56話:平穏を斬り裂く
大好きなパルフェに部屋を追い出され、ショックを受けた獣人族の少女:テテフ。
その事を気に病む彼女の前に、話題の中心人物が姿を現した。
「えへへ。トイレに行こうと思ったら、二人の声が聞こえて来ちゃって……」
牛柄のパジャマに身を包み、キッチンの入り口で苦笑いを浮かべるパルフェ。
気まずそうにテテフへ視線を送った後、膝を曲げてスッと両手を広げる。
「おいで?」
するとテテフが走り出し、吸い込まれる様に彼女へ抱き着く。
その小さな身体をパルフェは優しく抱きしめ、これまた優しく頭を撫でながら――告げる。
「私はね、ドラの助が大好きなの」
「……アタシよりも?」
「うん」
「ッ――」
悲痛な顔を浮かべたテテフ。
そのままパルフェの元から逃げようとして、だけどパルフェが逃がさない。
ギュッと抱きしめたまま、強く抱きしめたまま、決して彼女を放さなかった。
「放せ!!」
「嫌だよ。私はわがままだから、好きな相手は放したくないの」
「嘘だ!! パル姉が好きなのはアイツだろ!!」
「うん、それは間違いないよ。でもね、ドラの助に対する好きとはまた別に、テプ子のことも大好きなの」
「う、嘘だ……」
「嘘じゃないよ。だって、大好きだからこうやって抱きしめるんだもん。そうでしょ? それともテプ子は違うの?」
「違……わなくない。アタシが抱きしめるのは、死んじゃったママと、パパと……パル姉だけだ」
「でしょ? だからこうやって抱きしめてるのは、私がテプ子を大好きな証拠なんだよ。わかってくれた?」
「………………」
短くはない、だけど長くもない沈黙の後。
よく見てないとわからないレベルで、テテフが小さく頷く。
「……わかった。でも一個だけ聞いていい?」
「何?」
「アタシのこと、世界で何番目に好き?」
「あはは、これは参っちゃうね……順番はどうしても付けなきゃ駄目?」
「駄目。誤魔化してほしくない」
「そっかぁ……」
返答に困る質問にパルフェがポリポリと頭を掻き、しかしここで逃げなかったのは素直に褒めてあげたい。
しばらく目を瞑り、そしてパルフェは苦笑いと共に答えた。
「え~っとねぇ、3番目かな」
「そっか……3番目か」
「うん、ドラの助が1番。これはもう永遠に変わらなくて、2番目はお姉ちゃんなの。私、昔からお姉ちゃんっ子だったから。それでテプ子が3番目なんだけど……でも、そんなテプ子が可愛すぎるから、お姉ちゃんと同じ2番目に繰り上げしちゃいます。――それじゃあ駄目?」
「ううん、駄目じゃない。パル姉の大好きなら何番目でも嬉しい」
「えへへ、そう言って貰えると私も嬉しいよ。本当は順番なんかつけたくないんだからね?」
「……ごめん。意地悪な質問した」
「いいよ。テプ子が可愛いから全部許しちゃう」
そして頬をすりすりとするパルフェに、テテフは泣きそうで、だけどとても嬉しそうな顔で頬をすりすりと返す。
仲睦まじいにも程がある光景。
見ているだけで恥ずかしくなるその時間を、ボクは視線を逸らして何とか凌ぎ切った。
■
朝食(甘いフレークと甘いジャムのパン)後、各々準備を済ませてからボク等は外に出た。
隠れ家のある裏路地。
そこを抜けて人の多い大通りに出ると、犯罪とは無縁に見える呑気で賑やかな光景が飛び込んで来る。
(初めてこの街をゆっくり見たけど、案外平和そうだね。下のゴミ山とは大違いだよ)
治安の悪いことで有名な『Lawless World (無法世界)』とはいえ、街に入るだけでお金がかかるこの街に限っては、必ずしもそうとも限らない。
布か服かわからないボロ衣を纏っていたゴミ山の人達とは違い、ここの住人は皆それなりに整った服を身に着けている。
ファッションに疎いボクでも「安物ではない」というのはわかるし、実際この大通りに並ぶお店も、中に入るのを躊躇う高級ブティックばかり。
