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59話:生き地獄を生きるくらいなら

「それは、皆さんが彼の本性を知らないからですよ」


 ピエトロの次は車掌だ。

 列車から降りてきた神妙な面持ちの彼に、街の人々は視線を注がずにいられない。


「トマス市長の本性? 車掌さん、そりゃどういう意味だい?」


「それがどういう意味かは、ピエトロさんの口から皆さんに話された方がいいでしょう。私よりもずっと彼の近くにいた貴方の口から」


「………………」


 しばし無言になるピエトロに、再び民衆の視線が集中する。

 彼は何度か口を開き、開いては閉じ、そして意を決したように言葉を紡ぎ出した。


「トマス市長は……いえ、トマスは偽善者でした」


「偽善者? トマス市長が?」


「はい。奴は市民の皆さんから頂いたお金で、ずっと自分の私腹を肥やしていたのです。別荘を買ったり美術品を買い漁ったり……街の為に使われたお金はごく一部で、その多くは彼が私的に流用していました。私は数カ月前にそれを知り、皆さんの前で自白するように説得しましたが……結果的には故郷の家族を人質に取られ、何も出来ずに言われるがまま働く始末……全く情けありません」


「まさか、トマス市長がそんな人だったなんて……」


「彼の言葉は本当ですよ。私も仕事上トマスを列車に乗せる事は多かったですが、奴の裏の顔は本当に酷いものでした」


 にわかには信じられぬピエトロの話を、しかし車掌がそれを後押しする。

 一人ならいざ知れず、それが二人だ。

 しかも街の人達よりトマスに近かった大の大人二人の話となると、これはもう信じたくなくても信じざるを得ないだろう。


 市長トマスの死と、その裏の顔の発覚。

 2つの衝撃に皆が悲しむ中、ピエトロが結論の如く話をまとめる。


「皆さんの悲しみは計り知れませんが、これが“事実”です。私も長年彼の世話になった身でしたから、願わくはいつか改心してくれるのではないかと懸命に尽くしましたが……結果はこうなってしまいました。無念なのは私も同じです」



