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34話:小さなヒーロー

*今話はパルフェ視点でのお話です。

 時は少々遡り、『メリーフィールド孤児院』裏の墓地で、右肩の激痛にドラノアが悲鳴を上げていたその頃。


 ~ 『Soul World (魂世界)』にある雲の道:『魂別道』にて ~


 無数の魂で構成された『魂別』待ちの長い長い行列の中。

 天使族の家出少女:パルフェの魂は、他と同様に「人魂」の姿で長い行列に混じっていた。


(うぅ、最悪だよぉ~。あんな鉄砲で私の人生が終わるなんて……はぁ~、このまま天国に行ったら家族の皆に逢えるかなぁ?)

 

 家出してきた身なので当然ではあるが、パルフェは家族に別れの挨拶を済ませていない。

 何も言わずに勝手に家出して、そして家族の与り知らぬところで勝手に死んでしまったのだ。

 これで心残りが無いと、そう言い切れるわけもないだろう。

 

(ぐすんっ。ドラの助、助けに来てくれないかなぁ……来るわけないよねぇ)


 心の何処かで期待しつつも、彼女にはそれが無理な願いだとわかっている。

 一度死んでしまった者が地獄から逃げ出し、その上でもう一度死ねばどうなるのか、それは彼女も理解していた。


 パルフェは天国の覇者:大天使の娘だ。

 それ相応のハイレベルな教育を受けて来た彼女は、ドラノアが“来ない”のではなく“来れない”のだとわかっていた。


(はぁ……このまま天国に行くのも億劫だなぁ。ママとお姉ちゃんには逢いたいけど、パパと妹には逢いたくないよ。何を言われるか分かったものじゃないし……)


 この時点では、彼女は自分が天国に行くものだと完全に思い込んでいる。

 何せ自分は天使であり、これまでの人生で特別な「悪さ」をしてきた自覚も無い。

 ドラノアにはちょっとだけ大変な思いをさせた自負があるけれど、それについては都合よくノーカウント。


 よって。

 自分は非業の死を遂げた哀しき少女として、これから間違いなく天国行きになるのだと、彼女はそれを信じて疑わなかった。

 ある意味では望まない「里帰り」をするのだと、そう思い込んでいた。


 しかし、現実は非常だ。

 やがて『魂別関所』に辿り着いたパルフェは、耳を疑う『魂別』を受ける事となる。

 彼女が姿を知る由もないドラノアの復讐相手:ジーザス、そんな彼から「嘘の報告」を受けたベテラン管理者の口から――


「よし、こいつは地獄行きだ」


「……えっ?」


「聞こえなかったか? お前は地獄行きだ」


「……えっ?」


「ゴー・トゥー・ヘル」


「えぇぇぇぇええええ~~~~ッ!?」



 ――かくして。

 パルフェの魂は『魂別道』で“地獄行き”にされ、あれよあれよという間に八大地獄が一つである「等活地獄」の前へと到着。

 ここまで道案内して来た「青鬼の獄卒」から一本のナイフを渡され、そしてこう言われたのだ。


「お前には、今日から“殺し合い”ばしてもらうど」


「……え?」


「安心するど。死んでも明日には復活させてやるど。思う存分ここで殺し合いば続けるど」


「……え?」


「逃げるなど? まぁさっきも言ったが、オイの持つ鍵を奪わん限りこの等活地獄からは絶対に逃げられんど」


「………………」


 ガクガクとパルフェの脚が震え出す。

 ほとんど軟禁生活に近い、考えようによってはこの上ない温室育ちのパルフェが、ここで殺し合いをしたい訳もない。


 ましてや。

 殺し合いの相手は地獄行きになるような悪人ばかり。

 等活地獄の大穴、その底にいる咎人達の“自分を見る目”が、それはもう恐ろしくてたまらなかった。


「げへへっ、若い女が来たぞ!!」

「ひゅ~~、良い乳してるじゃねぇか!!」

「たっぷりと可愛がってやらないとなぁ!!」


 咎人達はこれ幸いとばかりに騒ぎ立てる。

 地獄の中で罪を犯せば更に辛い地獄行きになるのだが、それすらも忘れる程に彼らは飢えていた。


 今のパルフェはボロ雑巾と言っても差し支えない「咎人の服」を着ており、胸元も太ももも露出が激しい。

 この中に彼女が入るのは、それはもう飢餓で死ぬ寸前の狼の群れに、丸々と太った若い羊を入れる様なものだ。


「私に殺し合いなんて無理だよ、どうにかならないの?」


 うるうると瞳を潤わせ、必死の懇願をするパルフェ。

 相手が相手なら爆弾に匹敵する破壊力を持っていただろう。


(せめて、咎人が女性だけの空間に入れて……ッ!!)