値札が2桁ほど間違っているのではないか? と思うような代物ばかりが目に入って来て、歩いているだけで頭がクラクラとしてくる。
「ドラの助、顔色悪いけど大丈夫?」
「あぁ、うん。大丈夫だよ。昨日今日で生きる世界が違い過ぎて、ちょっと吃驚しただけだから」
心配してくれたパルフェに強がり交じりの返事を返しつつ、ボクは再び歩を進める。
――今現在。
この場所にいるのはボクとパルフェ、それに目的の「お肉」を所望したテテフの3人。
どうしてもお肉を食べたいというテテフの願望を叶える為、パルフェを中心に右手がボクが、左手にテテフが並んで歩いている。
「パル姉、何か嬉しそうだな。良いことあったか?」
「えへへ、そりゃそうだよ。大好きな二人と一緒にお買い物なんて、こんな素敵なことが嬉しくない訳ないじゃん」
「そうか、パル姉が嬉しいならアタシも嬉しいぞ」
「うん。テプ子が嬉しいと私も嬉しいよ」
それを聞いてほほ笑むテテフの顔には、少し前の悲しさは微塵も感じられない。
キッチンでのやり取りを経て色々と吹っ切れたらしい。
(ま、ボクとしては一人で気軽に街中を見て回りたかったところだけど、わざわざそれを言う必要も無いか)
なお、ここに余談を一つ付け加えると、パルフェは現在ニットのワンピースを着ている。
部屋のクローゼットにあったものを勝手に拝借したらしく、同じくテテフも部屋のクローゼットにあったフード付きのコートを羽織っていた。
どうやら獣耳と尻尾を隠しているみたいだけれど、ボクとしてはモフモフな毛並みをお目に掛かれなくて残念だ。
しかし、それよりも気になるのは。
先程からチラチラと、パルフェがボクの右肩を見てくるなぁと思ったら、案の定それに関した質問が来る。
「ねぇねぇ、クロ美ちゃんは出さないの?」
「一応確認するけど、クロ美ちゃんってのはクロのこと?」
「勿論。ヘビ美ちゃんと迷ったけど、せっかくだからクロって名前を尊重してあげたの」
「……それはどうも」
せっかく名前を尊重してくれるなら、変なあだ名を付けずに普通に呼んで欲しいところだけれど、それは言っても今更の話。
「基本的に、街中でクロは出さないよ。皆吃驚するだろうし、説明も面倒だからね。変に目立つのも避けたいし」
「お前はチビだから目立たないだろ」
ボソリと、パルフェを壁に毒を吐くテテフ。
事実だからは完全否定はしないけど、彼女からそれを言われるのは心外だ。
「キミよりはボクの方が大きいけど?」
「ふんッ、今に私の方が大きくなる。時間の問題だ」
「時間が経てばボクだってもっと大きくなるよ。テテフの2倍くらい大きくなるし」
「だったらアタシはお前の10倍大きくなる」
「いやいや、10倍は言い過ぎでしょ。現実味が無いよ」
「2倍だって同じだろ。お前こそ現実を見ろ」
「まぁまぁ二人共、口喧嘩はそこまで。どっちも可愛いってことでいいじゃん。私の為に喧嘩しないで?」
そんな感じでズレた仲裁をするパルフェと、そんなパルフェを好き過ぎるが為、ボクを蔑ろに扱い始めたテテフと共に街中を歩く。
目的は最初も言った通り、テテフの所望する「お肉」――の筈だったんだけど、パルフェと買い物に出かけてそれだけで済むはずもなかった。
「二人共、最初は何処に行く? 映画館とか遊園地ってこの街にあるのかなぁ」
「何言ってるの? お肉と食料品買ったらすぐ帰るよ」
「えぇ~、ドラの助こそ何言ってるの? 買い物に来たのにそれだけで帰る訳ないじゃん。ねぇテプ子?」
いきなり同意を求められたテテフは、パルフェの言うままコクリと頷く。
「パル姉がそう言うならそうだ。でも、肉は先に食べたい」
「それじゃあ食べ歩きしながらアチコチ回ろっか?」
「それはいい。パル姉がそう言うならそうする」
(……これはマズい。お金足りるかな?)
