7話:十王達を正面突破
~ 『全世界管理局』:地獄支部~
閻魔王が裁きを与え、秦広王がボクを人間の姿に戻した場所。
その地獄支部の一角。
赤い塀で囲われた建物群の中央に、不思議と目を引く「蒼い光の柱」が立っている。
何を隠そう、アレが目的の『世界扉』だ。
扉といっても家の出入り口みたいな代物ではなく、蒼い光を放つ巨大な鉱石がフワフワと宙に浮いている。
アレに触れることが出来れば脱獄が可能となる訳だけど……しかし、そう簡単に話は運ばない。
(くッ、流石に来るのが遅かったか)
赤い塀の隙間から中の様子を伺うと、ボクの「希望」とでも言うべき『世界扉』を“5人の十王”が仁王立ちで囲んでいた。
閻魔王と秦広王以外は初めて見る十王だけど、その全員が見上げる程に大きく、そして間違いなく強い。
先程の役人達によれば「赤鬼の獄卒1000人分の強さ」という話だったけれど、ボクの直感的に1000人では済まないだろう。
(さて、どうするべきか。十王とボクが戦って……駄目だ、勝てる気がしない)
十王一人でも勝てる気がしないのに、それが5人だ。
死ぬ気で頑張れば何とかなる、みたいなレベルの話ではない。
勝機は皆無。出て行くだけ無駄。
あの5人の前に姿を晒すのは自首するのと同義。
十王達の周囲には槍を手にした鬼の管理者も複数控えており、ボク一人に万全を期すにも程がある。
せっかく獄卒を倒して首輪を外したというのに、今までの努力が水の泡となった。
(いっそのこと素直に自首して、十王に直接謝るべきかな? ……いやぁ、それで許してくれそうな雰囲気でもないし)
もはやボクに「希望」は残されていないのだろうか?
4000年もの地獄を耐え、ようやく訪れたジーザスへの復讐の機会も、その時を迎えることなく終わってしまうのだろうか?
「あぁ、結局ボクの人生って何だったんだろう? ……もういいや。これ以上足掻いても無駄だろうし……自首しよう」
心がポッキリと折れ、完全に諦めた――その時だった。
「ホッホッホッ、困っておるようじゃの」
「誰!?」
振り返った先にいたのは“老人”。
口の悪い連中から「チビ」と罵られる小柄なボクよりも、更に背の低い一人の老人だ。
夜の闇みたいな真っ黒いコートを纏い、背丈よりも長い真っ白な口髭を携えている。
手にはこれまた真っ白い木の杖を持っているみたいだけれど……見覚えは無い。
「えっと、おじいちゃん誰? 地獄の管理者ではなさそうだけど」
「ホッホッホッ、ワシが何者かはどうでもよかろう。それよりお前さん、『脱獄』に興味は無いか?」
――――――――
――――
――
―
藁にも縋る思いでおじいちゃんの話を聞き終えたボクは、正直言って半信半疑の気持ちだった。
いや、半信半疑というか、気持ち的には「一信九疑」くらいか。
ボクを助けてくれると言うおじいちゃんのありがたい言葉に、しかし素直に首を縦に振ることは出来ない。
「本当にそんな事が出来るの? いくら『AtoA』が広いからって、そんな“魂乃炎”は聞いたことが無いんだけど」
ハッキリと言って、おじいちゃんの話は奇想天外が過ぎる。
素直に信じる方が馬鹿としか言いようがない「提案」だったけれど、それでもおじいちゃんは本気だ。
「広いからこそ聞いたことが無いのじゃ。お前さんが過ごして来た世界など『AtoA』の極々一部に過ぎぬ。多少地獄で長生きしたところで、それで全てを知った気になっては困るな」
「別に全てを知った気にはなってないけど……でも、流石にさっきの話は……」
「ふむ、そんなにワシを信じられぬか? ならば逆に問うが、今ここでワシを疑うことに何の意味がある?」
「それは……」
続きの言葉が出て来なかったのは、ここで疑う意味など無いと自分でもわかっているからだ。
5人の十王に『世界扉』を守られている今、ボクに残された唯一の道はおじいちゃんの提案に乗ることだけ。
