51話:肉襲
修行の成果を見せる為、おじいちゃんと約束した“黒い浜辺”を目指して走っている時だった。
近くの茂みが揺れ、見覚えのある少女が姿を現した。
「……テテフ?」
「あ、やっと見つけた……」
「見つけたって、どうしてここに? 服もボロボロだし、顔も随分やつれてるよ?」
久しぶりに見た獣人族の少女:テテフ。
彼女の姿には憔悴感が漂っており、これならキッチンで見た時の「病み上がり後」の方がよっぽど元気に思える。
しかも彼女は、ボクの質問に答えることなく“フラリとよろけた”。
「おっと」
倒れる前に小さな身体を受け止めるも、その身体はダラリと脱力したまま。
自力で立ち上がろうという気配が微塵も感じられない。
何処か具相手も悪いのだろうか?
そんな疑問を抱いたところで、力なくボクの腕に収まるテテフが途切れそうな声で呟く。
「に……く……」
「にく? 肉がどうしたの?」
「肉、食べたい……」
その言葉を最後に、テテフは電池が切れたように気を失った。
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「よし、出来た」
今日の昼食はかなり豪華になった。
①森でたまに採れるけど名前は知らない「キノコの丸焼き」。
②海でよく捕れるからよく食べていた名前を知らない「魚の丸焼き」。
③そして魚を捕まえようと浜辺に出たところでたまたま見つけた「猪の丸焼き」。
加えて、デザートにはクロが大好物だった、名前は知らないけどとにかく甘い「紫色の果実」もある。
ナイフで作った木のコップには綺麗な沢の水も入っており、まさに「無人島のフルコース」とでもいうべき昼食の完成だ。
「テテフ、肉が焼けたよ」
木陰に寝かせたテテフに声を掛けるも、彼女は眠ったまま返事を返さない。
先ほど確認したところ目立った外傷も無かったので、純粋に体力切れで眠ってしまったのだろう。
(しょうがない。ちょっと可哀想だけど起こすか)
こんがりと焼けた猪の丸焼きから片脚をもぎ取り、静かに眠る彼女の小さな鼻に近づけた。
途端、鼻がピクッと反応。
次の瞬間には、飛び跳ねる様にテテフが目を覚ます。
「肉襲か!? 肉が襲ってきたのか!?」
「肉は襲ってこないよ。焼けたから持って来たんだ」
「焼けた!? 肉が!? あッ、コレ食っていいのか!?」
そう訊ねた時。
既に彼女はボクの手から肉を奪い、ムシャムシャと頬張り始めていた。
一口食べるごとに彼女の瞳に生気が宿ってゆくのがわかり、それだけでも苦労して料理(丸焼き)を準備した甲斐があったというものか。
「テテフ、あっちにもまだあるよ」
「なッ!? デカい肉だ!! 凄いデカい!! アレも食べていいのか!?」
「勿論。好きなだけ食べていいよ」
そう答える前に、聞く耳持たずに猪の丸焼き目掛けて駆けてゆくテテフ。
小さなその後ろ姿を苦笑と共に眺めつつ、ボクの分まで食べられたら困ると彼女の後を追いかけた。
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「はぁ~、美味しかった。礼を言うぞ」
モフモフな尻尾をフリフリと振りながら、満足げな表情でお腹を撫でたテテフ。
服の上からでもわかるくらいに、ポッコリと膨れているお腹が可愛らしくもある。
「そんなにお肉が好きなの?」
「うん、肉は好きだ。食べ物で一番美味い。野生を感じる」
「そうなんだ? まぁ確かに美味しいよね」
野生を感じるっていうのはいまいちわからないけれど、そこは彼女が獣人族なのが大きいのかも知れない。
ボクとしては甘いモノの方が好きだけれど、当然ながらお肉だって食べるし、十分好物に入る。
ただ、今はお肉談義をする時間でも、ご機嫌に揺れる彼女の尻尾を愛でる時間でもない。
「それで、どうしてテテフはここに来たの?」
「あっ、そうだ!!」
ハッと顔を上げ、彼女が叫んだ。
「パル姉が大変だ!! すぐ戻れ!!」
「えっ、パルフェに何かあったの?」
「戻ればわかる!!」
立ち上がり、慌てて走り始めたテテフ。
ボクも慌ててその後を追う。
「ねぇ、何があったの!? パルフェは無事!?」
「無事は無事だ。でも全然無事じゃないからすぐ戻れ!!」
「えっと……それはどういうこと?」
「戻ればわかる!!」
「わ、わかったよ。とにかく戻るけど、パルフェは無事ってことでいいの?」
「無事じゃないッ。あぁでも無事は無事だ!! 無事だけどとにかく戻れ!!」
「………………」
いまいち要領を得ない。
パルフェは無事だけど無事じゃない?
