4話:人殺しの極悪人
12年間もボクに暴力を振るい続けた世界で一番憎い男「ジーザス・A・バルバドス」。
『Soul World (魂世界)』で管理者として働いていたその男に、ベテラン管理者が声をかける。
「おいジーザス、聞いているのか? 早く魂の生前情報を読み上げろ。まだまだ『魂別』を待っている魂は大勢いるんだぞ」
「あぁ、すんません先輩。この『ドラノア』は……あー、“人殺しの極悪人”だ」
「はぁッ!?」
ボクが人殺し!? 冗談じゃない!!
「よし、文句無しの地獄行き決定だ。あとは閻魔王に任せよう。ジーザス、次だ」
「待って下さい!! 異議ありです!!」
流石に決定が早すぎる。
ボクが異を唱えようと口を開くも、ベテラン管理者は憮然とした表情で答えた。
「駄目だ、聞く耳は持たん。いかなる魂も管理者の決定に逆らうことは出来ない。貴様は地獄行きで、これは絶対に覆らぬ決定事項だ」
「そんな!! そこの管理者が嘘を吐いていたとしてもですか!? ボクは人殺しなんてしていない!!」
「ふんッ。そうやって地獄行きを逃れようとする罪人を俺が今まで何人見て来たと思ってる? 俺は『魂別』歴30年のベテランだ。その手には乗らんよ」
「嘘なんかじゃない!! ボクは生前そのジーザスという男に――むぐっ!?」
そのジーザスに片手で捕まれた。
この魂の姿は口が無い筈なのに、まるで口を閉ざされたようにボクの言葉が外に出て行かない。
「……おいチビンボー、こんなところで会えるとは思わなかったぜ」
ボクを掴んだままジーザスが話しかけてくる。
ベテラン管理者に聞こえぬよう小声だ。
「テメェが俺を貶める為に、まさか自殺までするとはな……ハハッ。おかげで親父に滅茶苦茶怒られたぜ。『バルバドスの名に泥を塗るつもりか!!』ってな。そのせいで『全世界管理局』の本部に勤務する筈が、一回頭冷やせってこんな辺鄙な場所に飛ばされちまう有り様だ。こんなジジイの下で働かされるなんて……全く、嫌になるぜ」
「ぐっ、むぐ……(嫌になるはこっちの台詞だ!! どうしてこいつが無事なんだ!? あの自殺は間違いなく『全世界管理局』に届いた筈なのに……ッ!!)」
“『全世界管理局』”。
『AtoA』全26世界の秩序を守る行政機関の最高位。
全ての管理者が憧れる就職先であり、ジーザスがバルバドス家の名にモノを言わせて就職を決めていた機関でもある。
だからこそボクは自殺を実行に移す前に、自殺の件を――それにまつわるジーザスの悪事を『全世界管理局』に知らせていた。
奴の悪事が必ず世間の明るみに出る様に、奴に生き地獄を味わせてやる為に、その全てを『全世界管理局』に伝えていた筈だ。
だというのに、何故?
どうしてこいつがのうのうと生きている?
ボクの人生を賭けた復讐が失敗したとでもいうのか?
「ハハッ、俺がここにいることに納得いってねぇか? そうだよな。自殺してまで俺を陥れようとしたんだもんな。そりゃあ納得いくわけねぇよな。流石の俺もあん時は焦ったぜ」
焦っただけで済む筈あるものか!!
名家バルバドス家の次男が同級生を自殺に追い込んだんだ。
このビッグニュースがそれだけで済むはずがない。
現に、ジーザスはボクの自殺が父親の耳に届いたことは認めている。
それなのに……何故だ?
「おいジーザス、何をコソコソと喋っている?」
「あー、すんません先輩。こいつが反抗的な態度を取るもんで」
「お前、まさかとは思うが……そいつ知人の魂じゃないだろうな? 知り合いの魂が流れてきた場合、私情を挟まないよう別の『魂別道』に流す決まりだぞ」
「いやぁ、こんな人殺しの知り合いはいないすっよ。俺、身体はデカいけど暴力とか嫌いなんで」
(嘘つけ!! 暴力の権化みたいな奴が何を言っている!!)
