67話:15万のバルトロール
*前半はピエトロ視点のお話となります。
~ ドラノアがゴミ山の上で眠っていたその頃 ~
ベックスハイラントの夜空を彩る、息を飲むほどに美しい満天の星空と満月。
それら夜の主役をカーテンで隠した屋敷の主人は――市長:ピエトロは、“とある少年”の記憶を夢見ていた。
一体、その夢を見るのは何度目のことだろうか?
数えきれない程に繰り返し見て来た光景を、彼は今日も瞼の裏に浮かべている。
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『バルトロール』。
それが夢に出て来る少年の名前だ。
彼の父親はベックスハイラントに住む金持ちの男で、母親はその屋敷で働く従者の一人。
男にはれっきとした妻がおり、妻は妾とその子供の存在を知らないで過ごしていた。
つまりバルトロールは、男と従者との間に生まれた「隠し子」という話になる。
何事も発覚しなければ問題にもならないが、それがいつまでも隠し通せるとは限らないのが世の常か。
バルトロールが6歳の時、彼が「隠し子」である事が表沙汰となった。
激怒した本妻から追放を喰らった従者の女――バルトロールの母親は、泣く泣く下のゴミ山へと追いやられる。
一転して地獄。
バルトロールもそのあおりを喰らい、劣悪な環境で暮らす羽目となる。
明日の飯どころか今日の飯にも困るゴミ山では、健常な子育てなど到底出来る筈もない。
バルトロールの母親はゴミ山に降りて間もなく病床に伏せ、息子の献身的な介護の甲斐もなく静かに命を落とす。
奇しくもその日は、バルトロール7歳の誕生日だった。
「これから、どうやって生きて行けば……」
幼くして絶望の淵に追いやられた少年。
呆然としたまま動けぬバルトロールに更なる追い打ちがかかったのは、母の死から3日と経たない日の事。
“人攫い”の二人組に、幼い彼は見つかってしまった。
「おい見ろ、ガキがいるぞ」
「一人か? 若い母親がいるなら結構な金になる。一緒に攫っちまおう」
「いや、駄目だな……うじ虫が湧いてらぁ。既に腐ってやがる」
「うっ、こりゃひでぇ匂いだ。今回はガキだけだな」
大の大人二人に栄養失調の子供が抵抗できる筈もなく、バルトロールはあっさりと人攫いに捕まる。
そして二日後には世界的に禁止されている筈の、しかしそんなことなど関係ないとばかりに開催された「奴隷オークション」に出品された。
『他にいませんね? それでは、24番の方が15万Gで落札となります』
――15万G。
奴隷オークションで決まったのは、バルトロールの人間としての値段と、そして地獄の日々の幕開けだった。
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「ちッ、使えねぇなぁ。ちゃんと働けよゴミクズが!!」
「うッ!?」
落札した男は非常に気性が荒く、バルトロールは毎日の様に暴力を振るわれた。
結果、奴隷となって1カ月も経たない内に、彼の左耳は鼓膜が破けてしまう。
衛生的とは言えない環境の為か左耳は感染症は引き起こし、彼の鼓膜が上手く再生することはなく、左耳の聴力をほとんど失った。
その後もバルトロールの人生は、ゴミのように扱われ続ける地獄の日々が続く。
このままではいつ死んでもおかしくない、むしろ死んだ方がよっぽど楽だと、彼が心の底から死を願ったその日。
「ちゃんとしろって言ってんだろ!!」
男に花瓶を投げ付けられ、バルトロールは頭に大怪我を負った。
血塗れで床に倒れ、このまま息を引き取ることを悟るも、しかし彼の運命は終わらない。
突如として、その胸に炎が燃え上がる。
“魂之炎”が発動したのだ。
そして気がついた時、彼の前には花瓶の破片が身体中に突き刺さった「男の死体」が転がっていた。
「はっ、はっ……ははっ、ざまぁみろッ!!」
それからバルトロールは、死体となった男の“資産”を奪って逃走を開始する。
『全世界管理局』から指名手配となるとも、せっかく手に入れた大金を手放すものかと、彼は闇に紛れて逃走を続けた。
そんな生活を3カ月ほど続けたある日、“闇社会の大物”が彼を拾う。
「自分を買った金持ちを瓦礫で殺したって? ダハハハハッ、そりゃあ“瓦礫操”って“魂乃炎”だ。運が良かったな」
「運が良い? こんな糞みたいな人生なのに?」
「ダハハハハッ、それがどうした? テメェはその力の価値をまだ理解出来てねぇ。“魂乃炎”が発現する幸運を何もわかっちゃいねぇんだ。――来いよ、俺がお前に“本当の世界”ってもんを見せてやる。こんな糞みてぇな世界よりもよっぽど面白れぇぞ? 俺の夢はその世界で叶うのさ」
「………………」
キラキラと少年の様に瞳を輝かせる男、その純粋無垢な顔にバルトロールの心は揺れた。
地獄の様な日々を生きてきた彼にとって、それは生まれて初めて見る類の顔だった。
――だからだろうか?
