35話:世界から嫌われてるんだと思ってた
~ ドラノア視点:等活地獄の大穴にて ~
今回、ボクは獄卒を殺さず、気絶させるだけに留めておいた。
『Soul World (魂世界)』で出会ったジーザス同様に顎を揺さぶり、脳震盪を起こしたのだ。
前回の脱獄では「獄卒を殺した瞬間に警報が鳴り響いてしまった事」が一つの反省点だったので、それを踏まえて殺さない様に無力化した形となる。
かくして。
気絶させた獄卒の身体を等活地獄に落とすと、ちょうどパルフェに近づいて来たエルフ族の咎人に命中。
ボクは「これ幸い」と落とした獄卒の上に飛び降り、スタンッと着地して振り返る。
「あれ、奇遇だね。こんな場所で逢うなんて」
「あっ……えっ……?」
一体何が起きたのか、パルフェは未だに理解していないらしい。
大きな瞳でパチパチと瞬きを繰り返し、口をパクパクと魚みたいに開け閉めしている。
ハッキリ言って、非常にアホみたいな顔だ。
一度落ち着いてからゆっくり話したいところだけれど、周りに多くのギャラリーがいては落ち着くことも出来ないだろう。
「ちょっと待っててね。すぐに野蛮な人達を片付けるから」
「あぁッ!? 誰が誰を片付けるだって!?」
「チビが調子乗んじゃねぇぞ!!」
「ガキは帰ってママのおっぱいでも吸ってな!!」
パルフェと同じく戸惑っていた咎人達は、ボクの言葉が気に喰わなかったらしい。
数人の咎人が刃物を取り出し、構えた。
そのまま躊躇なく襲い掛かって来る!!
「「「死ねぇぇええーーッ!!」」」
そう言われて、喜んで死ぬボクじゃない。
もう死ぬのはこりごりだ。
狂気じみた顔で襲い掛かって来た咎人達――その首を、左手のナイフ一本で切り裂いた!!
鮮血を噴き出しながら咎人達が倒れ、倒れた後も血を垂れ流し、赤土の地面を更に赤く染める。
「な、何だこのガキ!?」
「ありえねぇくらい速いぞ!!」
「チビのくせに強ぇ!! 一体何者だ!?」
傍観していた咎人達が驚愕し、顔を歪ませる。
少し前までボクもこの地獄にいたし、もしかしたらボクのことを覚えている咎人がいるかも? と思っていたけれど……残念だ。
現世で数日過ごしたら、この地獄の中では数百年が経過している計算になる。
気が遠くなるその年月を経て、以前ボクと殺し合った咎人達の魂は擦り減り、消えていなくなったらしい。
おかげで無駄な争いをすることになったけれど……どのみち全員邪魔なので、ちょっと静かになってもらおう。
彼らの歪んだ顔、その首根っこを片っ端から切り裂くことで。
――――――――
「ふぅ~、これでようやく静かになった」
目に見える範囲にいた咎人の首は全て刎ねた。
左腕一本でもどうにかなったのは、ボクがいきなり強くなった訳でもなく、一番レベルの低い「等活地獄」だった為だろう。
まぁ、どうせ地獄時間の明日には復活するけれど、少なくともそこまでは一安心。
改めてパルフェに近づき、呆然とするその顔に声をかける。
「大丈夫だった? 見た感じは何とか間に合ったと思うんだけど――」
「ドラの助ぇぇぇぇええええ~~~~ッ!!!!」
「わわっ!?」
パルフェが跳んで抱き着いて来た。
完全に油断していたボクは、受け止めても受け止めきれないその質量に、背中からドテッと倒れる。
「いてて……」
痛む背中を我慢しつつ。
ゆっくり顔を上げると、ボクに馬乗りとなったパルフェと目が合った。
うるうると潤んでいるその瞳は真っ直ぐにボクを見据え、それから視線が少しだけ左下に逸れ――ハッと目を見開く。
どうやら今頃気付いたらしい。
出来れば気付いて欲しくなかったけど、まぁ片腕無くして「気付くな」というのも無理な話か。
「右腕はッ!? 右腕はどうしたのッ!?」
「え~っと、まぁちょっと訳アリで」
「訳アリって……まさか地獄に来るために? 私を助けるために?」
「アハハ……」
「ッ――」
ボクが笑うと、彼女は泣いた。
ボクの小さな胸に顔を埋め、声を押し殺して彼女は泣いた。
「ごめんッ。ごめんねドラの助……ごめんね……」
「………………」
死体に囲まれた血生臭い地獄にて。
いずれ溺れてしまうのではないかと思う程に、大粒の涙を流しながら泣いて謝るパルフェ。
そんな彼女を目の前に、ボクにはどうしたらいいのか全くわからなかった。
泣いてる女の子、その対処方法なんて学園では一切習わなかったのだ。
(こういう時、何て言えばいいんだろう)
泣かないで?
