46話:呪縛と足枷/死に場所と黒ヘビ
~ ドラノアが廃棄怪物と戦っていたその頃 ~
「ど、ドラの助~……? 何処いるの~……?」
天使族の家出少女:パルフェは、大きな不安の中にいた。
目を覚ましたら不気味な部屋に一人きりで、隣に寝ていたドラノアの姿が何処にも見当たらなかった為だ。
寝ている間にはだけた牛柄のパジャマを着直し、彼女は不安げな顔のまま部屋の扉をそ~っと開ける。
目に入って来たのは、これまた日中とは思えない薄暗くて不気味な廊下。
そこに小さな彼の姿は見つからず、大声で呼ぶべきか否かと考え始めたところで、彼女の鼻が“とある臭い”を感じ取る。
(ん? 何か焦げ臭い……ドラの助が料理でもしてるのかな? でも料理なんてしたこと無さそうだし)
記憶を掘り下げてみても、彼が料理らしい料理を振舞った場面は一度たりとも見たことが無い。
無理やり候補を上げるとすれば、ベックスハイラントを目指す移動の途中で、狩った獣を焚火で焼いたくらいなものだ。
まだ付き合いが短いので確かなことはわからないが、彼女の直感は告げている。
恐らく彼は「料理が出来ない人間」だと。
(よ~し、だったら私がドラの助の胃袋をガッツリ掴んじゃうもんね。特性蜂蜜たっぷりの甘々料理で、私達の仲も益々甘々になっちゃう大作戦だよ)
やる気に満ちた顔で螺旋階段を降り、焦げた臭いを辿ってキッチンへ。
そこでパルフェは驚いた、二つの意味で。
「えっ? 全部焦げてるんだけど……あっ」
何故か黒焦げと化したキッチン。
そこで見つけたのはドラノアではなく、その黒焦げと格闘している小さな獣人族の少女。
そして獣人族の少女も――つまりは「テテフ」もテーブル越しにパルフェを見つけ、煤だらけの顔で「あっ」と小さく声を上げる。
「誰だ?」
「わぁ、もう元気になったんだ? 良かったぁ~~♪」
質問には答えず、床の煤を蹴散らしてテテフの元へと駆けてゆくパルフェ。
そのパルフェから逃げる様に、テテフはテーブルを半周する。
二人の距離は一向に埋まらず、パルフェは「はて?」と首を傾げた。
「何で逃げるの?」
「当たり前だ。知らない奴には迂闊に近づかない。誰だお前?」
「私? パルフェだよ。何も覚えてないの?」
「パルフェ? ……そう言えば、そんな名前の奴が私を運んだってアイツが言ってた。お前がそうか、礼を言うぞ」
「別にそんなのいいって。元気になってくれただけで十分だから」
安堵の表情でテテフに笑いかけ、それからパルフェは今一度キッチンを見渡す。
黒焦げのテーブルに黒焦げの椅子、黒焦げのシンクに黒焦げのコンロを見て、腑に落ちない顔をテテフに向ける。
「ねぇ、ここで何があったの? キッチンが丸焦げだし、ドラの助もいないけど……」
――――――――
――――
――
―
キッチンで起きた惨劇と、白髭老人の憤怒。
それら事の顛末をテテフから聞いたパルフェは、飽きれると同時に怒っていた。
「もうッ、私を置いていくなんて信じられない!! テプ子もそう思うでしょ!?」
「……テプ子?」
「あだ名だよ。名前がテテフだからテプ子、可愛いでしょ?」
「くそダサい」
「えっ!? くそ、ダサ……い……?」
がっくりと膝をつき、これ以上ない程に分かり易く落ち込んだパルフェ。
よもやここまで落ち込むとは思っていなかったテテフが、慌ててくそダサいあだ名のフォローを入れる。
「えっと、くそダサいは冗談だ。悪くない、と思う」
「あ、やっぱり? 私も渾身の出来だと思ったんだよね。どう? 気に入った?」
「……うん」
「やったー!! お礼は要らないからね」
「………………」
年下に気を使われたパルフェが元気を取り戻し、それから二人はキッチンの掃除を始める。
最初こそテテフが警戒して微妙な距離感だったものの、やはり同性というのが大きいのだろう。
1時間もすれば普通に会話出来る仲となり、最初から警戒心の無かったパルフェは元より、少々強めだったテテフの警戒心も少しずつ和らいでいった。
~ 1時間後 ~
湯煙が漂う隠れ家の風呂場。
一人で湯船に浸かるには随分と広い浴槽の中に、今は二つの人影がある。
無論、その人影がパルフェとテテフであることは言うまでもないだろう。