「「「………………」」」



 人々の顔が一斉に曇る。

 これまで信じていた者に裏切られた。

 これまで信じていた何かが崩れた。


 彼等の心に、ざわりと黒いモノが生まれる。


「……なぁ、エクドレア婦人はその事を知っていたのか? 彼女もグルなのか?」


 誰かが発したこの言葉に、ピエトロは下を向いたまま口を開く。

 誰にも見られない下を向いたその顔は、この場に似つかわしくないほど笑っていた。


「えぇ、もちろん彼女も同罪です。私が街で告げ口をしないよう見張っていたのも彼女でした。私に何か不審な動きがあれば、故郷の家族がどうなるかわからないと脅され……」


「おいおいマジかよ!! あの人もグルだったのか!!」

「くそッ、俺達を馬鹿にしやがって。今までは仮面被ってたのかよ!!」

「許せねぇ、俺達の金で私服を凝らしやがって……ッ」


 ――ギロリ。

 行き場のない市民達のやるせなさは、街の高台にそびえたつ豪邸へと向けられる。



 ■



 ~ 同時刻:市長の屋敷 ~


「テテフ、その話は本当なの? ピエトロがあの人を殺したというのは」


「ひっく、えっぐ……うん。アタシ、見てたもん」


「……そう。何か腹に抱えているとは思っていたけれど、まさかこんな手段に出るなんて……」


 泣きじゃくる娘を優しく抱きしめ、エクドレアは瞬時の内に判断を下した。

 愛する夫の死を子供から告げられ、自分だって泣きたいところを、こんな時に弱い母の姿は見せられないと表情を引き締める。


「街を出ましょう、今すぐに」


「どうして!? アイツを捕まえてよ!! パパを殺したんだよ!?」


 泣きじゃくりながら叫ぶ娘に、エクドレアは冷静な顔を装う。

 そして、ただ事実を伝える。


「無理よ。私達にそんな力は無いわ」


「だったら街の人達に話して捕まえて貰おうよ!! アイツが悪い奴だって言えば助けてくれるよ!!」


「それも無理よ。私以外、誰もアナタの話は信じない。アナタは嘘吐きだったから」


「ッ!?」


 ハッと目を見開き、直後にこれまでの比ではない涙を流すテテフ。

 それでも彼女は口を開くことを辞めなかった。


「嘘じゃないもんッ、信じてよ!! アタシは嘘なんか吐いてない!!」


「それはわかってるわ。アナタは可愛い嘘しか吐かない、こんな嘘を吐く子供じゃない。私はアナタを疑わない。――だけど、街の人達は違う。真実を告げたところで、あの人が殺された怒りと悲しみを、私達がピエトロに向けていると思うだけ。今頃街の人達はピエトロの嘘を信じ切っている頃よ。アナタの言葉とピエトロの言葉では、街の人達に対する重みが違うの」


「………………」


 自分の言葉に意気消沈するテテフを抱え、エクドレアは窓のカーテンを僅かに開ける。

 屋敷の外に目を向けると、既に大勢の人達が正門前に詰めかけていた。


「正面は無理ね、恐らく裏口も。『秘密の道』から逃げましょう」


 ――エクドレアは聡い女性だ。

 街の人達が押し寄せている状況から全てを察した。


 すぐさま壁に掛けられていた絵画を外し、そこに隠されていたレバーを引く。

 すると部屋の本棚が横にスライドし、本棚の後ろに隠されていた“地下へと続く通路”が顕わとなる。


 彼女は絵画を元に戻し、テテフを連れて躊躇うことなく足を踏み入れた。

 通路の壁にも設置されていたレバーを引き、本棚が元の位置に戻れば、これで当分は『秘密の道』に気付く者はいない。


 ランプ照明の小さな明かりを頼りに、二人は長い長い螺旋階段を降りてゆく。

 やがて下まで降り着き、僅かな隙間から光の差し込む出口から出ると――そこは螺旋山の中腹だった。


「しばらくは列車も通らない筈。テテフ、このまま下に向かって降りて行くわよ」



「残念ですが、それは不可能です」



「ピエトロッ!?」


 まさかの声にエクドレアが目を見開く。

 可能な限り最速で逃げ出した筈なのに、誰も知らない通路を使って逃げた筈なのに、その通路の出口にピエトロが待ち構えていた。


「どうして……『秘密の道』は貴方も知らない筈ッ!!」


「貴方がそう思っていただけでしょう? 私は前々から知っていましたよ、何せ私はトマス市長の秘書ですから。――あぁ、秘書だった、が正しいですかね。この度はトマス前市長が殺害されてしまい、誠にお悔やみ申し上げます」


「ふざけないで頂戴!!」


 鬼の形相でエクドレアが睨む。

 後ろのテテフには見えない、これまで娘には一度たりとも見せなかった表情で。


「貴方がトマスを殺したのでしょう!? 一体どうして!? 何が目的!?」


「フフッ、アナタは本当に聡い方だ。……しかし、少々聡すぎますね。この状況を把握する時間は無かったと思いますが?」



「黙れ人殺し!! よくもパパを騙したな!!」



「テテフ!?」


 咄嗟に娘の口を塞ぐエクドレアだったが、その言葉だけでピエトロには十分。

 やれやれと、彼は落胆したように肩をすくめる。


「なるほど。“あの時の音”はその子が……フフッ、私も詰めが甘い。子供が隠れられる場所までは探していませんでしたね。デッキのゴミ箱か、それともトイレの掃除用具入れの中か……まぁそれはこの際どちらでも構わない」


 言いつつ、懐に手を伸ばす彼の仕草をエクドレアは見逃さない。

 テテフを抱え、彼女はすぐさま逃げ出した。


 その逃げ出したエクドレア達の前に、1体の怪物が立ち塞がる!!


