったままジロリと彼女を一瞥する。
「“あの状況”からどうやって生き延びた? 2年前、お前もエクドレアと一緒に螺旋街道から落ちた筈だ」
「うるさい!! お前を殺してやる!!」
ブンッと腕を振るうテテフ。
それに当たるピエトロではないし、当たったところでどうという事もない。
彼は「ふんッ」と鼻で笑う。
「威勢のよさは相変わらずだな。トマスの執事をしていた時は、お前のやんちゃに手を焼かされたものだ。あの高さから落ちてまだ生きているのは不可解だが……まぁ生き延びた理由はどうでもいい。どうせここで死ぬんだからな」
「黙れ!! 私がお前を殺すんだ!! パパとママの仇を私が――」
「黙るのはテメェだ」
「きゃッ!?」
脚を蹴り、テテフのバランスを崩すピエトロ。
そのまま彼は地面の瓦礫を操り、先端の尖った槍を突き上げた!!
「“瓦礫筍槍”」
「ッ――」
先程ドラノアを貫いたその槍が、しかしテテフを貫かない!!
槍が突き刺さる土壇場。
彼女は尻尾で槍を薙ぎ払い、飛び跳ねる様に横へと逃げる。
小さな獣耳の少女は、そのまま建物の陰へと隠れてしまった。
「チッ、アイツがすばしっこいのを忘れてたぜ。獣人族はこれだから面倒だ。ガキでも身体能力だけは高いからな」
とはいえ、所詮は大人と子供。
しかも“魂乃炎”所持者とただの少女だ。
結果は既に見えており、後はその結果が訪れるまでの時間が早いか遅いかの差でしかない。
背中のナイフを抜き捨て、瓦礫に乗ったピエトロは天高く浮上。
コンッと、踵で足場を踏むと、瓦礫に無数のヒビが入った。
ピエトロはその足場から飛び降り、落下と同時にヒビの入った瓦礫を操り――真下に降らせる!!
「“瓦礫五月雨”」
瓦礫が拡散し、無数の雨となって駅前広場に降り注ぐ!!
「ぎゃああああ!?」
「痛ぇぇええええ!!」
「頼むから辞めてくれぇぇええ!!」
信じていた者からの攻撃に、逃げ遅れた人々の悲鳴が上がる。
その渦中に、先程仕留め損ねた少女が混じっていることを彼は見逃さない。
「そこにいたか」
「ッ~~!!」
声ならぬ声の持ち主はテテフだ。
素早く動いたところで避けきれぬ量の小さな瓦礫を受け、アチコチから血を流しながら地面に倒れている。
その小さな身体で。
物言わぬ少年に降りかかる瓦礫を、代わりに自分で受け止めながら――。
「ははっ、泣けるじゃねぇか。いや、それとも笑うところか?」
新たに浮かせた瓦礫の足場。
ピエトロはそれを次々と飛び降り、あっという間にドラノアを庇ったテテフの元へと辿り着く。
倒れたまま動けぬその華奢な足を掴み、グイッと宙吊りの形で持ち上げた。
「くそッ、離せ!!」
「言われなくても離してやるさ。テメェを3000メートル下のゴミ山へ放り投げる時にな」
「ッ!?」
まさかの言葉にジタバタと暴れるテテフだが、足を掴まれた宙吊りの状態では逃げることも叶わない。
彼女の命は風前の灯火。
これから死刑執行が始まろうかという場面で、悲鳴が轟く。
「助けてくれぇぇええ~~!!」
「……あぁ?」
テテフではないその悲鳴に、ピエトロが気だるけに振り向く。
彼の瞳に映ったのは、廃棄怪物から逃げる人々が押しかけて来る光景だ。
命辛々逃げている最中――だというのに。
高級時計やネックレスといった装飾品を身に付けているところを見ると、この街の中でも特に裕福な層の人間だとわかる。
その中の一人が血相を変え、ピエトロの近くにやって来た。
「ピエトロさん何やってるんだ!! 早く俺を助けてくれてッ……って、その子はテテフじゃないか!? 裏切り者トマスの一人娘だ!!」
「それがどうした?」
「えっ? あ、いや……どうしたも何も、その子は死んだって話じゃあ……」
「見ての通り生きていた。だが問題無い。これから死ぬからな」
「えっ?」
■
~ 数分前 ~
“テテフ”はひっそりと見守っていた。
己の悲願を託した少年の行く末を、建物の陰からこっそりと見守っていた。
少年が車掌:ディグリードを見事討ち果たし、彼を頼ったことは間違いではなかったと安堵した――その後だ。
唐突に現れたピエトロによって、彼は呆気なく敗れてしまう。
彼が負けてしまった現実と、彼を死なせてしまう現実。
そして、両親の敵討ちが失敗したという現実に、テテフの理性は箍が外れた。
「ッ~~~~!!!!」
声なき声と共にナイフを構え、彼女はピエトロの背中に一撃を入れる!!
だが、そこまでだ。
圧倒的な実力差を前に、彼女は成す術も無かった。
―
――
――――
――――――――
「……その子を殺す? ピエトロさん、一体何を言ってるんだ?」
廃棄怪物から逃げ、ピエトロの元に辿り着いた人々。
彼等はピエトロの言葉を、すぐに受け入れることが出来なかった。
前市長トマスの娘が生きていて、しかもその娘をピエトロが「殺す」と言うのだ。
「無駄、だ……」
死の瀬戸際に立たされ、宙吊りとなったテテフが声を絞り出す。
今にも枯れそうな蚊の鳴く声を、今も尚ピエトロを信じる人々に向けて。
「この男は、ずっとお前達を騙してた……アタシが、殺す……こいつを、アタシが――ぐッ!?」
腹を殴られ、テテフが悔し気に歯を食いしばる。
そんな少女の姿を前に、事情を知らない住民達は困惑の表情を浮かべる他ない。
「ピ、ピエトロさん。いくらトマスの娘でも子供をイジメるのは可哀想だぜ」
「そうよ。別にその子が街のお金を横領していた訳じゃないんでしょう?」
「待て待てッ、そんな話は今どうでもいいだろ!! それより廃棄怪物をどうにかしてくれ!!」
混乱下に訪れた困惑の状況。
逃げて来た者達それぞれが好き勝手喋り出すと、最早事態の収拾はつかない。
ピエトロは眉間にしわを寄せ、「チッ」と大きく舌打ちをする。
「いい加減うるせぇな。――おい小娘、馬鹿な街の連中に教えてやれよ。誰が何をしたのかを。2年前にトマスを殺したのが誰なのかを」
そう口にしてから、ピエトロが大きく腕を動かした。
まるで指揮者の様な振る舞いで、あえて見せつける様に振舞う。
すると、近く似た廃棄怪物の動きがピタリと止まった。
「「「……え?」」」
まるで“廃棄怪物を操っている”かのような、そんな光景に困惑する人々。
今まで彼が廃棄怪物を操り、街を襲わせていたようにすら思える光景。
しかしそんな筈は無いと、これまでピエトロを信じていた人々は相反する二つの思いを受け止められずにいる。
――不意に訪れた静寂。
ここでテテフは、ギリリッと歯を食いしばった。
「こいつがパパとママを殺した!! 2年前も、今回の事も、全部ピエトロが仕組んだ事だったんだ!!」