それがわかっているからこそ、これ以上疑う代わりに一つだけ質問した。
「どうしておじいちゃんはボクを助けるの? 初対面だよね?」
「ホッホッホッ。無論、助ける意味があるから手を貸すのじゃ。見事脱獄を果たした際には、ちょいとばかしお前さんに手伝って欲しいことがある。どうせ脱獄したところで行く当ても無く暇じゃろう?」
「いや、別に暇って訳じゃあないけど……ちなみに、おじいちゃんがボクにやって欲しいことって何?」
「“革命”じゃよ。この世界をワシと変えるんじゃ」
言って、老人はニヤリと得意げに笑みを浮かべた。
ボクは「ははっ……」と乾いた笑みを浮かべる。
「革命ねぇ。へぇ~、ふ~ん?」
「むむっ、全く信じておらぬ顔じゃな? まぁ気持ちはわからんでもないが、今は時間も無いから詳しくは脱獄が叶った時に教えてやる。まずはワシの作戦通り、お前さんは『世界扉』を使って『Lawless World (無法世界)』に渡れ。話の続きはそこで」
「えっ、ボク『Lawless World (無法世界)』に行くの? 正直気乗りしないんだけど……」
革命云々はさておき、あまり良い噂を聞かないというか、悪い噂しか聞かないのが『Lawless World (無法世界)』だ。
立場を追われた“ならず者”が流れ着くような世界であって、最初からそこで生まれた訳でもない限り、自ら好き好んで行く世界ではない。
もしここでボクの希望が通るのであれば、死ぬ前にいた『After World (はじまりの世界)』に戻りたいというのが本音だ。
今のボクでは十王に敵わないにしても、それでも地獄で相当強くなったのは事実。
脱獄が叶った際は是が非でもジーザスに復讐したいし、その為だけに地獄を耐え抜いたと言っても過言ではない。
ただ、残念ながらここで選り好み出来る状況下にボクはいなかった。
「『Lawless World (無法世界)』に来ぬなら手は貸さんぞ? お前さんが嘘を吐いて他世界に逃げようものなら、ワシが地獄へ連れ戻してやる」
「………………」
完全なる脅しだ。
老人にそう言われてしまえば、ボクの気持ちなどあったところで意味を成さない。
長く「ふぅ~」と息を吐き、覚悟を決める。
「わかったよ。それじゃあ話の続きは『Lawless World (無法世界)』で」
「ホッホッホッ、それでよい。ならば早速“十王達を正面突破じゃ”!!」
無謀にすら思えるおじいちゃんの掛け声と共に、ボクは塀の陰から飛び出した。
『世界扉』まで目算で50メートル程。
地獄で4000年も鍛えた今のボクならあっという間に到達出来る距離だけど、それを阻む鬼の管理者達と十王5人の壁が分厚い上に高過ぎる。
ここを突破しなければボクに未来は無いのだから、相変わらずこの『AtoA』は生き辛いったらありゃしないけど、そんな愚痴を言っている暇は無い。
「いたぞッ、脱獄者だ!!」
塀の陰から飛び出してすぐ、近くにいた鬼の管理者がボクの存在に気付いた。
直後、間髪入れず隣にいた仲間の管理者に目配せし、手に持つその槍をボク目掛けて放つ!!
「「せいッ!!」」
「おっと」
身を屈めて管理者達の“突き”を避け、
「「うらぁッ!!」」
「ほッ」
その後の“薙ぎ払い”はジャンプで避けた。
(管理者をいちいち相手してたら時間が足りない。ここは『世界扉』まで一直線に行く!!)
その後も次々と襲い掛かる管理者達の攻撃を躱し、無我夢中で足を前に進めるも、簡単にいったのはここまで。
鬼の管理者軍団を通り抜け、さぁ「次は十王だ」と心構えて前を向いたところで、次の瞬間には“目の前に十王がいた”
「遅い」
「ッ!?」
短い一言と共に、名も知らぬ十王の拳がボクの顔面にめり込む、その寸前。
おじいちゃんの“魂乃炎”が発動する!!
「“時賭け三鐘”」
そして、地獄の時間は停止した――。