62話:秘密の道
~ 出来る人には出来るベックスハイラントの脱出方法 ~
その1。
街の一番端っこ、つまりは街を囲む鉄柵まで移動。
その2。
見回りの警備兵がいないことを確認し、“クロの右腕”を伸ばして鉄柵の上部に噛み付く。
その3。
ジャンプと共にクロの右腕を引っ込めれば、身体がフワッと浮き上がり、鉄柵を軽々と乗り越えて脱出完了。
「うん。これは中々使い勝手がいいかも」
物は試しとやってみたけれど、案外上手くいって良かった。
クロの右腕がもっと伸びれば、更に高い場所や建物を乗り越えることも出来そうだけど、今のところ3メートル程しかリーチが無いのが難点か。
いっそのこと100メートルくらい伸びたら面白いんだけど、とか考えていたら、テテフがちょんちょんとクロの右腕を突く。
「相変わらず変な右腕だな」
「それは誉め言葉として受け取っておくよ。少しだけ小柄なボクには頼れる相棒だからね。テテフを抱えたまま跳べるだけの力もあったし」
「そうだな。お前チビだから、コレがあると便利だろうな。お前チビだから」
「……もうちょっと、言葉遣いには気を付けようか?」
少し前まで土下座していた少女とは思えず、流石のボクでもこめかみに血管が浮かぶ。
いくら嘘偽りのない事実だとしても、だからと言ってそれを指摘していいという訳ではないのだ。
そりゃあ平均より少しだけ、ほんの少しだけ背が低いかもしれないけれど、まだまだ今後の伸びしろはある筈だ、と思っておこう。
まぁそんなテテフの毒はともかくとして。
難なく街の外に出たボク等は、これまた難なく螺旋街道を徒歩で降りてゆく。
ここを列車が通るのは1日3往復の定時便だけだし、警備兵が見回りしているのは「街中」と麓の「螺旋街道入り口」の周辺のみ。
最も気を付けるべきは櫓の見張り台で、そこさえ目を盗むことが出来れば、あとは誰かに気づかれることなく螺旋街道を進むことが出来る。
唯一の懸念点だってテテフの体力も、直近の隠れ家生活でお肉を沢山食べたことが功を奏したのだろう。
獣人族の生まれ持った身体能力の高さも相まってか、途中でへばることなく無事に目的地へ到着。
その目的地――螺旋街道横の僅かなスペースにある場違いな「扉」が『秘密の道』の出入口だ。
一体何の因果か、そこはボクにとって見覚えのある場所でもあった。
「あれ、ここって確か……」
「何だお前、知ってたのか?」
「いや、知ってたと言うか、螺旋街道を登る時にこの扉を見かけてたんだ。ここが『秘密の道』の出入り口だったんだね」
これまた既に1カ月以上前の話だけれど、街へ侵入する為に螺旋街道を登り、この場所で休憩した記憶がある。
その時に扉を見かけて「一体何だろう?」とは思っていたけれど、まさか山頂の屋敷まで続く螺旋階段がこの中にあるとは、あの時は思いもよらなかった。
「鍵は掛かってないみたいだね。開けるよ?」
「………………」
「テテフ?」
「………………」
「テテフ、大丈夫? 顔色が悪いけど……」
「――ん、大丈夫だ。問題無い。大丈夫、大丈夫だ……アタシは大丈夫」
「………………」
テテフの顔がいつの間にか強張っていたけれど、それも致し方ない。
ここはテテフが屋敷から逃げて来て、そしてピエトロに遭遇し、目の前で母親を殺された忌まわしい場所。
今回の様な目的が無ければ、例えアクセスが良好だったとしても好んで訪れたい場所ではないだろう。
「どうする? やっぱり引き返す?」
「大丈夫だ。問題……無い」
答えたテテフの震える声に、ボクは咄嗟に彼女の小さな手を取った。
「行こうか」
「――うん」
握り返されはしない。
