47話:『Japan World (武士世界)』
それは、廃棄怪物に押し潰される寸前の出来事。
ボクの人生がここで終わると、それが嫌だと強く想ったところで、世界は何も変わらないと思っていた。
願っただけで何かが変わることなんて無いと、その程度で世界が変わる訳も無いと、そう思いつつも、ただただ己の死を「否定」した時、“そいつ”は現れた。
右肩から爆炎の如き黒煙を噴き出し、そこから“黒い物体”が。
「――ヘビ!?」
確認出来たのは一瞬だけ。
その一瞬でボクの目が正常に働いていたなら、黒い物体の見た目は完全に“ヘビ”だ。
ボクの右肩と繋がったまま、腕くらいの太さの黒ヘビが2メートル程の身体を顕わにしている。
そして。
ボクを押し潰そうとしていた廃棄怪物の脚を、その黒ヘビが「バチンッ」と弾き返す!!
(何てパワーだ……ッ!!)
脚を弾かれた廃棄怪物がよろけた。
バランスを崩した廃棄怪物の瓦礫の腹、そこへ鞭の様にしなった黒ヘビが追撃を入れる!!
まるで“巨人の鞭”。
見上げる程に大きな巨人が鞭を振るったのだと、そう錯覚してしまう盛大な音が響く。
結果。
重心がズレた廃棄怪物は仰向けとなり、轟音を鳴らしてゴミ山に転倒。
その巨体を構成していた瓦礫はバラバラと崩壊し、一瞬にしてゴミ山の景色に帰化した――それら一連の流れを目の当たりにし。
「ようやくお出ましか。随分と勿体つけおって」
無表情だったおじいちゃんが、ここで僅かに口角を上げた。
■
「『バグ』っていうの? さっきの黒ヘビが?」
瓦礫の凹凸でボクの身体に刻まれた無数の傷口。
そこに薬を塗りつつ、包帯を巻きながらおじいちゃんが教えてくれる。
「正確を期せば、あの真っ黒な暗黒生命体を総称して『バグ』と呼ぶ。姿形が黒ヘビであろうとなかろうと関係なくな。ほとんどの人間はその存在すら知らず、知っている者ですら実際にバグを見た者は少ない」
「そんな生き物がこの『AtoA』に……バグって一体何者なの?」
「ふむ、その問いに明確な答えを返すのは難しいな。バグに関してわかっておることはあまりにも少ない。ただし、生態については一部わかっていることもある。それが“寄生”と“擬態”じゃ」
「え……?」
いきなり出て来た怪しい言葉に、ボクはそっと右肩を抑える。
先ほど出て来た黒ヘビは既にいなくなっているものの、それはボクの右肩から姿を現し、そして巻き戻る様に“右肩へと身体を隠した”だけ。
それはつまり――。
「もしかしてだけど、ボクって既に寄生されてる?」
コクリ。
さも当然とばかりに頷いたおじいちゃんに、不安げな顔を返すほかない。
「それって大丈夫なの?」
「さぁな。バグに寄生された人間の実例は極めて少なく、安全の保障など出来る筈も無い。話の信憑性はわからぬが、中には“内側から食い殺された”という報告もある」
「ッ!?」
ゾッとした。
その光景を想像するだけで背筋が凍り付きそうだ。
(駄目だ駄目だッ、弱気になるな!!)
ブルブルと首を振り、ボクは想像してしまった嫌な場面を振り払う。
寄生という言葉が的確かどうかはともかく、既に『バグ』が身体の中にいるのは事実で、重要なのはこれから何をすべきかだ。
「それで、バグを身体の中から追い出すにはどうしたらいいの? 専用の薬とか?」
「ホッホッホッ。馬鹿を言うでない。千載一遇のチャンスを自ら逃すつもりか?」
「千載一遇のチャンス? 何が?」
「無論、バグに寄生された今の状況じゃ。廃棄怪物を倒したあの力を自在に操れるようになれば、“魂乃炎”所持者に勝るとも劣らぬ力を手に入れたと同義。事実、バグを自在に操り、鬼神の如き強さを発揮する人物をワシは知っておる。お主にもその力を手に入れる可能性があるのだ。そのチャンスを自ら逃すつもりか?」
「………………」
――ゴクリ。
思わず唾を飲み込んだ。
恐らく、今のボクは静かに興奮している。
(バグ……未知の生物過ぎて不安は大きいけど、かなりの力を持っているのは間違いない)
少なくとも、あの黒ヘビと今のボクなら、黒ヘビの方が強いだろう。
ギュッと、包帯を巻いても未だに痛む左手で、ボクは右肩を強く抑える。
素直に、痛い。
それで黒ヘビが出て来ることはなく、今のところ意思疎通が図れる気は一切しない。
(でも、もしもボクの意思で黒ヘビを操れるようになれば、今よりも確実に強くなれる。パルフェとの約束も、絵空事じゃなくなるかもしれない)
『AtoA』で一番強くなる。
つまりは「世界最強」になれる可能性が僅かながらも出てきた。
本来なら年端もいかぬ子供にだけ許された馬鹿げた夢が、本当に叶う日が来るかもしれない。
「ドラノアよ、動けるか?」
「え? まぁ、何とか動けるけど」
「ならば付いて来い。すぐそこじゃ」
「すぐそこって……あ、ちょっと待ってよ」
ボクの身体を気遣っているのか、いないのか。
死期を脱し、改めて酷い臭いを感じ取れるようなったボクを置いて、おじいちゃんは顔色一つ変えずに先を歩いてゆく。
痛む身体に鞭を討ち、その後を追って臭いを我慢しながら歩き、辿り着いた先は――“ゴミの洞穴”。
洞穴の前には「有害物質による汚染の為『立ち入り禁止』」と書かれた看板が立っている。
(まさか、あの中に入らないよね?)