謝らないで?
むしろ笑って?
それとも何か食べる?
(う~ん、どれもこれも違う気がする……)
学園で習ったことは肝心なところで役に立たず、残念ながら今のボクには正解を見つけることが出来ない。
そもそも、本当に「正解」があるのかどうかもわからない。
全部が正解で、全部が間違いのような気もする。
考えたところでわからない。
それなのに、それでも必死に考えて、だけどやっぱりわからない。
こんな風に悩んでいる間も、パルフェが嗚咽を漏らす音だけが流れて続けている。
――気まずい、非常に気まずい時間だ。
その気まずさを誤魔化す為。
ボクはしばらくの間、パルフェの頭を左手でそっと撫で続けた。
――――――――
――――
――
―
どのくらいの時間、彼女の頭を撫で続けていただろうか?
やがて彼女の嗚咽も落ち着き、パルフェがぼそりと呟く。
「……私ね、世界から嫌われてるんだって、ずっとそう思ってた。何で私だけこんな酷い目に遇うんだろうって」
「へぇ~、奇遇だね。実はボクもずっとそう思ってたよ」
本当に、これ以上ない程に世界から嫌われていると思っていた。
親に捨てられ、引き取られた孤児院で虐待に遭い、顔には大きな痣があって、身長も小さくて、学園では壮絶なイジメに遭い――。
だから、自ら死を選んだのだ。
ジーザスへの復讐も兼ねて、こんな世界で生きていてもしょうがないからと。
「私ね、『幸せ』って言葉は勿論知ってるけど、それを実感したことも本当は無かったんだ」
「それも奇遇だね。ボクも『幸せ』を実感したことは一度たりとも無かったよ」
本当に、これまで一度たりとも『幸せ』だと思ったことは無かった。
ボクの人生で『幸せ』に満ち足りたことなど、本当に一度たりとも。
だけど――。
「だけどね、私、今は『幸せ』だよ? ドラの助が右腕を失くしたのに、それは私のせいなのに……それなのにね、私、それが嬉しくて、堪らなく嬉しくて……ねぇドラの助、私って酷い奴なのかなぁ?」
「ううん、そんなことないよ。パルフェは何て言うか……うん、純粋なだけ」
そう、彼女は純粋なのだ。
葉っぱについた朝霧の様に、何にも染まっていない純粋な天使。
裏表の無い無垢な天使だからこそ、地獄へ落ちたボクにも関係無く『幸せ』を届けてくれる。
――うん、多分コレが『幸せ』なのだ。
初めての気持ちだから確証は無いけれど、よくわからないフワフワとした気持ちがボクの心を満たしている。
「……ねぇドラの助、一つ聞いていい?」
「何?」
「あと何回、私を助ければ気が済むの?」
「えっ?」
あまりの言い草に、ボクは呆気に取られた。
「何回助ければって……それはこっちの台詞だよ。何回ボクに助けさせるのさ?」
ぐすんっ。
鼻を啜ってから、彼女は顔を上げた。
嘘みたいに大きな瞳が、真っ赤に晴れた大きな瞳が、真っ直ぐにボクを見つめている。
潤んだ二つの太陽が、燦燦とボクを照らしている。
「何回でも助けてよ。ドラの助は、私の王子様なんだから」
「……王子様? ボクが?」