 最低限、男女は別にして欲しいところ。

 そんな期待の目で青鬼の獄卒を見ると、獄卒はつまらなそうに「ふんッ」と鼻を鳴らす。


 そして。

 問答無用でパルフェの背中を蹴った。


「さっさと地獄に落ちるど」


「いやぁぁぁぁああああーーーーッ!?」


 青鬼に蹴られ、地獄の大穴に真っ逆さま。

 彼女は成す術も無く等活地獄へと落ちる。


「あいたたたっ……」


 不幸中の幸いか、もしくはそういう場所なのか。

 落ちた高さの割に身体は無事だったが、顔を上げた時点で彼女はもう動けない。


「げひひっ、よく見りゃ中々のべっぴんじゃねーか」

「おーおー、こりゃあ間違いなく争奪戦だな」


 顔を上げると、既に何十人という咎人達に囲まれていた。

 全員が全員自分よりも大きく、下品極まりない顔をしている。

 逃げ出したくても逃げ場はなく、震えて固まった身体は動くことも出来ない。


(そんな……こんな……嫌ッ……絶対に嫌ッ!!)


 せめて『ぬるぬる』で対抗を。

 そう思っても『ぬるぬる』が出ない。


(どうして!? 前は地獄でも出せたのに!! ……あっ、八大地獄の中だからだ!!)


 罰を受けるべき地獄の大穴では、“魂乃炎アトリビュート”すらも封印される。

 それを思い出したところで何の解決にもならなかった。


 万事休す。

 最早「悪夢」を避けることは出来そうにない。

 死ぬほど耐え難い、死んだ方がマシかもしれない、到底耐えがたい地獄が目の前に迫っている――だというのに、更に状況は悪化する。


 咎人の中の一人。

 一際身体の大きな男が、パルフェを見て嬉々とした表情を浮かべる。


「ぐひひひっ、もしかしてパルフェちゃんじゃない? 嬉しいなぁ、まさか君から僕に会いに来てくれるなんて!!」


「だ、誰!?」


「誰なんて酷いよぉ。僕だよ。何年も前に君と運命の出会いを果たした“用務員のおじさん”だよぉ」


「ひぃッ!?」


 パルフェの顔が一気に青ざめる。 

 記憶の彼方に追いやった筈の顔が、もう二度と見たくないと思った筈の顔がそこにはあった。


 忘れたくても忘れられないトラウマの相手。

 幼少の頃に自分を攫い、用務室に閉じ込めて襲って来た男性だ。


(どうしてあの人がここに!? 何でこんな所でまた会わなきゃいけないの!?)


「ぐひひひっ、悪いなお前等。この子は俺の物なんだ。さぁパルフェちゃん、おじさんと遊ぼうか?」


 男が鼻の下を伸ばし、パルフェに手を伸ばしてくる。

 これを「絶望」と呼ばずに何と呼ぶか。


「いやぁああッ!! 誰か助けてぇぇええええッ!!!!」


「ぐひひひっ、こんな場所で助けを求めても誰も来ないよぉ。それより一緒におじさんと遊ぼぶへッ!?」



 パルフェに手を伸ばした途端、大男が“潰された”。



「……えっ? 何が起きたの?」


 事態を理解出来ないのも無理はない。

 大男を潰したのは、先程パルフェを蹴り落とした“青鬼の獄卒”、その大きな身体。

 しかも獄卒は気を失っているのか、咎人を押しつぶしたまま動く気配が一切ない。


 ざわざわと他の咎人達にも動揺が広がる。

 等活地獄では無敵を誇る獄卒が“完全に気絶したまま上から降って来た”のだから、それも仕方ないだろう。


 ――では、獄卒を降らした人物は誰か?


 その答え合わせをするように、一人の少年が獄卒の上に降り立った。

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