63話:ピエトロとディグリード
ピエトロが投げて寄越した手配書には、くすんだ金髪の小柄な少年が写っていた。
その手配書に列車の車掌:ディグリードが目を通す間に、彼は淡々と言葉を紡ぐ。
「何処かで見た顔だとは思っていたんだがな、思い出せばなんてことはない。少し前にこの街へ来たチビガキだ。管理者ではなく、どうやら地獄からの脱獄者らしい」
「なんと、この子は賞金首でしたか。確かゴミ山の駅でお金が払えず、連れの女性と病人だけを乗せていた子供ですよ。一体どうやって街に侵入したのか……まぁ訳アリな人がこの街に来るのは珍しい話でもないですし、“この額”なら気にすることもないのでは?」
「馬鹿を言え。コレを本気にする奴が何処にいる? 流石に『100G』なんて額は聞いたことがねぇ」
“100G”。
それがドラノアに懸けられた懸賞金額だった。
子供の小遣いとしても少ないレベルの金額で、何の間違いかとディグリードが二度見した程だ。
ピエトロも呆れたと言わんばかりにソファーへもたれかかる――そのタイミングで、「トンッ」と小さな音が部屋に響く。
すぐさま「ん?」と眉を潜めたのはディグリードだ。
「今、何か音がしませんでした?」
「音? いや、特には……何処から聞こえた?」
「壁の方ですね。本棚があるあの辺りです」
「……まぁこの建物も見た目の割に古いからな。多分ネズミだろう」
「うわぁ、ネズミですか。私嫌いなんですよねぇ。小さくて汚くてウロチョロしてて。改修工事でもしたらどうです?」
「馬鹿を言うな。どうせ明日には“用済み”になる建物だぞ。それよりそのガキだ」
本棚から視線を外し、ピエトロはディグリードの持つ手配書に目を向けた。
ディグリードもすぐに視線を戻し、手配書の紙をローテーブルに置き直す。
「それでは話を戻しますが、そもそも地獄からの脱獄者は、その時点で100万の懸賞金が確定だった筈です。そこから本人の実力や危険性が考慮して懸賞金が決まる筈なので、この少年の場合、恐らく正しい懸賞金は100万Gでしょう。桁の打ち間違えとは珍しいミスですが、他に考えられません」
「だろうな。少し前に地獄でゴタゴタが起きたって噂を耳にした。その時に何かの拍子で脱獄出来たんだろう。額だけ見れば雑魚中の雑魚で相手する必要もねぇが……何度も言う様に“時期が時期”だ。こんなチビガキでも不確定要素はなるべく排除しておきたい」
「了解しました。それではこの子も見つけ次第殺しておきましょう。他に要件は?」
「無い。あとは事前に指示した通りだ」
「わかりました。早速“彼等”にも作戦決行の号令を出しておきます。では、私はこれで」
「あぁ。明日も時間通りに頼む」
ピエトロの言葉に一礼を残し、ディグリードは早々に部屋を去った。
それからしばらく。
ディグリードが屋敷の敷地を出て行く光景を、書斎の窓から見届けた後。
ピエトロは壁に掛けられていた絵画を外し、そこに隠されていたレバーを引く。
すると、部屋の本棚が横にスライドし、本棚の後ろに隠されていた“地下へと続く通路”が顕わとなる。
その通路の入り口に立ち、ピエトロは「むっ」と眉根を寄せた。
床に積もった埃の中にある、“真新しい小さな足跡”を睨みつけながら――。
■
~ ドラノア視点:ピエトロが真新しい小さな足跡を見つけてから数分後 ~
長い螺旋階段を駆け下り、飛び降りて、ボク等は螺旋山の中腹にある『秘密の道』の扉まで戻って来た。
テテフを抱えたまま飛び降りる勢いで駆け下りて来たので、流石のボクでも心臓が悲鳴を上げている。
「はぁ、はぁ、はぁ……やっぱり、さっきの音で、盗み聞きしてたのバレちゃったかな?」
「お前が悪い。本棚にぶつかるから」
何食わぬ顔でテテフがボクを責める。
それだけ聞くとボクがヘマをしたみたいに思えるけれど、ボク一人だけが悪い訳ではない筈だ。
「いやだって、盗み聞きしてたら急に顔を舐めるんだもん。そりゃ驚くでしょ」
「アタシなりの感謝の印だ。それくらいなら出来る」
「だからって別に無理しなくていいよ。獣人族って誰でも舐めるの?」
「………………」
「何でムスッとするのさ」
「知らない」
プイッと、テテフが不機嫌に顔を背ける。
不機嫌になるくらいなら、最初からボクの顔を舐めなきゃいいのにと思いつつ、しかしこれ以上それを指摘しても益々機嫌が悪くなるだけか。
「はぁ~」と、ボクは深くため息を吐く。
