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3話:『Soul World(魂世界)』

 500年の時を経て。

 ボクは等活地獄で一番強い咎人となり、満を持して教育係である「獄卒の赤鬼」に勝負を挑んだ。


「――わかったど」


 ただ一言。

 獄卒はその言葉だけを返し、腰の金棒に手を伸ばす。


(うッ……)


 ブルルッと、身体が自然と震える。

 3メートルの巨体を誇る獄卒の姿が、ボクが世界で一番憎んでいる男「ジーザス・A・バルバドス」と被って見えたのだ。

 咎人達相手なら恐怖を感じなくなったが、はやりこの獄卒には未だに恐怖を覚えてしまう。


(正直、今のボクでも怖い。この獄卒を相手にするのは死ぬほど怖いよ。……でも、だけど、やらなきゃ一生このままだ。ボクの人生がこのまま地獄で終わってたまるかッ!!)


 不思議と逃げる気にはならなかった。

 そもそもこの地獄では、逃げる先が無いからだろうか?

 

 いや、今となってはそんなことすらどうでもいい。

 勝てば脱獄、負ければ地獄、それだけだ。



「勝負だ獄卒!! ボクが勝ったら首輪の鍵を貰うよ!!」



 ――瞬殺だった。


 瞬殺でボクの負けだった。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 恐らく、久しぶりに死んだ為だろう。

 ボクはこれまた久しぶりに、500年前に死んだ時の事を思い出していた。



 ~ 500年前:学園の屋上から飛び降り自殺した、その後 ~


 ふと気が付いた時、ボクは“雲の道”にいた。

 見渡す限り何処までも続いているフワフワでモコモコな“雲の道”だ。


(この雲の道は……『魂別道』だっけ? ってことは、ボクは『Soul World (魂世界)』に来たのか)


 学園の授業で『AtoA』を構成する26世界については一通り習っている。

 この雲の世界は、死んだ者達の魂が集まる「S」の世界:『Soul World (魂世界)』。


 “魂”と管理者のみが存在を許された、「天国と地獄」に並ぶ極めて特殊な「死後の世界」の一つだ。


 そんな『Soul World (魂世界)』にある雲の道。

 通称:『魂別道』の上には、数えるのも億劫な程の火の玉が――つまりは「魂」がいて、それがずらーっと並びながら雲の流れのままにゆっくりと動いている。

 ボクがいるのは行列の最後尾で、無論の事ながらボクも魂の姿だ。


(確かこの先で「天国行き」か「地獄行き」かの『魂別』を受けるんだっけ? ……うん、どうやらボクは本当に死んじゃったみたいだね)


 まもなく迎える“死後の運命”を前に。

 いよいよ死んだ実感が湧いて来たけれど、死を選んだ己の決断に悔いはない。

 ボクはただ、ジーザスに復讐が出来ればそれで良かったのだから。


(それにしても……死んでからどのくらいの時間が経ったんだろう?)

 

 体感としては『世界管理学園』で死んだ直後だけど、頭には長らく気絶していた気分も混在している。

 残念ながら体感時間はあてにならず、どのくらいの時間が経ったのかは不透明なまま。

 ボクの死によって、ジーザスが社会的に殺されていればいいのだけれど――。


「どうも」


「えっ?」


 ビクッとした。

 前にいた魂が話しかけて来たのだ。

 顔も無ければ口も無い魂の姿なので、まさか会話が出来るとは思っていなかったけれど……ボクの方も声が出たので喋ることは出来るらしい。


「何かボクに用?」


「ホッホッホッ、年寄りをそんなに警戒するもんじゃない。魂別の順番待ちで暇すぎるから、ち~っとこのジジイめとお喋りでもしようと思っただけじゃよ。お前さん、どうして死んだ?」


 いきなりの不躾な質問だったけれど、別に隠す程のことでもない。

 聞かれるがままにボクは答えた。


「飛び降り自殺だけど」


「ぬッ!? いきなりヘヴィな単語が出て来たな……少々藪蛇だったようじゃ。――よし、このワシが話を聞いてやろう。他人に話せば少しは楽になるじゃろうて」


「いや、別に話を聞いてもらわなくていいよ。もう済んだ話だし」


 自殺した話をわざわざ他人に話すのも馬鹿げている。

 ボクはさっさとこの話題を切り上げようとしたのに、この老人はそれでも話を続けようとする。


「ホッホッホッ、まぁそう言うな。ほれ、この魂の姿じゃと自分で好きには動けぬじゃろ? ず~っとここで順番待ちしてるのも退屈なんじゃ。ワシに話してみろ」


「いや、別に進んで話したいことでもないし」


「だとしてもじゃ。この老いぼれに何か出来ることあるかもしれんぞ?」 


「いや、そうは言っても既に死んじゃってるし」


「まぁまぁ、そんなに遠慮するもんじゃない」


「いや、遠慮じゃなくて本当に結構で――」



「いいから話してみろ言うとるじゃろがいッ!!!! キレるぞ!?」



「………………」


 理由はわからないけれど何故か物凄くキレられた。

 近頃はキレる老人が増えているって話を聞いたことがあるけれど、それは魂の世界に来ても変わらないらしい。


(はぁ、しょうがないなぁ)


