53話:邪悪なオーラの発生源
雷鳴轟く土砂降りの雨の中。
ボクは大きくしならせたクロの右腕を、餓者髑髏に叩きつけた。
「“黒蛇:首喧嘩”」
破裂音にも似た音が響き、その巨体が海に向かって大きく仰けるも――しかし、餓者髑髏はまだ倒れない!!
倒れる寸前、ギリギリで持ちこたえた。
(これでも倒れないの!? しぶと過ぎるでしょ!!)
三つ首の頭は見るからに重く、倒れてもよさそうなのに倒れない。
苦虫を嚙み潰した顔で餓者髑髏を睨み、ボクは今一度クロの右腕を構える。
「こうなったら一か八か、上手くやれるかわからないけど“アレ”を試すしかない……ッ!!」
相手は化け物の中の化け物。
決着をつける為には賭けに出るしかないだろう。
まだ“未完成の技”だけど、それでもやるしかないと、そう思っていたのも僅かな時間だけ。
結論から述べると、「天の助け」が入った。
倒れる寸前で持ちこたえていた餓者髑髏の巨体。
それが元に戻ろうとした瞬間――。
“稲妻”!!
耳を劈く天の怒りが餓者髑髏に直撃。
ギリギリで姿勢を保っていた巨体は呆気なくバランスを崩し、海へと倒れる!!
『オォォォォオオオオーーーーッ!!!!』
生まれた時と同じ悲鳴だ。
内臓まで響く大声を上げ、餓者髑髏の身体を構成していた大量の骨が、バラバラと海へ崩れ落ちた。
海面に燃え広がった蒼い炎はすぐに鳴りを潜め、不気味な黒い煙へと代わる。
その黒い煙が怨念の如き“声”を発しながら天へと昇り、霧散し、雨の空に呆気なく消えていった――。
■
~ 1時間後 ~
雨が止み、晴れ間も差してきたこの黒い砂浜に戻って来るのは1カ月ぶり。
そこには見覚えのある変な形をした木――「松」があり、おじいちゃんの姿も見える。
もしかしてだけど、あの日から今日までボクの帰りを待っていたのだろうか?
「おじいちゃん、ずっとここにいたの?」
質問への返事は、“杖の一振り”。
(ッ――)
避けはしない。
左腕のナイフで斬撃を放ち、おじいちゃんの一撃を弾く。
同時に、クロの右腕でおじいちゃんの首元を狙う!!
「“黒蛇:顎”」
手応えあり!!
その筈だったのに、クロの顎はガキンッと空を噛む。
そして気が付いた時、ボクの首元には白い杖が添えられていた。
つーっと、冷や汗が首元を流れる。
1か月ぶりに会ったおじいちゃん。
その首にボクの一撃は届かず、逆に一瞬で喉元を奪われる形となった。
(強い、まだまだ全然敵わないや……)
100体以上の妖怪と親玉みたいな餓者髑髏を倒し、随分と強くなったつもりだったのに、それでもこの有り様。
おじいちゃんはどれだけボクの上をいっているのだろうか?
「合格じゃ。隠れ家に戻ることを許してやる」
「それはどうも。だけどこんなに嬉しくない合格があるとは思わなかったよ」
「なに、恥じることはない。僅か1カ月でバグを使いこなしておることに十分驚いておる。ワシの予定では、まだまだ時間がかかる筈じゃったからな」
白い杖を下げ、それからおじいちゃんは“ボクの後ろ”に視線を向ける。
「そう警戒するな、こやつの実力を計っただけじゃ」
「……喧嘩じゃないのか?」
「ホッホッホッ。喧嘩が成立するのは、実力が拮抗している者同士の場合じゃな」
“ボクの後ろ”。
そこに居たテテフに、懐かしさすら感じる笑い声を返すおじいちゃん。
その言い方は「ボクなんか相手にもならない」と言っているに等しいけれど、実際にそんな感じなので言い返せないのが悔しいところか。
ちなみに――。
初見だと間違いなく吃驚するクロの右腕については、餓者髑髏を倒した後にテテフへ説明済み。
最初はクロを怖がっていたけれど、ボクの意思で自在に動かせることを知った後は、必要以上に怖がることもなかった。
それでも、普段から出しておくと人目を引いてしまうのは間違いなく、戦いの時以外は人に見せない方が無難だろう。
――――――――
おじいちゃんとの再会後。
ボク等は浜辺に付けてあった小舟に乗って海に出た。
と言っても、これから小舟で長い航海をする訳もなく、無人島の外をグルリと回るだけ。
陸上からは到達不可能な島の断崖、そこにぽっかりと空いた洞窟へと小舟で入る。
中は不思議と蒼い光に包まれており、何故か洞窟の奥が一番明るいなと認識したところで「蒼く光る柱」を見つけた。
どうやら『Lawless World (無法世界)』のゴミ山に続き、ここ『Japan World (武士世界)』にも『世界扉』を隠し持っているらしい。
それでは早速隠れ家に帰ろう――という手前で、おじいちゃんが神妙な顔で口を開く。
「今更じゃがな、その子は“少々特異な身の上”をしておる。あまり目立ちたくないワシとしては、本来隠れ家に置いておきたくない人物じゃ」
ビクッと、テテフが震える。
ボクの服をギュッと掴み、身体を寄せて来たのがわかった。
「それは、隠れ家からテテフを追い出すってこと?」
「そこまでは言うておらん。そうならぬ様に、今の内から首輪を繋いでおけという話じゃ。あまりベックスハイラントで目立つ真似をせぬようにな。――ま、それはお主が一番わかっておるとは思うが」
言って、おじいちゃんはボクではなくテテフを見つめた。
彼女はただ、無言のままギュッと唇を噛みしめる。
一体何の話をしているのか?
