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54話:言い訳

 邪悪なオーラを輩出していた2階の部屋。

 その扉を開けると、部屋中を埋め尽くす“ボクのぬいぐるみ”が出迎えてくれた。


「えっと……何これ?」


 いや、これが何かはわかっている。

 布に綿を詰めて作成されたと思われる、デフォルメされたボクのぬいぐるみだ。

 くすんだ金髪で左目を隠しているし、右腕も無いのでモチーフはボクに間違いない


 そんなぬいぐるみまみれの部屋の中で、恐らくはベッドの上だろう一段上がったぬいぐるみの海に“彼女”はいた。


(あ、パルフェ……が、何かヤバそう?)


 軽く背筋が凍る。

 他と比べて二回りほど大きなボクのぬいぐるみを抱き抱え、何やらブツブツと一人で呟いている。

 吸い込まれそうな程に大きな彼女の瞳はどこか焦点が合っておらず、目の下にはヒドいクマが出来ており、心なしか前よりも痩せている様に見えた。


「あの、パルフェ? パルフェ、さん……?」


 声を掛けても反応は無い。

 これはどうしたものかと思案していると、パルフェがおもむろに包丁を取り出す。


 そして、ぬいぐるみの顔を“包丁で刺した”!!


(ッ!?)


 何度も、何度も、ぬいぐるみの顔を包丁で刺すパルフェ。


 何度も、何度も、何度も。


 何度も、何度も、何度も。


 何度も、何度も、何度でも――。


「………………」


 ぬいぐるみの顔は既にボロボロだ。

 あのぬいぐるみがボクだったらとっくに絶命しているだろう。


 はっきり言って「怖い」。

 一体何があればこんな状況になってしまうのか……この事態を把握するためには当事者に訊くのが一番。

 今一度意を決し、先程よりも大きな声で話しかける。


「パルフェ、聞こえてる? 久しぶりだね」


「……あ」


 ようやくボクに気付いた。

 パルフェがゆっくりと首を回し、トロンとした瞳をこちらに向けて来る。


「これはこれは、私を何日もほったらかしにした甲斐性無しのドラの助さん。今更何の用でしょう?」


「うッ(これはマズい、物凄くマズい事態だ……)」


 思わず一歩後ずさりする。

 丸々1カ月もほったらかしにしていた事に、彼女は完全にご立腹の様子だ。

 テテフが言っていた「無事だけど無事じゃない」とはこの事で、大声を出してわめいたりしない分、焦点が不明瞭な瞳でこちらを凝視する姿が怖い。


 はてさてどう言い訳したものかと思案していると、廊下にいたテテフが部屋に足を踏み入れ、ボクを押しのけて前に出る。


「パ、パルねぇ、アタシお風呂入りたい。こんな甲斐性無しは放っておいて一緒に入ろ?」


(甲斐性無しって……)


 そんな風に思われていたのが何気にショックだけれど、今ここで重要なのはパルフェの反応だ。

 相変わらず虚ろな目のまま、それでも彼女の瞳はゆっくりとテテフに向く。


「あぁ、おかえり……私の可愛いテプ子。だけど、今は邪魔しないで」


 途端、パルフェの胸に“魂乃炎アトリビュート”が燃え上がる。

 彼女の身体がテカテカと光沢を帯びた思えば、その長い白桃色の髪が動き“テテフを掴んだ”。


「ひぃッ!?」


 怯えるテテフは髪の毛によって部屋の外に追い出され、そのままバタンッと扉が閉じられる。

 役目を終えた髪はシュルシュルと元の状態に戻り、彼女の“魂乃炎アトリビュート”は消えた。


 ――ゴクリ。

 つばを飲み込まざるを得ない。


(今の何? 『ぬるぬる』で髪の毛も動かせるの? 軽くホラーなんだけど……じゃなくて)


 傍から見ると不気味な能力の是非はさて置き。

 1カ月も無人島で過ごし、ようやく帰って来たところで直面した大問題。

 このままご機嫌斜めでいられると居心地が悪いし、彼女に早々に機嫌を直して貰いたいところ。


「あのさパルフェ、ずっとほったらかしにしてたのは悪かったけど、ボクにも事情というものがあったんだよ」


 それからボクは、再びぬいぐるみを刺し始めたパルフェに「ここ1カ月の出来事」を話した。


 おじいちゃんの無茶振りによって『Japan World (武士世界)』の無人島へ行っていた事。

 『クロ』という新たな右腕を手に入れ、それを扱えるようになるまで悪戦苦闘を続けていた事。

 その後にテテフがやって来て、餓者髑髏ガシャドクロという巨大妖怪を倒し、ようやく隠れ家(アジト)に戻って来た事。



 つまりは“帰ってこなかった”のではなく“帰ってこれなかった”のだと。



 それをわかってもらう為、ボクは覚えている限りの詳細を伝えた。

 納得して貰う為、懇切丁寧に話したのだけれど……それでも、パルフェの態度は変わらない。

 ズタボロになったボクのぬいぐるみを縫い直し、直したらまた包丁で突き刺し始める始末だ。


(まるで聞く耳持たない。っていうか、話が耳に入ってなさそう……。これはもう、ちょっとしたショック療法が必要かな?)