キッチン掃除で煤だらけになった身体を洗い、二人仲良く横並びで湯船に浸かっているところだ。
「ねぇ、テプ子はこれからどうするの? よくよく考えたら勝手に街まで連れて来ちゃったけど、ゴミ山に待ってる家族とかいるの?」
「いない。パパもママも死んだ。アタシは一人だ」
「……そっか」
テテフの返事に何とも言えない表情となるパルフェ。
これはどう返したものか悩んだものの、しかし最終的には最初から思い描いてた言葉を口にする。
「それじゃあさ、ずっとこの隠れ家に居たら?」
「……え?」
考えもしなかった提案らしい。
テテフがパチクリと瞬きを繰り返す。
「ずっと、ここにいる……アタシが?」
「うん、それがいいよ。建物はちょっと不気味だけど、こうやってお風呂にもゆっくり入れてさ、部屋にはちゃんとベッドもあるよ。テプ子だってゴミ山で暮らすよりいいでしょ? 私からもじゃる丸に言ってみるよ。駄目だって言っても私がOKにするから。ね?」
「それは、悪くない話だけど……でも駄目だ」
「どうして?」
「パパとママが下にいる。二人のお墓をゴミ山に作った。アタシはその傍がいい」
「……そっか」
再び何とも言えない表情になるパルフェ。
既にこの世にいないとしても、それでも亡くなった両親――お墓の傍がいいと口にする彼女の言葉を、パルフェに否定することは出来ない。
ただ、だからといって諦めた訳でもない。
しばらくの間、湯船に口をつけて「ブクブク」と空気を送り出し、それにも飽きてからこう話を切り出した。
「あのね、もしも私が人の親で、自分が子供の“呪縛”になっているんだとしたら……それは何だか嫌だなぁって思うの。残された子供が苦しい状況にいて、“それを変えられる時”が来たのに、親である自分が“足枷”になって、その子が新しい一歩を踏み出せないのは、何だか嫌だなぁって。まぁ私は親の経験なんて一度もないけど……うん、私が親だったら絶対にそう思ってる」
「でも……それは寂しい」
「うん、寂しいよ。多分、親としては絶対寂しいんだけど……でもね、私はそういう親になりたいし、そういう親であって欲しいと思ったから」
「………………」
「あー、あはは……。何かごめん、今のは忘れて」
思いのほか微妙な空気になってしまい、苦笑いで誤魔化そうとするパルフェ。
そんな彼女にテテフも何か言おうとしたものの、結局その時は何も口にしなかった。
そのまま静かな時間が過ぎ――。
「ふぅ~、そろそろ上がろっか? このままだとのぼせちゃう」
流石に長湯が過ぎた。
先に立ち上がったパルフェが自然な感じを装って手を伸ばすも、テテフはその手をジッと見つめるだけで掴み返さない。
(う~ん、ちょっと出しゃばり過ぎちゃったかなぁ? テプ子に嫌われたかも……)
せっかく仲良くなれたと思ったのに、今は出逢った時以上に心が離れている気持ちになる。
決して少なくない悲しみがパルフェを襲うも、その悲しい襲撃の時間は、直後に発せられたテテフの声が届くまでだった。
「……考えていい?」
「ん? 何の話?」
「さっきの話、もうちょっと考えていい?」
「ッ~~!!」
ゾワッと、パルフェの内から何かが込み上げて来る。
得体の知れないその感覚は、しかし不思議と温かく、彼女を笑顔にする不思議な力を持っていた。
■
~ ドラノア視点:パルフェとテテフがお風呂に入っていたその頃 ~
正直ボクは、頑張れば「何とかなる」と思っていた。
例え右腕を失っても、持ち前のスピードと地獄の熱で、今のボクでもギリギリ倒せると思っていた。
廃棄怪物の無骨な腕、その無慈悲な一撃を喰らうまでは。
「ッ~~!!」
身体が地面に叩きつけられ、あまりの痛みに一瞬意識が飛びかける。
そのまま転げ落ちる石の如くゴミ山を転がり、あらゆるゴミと瓦礫で身体から血飛沫が舞う。
――無理だ。
理解した。
理解させられた。
自分の弱さを、改めて。
言い訳をしても仕方ないけれど、やはり右腕を無くしたのが大きい。
利き腕を無くした意味を、その意味の大きさを、ボクは身体中の痛みと共に改めて実感していた。
(無理だ。右腕が無い今のボクじゃ、廃棄怪物に勝てない……ッ!!)