そんなボクの願望が叶うことは無く。
当然と言えば当然の様に、おじいちゃんはゴミの洞穴へと足を踏み入れる。
「ちょっとおじいちゃん? 看板に立ち入り禁止って書いてあるけど……」
「気にするな、ワシが立てた看板じゃ。酷く臭いだけで有害物質はほとんど無い、多分な。まぁ仮にあったとしても少量じゃろ。死にはせん、恐らくな」
「………………」
かなり不安な言葉を残したまま、おじいちゃんの姿が洞穴へと消えてゆく。
正直、ボクとしてはこのままUターンしたいところだけれど、それを実行に移したところで問題解決にはならないのだろう。
覚悟を決め、臭いを我慢しながらおじいちゃんの後に続いた。
そしてゴミの洞穴を進んで間もなく、ボクは“輝く柱の結晶”を見つけることになる。
先ほど高度2500メートルの空に見た光と同じ、青色に輝く柱の結晶――。
「え? こんなゴミ山の中に……『世界扉』?」
「ワシが自前で用意した代物じゃ。ここなら街の者は絶対に訪れぬし、あの看板があればゴミ山の連中もまず中には入らん」
「『世界扉』を自前で? 一体どうやって……いや、それよりどうしてこの場所に?」
「無論、これから別の世界に行ってもらう為じゃ」
「……はい?」
聞き間違いだろうか?
というか聞き間違いであって欲しかったのが本音だけれど、どうやらボクの耳は臭い環境下でも正常に機能していた。
「何度も言わせるな、これから別の世界に行くんじゃよ。ほれほれ、さっさと『世界扉』に触らんか。キレるぞ?」
「わ、わかったからそんなに軽々しくキレないでよ。こっちは負傷者なんだから……」
慌てて『世界扉』に触れると、毎度の様に26文字のアルファベットが浮かび上がる。
管理者用のパスポートを隠れ家に置いてきた為、『S』と『H』の2文字は選択不可のグレー表示だけど、今回は関係ないらしい。
「『J』を選べ」
「『J』? 何でまた“あの世界”に?」
「いいから選べ」
有無を言わさぬおじいちゃんの言葉に、ボクは言われるがまま『J』の文字を選択。
当然の様にボク等の身体が渡航の青い光に包まれ、そしてやって来た世界は――。
「海……?」
ゴミの景色が一転。
視界に飛び込んで来た広大な藍色の海を前に、一瞬思考が止まった。
足元には真っ黒な砂浜が広がっており、振り返って後方に目を向ければ緑の濃い野山も見える。
注目すべきはその野山に生える“植物”か。
ボクの頭にある知識と照らし合わせれば、例え渡航先を知らずとも此処が何処かは一目瞭然。
(あのぐにゃぐにゃ曲がった変な形の木は、確か“松”だっけ? 雲の形もなんか独特だし、やっぱり『After World (はじまりの世界)』とは雰囲気が違うなぁ)
「――『Japan World (武士世界)』に来るのは初めてか?」
「あ、うん。初めてだね。多少の知識はあるけど……」
『J』の世界:『Japan World (武士世界)』。
武力と規律が支配する、身分制度が非常に強い世界だ。
一部の開かれた地域を除き、この『AtoA』においても閉鎖的な交流しか持たない世界でもある、と聞いている。
「どうしてボクをここに?」
「“バグを飼い慣らせ”」
「……へ?」
「ここは人里離れた絶海の孤島じゃ。どれだけ暴れたところで人様に迷惑がかかることもない。その右腕のバグを自在に操れるようになるまで、お主が隠れ家へ戻ることを禁ずる」
「うッ、そう来たか」
これがボクの率直な感想。
誰もいない無人島で得体の知れないバグを飼い慣らせだなんて、随分と無茶が過ぎる提案だ。
でも、そのくらいの無茶をしなければボクはただの足手纏いだし、そんなボクが成長する為に、おじいちゃんが用意してくれた絶好の機会だと理解もしている。
廃棄怪物を倒したあの力を手に入れる為なら、多少の無茶は喜んで受け入れるべきだろう。
「ちょっと不安だけど……うん、わかった。ボク頑張ってみるよ」
「うむ、いい返事じゃ。ちなみに言い忘れていたが、ここはその昔“流刑島”じゃった」
「……ん?」
「今は人間が一人もおらぬが、かつて島流しにあった罪人が妖怪に化け、そ奴等がウヨウヨと生息しておる。せいぜい死なんように気を付けることじゃ」
「……んん?」
かくして。
半ば強制的にボクの無人島生活は始まった。
*あとがき
次話、2章で出て来たキャラクターのデザイン画を載せています。
興味ない方は遠慮なく飛ばして下さい。