それを二人に問いただそうとしたところで、おじいちゃんが『世界扉』の光に触れたのだった。
■
ボクの視界を奪う『世界扉』の蒼い光、それが消えた時。
周囲の景色は“見覚えのある幽霊屋敷のロビー”に変わっていた。
呆気なさ過ぎる帰還に少々気の抜けるところだけど、問題はまだ何も解決していない。
クイッと、テテフがボクの左腕を引っ張る。
「パル姉の部屋に、早く」
「それはわかったけど、だから何があったの? パルフェは無事ってことでいいんだよね?」
「行けばわかる」
「……わかったよ」
相変わらず何も教えてくれないけれど、ここまで戻って来たのだから自分の眼で確認すればいいだけか。
不気味なロビーを通り抜け、テテフに続いて螺旋階段を駆け上る途中、おじいちゃんから「待て」と呼び止めが掛かる。
「今後の予定について今の内に話しておくが、ワシはしばらく隠れ家を空ける。あまり間を開けず戻って来る予定じゃが、それまでは無理をせず身体を休めることに専念しろ」
「あ、うん。わかった。ちなみにおじいちゃんの用事って?」
「野暮用じゃ。では、後のことは任せた」
帰宅後も息つく暇が無い。
隠れ家に戻って早々、おじいちゃんは入り口の扉から逃げるように外へと出て行く。
野暮用が何なのかちょっと気になるけれど、野暮用を気にするのはそれこそ野暮というものか。
「おい、早くしろ」
「はいはい、わかってるって」
テテフに急かされるまま。
さっさとパルフェの様子を確認しようと螺旋階段を上り、そこで廊下に漂う“不穏な空気”を感じた。
(うっ、何だこれは? 物凄く邪悪なオーラを感じるけど……)
その物凄く邪悪なオーラの流れを辿り、出どころを追いかけてゆくと――ボク等の部屋。
まぁボク等の部屋と言っても、今のところ1カ月前に一泊しただけの部屋だけど、ともあれ。
部屋の扉、その隙間から妖怪の怨念じみた邪悪なオーラが漏れ出している。
この扉は絶対に開けてはならないと、ボクの直感がそう告げていた。
「えっと、先にお風呂でも入ろうかな?」
「逃げるな」
「え?」
「パル姉はずっとお前に逢いたがってた。だから逃げるな」
「………………」
年下の少女に説教されてしまった。
明らかに嫌な予感しかしないのに、「撤退」の選択肢を与えて貰えないなら覚悟を決める他ない。
深呼吸を一つ入れ、ボクは扉をノックする。
「パルフェ、入るよ?」
声を掛けたものの返事は無く、仕方なしにドアノブを回して扉を開ける。
途端、邪悪なオーラがブワッと廊下に溢れ出した。
(うっ)
余りの息苦しさに怯みつつも、「毒を食らわば皿まで」の気持ちで部屋に足を踏み入れる。
部屋の中は真っ暗でよく見えず、定かではない記憶を頼りに壁を探り、照明のスイッチを入れる。
パッと部屋が明るくなり、そしてボクの呼吸が止まった。
無論、いきなり死んだ訳でも、ましてや首を絞められたわけでもない。
部屋が丸見えとなったおかげで、“異様な光景”がボクの視界に飛び込んで来たのだ。
「えっと……何これ?」
明るくなった部屋の中は、大量のぬいぐるみで埋め尽くされていた。
床や壁だけでは飽き足らず、どうやって配置したのか天井も含め、視界の全てがぬいぐるみで埋め尽くされている
家具も少なかった質素な部屋が、今やぬいぐるみ工場の倉庫みたいな状態。
それも、部屋を埋め尽くしているのは“ボクのぬいぐるみ”だった――。




