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5話:卒業

 地獄の覇者:十王が一人である閻魔王は、白髭の老人と密談を交わしていた。


「あいつは一体何者だ?」


 閻魔王は気がかりだったのは、小さな見た目にそぐわぬ“強さ”を唐突に発揮し始めた少年だ。

 命を賭した殺し合いを毎日続ける咎人達の中でも、彼の成長ぶりは明らかに群を抜いている。

 その存在は明らかに異質であり、少年を送り込んで来た老人にも訝しむ目を向けない訳にはいかないだろう。

 

 真剣な眼差しの閻魔王に対し、老人は「ホッホッホッ」と一人愉快気に笑う。


「そうかそうか、無事に強くなっておるか。八大地獄での1日は現世での100年に相当するからのぉ。修行するのにこれほど都合の良い場所もなかろうて」


「そうなかろうて、じゃねぇよ。地獄時間で500年経ったってのに、アイツの魂は1ミリも減っちゃいねぇ。“本来の半分しか魂を与えてない”ってのにだ。……あのチビガキは一体何者だ? 何の為にここで修行させてやがる?」


 ギロリッ。

 閻魔王が鬼よりも怖い睨みを利かせると、老人はとぼけたように視線を外した。


「ところで閻魔よ、あやつは鬼の獄卒に戦いを挑んだか? 流石にそこまでの域には達しておらぬか?」


「おい、まずは俺の質問に答えろよ髭ジジイ」


「そういうお主も髭ジジイじゃろう? ならばまずはお主が答えぬとな。ホッホッホッ」


 老人が飄々とした態度で笑う度に、閻魔王の眉根が徐々に中央へと寄ってゆく。

 言葉尻を捕らえられ、その上で屁理屈を言われれば誰だってそうなるだろう。


 ただ、表情筋の可動域にも限界はある。

 これ以上眉根が寄らなくなったところで、閻魔王は「はぁ~」とため息を吐いた。


「……教育係の獄卒が言うには、ちょうど今日、チビガキが戦いを挑んで来たらしい。すぐさま返り討ちにしたようだが、それでもかすり傷を負ったと言っていた」


「ほほう、5日で獄卒にかすり傷を与えたか。あの獄卒も中々いい腕をしておった筈だが……やはり、ワシの眼に狂いは無かったようじゃな」


「ふんッ、気分が良いなら次は俺の質問に答えろ」


 閻魔王はグイッとその身を乗り出し、威圧するように老人へ顔を近づける。


「あのチビガキ、マジで何者だ? “魂乃炎アトリビュート”も持ってねぇのにあの強さ……いやまぁ、“魂乃炎アトリビュート”を持っていたところで、八大地獄の中では封じられる筈だが……とにかく奴は何者だ?」


 ギロリと老人を睨み、閻魔王は更にグイッと大きな顔を小さな老人に近づける。

 老人は杖を使ってそんな閻魔王を押しのけ、若干引き気味に口を開く。


「まぁまぁ、そんなことは気にせず奴の修行を続けてくれ――と言って納得しそうな顔でもないのぉ」


「当然だ。アンタがどうしても言うから手を貸してやっているが、“嘘の裁き”がバレれば他の十王達に示しがつかんのはわかるだろう? こちらにも地獄の覇者としての立場とプライドがある。せめて理由くらいは教えて貰おう」


「言ってもどうせ信じぬじゃろ?」


「それは話を聞いてから俺が決めることだ。いいから言え。答えぬ限り今後の協力は無い」


 閻魔王の声には尋常ならぬ覇気が籠っていた。

 相手が年端も行かぬ子供なら今頃泣いて漏らしているところだろう。

 