ここまでの流れを簡単に振り返ると、螺旋山の中腹から『秘密の道』に入ったボク等は、屋敷まで続く異様に長い螺旋階段を上った。
そして階段の行き当たり――屋敷の書斎にある本棚の裏まで行ったところで、ピエトロと車掌の密談が聞こえて来たのだ。
ボク等はこれ幸いと聞き耳を立て、本棚の裏から盗み聞きを開始。
すると一体どういう訳か、テテフが先程の奇行(ボクの顔を舐める)に出て、慌てたボクが本棚にぶつかった。
その音に気付いた車掌に怪しまれたものの、しかしピエトロには聞こえていなかったのか、それ以上の詮索はされないままボク等も盗み聞きを続行。
そして車掌が帰った後。
ピエトロが本棚を動かした時は流石に心臓が飛び出るかと思ったけれど、姿を見られる前に慌てて引き返したのできっと大丈夫だろう。
――かくして、ボク等は螺旋山中腹にある『秘密の道』の出入り口まで戻って来た次第となる。
「それで、これからどうするんだ? まだ証拠がいるのか?」
「いや、証拠はもういいよ。さっきの会話で十分過ぎるからね」
ピエトロが悪い奴だと口にするテテフの言葉を、今更疑う必要は無い。
ただ、「これからどうするんだ?」という問いには即答出来ないのが事実。
ピエトロが何かを企んでおり、それはあの屋敷が用済みとなる出来事で、その為に何者かがゴミ山へやって来る。
そしてボクは100Gの賞金首になっていて、車掌はそんなボクを殺す気でいて……と、考慮すべき情報があまりにも多すぎる。
こういう場合、まずは省く情報をピックアップするべきか。
(ボクが脱獄者である以上、いつか賞金首になるのは避けられないことだった。流石に100Gってのは不可解だけど、ピエトロが言った通り何かの間違いだろうし)
だからこれについては一旦「保留」にしてもいい。
どのみち考えたところで何がどうなる話でもない。
今ここで重要なのは、やはり“ピエトロの企み”か。
「明日、ピエトロが何かするみたいだね。屋敷も用済みとか言ってたから、多分かなりの大事を起こすつもりだよ」
「何がどうなるんだ?」
「それはボクにもわからない。誰か教えてくれればいいけど、そんな都合の良い人がいる訳も無いし」
「それじゃあ“アレ”に訊くか?」
言って、テテフが上を指差す。
釣られてボクも上を見ると、陽の光を背に受けた“小さな黒い陰”が街から飛び出したところだった。
「アレって……鳥? まさかテテフ、鳥と話せるの?」
「馬鹿かお前、いくらアタシが獣人族でも話せるわけない。鳩手紙だ」
「鳩手紙? ――あぁ、さっき車掌が指示を出すって言ってたやつか」
コクリと、テテフは小さく頷く。
「街は高いところにあるから、普通の鳥はほとんどいない。高い場所も平気な鳥か、金持ちがペット用に買った珍しい鳥か、他にいるとしたら鳩手紙の鳩だ。アレを捕まえれば何かわかるかも」
「確かに、タイミング的にも車掌が出した鳩手紙の可能性は高いね。でも流石にアレを捕まえるのは難しいというか……ん?」
チカッと、何かが光った。
それはチカチカと時折光を放ちながら落ちてきて、ストンッとボクの左手に収まる。
「手紙の筒……?」
空から降って来たそれは、自然とボクの左手に収まった。
予期せぬ天からの贈り物だけど、それが何処から落ちてきたのかは今更問うまでも無い。
落とし物を拾いに急降下して来た鳩。
小さなシルクハットを被った鳩が、ボクの前で「クルッポー!! クルッポー!!」と慌てた様子で鳴いている。
(こいつ……前に無人島で一度見たな。ボクとテテフで配達先を間違えた鳩だ)
たまたまか、それとも天性のおっちょこちょいなのか。
配達に出かけて早々に筒を落としてしまったらしい。
それで筒を拾ったボクに「返して」と叫んでいるのだろう。
そんなおっちょこちょい鳩の望み通り、ボクは手にした筒を細い脚に括り付けてあげる――“その前”に、ボタンを押して筒の中から紙を取り出した。
途端、「何してるんだ!!」とばかりに一層激しく「クルッポー!!」と鳴き叫ぶ鳩を無視し、手紙の内容を確認し、戦慄する。
「……え?」
「おいどうした? 何て書かれてたんだ? アタシにも見せろ」
つま先立ちで強引に手紙を覗き込んで来るテテフ。
そんな彼女もまた、書かれていた内容を見て表情を強張らせる。
――手紙に記されていた文章は次の通りだ。
『決行は明日。始発の便で到着次第、“街の全てを奪い尽くせ”』




