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66話:私達は間違っていなかった

 無法集団アウトライブの連中を脅し、色々と情報を聞き出した。

 親玉は流石に口が堅かったけれど、手下の方は寄せ集めの集団らしく、首元にナイフを添えるだけでペラペラと情報を教えてくれた。


 ――結果。

 やはりボク等が睨んでいた通り、彼等の目的はベックスハイラントの襲撃。


 決行予定は明日の明朝。

 実行犯はゴミ町で捕まえた無法集団こいつらと、更に明日増援でやって来る無法集団アウトライブの面々だ。

 ピエトロとグルである車掌が彼等を列車で送り込み、警備兵では太刀打ちできない数の暴力で街を制圧。

 その後は街にある全財産を奪い去り、それをピエトロと「山分け」という話だった。


 この話を近くで聞いていたゴミ町の住人は、流石に動揺を隠せない。


「おいおいマジか。ピエトロ……そんな奴だったのか。俺がまだ街にいた時は、真面目そうな秘書だと思ってたのに」

「俺もだ。てっきりトマス市長が悪い奴だと思ったのに、まさかピエトロがそんな事を企んでいたなんて……」


 前市長:トマスが殺害された2年前の出来事を知っている人も多いみたいだけど、よもや秘書のピエトロがこんな事を企てていたとは知る由も無かっただろう。

 ただし、全員が全員動揺していたわけでもない。

 近くで話を聞いていたゴミ町の住人、その内の一人が気分良さげに笑う。


「へへっ、ざまぁみろってんだ。テメェ等だけ良い生活してるからこうなるのさ」

「だな。この際だ、あの街で金儲けしてた奴等全員このゴミ山に墜ちればいい」

「そりゃあいい。どんな顔するか見ものだぜ。ガハハハッ」


 他にも数名が釣られて笑ったものの、それは話がわかっていないという他ない。

 事実、別の住人がこう口を開いた。


「馬鹿かお前等? 街を襲う無法集団アウトライブをこうして俺達が捕まえてるじゃねぇか。増援もあのチビッ子が止めれば、上の街は滅茶苦茶にならねーんだよ。それとも上の街を襲わせる為に、こいつらを野放しにするとでも言うのか?」


「うっ、そんな事をすりゃ俺らが殺されるぜ」


「その通りだ。だからこいつ等はここで殺す。上の街は今まで通りだが、俺達だって今まで通りだ。死なねぇだけマシさ」


「そ、そうだな。何とか上の連中に一泡吹かせてやりたかったが……死ぬよりはマシか」


 結論は出た。

 男性が銃口を親玉に向け、親玉は銃口をギロリと睨み返す。

 手下達は青ざめた顔で見守っているが、額に冷や汗を流す親玉の目はまだ死んでいない。


「いいのか? 俺を殺せば“車掌”が動くぞ。テメェ等が束になっても絶対に勝てねぇ相手だが、もし俺を生かしておくなら上手く話を誤魔化して――」



「黙れッ!!」



 銃声が鳴った。

 たったの一発だ。

 たった一発の銃声でどよめきが生まれ、500万の賞金首は物言わぬ肉塊となり果てた。



 ――――――――



「おい、アレで良かったのか?」


 目の前で人が死んだというのに、テテフは至って普通の声色で訊ねてくる。

 これに驚かないくらいの環境で生きてきたのだと、それを改めて実感してしまう。


「アレで良かったどうか……それを決めるのはあの人達だよ。手下の処分にもボクは口を出すつもりは無いし」


 ――わかっている。

 これは一種の“逃げ”だ。

 何も責任を負いたくないだけだと、それは自分でもわかっている。


 だけど、それが間違っているとも思わない。 

 所詮は他人から奪うだけの、迷惑以外の何物でもない無法集団アウトライブ数十人の命。

 そんなモノを気にする余力があるなら、もっと別のことに気持ちを割いた方が良い。


 目的は、あくまでもピエトロ。

 奴の計画を阻止し、その鼻っ柱を折るまで心を止めるわけにはいかない。


(ここにいた無法集団アウトライブは抑えたけど、他にもまだ増援が来るかも知れない。今日はここにボクだけ残って――)



「ありゃ? よく見たらお前さん、もしかしてテテフちゃんかい?」



「ッ!?」


 テテフがサッとボクの後ろに隠れるも、タイミング的には遅かったという他ない。

 一体誰が気づいたのか……振り返ると、先程ボク等を心配してくれたおじさんがニコニコと笑っていた。

 ギュッと、後ろのテテフがボクのパーカーを握り締める。


「大丈夫だよ、警戒しなくていい。私を覚えてないかい? この2年間、テテフちゃんの噂を聞く度にまた会えるんじゃないかと思っていたんだ」


「……知らない。アタシはテテフじゃない」


「ハハハッ、嘘吐きは昔から変わらないねぇ。私はこの2年で、随分痩せちまったからわからないかもしれないけど……ほら、このツルピカ頭に覚えはないかい?」


「ツル、ピカ……?」


 何か思うところがあったらしい。

 テテフが恐る恐る顔を出し、ボロボロの帽子を取ったおじさん――そこにある髪の毛一本無い頭を見て、ハッと顔を上げた。


「パン屋の“ピカじい”!?」


「当たりだ。テテフちゃんに『占い屋』として宣伝された時は、本当に困ったよ」


「ピカじい!!」


 隠れていたテテフが飛び出し、おじさんに飛びついた。

 どうやら2年前に知り合いだったパン屋のおじさんらしく、それだけを見れば懐かしの再開に微笑むべきところだろう。


 しかし、2年前は街にいた人が今はゴミ町にいるのが現実で、当然ながらテテフもそれを気にする。


「パン屋のお店はどうしたの? 何でピカじいがゴミ町に?」


「ハハハッ、街の皆に追い出されちまったよ」


「どうして? ピカじいは皆に好かれてたのに」


「それは……“トマス市長を庇った”からさ。それで裏切り者だと追放された」


「ッ――」


 テテフの顔が固まった。

 その固まったままの顔を、その頭を、おじさんはフード越しに優しく撫でながらフルフルと首を横に振る。


「テテフちゃんが気にする事じゃない。私はね、トマス市長が皆を裏切るような人じゃないと信じていた。そしてさっきの話を聞いて、やはり私は――“私達”は間違っていなかったと確信した」