 またキレられても面倒だ。

 ボクが仕方なしに自殺へと至った流れを語ると、老人は「つまらん」とボクの人生を一言で斬って捨てた。


「イジメられた仕返しで自殺? ホッホッホッ、お前さん馬鹿じゃなー。そんなんで人生終わらせていいのか?」


「うるさいなぁ、そんなのボクの勝手でしょ」


 流石にムカッと来た。

 もう絶対に口を聞くものかと、その後もぺちゃくちゃお喋りを続けるおじいちゃんをボクは無視し続けた。


 そんな感じでしばらく無視し続けていたら。

 『第一魂別関所』と書かれた大きな門が見えてきた。

 ここは流れて来た魂を「天国行き」か「地獄行き」に魂別する重要な場所で、そこには二人の人影がある。


(『Soul World (魂世界)』なのに人がいる……ってことは、アレは管理者か)


 一人は若手なのか、白黒の真新しい制服に身を包む目深な帽子を被ったガタイのいい男。

 もう一人は年季の入った制服を着ており、立派な口ひげを生やしたベテランの管理者だ。


 彼等二人が流れて来た魂を「天国行き」と「地獄行き」に分ける = 『魂別』するので、死んだ者の運命は彼らが握っているといっても過言ではない。


(そう言えば、自殺だと「地獄行き」とか……そんな感じで『魂別』しないよね?)


 己の決断に悔いがある訳でもないけれど、それが原因で「地獄行き」になってしまうのだけは流石に避けたい。

 そもそもが地獄の様な人生を歩んで来たというのに、死んだ先で本当の地獄まで味わうのは勘弁だ。


 まぁ、だからといって今更ボクに何が出来る訳でも無いけれど……でも、これはせっかくの機会か。

 ちょっと他人の『魂別』に耳を傾けてみよう。



 ―――――――



 最初に聞こえてきたのは、ガタイの良い若手管理者の声だった。


「あ~、この魂は『Robot World (機械世界)』出身の『ボットロン・R・カラクリング』。生前は世話好きで後輩の面倒見も良く、ボルトの交換も的確で速いと近所でも評判だった」


「よし、こいつは文句なしで『天国行き』だ。日頃の行いが良い奴に悪い奴はいないからな」


「恐縮でス。ありがとうございまス」


 ベテラン管理者の『魂別』を受けた魂が礼を言い、そのまま左の道へと流される。

 これで彼(彼女?)は「天国行き」となり、輪廻転生を迎えるその日まで何一つ不自由なく過ごせるだろう。


 そして新たに流れて来た魂が若手管理者の前で止まった。


「次の魂は『Dinosaur World (恐竜世界)』出身の『サス・D・トリノ』。生前は喧嘩っ早いけれど根は良い奴、異姓には鈍感だけど肉の匂いには敏感だと評判だった」


「そ、そうか。あまりピンとこない情報だが……まぁこいつも『天国行き』でいいだろう。異性に鈍感な奴は大体良い奴だからな」


「ギャオ!! あざっーす!!」


 先程の魂に続き、今度の魂も左の道へ、つまりは「天国行き」へと流される。

 その次の魂も左、そしてその次の魂も左へと流された。


(……ふ~ん、結構簡単に天国行きになるんだね)


 もっと厳しい判定があるのかと思ったけれど、どうやらそういう訳でもないらしい。

 これなら不幸すぎる人生を送って来たボクも天国行きで間違いない。

 誰に迷惑をかけて生きて来たわけでもないし、そもそもボクみたいな人間が地獄行きなんかなった日には、「この世界の秩序はどうなってるんだ?」という話だからね。


「次は『After World (はじまりの世界)』出身の『ドラノア――』」


(あれ? もうボクの名前が呼ばれた。ボクの前にはおじいちゃんがいた筈だけど……)


 勝手に動くことは出来ない魂の身体なのに、見渡してもおじいちゃんの姿が見当たらない。

 さっきまでは目の前にいた筈なのに、まるで幽霊みたいに音も無く消えていた。


(まさかあのおじいちゃん、本物の幽霊だったとか? いや、幽霊が魂の姿ってのもよくわからないし……あれ? 幽霊だから魂の姿でいいのか?)


 などという堂々巡りの考えはどうでもいい。

 どうでもいいと言わざるを得ない事態が起きた。

 

 ベテラン管理者が若手の名前を――“ボクがこの世で一番憎い男”の名を呼んだのだ。


「おいジーザス」と。


(――えっ?)


 ボクは耳を疑った。

 そして目を疑った。


 若い管理者が目深にかぶった帽子の下に、これまで散々見飽きた男の顔がある。 

 相手も相手でボクの名前を読み上げて驚いているのか、鋭い瞳を見開いてしばし呆気に取られた顔をしている。


 その顔が“悪の顔”へと変貌するのに、それほど多くの時間を必要としなかった。

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