気が付けば、自然と男に質問していた。
「アンタの夢って何だ?」
「聞きてぇのか? だが今は教えねぇ。金を持ってきたら教えてやるよ。俺の夢を叶える為にはいくら金があっても足りねぇんだ」
「金……でも俺、そんなに稼げない。身体も弱いし」
「ダハハハッッ、誰がテメェの身体で稼げと言った? いいか坊主、人一人の身体で稼げる額なんざたかが知れてる。俺が欲しいのは何万、何十万の世界じゃない。何億、何十億――それ以上の世界だ。それだけの金を稼ぎたかったら身体じゃなくて頭を使え」
「頭を使う……具体的にはどうすればいい?」
「それはテメェが考えろ。俺は馬鹿だからな!! ダハハハハッ」
――その出逢いから35年。
バルトロールは実に様々な世界を回り、実に様々な方法を試した。
スリから始まった金稼ぎは、詐欺や賭博、銀行強盗や人身売買を経て、順調に動かす金の単位も上がった。
やがて懸賞金も「億」に近づき、益々身を追われるようになった彼は「整形」によって顔を変える。
そして生まれ故郷である『Lawless World (無法世界)』の天上街:ベックスハイラントに戻って来たバルトロールは、これまでよりも安全に稼げるビジネスとして“街の運営”に目をつけた。
そのタイミングで名を「ピエトロ」に変え、当時の市長の秘書として働き始める。
人々からの信頼が厚かったトマス市長の元で、いずれ市長の座を乗っ取るつもりで――。
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――パチリ。
ピエトロはゆっくりと目を覚ました。
「またこの夢か……。あのクソ野郎の顔を毎度見せられるのはムカつくが……まぁそのクソ野郎の死体を何度も見れるのは悪くない」
ベッドから降り、彼は部屋のカーテンを開ける。
3000メートル級の螺旋山。
その頂上に広がる街の中でも、一番高い場所にある屋敷からの眺めだ。
展望台として料金でも取れそうな窓からの眺めは、夜も明けきれぬ朝ぼらけの空。
その空に太陽が昇る頃、街の運命は終わりを迎えるだろう。
「さて、小金稼ぎは今日で終わりだ。ノコノコと集まってきた金持ち共から、全てを根こそぎ奪い取ってやる」
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~ ドラノア視点:ピエトロが目を覚ましたその頃 ~
地平線の空が少しずつ明るさを取り戻す時間帯。
暗闇に包まれていたゴミ山の形が、僅かな光の中で徐々に浮き彫りとなってくる。
その少し前から、ボクは目を覚ましていた。
ゴミ山の近くにある駅のホームまで移動し、無法集団の増援に備えて待機しているところだけど――。
(……来ないな)
間もなく朝日が顔を出す時間。
ホームにある時刻表と時計によれば、既に始発の列車が到着していてもおかしくない。
無法集団に向けた鳩手紙の指示書でも、「始発の列車」で街に来いと書かれていた筈だ。
(どうして列車が来ないんだ? 無法集団の増援が無くなったのか? ――いや、仮に増援が無くなったにしても、あの車掌が時間を破るとは思えない。一体どういうことだ?)
それを考えたところでわかる筈もない。
あまり期待は出来ないけれど、捕まえた無法集団の手下達に話を聞こうと、ボクは再びゴミ山に戻った。
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「ねぇ、列車が来ないんだけど誰か何か知らない?」
ボクが訊ねた時、手下達の半分は呑気にも眠りについていた。
昨日殺された親玉以外は情報に疎そうだし、やっぱり期待出来なかったか――そう思って諦めていたら、手下の中の一人が「へへへッ」と機嫌良さげに笑う。
「おいチビ、テメェの目は節穴か?」
「何の話?」
「こいつは滑稽だ、本気で気づいてないらしい。アレを見てみろよ」
クイッと、男がボクの後方をアゴで指す。
ボクの視線を誘導し、その隙に逃げるつもりだろうか?
(いや、その程度で逃走が可能になるなら、そもそもボクがホームに行っていた間にさっさと逃げていた筈だ)
手下の男に逃げる意思はない。
ならば騙されたと思って後ろを振り返り、唖然とする。
「え? 何で“螺旋街道を列車が登ってる”の?」
にわかには信じられなかった。
ボクの目が確かなら、天高く伸びる螺旋山の街道を列車が登っている。
不可解だ。
先程までいたゴミ山のホームで、始発の列車が来る予定時刻の随分前からボクは待機していた。
列車があのホームを通れば絶対に気づく筈なのに、そして列車は絶対に通らなかった筈なのに、それでも列車は螺旋街道を登っている。
ボクが瞬きをした一瞬の間に、列車が光の速さで通過したとでもいうのだろうか?
「どうして……列車が通り過ぎたら気づかない筈がないのに」
「へへへッ、馬鹿かテメェは?」
呆然とするボクの後ろで、手下の男は愉快気に笑う。
もはや自分の命よりもボクを嘲笑うことの方が大事らしく、その首にナイフを添えても「へへへッ」と笑っていた。
笑ったまま、男が告げる。
「さてはテメェ、最近ここに来た新入りだろ? 螺旋山は元々“二重螺旋”。鉄道は2本走ってるのさ」