「私、達……?」


「あぁ、トマス市長を信じて街を追い出された者は他にもいる。嘘を吐けば街に残れたけれど、心に嘘を吐きたくなかった者は他にもいるんだ。それが大勢だったとは決して言えないけれど……でも、私は信じていたよ、キミのお父さんをね。あの人は本当に街の為に、皆の為に動いていた。それを裏切るような真似は私達には出来なかった。それだけの話さ」


 それからおじさんは、ボクの目を真っ直ぐに見つめる。


「ピエトロを倒すつもりか?」


「うん」


 何だか嘘を吐きたくなくて素直に答えたボクに、おじさんは再び優しい笑みを浮かべる。

 その優しい口調の中に、行き場のない怒りの様な想いを込めて――。


「だったら私にも応援させてくれ。トマス市長を貶めたピエトロに一泡吹かせてやりたいんだ。老いぼれの私に戦う力は無いが、きっと手助けできることがある筈だ。何か知りたいことはないかい? こんな掃き溜めみたいな場所だからこそ、人知れず出回っている情報だってある。それがキミ達の力になるかもしれない」


「だったら……ピエトロの“魂乃炎アトリビュート”って何かわかる? 瓦礫を操るってのは何となくわかるんだけど」


「あぁ、“瓦礫操ルブルーム”のことか」


「“瓦礫操ルブルーム”?」



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 テテフと知り合いだった元:パン屋のおじさん。

 彼はピエトロの“魂乃炎アトリビュート”:“瓦礫操ルブルーム”の情報を教えてくれた。


 大方の予想通り、周囲にある瓦礫を操ることが出来る能力で、その規模はかなりの範囲に及ぶらしい。

 更にピエトロは能力を磨き上げ、自立して動く瓦礫の怪物――つまりは廃棄怪物ダスティードを作り上げたとのことだった。


「でも、どうしてピエトロはそんな事を? アレでゴミ山の人々を襲わせたり、わざわざ上の街中で暴れさせる意味がわからないんだけど」


「それは“保険金”の為さ。廃棄怪物ダスティードが街を襲った際、保険金を払った建物だけ守るようにしている。金を払ってない建物が襲われた時は放置するのさ」


「そんな……自作自演で街の人達からお金を巻き上げているってこと?」


「あぁ、実に馬鹿らしいだろう? 私もつい最近この話を知ったばかりでね、正直半信半疑な気持ちだったけれど……キミ達の話を合わせて考えれば、恐らくそれが真実だ。本命はあくまでも街から得られる保険金で、ゴミ山を襲うのはカモフラージュってところだろう。街ばかり襲っていたら、そこに意図があるように思われるからね」


「酷い話だね……」


「だろう? これが現実だってんだから笑っちまうよ」


 言って、おじさんは自虐混じりの苦笑いを浮かべる。

 納得はしていないけれど「自分にはどうしようもなかった」と、そんな半ば諦めの色を滲ませながら。



 ■



 ~ 数時間後 ~


 夜も更けた真夜中。

 気温も下がって肌寒くなった星空の下、ボクはゴミ山の一角でただただ時が過ぎるのを待っていた。


無法集団アウトライブの増援は今のところなさそうだけど……油断は出来ない。早朝に増援が来るかも知れないし、もしそうなったらボクが片付けないと)


 隣にテテフの姿は無い。

 彼女には「ボクが今日帰らないこと」を隠れ家(アジト)へ伝えに戻ってもらった。


 その帰り際、「アタシは足手まといか?」と不服そうだったけれど、実際ボク一人の方が行動し易いし、「街で異変があったら知らせて」と任務も与えたので、とりあえずは納得してくれたと思いたい。

 たった1日で3000メートル級の山を往復させるのは申し訳ないけれど、幼いと言っても獣人族であるテテフなら問題無いだろう。


「おい、ロープを解いてくれよ。もう何もしねぇって」


「黙れ。お前等をどうするかは皆で決める」


 捕まえた無法集団アウトライブの手下達は今も捕縛されたまま。

 見張りの男性に声を掛けるも、相手にされないままあしらわれる一連の儀式が何度も続いている。


 確固たる恨みがあった親玉を殺すことは出来ても、何十人もいる手下達の命をどうするのかまでは、そう簡単に決められないらしい。

 ゴミ町の大人が集まって議論を重ねているけれど、はたして結論が出るのかどうかは今のところ不明だ。


(……少し眠ろうかな。日の出までは事態が動く感じも無いし、朝になって列車が来なかったら、街に戻ってピエトロの屋敷に行こう)


 その後に事態がどう転ぶか、それは転んでみなければわからない。

 街を襲う筈の無法集団アウトライブが来なかった時に、ピエトロがどう出るのか――それは神のみぞ知る未来。


 息を飲むほどに美しい満天の星空と満月を見上げながら、薄汚いゴミ山の上でボクは短い眠りに着いた。

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