31話:メリーフィールド孤児院
『Soul World (魂世界)』から消えたボクは、何処かの世界に現れた。
それも、土の中に埋まった状態で――。
(痛いッ、苦しいッ……マズいッ、このままだと窒息するッ!!)
ズボッ!!
慌てて左手を真上に伸ばすと、ボクの指先が冷たい空気に触れる。
思いのほか土が柔らかく、比較的浅い場所に埋まっていたのが幸いしたらしい。
歯を食いしばって“右肩の激痛”に耐え、地上に出た左手で土を乱暴に掻き分ける。
ボクに乗っかる土がある程度軽くなったところで、力任せに身体を起こし、無理やり地中から這い出た。
周囲は薄暗く、今の光景を傍から見たら、ゾンビが出て来たみたいに見えるだろう。
と言うより、実際ゾンビが出て来たみたなものなので否定はしない。
土で汚れた全裸の人間が地面から這い出てくれば、それも一度は死んでいるボクが這い出て来れば、それは洩れなくゾンビと言って差し支えない。
「がッ――あぁぁぁぁあああああああああああああッ!!!!」
ギリギリのところで呼吸の確保に成功し、痛みが訴えるままに大声で叫びを上げる。
右肩が発する痛みに耐えきれず、地面を転がりながら何度も何度も悲鳴を上げる。
「あぁぁぁぁあああああああああああああッ!!!!」
悲鳴を上げて、悲鳴を上げ続けて、頭が狂いそうな程に悲鳴を上げ続ける。
延々と、永遠に思える時の流れで、ただただ延々と悲鳴を上げ続けた。
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――
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はたして、どれだけの時間悲鳴を上げていただろうか?
徐々に収まって来た右肩の痛みが、声を上げずとも我慢出来る程度になって来た。
痛みを堪えつつ大きく呼吸を繰り返し、それからボクはようやく現実と向き合う。
生まれたままの姿で地面に寝っ転がり、星空を見上げながら改めて右肩に左手を添える。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……本当に、取られちゃったなぁ」
土の中にいた時からわかってはいたけれど、地上に出て全身が顕わになるとよりわかる。
先程は「生まれたままの姿」と表現したけれど、実際は身体の大きさ以外にも、生まれたままの姿とは違うところがある。
星空が照らす空の下、ボクの“右肩から先が完全に無くなっていた”。
迷い筋の無い切り口は不思議と真っ黒で、地獄の業火にでも焼かれたかのような色をしている。
無論、感覚的に動かそうとしても答えてくれる右腕はない。
いきなり過ぎた右腕の喪失。
文字通りの喪失感に苛まれるそんなボクの左足に、突如として激痛が走る!!
「ぐッ――野犬!?」
ボクの左足が野犬に噛まれていた。
溜らず殴り返そうとするも、殴るための右腕が無い。
ワンテンポ遅れて左腕で野犬を殴り、野犬が悲鳴を上げて離れたところでボクは急いで立ち上がる。
改めて周囲を見渡すと、3匹の野犬がボクを囲んで「ウウウゥ……」と低い唸り声を上げている。
3匹が3匹とも鼻先と前足に土が付着しているので、恐らくはボクの埋葬場所を掘り返しいたところだったのだろう。
「はは……キミ達のおかげでボクは助かったみたいだね。どうだろう? 一つ提案なんだけど、それ以上ボクを攻撃しないなら、こちらも攻撃しないけど」
などという提案が野犬に通じる訳もなく。
涎の垂れた牙を光らせ、3匹一斉に襲い掛かって来る!!