そう思った次の瞬間には、ボクを照らしていた太陽の光が遮られる。
絶望の象徴、廃棄怪物の巨体が目の前まで迫っていた。
すぐさま逃げようと駆け出すも……。
「うッ!?」
足に力が入らず、また、流れ出た自分の血ですぐに転んでしまう。
仰向けとなり、見上げたボクの視界には、改めて巨大な瓦礫の脚が映った。
――手遅れだ。
ボクは悟る。
廃棄怪物の脚を避けることは出来ない。
地獄の熱で劣勢を覆そうにも、身体からはガス欠みたいな黒煙が噴き出すだけで、爆発の1つも起きやしない。
縋る思いでおじいちゃんに視線を向けるも、無言のまま、無表情で見ているだけ。
その目でわかる。
ボクを助けるつもりは無いらしい。
――終わった。
本当に呆気ない終わりだ。
せっかく『Lawless World (無法世界)』まで来たというのに、このまま押しつぶされてボクは死ぬ。
“『AtoA』で一番強くなって?”
そんなパルフェとの約束も果たせないままに。
“じゃあボクを信じて。約束は絶対守るから”
そんな自分の言葉すら守れないままに、ボクは死ぬ。
こんなモノなのか?
脱獄して、右腕まで失ったボクの人生は、所詮こんなモノなのか?
――所詮、こんなモノなのだろう。
多分、最初から知っていた。
人生とは、生まれた時点でほとんど決まっているのだと。
紛争止まぬ世界の貧困層に生まれた赤子と、平和な世界の富裕層に生まれた赤子とでは、生を受けた時点で享受できる体験に天と地ほどの差が生まれる。
そんな耳に穴が空くほど聞き飽きた話を、何処でも誰でも口にしている様な話を今更持ち出すまでもない。
誰だって知っている。
世界は理不尽の極みだ。
こんな世界に生きていたら、誰だって文句を口にしたくなる。
文句を言ったところで何も変わらないと知っていても、それでも文句を口にするのが人間だ。
ボクもきっと、そんな人間の一人。
――それでいいのか?
そんなつまらない人間のまま、終わっていいのか?
いや、いい筈がない。
やっと復讐を果たしたのだ。
ボクの全てを押し潰していた積年の恨みが晴れ、やっと自由に生きれるのだ。
こんな訳のわからない化け物に押し潰されるなんて、そんなつまらない最期を迎えていい訳がない。
おじいちゃんが口にした『世界管理術』なんて代物は未だに半信半疑だけど、それでも、ここでボクの人生が、第二の人生が終わっていい筈がない。
少なくとも、パルフェが居ないこの場所は違う。
(ボクの死に場所は、此処じゃない!!)
それを強く想った――直後。
右肩に、激痛が走る!!
「痛ッ!?」
突発的な痛みを発したボクの右肩。
そこから尋常じゃない量の黒煙が噴き出し、“黒い物体”が姿を現した!!