「うん。私ね、ずっと憧れてたの。絵本に出てくるような王子様に。綺麗な白馬に乗ってさ、お姫様を颯爽と助けて、スマートな体形で顔もカッコよくて、勿論強くて頼りになって……そんな人に出逢えたらいいなって、ちょっぴりそう思いながら家出した部分もあったの。だってだって、女の子が王子様に憧れを持つのは普通のことでしょ?」
「う~ん、それはまぁそうかもだけど……」
気持ちは理解出来なくもない。
絵本の中の王子様はカッコよく描かれるのが普通だし、多分ボクが見ても「カッコいいなー」と憧れることだろう。
まぁパルフェくらいの年頃で「王子様がどうこう」言っているのは、それは流石にどうなのかとも思うけれど……それはそれで純粋なパルフェらしい話か。
だから「王子様に憧れる」という話は別にいい。
ここでの本当の問題は――。
「でもさ、ボクが王子様ってのは腑に落ちないよ。パルフェが憧れてるのは、白馬に乗ったカッコいい王子様でしょ? ボクは白馬どころか馬に乗ったこともないし、そもそも王族でもないし」
「そんなのはどうでもいいの。女の子が王子様って言ったら、その人は王子様なんだから。それにほら、ドラの助はさっき私を助けた時、青鬼の極卒に乗ってたでしょ? それを白馬と見なして王子様試験は合格にします」
「えぇ……」
どんな判断だ。
もしもここに観客がいたら、その判断を下した審判にブーイングが飛んでいただろう。
毛並みが美しい綺麗な白馬と、ゴツくて厳つい気絶した青鬼を一緒にしないで頂きたい。
それに――。
「でもボク、自分で言うのも悲しいけどさ、スマートというよりただのチビだよ? パルフェよりも背が低いし……」
「大丈夫、ドラの助の成長期はこれからだよ。まだまだきっと伸びるって。むしろ私的には伸びなくてもいいというか、あんまり大きくない方が怖くないからいいけど……とにかく、諦めなきゃ何とかなるよ」
「そ、そうかな?」
この言葉はちょっと嬉しい。
大人になっても身長が伸びる人は実際いるらしいし、そこに賭けてみよう。
地獄の4000年では全く伸びなかったけど、まぁ現実時間だと40日なので悲しむ必要は無い筈だ。
「でもさ、ボクは別にカッコよくないよ? 前髪で隠してるけど左眼の痣も酷いし、これまで馬鹿にしかされなかったし……」
「私は馬鹿にしないし、そもそもドラの助は余りある可愛さに溢れてるから、むしろカッコいいの上位互換だと言っても過言じゃないよ。下手したら私より可愛くなりそうだし」
う~ん、これはあんまり嬉しくない。
ボクも一応は男なので、可愛いよりはカッコいい方がいい。
それに――。
「でもボク、そんなに強くないよ? 体調が悪かったとはいえ、ダンガルドに一回負けちゃったし」
「それは約束したでしょ?」
今一度、パルフェの瞳がボクを真っ直ぐに見つめて来た。
ボクはハッとし、彼女の瞳を見つめ返す。
そうだ、その通りだ。
約束した。
ボクは『AtoA』で一番強くならないといけない。
非常に残念ながら、約束した時よりも弱くなってしまったボクだけれど、それでも。
「でもボク――」
「もうッ、でもでもうるさい!!」
いきなり怒鳴られて、
「ッ!?」
唇を奪われた。