それらを一撃で仕留めようにも、攻撃の要だった右腕は無い。
噛まれた左足は刺すような痛みを発し、回避も困難な状況下でボクに出来ることは、致命傷を喰らわない様にしつつ左腕で反撃するのが精一杯。
ボロボロになりながらも2発3発と殴ったところで、ようやく野犬はボクを諦め、恨めしそうな眼を向けながら離れて行った。
「はぁ、はぁ……何とか追い返したけど……でも、これは……」
半減どころではないない。
野犬程度に手こずるなんて、ボクの攻撃力はゼロになったと言っても差し支えないレベルだ。
これから左手一本でどこまでやれるのかはわからない。
はっきり言って希望は無い。
むしろ絶望ばかりが見えてくる。
(それでも、やれる限りやるしかない……ッ)
この決断を下したのは他でもない、自分自身だ。
誰に言い訳したところで、何を後悔したところで、パルフェを救えるわけでもない。
片腕を無くしつつも元の身体に戻れた、ここがスタート地点だ。
転がった身体を起こし、改めて状況を整理する。
ボクが地面から這い出た世界は、1つの月が輝く星空の下。
『Fantasy World (幻想世界)』には3つの月があったので、ボクが別の世界に来たのは間違いない。
問題は『AtoA』を構成する26世界の内“どの世界なのか”だけれど、それについても大方の予想は既に着いた。
地面から這い出た場所の近くに、石造りの古い教会みたいな建物が見えたのだ。
「アレは……ボクが育った『メリーフィールド孤児院』? ってことは、ここは孤児院の裏庭か。あの院長……どうやらボクの埋葬費もケチったみたいだね)
身寄りのないボクみたいな孤児が死んだところで、そのお墓が無いことを騒ぐ人間は1人もいない。
守銭奴の院長がお墓代をケチって、ボクの遺体を地面に埋めたのだろう。
ここ『After World(始まりの世界)』では、遺体を火葬した後にお墓へ納骨するのが一般的なやり方だけれど、金の亡者みたいなあの院長ならお墓を作らなくても納得だ。
元々あの人には何も期待していなかったし、怒りも覚えることもなく、呆れを通り越し、むしろ感謝している。
(院長の雑な埋葬のお陰で、ボクは脱出することが出来たってことか)
もしも地面深くに埋葬されていたら。
野犬もボクを掘り返すのは困難だろうし、こう簡単に這い出る事は出来なかった筈。
そう考えると、感謝するのもおかしな話だけれど、ちょっとくらいは感謝していいのかもしれない。
――と、そんな事を考えている間に、孤児院の方からガヤガヤと声が聞こえて来た。
こんな夜中に一体何事かと思ったけれど、それを言える立場ではないことを思い出す。
「さっきの悲鳴で皆起きたみたいだね。ぐずぐずしてると見つかっちゃう」
死人が墓場から出て来たところを孤児院の皆に見られていい訳がない。
ボクは這い出て来た地面を急いで掘り返し、土の中から“ストラップの付いた許可証”を見つけた。
「良かった。これが無かったら元の身体に戻った意味が無くなるところだったよ」
何を隠そう、この許可証こそがパルフェを助ける為に必須のアイテム。
おじいちゃんがボクにくれた秘密兵器(?)だ。
――――――――
~ 遡ること少し前 ~
『Fantasy World (幻想世界)』:剣舞会会場。
止まった時間の中で、おじいちゃんはボクに教えてくれた。
「よいか、とにかくお前さんはヨルムンガンドと交渉し、何としてでも元の身体を取り戻せ。それが出来れば天使の娘っ子を助けることも不可能ではない」
「わかった。本当の身体を取り戻して、それから改めて自殺すればいいんだね?」
「この馬鹿者がッ!!」
「あいたたたたッ!?」
また杖で突かれた。
どうやらボクの予想は外れらしい。
「本当の身体でまた自殺じゃと? 『魂別道』に魂の姿で行ってどうする。お前さんは前回と同様に動けぬ姿のまま地獄送りにされ、そして今度は脱獄の前科持ちとして、十王の厳重な監視下に置かれるのがオチじゃろうが」
「むっ、確かに……でも、それじゃあどうするの?」
「これを使え」
ここでおじいちゃんがくれたが一枚のカード。
勿論ただのカードではなく、管理者が『世界扉』を使う為の代物――“パスポート”だ。
それも普通の管理者が持っている白色のパスポートではなく、全体的に黒色で統一された特別製。
「これって、確か管理者の中でもごく一部の人しか持てない貴重な物じゃない?」
「左様。本来ならば『特筆管理者』クラスしか持つことが許されぬ代物。渡航先に制限が無い究極のパスポートじゃ」
ゴクリ。
思わず唾を飲む。
渡航先に制限が無いということは、それはつまり天国や地獄に直接行ける、だけではない。
(これがあれば『Soul World (魂世界)』に直接行ける……ッ!!)
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かくしてボクは、パルフェを助ける為の身体と手段を手に入れたことになる。
ゴールまでの道のりは決して平坦ではないけれど、兎にも角にも『Soul World (魂世界)』へ向かい、『魂別道』でパルフェの魂を見つけるところから始めよう。
そう自分を鼓舞したところで、流石に裸で外をうろつくのは抵抗がある。
「皆には悪いけど、ちょっと借りるね」
騒がしくなってきた孤児院から人が出て来る前に、干しっぱなしだった窓の洗濯物から無地の服を拝借。
返却予定は未定だけど、いつかコッソリ返しに来るよと、そんな気持ちを心の内に秘めて孤児院を離れる。
人目の付かない茂みで服を着て、次に向かうは『世界扉』だ。
(えっと、ここから一番近い『世界扉』は……街の管理局? いや、『世界管理学園』か)
ボクが通っていた『世界管理学園』は、自前で『世界扉』を所有していた名門校。
善は急げじゃないけれど、ゆっくりしている場合でもなく、ボクはさっそく走り出した。
パスポートを首からぶら下げて。
ボクが人生の終わりに選んだ場所、『世界管理学園:ウィンストン校』へと――。