「ッ――瓦礫の化け物!?」


「“廃棄怪物ダスティード”です。私の可愛いペットですよ」


 余裕の表情で答えたピエトロの胸には、魂乃炎“《アトリビュート》”がメラメラと燃えていた。

 この場に相応しくない笑みを浮かべる男を前に、エクドレアは苦々しく歯を食いしばることしか出来ない。


「まさか貴方が、“魂乃炎アトリビュート”所持者だったとは……私達をどうするつもり?」


「そうですねぇ。初めは隙を見て殺すつもりでしたが、それは辞めておきましょう。貴女は聡いし美しい、殺すには惜しい逸材だ。どうです、私の妻になりませんか?」


 飄々とした態度でピエトロは提案するが、そんな提案を飲むエクドレアではない。

 彼の足元に「ぺっ」と唾を吐き返し、彼女は再びピエトロを睨む。


「お断りよ。私はトマスの妻で、テテフの母。それ以外になるつもりはないわ」


「そうですか、それは残念です。割と本気だったのですが……しかし、こうなってくると貴女が辿る道は一つしかありません。『奴隷オークション』です」


「ッ――」


「貴女は本当に美しい。年齢を加味しても十二分に市場価値がある。売りに出すのが勿体ない程に」


「……人身売買は『全世界管理局』が禁止している筈よ?」


「はぁ、何を言っているんです? ここは『Lawless World (無法世界)』ですよ」

 やれやれと、彼は再び肩をすくめる。

「どうやら婦人は、私が思っていたほど聡い女性ではないのかも知れません。まぁ、どちらにせよその美貌に価値はあるので、なるべく傷つけずに捕まえたいところです。その子もまだ幼いですが、獣人族なら普通のヒト族の5倍は高く売れますからね」


「………………」


 思考時間は2秒。

 その2秒で、エクドレアは“賭け”に出る。


「生き地獄を生きるくらいなら、ここで死んだ方がマシよ。だけど――ッ!!」


「おや、逃げるつもりですか? 少々脅しが強過ぎたらしいですが……どのみち、“俺”を知ってる奴を生かしてはおけん」


 テテフを抱え、走り出したエクドレア。

 そんな彼女を目の当たりにし、ピエトロは顔つきと声色を変えて、廃棄怪物ダスティードに指示を与える。


「殺せ」


 真上から降る、瓦礫の一撃!!

 無骨な腕が二人を狙うも、地面に破壊的な衝撃が走った時、エクドレアは衝撃の中心から三歩先に進んでいた。

 ピエトロが「ほう?」と意外そうな声を上げる。


「思ったよりも動けるな。だが、廃棄怪物ダスティードが一体だけだと言った覚えはない」


「ッ!?」


 決死の覚悟で一撃を避けたエクドレアだったが、彼女の逃走劇もここまで。

 奥に隠れていた“別の廃棄怪物ダスティード”、その一振りを避ける術は持ち合わせていなかった。


「ッ~~!!」


 ここで奇跡を起こす力も無い。

 エクドレアは死を覚悟し、最期の言葉を娘に送る。


「テテフ、貴女だけでも生き――」



 ゴンッ!!



 己が身を盾に。

 テテフを庇う様に巨腕を受けたエクドレア。

 この時の衝撃で彼女は気絶したが、それでも愛する娘を離すことはせず、二人一緒に螺旋街道から弾き飛ばされる!!


「ママ!? ママ!? お願いッ、目を覚まして!! ママッ!!!!」


 快晴の空に響くは、幼い獣人族の悲痛な悲鳴。

 この辺りでは珍しい雲一つ無い青空の下、螺旋街道で生まれる複雑な気流に乗って、母娘二人が大空を落ちる。


「全く、無駄に手こずらせやがって」


 つまらなそうに鼻を鳴らすピエトロの姿を、気絶した母親が見ることは二度と無い。

 しかし娘は目を開き、頭からは血を流す母の姿越しに、泣き叫びながらも瞳に刻み続けていた。

 全ての元凶を――大好きな父を殺し、大好きな母を傷付けた男の姿を。


(許さない……ッ、許さない……!! 絶対にアイツを許さない!! いつか必ずッ、私が殺してやる!!!!)



 ――――――――

*あとがき

次話から元の時間軸に戻ります。

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