 会話だけで話が済むなら楽だったけど、それでも無理なら致し方ない。

 ぬいぐるみの海を掻き分け、ボクはパルフェの前まで移動。

 そして彼女の目の前で、肩から“クロの右腕”を出す。


「ぎゃッ、ヘビ!?」


 流石のパルフェも驚いた。

 ギョッと目を見開き、ボクの右腕を触ろうとして、でも辞めて、わたわたと慌てている。


「これがクロだよ。さっきのボクの話、全然聞いてなかったでしょ?」


「ク、クロ? このヘビさんの名前? ってかドラの助ッ、よくよく見ると沢山怪我してない!? 何があったの!?」


 ようやく正気(?)に戻ったらしい。

 反応がまともになった今なら、彼女も冷静に話も聞いてくれるだろう。

 かくかくしかじかと、ボクは先程の話を今一度繰り返した。



 ――――――――



「……なるほどねぇ。そんな事があったんだ」


 先程の話 = ボクの事情 = 言い訳を聞き終え、パルフェが大きく頷く。

 ようやくこちらの経緯を理解してくれたらしい。


「わかってくれたみたいでよかったよ。許してくれる?」


「ううん、許さない」


 ニッコリと笑うパルフェ。

 彼女は笑顔のまま、しかしその奥の怒りを隠さなかった。


「それはそれ、これはこれ。私はドラの助の口から言い訳なんて聞きたくないの。何をどうつくろっても、私を1カ月も放置してたのは事実だもん。そんな放置プレイを私がいつ望んだの?」


「うっ、そんなこと言われても……」


 参った。

 全部を話しても駄目だったら、一体ボクにどうしろというのか。

 早くも泣きたくなって来たボクの前で、しかし先に泣き出したのはパルフェだ。


 つーッと、大粒の涙がその頬を流れる。


「――私だって、我慢しようとしたもん。ドラの助の邪魔をしちゃ駄目だって……一人で頑張ってるんだって……でも、本当に寂しかったの」


「ご、ごめん」


「ずっと私を放置して……一人にさせて……こんなぬいぐるみじゃ寂しさは埋まらないのに」


「本当にごめん。でも無人島での修業は、ボクが強くなるために必要なことで――」


 言い訳を重ねようとして、辞めた。

 パルフェの涙が益々大粒になり、益々勢いよく溢れ出す。

 

 多分、こういうのは理屈じゃないのだろう。

 これ以上言い訳を重ねる方が心苦しく、謝罪以外の言葉が出て来る余地は、ボクの心の何処にも無かった。


 ぬいぐるみにまみれたベッドの上で両膝をつき。

 頭を下げ、土下座する。


「本当にごめん。ボクが全面的に悪かったよ」


「……グスッ。土下座しても、そう簡単には許さないもん」


「“そう簡単には”ってことは、逆に言えば許してくれる余地があるってこと? ボクはどうしたらいい?」


 顔を上げてそれを問うと、彼女はスッと視線を外す。

 それからポツリと一言。


「……欲しいモノがあるの」


「わかった。それを用意すればいいんだね。パルフェは何が欲しいの?」


「自分で考えて」


「う、参ったな。パルフェの欲しいモノか……何だろう?」


 当てずっぽうで言っても流石に当たらないだろうし、ここは彼女の気持ちになって考えなければならない。

 彼女が望むものを、その行動から逆算して考えてみよう。


(えっと、そもそもパルフェは遊ぶ為に家出をしてきた訳だから、やっぱり遊びに関するモノかな? ってなると、遊ぶ為に必要なモノと言えば――)


「お金?」


 ブスッ。

 ぬいぐるみのお腹が刺された。

 実際にボクが刺された訳でも無いのに、ちょっとお腹に痛みを感じたのはどういうことだろうか?


「ご、ごめん、お金は冗談だよ。えっと……ブランド物の服とか?」


 ブスッ。

 ぬいぐるみの顔が刺された。

 その後、彼女の包丁がボクに向けられる。


「本気で言ってる?」


「ごめん、ちゃんと考えるよ……」


 平謝りするも、ちゃんと考えての発言だったのが悲しいところ。

 ただ、よくよく考えるとパルフェは天国の覇者:大天使の娘だし、お金がかかるモノにはそんなに困っていないと見るべきか。

 天国の実家には高い服も宝石類もあるだろうし、そっちとは別の方向性で考えてみよう。


(思い返せば、『Fantasy World (幻想世界)』じゃあ屋台で喜んでいたくらいだし……うん、きっと庶民的なモノが欲しいに違いない)


 庶民的なもので皆が欲しいモノ。

 ボクが貰って嬉しいモノと言えば――。


「宝くじ?」


 ブチッ!!

 ぬいぐるみの顔が引き千切られた。


「わーごめん!! 冗談だって!!(でも本気でそう思ったのに!!)」


「……次、間違えたら一生許さないから」


「わ、わかったよ。ちゃんと考えるから……」


 最終通告。

 次を外せば終わりだ。


 ただし、だからといって他にコレといったモノが思いつかないのも事実。

 欲しい物なんて人それぞれだし、ましてや裕福な家に生まれ、生活には困っていなかった彼女が欲しいモノなんて言われても、貧しい環境で育ったボクには予想がつかない。


(駄目だ、お手上げだよ。パルフェが何を望んでるのかさっぱりで――あっ)


 ふと、パルフェと目が合った。

 それだけで気付いた。 

 気付いてしまった。


 “気が付いたことが恥ずかしいモノ”に。


 いや本当に、これを言って「外れ」だったら恥ずかし過ぎるけど……でも、他に思いつかない。

 「自意識過剰」だと、そう言いたければ言って貰って構わない。


 それでもボクは言おう。

 ここは「当て」行くんだ。



「パルフェが欲しいモノって……“ボク”?」



 ぬいぐるみと包丁の出番は――無い。


 その代わり。

 “魂乃炎アトリビュート”を発動した彼女に押し倒され、“地獄の時間”が始まった。

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