28話:可及的速やかな死を
剣舞会の会場コロッセオの舞台で、ボクの身体は轟々と燃ゆる炎に包まれていた。
理由は正直わからない。
身体に貯めた地獄の熱が暴走したのかもしれないし、そうではないかもしれないけど、それはこの際どちらでもいい。
「…ッぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああッ!!!!!!!!!」
熱い!! 死ぬほど熱い!!
燃えているのだから当然だ。
身体が燃えたら死ぬほど熱いに決まっている。
それなのに。
一体どういう訳か、ボクの身体は未だに“皮膚が焦げていない”。
髪の毛一本燃え尽きない。
間違いなく身体が燃えているのに、だけどボクの身体は地獄の業火に耐えている。
地獄の鬼族でもないのに――。
むしろ地獄の鬼族だったら、そもそもこんなの「熱い」とも思わない筈。
それでもボクの身体が炎に耐えているのは、燃え尽きる様な暑さの地獄で4000年もの時を過ごした為か。
もしくは他の理由があるのか、それが何にせよ“不本意”だ。
この炎では、ボクが死ぬことは出来ない。
(このままじゃ駄目だ!! 今すぐ死んで、『Soul World (魂世界)』の『魂別道』でパルフェを見つけなきゃ……ッ!!)
頭の中はそのことで一杯だった。
“生き返る”という言い方が正しいのかどうかは知らないけれど、死んでも地獄から脱獄すれば、またこの世界に戻って来られる。
その可能性があることを、ボクはこの身を持って知っている。
身も蓋も無い言い方をすれば――。
『死んでも脱獄すればいい』
「味を占めた」と言われればそこまでの話。
だけど、言いたい奴には言わせておけばいい。
(まだ、何も約束を果たしてないッ。このまま死んで終わりだなんて、そんな人生には絶対にさせない……ッ!!)
生まれて初めて誰かと約束を交わした。
一方的な命令ではない、心の籠った暖かい言葉を交わしたのだ。
あの温もりの前には命の倫理観などどうでもよく、今ここにある問題はパルフェの魂に出逢えるかどうかだけ。
燃える身体、その全ての痛みを無視して。
それでも無視出来ぬ痛みは悲鳴で掻き消し、ボクはナイフを握りしめる。
(いっそのこと、これで一思いに……ッ!!)
「死に方」に時間をかけている場合ではない。
『Soul World (魂世界)』の『魂別道』は複数ある。
時間が経てば経つほどに、死んだボクの魂がパルフェとは“別の『魂別道』”に逝く可能性が上がっていまう。
可及的速やかな死を。
躊躇いも覚悟も思考も捨て、狙いはただ己の首。
そこにナイフを構え、振るうだけ。
「“鋸:鎌――”」
「“時賭け三鐘”」
ふと、苦しみから解放される。
(……あれ?)
気が付けば、世界の景色がモノクロに変わっていた。
轟々と燃ゆる業火の音が消え、業火の揺らめきも写真を見ているかのように止まっている。
ボクの身体は炎の中にいるのに、その中心にいるのに、熱を一切感じない。
どよめいていたコロッセオの観客達もピタリと静止していた。
周囲の時間が完全に止まっている。
(これは……)
薄っすらと覚えた予感は、すぐに的中することになる。
見に覚えのある顔――真っ白い髭を蓄えた老人の顔が隣にあった。
「おじいちゃん?」
「この馬鹿者が!!」
「あいたたたたっ!?」
いきなり杖で殴られた。
ボクが地獄から脱獄する際、時間を止めて『世界扉』までの道筋を作ってくれたあのおじいちゃんだ。
手持ちの杖で的確に頭を狙って来るので非常に痛い。
「ちょっと、どうしておじいちゃんがここに? 『Lawless World (無法世界)』で待ってる筈じゃあ……」
「どうしてもこうしてもあるか!! お前さんが剣舞会で暴れとる噂が地獄まで届いて来たぞ!?」
「え? それはマズいね……」
今更ながら、100万Gに目が眩んだ剣舞会の出場は不用心が過ぎたらしい。
一応服装は変えたものの、見る人が見ればボクだとわかっても致し方ないか。
「これ以上目立たぬように注意しようと、リスクを冒してまでやって来てみれば……まさか自殺を試みておるとは。一体何を考えておるんじゃ?」
ボクを叩いて少しは気分が晴れたのか、おじいちゃんの興奮が少々落ち着いて来た。