急に懐事情が心配になってきた。
今回は食料品の買い出しという事で「5万G」をコノハから借りて来ている。
ただの買い出しなら十分過ぎる額だけれど、二人を好き勝手させるといくらかかるかわかったものではない。
いつまでもこの雰囲気に流されていては駄目だ。
このまま何もしなければ、300万Gあるボクの借金が雪だるま式に膨らんでゆくのは目に見えている
(二人には申し訳ないけど、今日は無駄な買い物は一切無しでいこう。厳しく言わなきゃいけない時は、ビシッと厳しく言わないとね)
テテフが完全にパルフェ支持者となってしまった為、既に「1対2」の非常に不利な構図になっている。
これ以上借金が膨らむのを避ける為にも、今日は心を鬼にして無駄な寄り道&買い物は一切せず、一直線でお肉屋さんに向かおう。
その為にも、先を歩き始めた二人を呼び止め、告げる。
「二人共、今日は無駄な買い物は一切しないからね。お肉と食料品以外は駄目、買い食いも禁止。わかった?」
「えぇ~、せっかくクレープ屋さんを見つけたのに?」
「……それは例外かな」
ボクは駆け出し、甘い香りを放つ罪深きショップに駆け込んだ。
「アイツ、案外チョロいな」
「そこもドラの助の可愛いところだよ♪」
後ろからそんな声が聞こえて来た気もするけれど、誰に何を言われようと関係ない。
今日は心を鬼にして、甘い物以外の無駄な買い食いは避けるだけだ。
~ 半日後 ~
(おかしいな。まだ食料品を買ってないのに、もう1万Gしか残ってない……)
後から悔やむと書いて後悔とはよく言ったもので、散々散財してしまったボクは、突きつけられたお財布事情に愕然としていた。
今日は心を鬼にする筈が、これまでにない勢いでアチコチ寄り道してしまった結果か。
「はぁ~、今日は楽しかったねぇ。テプ子はどうだった?」
「パル姉が楽しかったなら、アタシも楽しかった」
「そうじゃなくて、テプ子自身はどうだったの? ん?」
「………………。……楽しかった」
「そう、なら良かった♪」
ギュッとテテフを抱きしめ、満面の笑みを浮かべるパルフェ。
そんなパルフェに抱きしめられて、満更でも無い顔のテテフ。
散財を許してしまった自分の弱さにほとほと呆れるしかないけれど、とはいえ、満足そうな二人の顔を前にすれば、それも些細な問題な気がしてくるから不思議なものだ。
「ドラの助も今日はありがとね。おかげでテプ子が元気になったよ」
囁く声で耳打ちしてくるパルフェ。
彼女の願いを叶えられただけでも、今日は「よし」としておくべきだろう。
(ま、たまにはこういうのも悪くないか)
気を抜く暇が無かった無人島から帰還し、久しぶりに「何も無い日」だ。
予想外に散財した以外はこれといった問題も起きず、後は食料品を買って帰るだけ。
二人共とても満足してくれたし(ボクも十分満足したし)、このまま今日という平穏な一日が終わる――そうなればよかったけれど、中々そうもいかない。
平穏を斬り裂くように、街中に大声が響いた。
「廃棄怪物が出たぞぉぉおおーー!!」