心でそう叫んでも、ベテラン管理者には届かない。
ジーザスの返事に彼は「ふんっ」と鼻を鳴らすだけだ。
「さっさと次の『魂別』を始めるぞ。早くその極悪人を地獄に流して持ち場に戻れ」
「へーい」
敬意の籠らぬ返事をし、ジーザスは今一度ボクに顔を近づける。
悪意に満ちた本性の顔を――。
「おい、冥土の土産に教えてやるよ。俺の親父はな……ハハッ、『全世界管理局』の“局長”なんだよ」
「ッ!!??」
雷に撃たれた。
それくらいの衝撃がボクの身体を、魂の身体を駆け抜けた。
歯噛み出来る口も無く、殴りつける床にも触れず、悔しくて悔しくて仕方がない。
(こいつの親父が『全世界管理局』の局長!? 『AtoA』を管理する組織のトップだって!?)
死んでも信じたくない話だけれど、たとえ死んでも信じざるを得ない。
ボクが人生の最後に頼った『全世界管理局』、その局長がジーザスの父親だった。
ならばこそ理解出来る。納得は出来なくとも。
“もみ消された”のだ。
バルバドス家の威光を使って。
『全世界管理局』の局長という世界最高の威光を使って、ボクの自殺はもみ消された。
「理解したか? これが“生まれ持った差”だ。この世界では運すらも実力の内だ。恨むならテメェの運の悪さを恨め」
(……チクショウ……チクショウ!!)
悲しいのに涙も出ない。
こんな姿では悲しむことさえ表せない。
不幸な星の下に生まれて来たら、死んでも不幸が襲って来るようだ。
「ハハッ、じゃあなチビンボー」
ボクを掴んだジーザスが振りかぶり、まるで見せつける様にその“胸に炎が燃え上がる”。
「あばよッ、テメェみたいな負け犬には地獄がお似合いだ!!」
振りかぶったボクの魂を、ジーザスは思いっきり投げ飛ばした!!
人の腕力を越えた力で数百メートルを飛んだボクは、天国へと続く左の道ではなく、地獄へと続く右の道へと落ちる。
そこからはあっという間の出来事だ。
成す術なく辿り着いた地獄にて、ボクは地獄の覇者である閻魔王に裁かれる羽目となる。
アレコレと必死に事情を説明するも、全てがジーザス及び『全世界管理局』に手回しされた後の話。
何を言っても聞く耳を持たない閻魔王は、それが日常の一つだと言わんばかりに手慣れた口調でボクに告げた。
「貴様を“無限地獄の刑”に処す!! その魂が尽き果てるまで、地獄の裁きを受け続けるがいい!!」
――これが500年前の出来事。
死んで天国に行くものだとばかり思っていたボクが、地獄で殺し合いの日々に巻き込まれる事態となった経緯だ。
■
~ ドラノアが赤鬼の獄卒に戦いを挑み、瞬殺され、500年前の出来事を思い出していたその日の夜 ~
十王が一人である閻魔王は、自身の私室にて“とある人物”と密談を交わしていた。
密談の相手は一人の老人。
柔和な表情を浮かべる老人は子供みたいなドラノアよりも背が低く、その背丈よりも長い真っ白い口ひげを生やしている。
手には純白の杖を携えており、身体には高級感のある漆黒のコートを纏っていた。
「ホッホッホッ、久しぶりじゃな閻魔よ。ドラノアの様子はどうじゃ?」
「どうもこうもあるか髭ジジイ。5日前に“無罪のチビガキ”を地獄に送って来たかと思ったら、たった5日で等活地獄の咎人達を全員倒しやがった。あいつは一体何者だ?」