 そんな閻魔王の顔をチラリと見て、老人は諦めたように「オホンッ」と一つ咳ばらいを入れる。


「まぁ何と言うか……あやつは“火種”じゃな。このまま燻って終わるか、それとも大きく燃え上がるかはワシにもわからぬ」


「何を言っている? あのチビガキが火種? もっと分かり易く具体的に話せ」


「いやぁ~、これ以上は時期尚早じゃ。それよりも、土産に高級品の『時賭け饅頭』を買うてきた。これは旨いぞ~、食べてみるか?」


「ふざるな髭ジジイ。饅頭はいいからチビガキが何者か教えろ」


「まぁまぁ、細かいことは気にするな。あんまり気にすると今以上にハゲるぞ?」


「ハゲてねぇよ、フサフサだ。それよりチビガキのことを――」



「いいから修行を続けろと言うとるじゃろがいッ!!!! キレるぞ!?」



「……もうキレてるじぇねーか」


 閻魔王は再びため息を吐いた。

 この老人とはそれなりに長い付き合いなので、これ以上問い詰めても教えてくれないことがわかってしまったのだ。


 老人がキレるのはボケが始まっているからではなく、これ以上は絶対に引かないという一種の合図。

 ここから先はドラノアについて何も教えてくれないだろう。

 やれやれと、閻魔王はこれ見よがしに首を振った。


「それなら別の質問だ。ここ最近“若い天使”を見たという報告が上がっているが、もしかしてそれもアンタの差し金か? 等活地獄周辺で多く目撃されているらしいが」


 事のついでと閻魔王は尋ねたが、老人は頭に「?」を浮かべた。


「いや、それは知らぬ話じゃな。地獄に天使とはあまり良い予感がせぬが……まぁ何かわかったら知らせてやろう」


「是非そうしてくれ。それからあのチビガキの今後だが――チッ、帰りやがったか髭ジジイめ」


 舌打ちをしたところで自分勝手なあの老人が戻ってくるわけもない。

 三度ため息を吐いた後、閻魔王は教育係の獄卒を私室に呼び出した。


 そしてその獄卒に、チビガキことドラノアの「等活地獄“卒業”」を伝えた。



 ■



 ~ ドラノア視点:赤鬼の獄卒に勝負を挑んだ翌日(八大地獄時間) ~


「起きるど」


 獄卒の声でボクは目覚め、自分に何が起きたのかを思い出した。


(そうだ、負けたんだ……)


 等活地獄で久しく無敵を誇っていたボクは、調子に乗って獄卒に勝負を挑み、そして呆気なく負けた。

 おかげで久しぶりに復活させられる感覚を思い出したボクは、起きて早々に獄卒から思いも寄らぬ言葉を耳にする。


「閻魔王の命令で、お前ば等活地獄から出す事になったど」


「えっ、そうなの? それは嬉しいけど……でも何で?」


「オイは知らん。とにかく命令ど」


「ふーん?」


 理由はいまいち分からないけれど、まぁここから出られるならそれに越したことはない。

 500年も等活地獄に居たけれど、寂しさなんてこれっぽっちも感じる場所ではないからね。


 そもそも、普通の咎人なら地獄から出ること無く魂が疲弊し、消耗し、消えて無くなる運命だ。

 そうなる前に地獄を出られるなら、それに越したことはないだろう。

 等活地獄の咎人達を倒すのにも物足りなさも感じていたことだし、下手な言葉で怒りを買って「やっぱ無しで」となるのだけは避けなければ。


(それにしても、地獄から出た後ってどうなるんだろう? 学園の授業ではそこまで習わなかったけれど、もしかし天国に行けたりするのかな? それはそれで楽しそうだけど……でも、せっかくここまで強くなったんだ。ボクがやることは1つしかない)


 改めて、ジーザスに復讐を――などという淡い期待は、地獄の熱ですぐに溶けて無くなる。


「次の500年は黒縄地獄こくじょうじごくど」


「……え?」


「ここは等活地獄の10倍は辛いど」


「……え?」


「等活地獄より10倍は強い咎人達がわんさかおるど」


「………………」


 かくしてボクは、等活地獄の10倍辛い黒縄地獄へと突き落とされた。



 ■



 どうしてボクの人生はこんな運命を辿ってしまったのだろう?

 

 ――気が付けば、既に地獄にて「4000年」もの時が過ぎていた。

 

 最初の等活地獄を耐え、続けての黒縄地獄を耐え、その後の衆合地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、焦熱地獄、大焦熱地獄、阿鼻地獄という『八大地獄』を全て耐え抜いた。

 各地獄で500年。

 計4000年にも渡る地獄を終えたのだ。

 

 そして特筆すべきは“今の話”。

 『八大地獄』の最後である阿鼻地獄にて、獄卒はボクにこう告げた。


 『八大地獄』の最後である阿鼻地獄にて、獄卒はボクにこう告げた。


「今日で『阿鼻地獄』は終わりだど。明日からは1つ戻って『大焦熱地獄』に入ってもらうど」


「……え?」


「今度は“逆討ち”回って貰うど。次も各地獄で500年。それも全部終わったら、また最初の等活地獄からやり直すど」


「……え?」


「お前の魂が消え果てるまで、これば無限に繰り返してもらうど」


「………………」


 地獄を終えても、ただ次の地獄に行くだけ?

 夢も希望もありゃしない。


 そりゃあ確かに、かつて閻魔王は言っていたよ。

 ボクを“無限地獄の刑”に処すと。

 その言葉に嘘偽りはなく、本当に無限の地獄が続くみたいだけれど、それを理解したからと言って納得出来るかどうかは別問題。


(冗談じゃない。これ以上この無限ループを続けて堪るか……ッ!!)


 気が付くと、ボクは小さなナイフを構えていた。

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