これなら話は通じるだろうと、ボクは身バレの話を一旦脇に退けて、「パルフェを生き返す為の作戦」だと伝える。
するとおじいちゃんは「やれやれ」と首を振り、「ふ~~」と大きく深呼吸。
ここで一度“鐘の音”が鳴り、その音が鳴りやむ前におじいちゃんが口を開く。
「努々《ゆめゆめ》忘れるな。今のお前さんの身体は、地獄の秦広王によって魂から創られた“借り物の身体”じゃ。魂の全てが定着しておるわけではない」
「……と言うと?」
「その身体のまま死ねば、お前さんの魂は『魂別道』に行くこともなく“即座に消滅する”」
「ッ――!?」
最後の文言に背筋が凍る。
先ほど燃えていた身体でなければ、今頃は氷漬けになっていたかも知れない。
「それ……本当?」
「お前さんの浅はかな考えなどお見通しじゃ。どうせ『死んでもまた脱獄すればいい』とでも考えたのじゃろうが、秦広王も馬鹿ではない。脱獄した者が必要以上の悪さをせぬよう、魂の半分は本来の身体に、つまりは遺体に定着させておる。お前さんみたいな馬鹿が稀におるから、魂の全てを咎人に与える真似はせぬのじゃよ」
「そんな……」
ボクが疑いの目を向ける間に、もう一度鐘の音が鳴り響く。
決死の覚悟で挑んだパルフェの救出作戦、その終了を告げるかのように――。
その音が鳴り止まない内にボクが疑いの目を向けると、おじいちゃんは苛立ち気味に口を開く。
「今、ここでワシを疑うことに意味があるか?」
「………………」
意味があるかどうかなんてボクは知らないけれど、先ほど聞いたおじいちゃんの話は恐らく本当だろう。
別世界で待っていると言っていたおじいちゃんが、それを覆してまでこの場にやって来た訳で、嘘を吐く為にわざわざボクの前に姿を現したとも思えない。
つまり、ボクが死ぬと魂は残らずに消滅する。
『魂別道』でパルフェを見つけ、一緒に脱獄する作戦は使えない。
「それじゃあボクはどうしたらいいの? 『Soul World (魂世界)』に行かないとなると、『Heaven or Hell World (天国か地獄世界)』で待ち伏せでもする?」
言って、自分の言葉を即座に自分で否定する。
「いや駄目だ。認められた管理者でもない限り、『世界扉』からは『Heaven or Hell World (天国か地獄世界)』に行けない筈だよね?」
「左様。一般人が天国や地獄へ簡単に出入り出来たら大問題じゃからな。普通では行き来出来ぬ作りになっておる」
「じゃあどうするの?」
「だからどうもこうもない、諦めるのじゃ」
グイッと、おじいちゃんはボクに杖を額に突きつけた。
本気でボクを諭そうとしている目だと、すぐにそれを悟る。
「よいか、相手は大天使の娘じゃぞ? その魂にアレコレと手を出すと相当ややこしい事になる。今後のことを考えるなら、何もせずに大人しくしておることじゃ」
「別にいいよ。どうせ既にややこしい事態だし」
「おいおい、自棄になるな。いいから諦めるのじゃ」
グイグイっと、おじいちゃんが更に杖で突いてくる。
真面目にちょっと痛いので辞めて欲しい。
どうせボクに引くつもりは無いのだから。
「何を言われても諦めないよ。何か良い方法ない?」
「いい加減にせんか、キレるぞ?」
「キレられても諦めないよ。何か良い方法ない?」
「本気でキレるぞ?」
「好きにすれば? それより何か良い方法ない?」
「……チッ、この頑固者めが」
おじいちゃんは悔しそうに顔を歪め、「はぁ~~~~」と盛大にため息。
それから大きく息を吸い込み、恨みがましい目をボクに向けながら唱える。
「“時賭け追加:望三鐘”」
おじいちゃんが唱えた直後、ゴーンと鐘の音が鳴る。
これで最初の鐘の音から3回目だけれど、時間が進む気配が無い。
景色はモノクロのまま、炎も観客も止まったままだ。
「時間停止の延長じゃ。はぁ、はぁ……お前さんが頑固なせいで、無駄に体力を消耗するわい」
「大丈夫? 顔色が悪いみたいだけど」
「心配する余裕があるなら……はぁ、耳の穴をかっぽじってよく聞いておけ。頑固者なお前さんに、一つだけ悪知恵を授けてやる」
吐き捨てるように呟き、そしておじいちゃんは言った。
「“元の身体”を取り戻すのじゃ」
「……へ?」