何を言っているのか全くわからないけれど、とりあえず大変だと言うなら戻るしかないだろう。
どのみちこの無人島とは今日でお別れのつもりだったし、タイミング的には何ら問題無い。
(っていうか、まだ幼いのに随分と足が速いな。流石は獣人族だね)
動物の血が濃く、身体能力に秀でた種族だけあり、ボクの足に勝るとも劣らない速度でテテフは走っている。
浜辺に残る足跡も僅かなもので、まるで飛んでいるかのように走っているのが印象的だ。
(とはいえ、まだまだボクの方が速い。パルフェが心配だし、ここはボクが運んで――ん?)
小さなシルエットが見えた。
いつの間にか曇天に変わり始めた空に、徐々にこちらへと近づいてくる小さな鳥。
グングンと迫って来たその小さな鳥が、ボク等の足を止めるかのように「クルッポー」と目の前に降り立った。
頭にシルクハットを被った風変りの鳩で、足には青い筒を付けている。
「……“鳩手紙”?」
簡潔に述べると「世界を渡る伝書鳩」だ。
『AtoA』26世界にはネットやメールが普及している世界もあるけれど、全ての世界で共通して使える連絡手段は鳩手紙くらいなもの。
手紙を渡したい相手の“髪の毛”や“爪”を鳩に持たせると、その人の元に届けてくる仕組みになっている。
「ボク宛かな?」
そう思ったのも束の間。
鳩はボクとテテフを何度か交互に見て、最終的にはテテフの前で「クルッポー」と鳴いた。
「アタシ宛? 一体誰が……」
不可解な顔でテテフが筒から手紙を取り出し、それに目を落とす。
しばらくして、「ん」とボクに手紙を寄越して来る。
「多分、お前だ」
「そうなの? じゃあどうしてテテフに手紙を?」
そんな疑問の視線を送ると。
当の鳩はおどおどとした様子で狼狽えた、慌てて「クルッポー」と飛び立った。
(あ、逃げた……)
届け先を間違った気まずさに耐えかねたのか。
この程度のことで責める気も無いけれど、全ての鳩が上手く手紙を届けるとは限らないらしい。
「随分とおっちょこちょいな奴だけど、まぁ誰にだって間違いはあるか。え~っと中身は――」
手紙にはこう書かれていた。
『一つ、忠告を忘れておった。もしも妖怪を倒せるようになったら、死骸の上に土を盛り、その上に塩を盛って成仏させてやれ。それを怠った場合、成仏できなかった無数の怨念が集まり、やがて“餓者髑髏”となるじゃろう。昨日から修行を始めた程度のお主では、逆立ちしても勝てぬ相手だ。もしも成仏を忘れて“餓者髑髏”と出逢ったら……まぁ命は諦めろ。以上』
「……ん?」
内容を理解するのに少々時間を要する。
差出人がおじいちゃんだというのはすぐにわかったし、いつの間にかボクの髪の毛を採取していたみたいだけど、重要なのはそこではない。
倒した妖怪の処理方法や、それを怠った場合の危険性が書いてあるのはいいとして、問題はそれを書いた日付。
(“昨日から修行を始めた程度のお主では~~”って書いてあるから、この手紙、ほぼ1カ月前の手紙だよね? それを今更届けられても……)
先程の鳩が飛び立った空を見上げても、そこにはもう逃げ切った鳩の姿は見えない。
まさか届ける相手を間違えただけじゃなく、届ける相手を探すのに1カ月もかかってしまっただなんて……。
そしてこの1ヶ月、正確を期せばこの2週間ほど、ボクは妖怪を倒しに倒しまくった。
倒したまま、死骸は何もせず放置している。
「あれ? コレってちょっとマズい状況なんじゃ……」
今更そんなことを言われても、という手紙の内容を理解したところで“異変に気付く”。
体調でも悪いのか、テテフの顔が真っ青になっている様にも見えるけれど――違う。
青いのは彼女の顔だけでなく、ボクの視界全て。
青い太陽に照らされているみたいな、そんな光を後ろに感じる。
嫌な予感と共に振り返ると、“死骸の山”が燃えていた。
蒼い炎に包まれながら、100を超える妖怪の死骸が集まり、燃えていた。
そして――。
『オォォォォオオオオーーーーッ!!!!』
死骸の山から“三つ首の巨大骸骨”が姿を現した。