だけど振り解かれもしない。
今はそれで十分だと、ボクは彼女の手を握ったままクロの右腕で扉を開けた。
■
~ ドラノア達がコソコソと動いていたその頃 ~
太陽が真上を過ぎた頃、街の市長であるピエトロは1人で部屋に籠っていた。
代々この街の市長が住む屋敷の書斎で数枚の紙を眺めていると、コンコンと扉をノックする音が響く。
ガチャリと扉を開けたのは、黒い制服に身を包む帽子を被った一人の男。
彼が部屋に入りソファーの前に来たところで、ピエトロはようやくチラリと目線を寄越す。
「ディグリード、相変わらず時間通りだな」
「当然です。列車の到着は早すぎても遅すぎてもいけませんからね。それは人も同じですよ」
至って真面目な顔つきのまま。
列車の車掌:ディグリードはローテーブルを挟んで反対側のソファーに座る。
「それで、私を呼び出した理由は何ですか? “彼等”なら間もなくゴミ山に到着する手筈ですよ」
「その話じゃねぇ、見りゃわかるだろ。要件はコレだ」
「ふむ……手配書ですか」
「あぁ、今度『全世界管理局』から出回る予定の手配書だ。この街から半径50キロ以内の場所にいる奴等をリストアップした。これまでなら無視していた相手だが……“時期が時期”だ。下手な奴に邪魔をされると流石に困るからな」
「またまた御冗談を。あのトマス前市長を楽々殺した貴方が、その程度の輩に困る訳もないでしょうに」
目の笑っていない笑顔をディグリードは見せ、そしてすぐに訊ねる。
「――それで、私に誰を始末しろと?」
この質問に、ピエトロは3枚の手配書を無造作に差し出す。
そこには次の男達の顔写真が、懸賞金と共に掲載されていた。
血の詐欺商人『ナンバール・A・アキネード』…………懸賞金:750万。
妖怪剣士『キョウラク・J・キスイ』………………懸賞金:1250万。
一本槍海賊団『スイック・O・ダルメスカイ』……懸賞金:2200万。
「あぁ、彼等ですが……」
一癖も二癖もありそうな3人の手配書写真を前に、ディグリードは意味深な顔つき。
対するピエトロは膝を組み替え、つまらなそうに「ふんッ」と鼻息を鳴らす。
「こいつ等は賞金首に“見せかけた”『全世界管理局』の管理者だ。闇に生き、闇で手に入れた情報を『全世界管理局』に送ってやがる小賢しいネズミ共さ。俺のことを何処まで調べてるかわからねぇが、万が一にも邪魔されたくねぇ。今日か明日、もしこいつらが列車に乗ったら……わかってるな?」
「えぇ、ご安心下さい。そう言われると思いまして、実はここへ来る前に全員始末しておきました。何の臭いを嗅ぎつけたのか、3人揃って列車に乗って来たのでね」
「……流石だな。これも“あの人”の指示か?」
「まぁそんなところです」
ニッコリと、今度こそディグリードは満面の笑みを浮かべる。
「今回は今までと訳が違いますからね。“あの人”も相当ピりついてる。貴方といえども失敗は絶対に許されないのですよ」
「言われなくてもわかっている。だからこうして念には念を入れているんだ。そうだろう?」
「であれば、私から言うことはありません」
これで話は終わったとばかりにディグリード車掌は踵を返すが、それをピエトロが止める。
「まぁ待て。お前が指示を受けたのは少し前の話だろう? それよりも新しい手配書の奴がこの街へ侵入している」
「ほう? それは確かに初耳ですね。既に侵入しているのは何方です?」
そしてピエトロは、無言のまま1枚の手配書を投げて寄越した。
くすんだ金髪の、小柄な少年の手配書を――。
――――――――
*あとがき
次話、前半はピエトロの話の続きです。
後半でドラノア視点に戻ります。




