27話:18年前と18年後
~ ドラノアの身体が剣舞会で地獄の業火に包まれる――その18年前 ~
とある雪山の山頂にて、管理者5人が神妙な面持ちで話をしていた。
彼らは『全世界管理局』の中でも特に優秀な『特筆管理者』と呼ばれる5人。
男3人、女2人の彼らが立つ地面は、雪がビュウビュウと吹雪いているのに不思議と雪が積もっておらず、その地面には赤い染料で不思議な紋様が描かれている。
風を斬る猛吹雪の中。
その紋様の上では“一人の赤子”が丸裸のまま眠りについていた。
極寒の極地ゆえに赤子の身体は凍り付き、永眠している様にも見えるが……。
「この赤子は世界の理から外れてる。危険だ、今すぐ殺そう」
会話の火蓋を切ったのは、背の高い三十路前後の男性。
彼の提案に隣の二人がゆっくりと頷く。
「俺もバルバドスの意見に賛成だ。“バグの巣”を見つけたと情報があったから来てみれば、肝心のバグの姿は何処にも無く、誰もいない雪山の山頂で赤子が一人眠っている。十中八九、新種のバグだろう」
「私もそう思うよ。最近はバグの形状も多様化してきているし、赤子を真似たバグがいてもおかしくない。このままバグを放っておけば『AtoA』の崩壊を招きかねない。殺す以外の選択肢はあり得ないよ」
賛同したのは初老の男性と中年の女性で、既にこの時点で赤子を殺すことに三人が賛成している事になる。
改めて繰り返すが、この場にいるのは5人。
民主主義的な多数決の考えでいえば、この時点で赤子の運命は終わっていただろう。
しかし、赤子の運命はここで終わらない。
終わりに向かっていた赤子の運命を切り開いたのが、5人の内の残り2人だった。
「オレは反対だな」
最初にそう異を唱えたのは、端正な顔つきをした二十代中頃の男性。
「世界の理から外れてるからって、バグを見つけてはとりあえずぶっ殺し、ぶっ殺してはバグを見つけ、ぶっ殺し、ぶっ殺し、バグをぶっ殺し続けて、歴代の管理者達がそれを何百年も繰り返してきて、それで何か変わったか? 変わってねぇだろ? いや、むしろ事態は悪化しているとも言える。こんな赤ん坊のバグまで生まれて来ちまってんだからな」
「……ノアール、お前は何が言いたい?」
最初に赤子を殺すことを提案した男性――バルバドスが眉を潜める。
反対に、ノアールと呼ばれた男は愛嬌のある顔でニッと笑う。
「これまでとは違うアプローチが必要だって言ってんのさ。せっかく人の形をしてんだ。一か八か、このバグを育ててみようぜ」
「何を馬鹿な、戯言を抜かすな」
バルバドスは呆れたように「ふんっ」と鼻を鳴らす。
「貴様とて知らぬ訳ではあるまい? 成体になったバグは、遅かれ早かれ世界のありとあらゆるモノを喰らうようになる。事実、1000年前に旧世界が滅んだのも“バグの星喰い”を止めなかったからだろうが」
「だからこそ、だよ。今までと同じことを繰り返していても、良くて現状維持が精一杯だ。――訊くがバルバドス、お前は次の世代にもこれまでと全く同じ仕事をさせるつもりか? 人々に嘘の歴史を学ばせて、その裏でオレ達みたいな奴等が必至でバグを殺すだけの仕事を」
「それの何が悪い? 『AtoA』の人々は今のままで十分幸せそうに暮らしている。その幸せを守るのが我々管理者の、強いては『全世界管理局』の使命だ。サンドラ、お前もそう思うだろう?」
ここでバルバドスが問いかけたのは、これまで唯一意思表示をしていなかった最後の1人。
5人の中で一番若い女性だ。
彼女はバルバドスを見て、ノアールを見て、それからもう一度バルバドスに視線を戻す。
「私はノアールに賛成」
ヒクッと、バルバドスの口角が引きつる。
決して寒さのせいではないだろう。
「……理由を言えサンドラ。それともノアールの言うことなら何でも賛成か?」
「ううん、そうじゃない。……ううん、やっぱりそれもあるけど、でもそれだけじゃない。私の“直感”が告げてる。この赤子はきっと世界を変える。良い方にか悪い方にかはわからないけれど……間違いない。この子はきっと世界を変えるの」
ヒクッと、バルバドスの口角が更に引きつる。
重ねて言うが、決して寒さのせいではない。
「サンドラ、お前の直感が当たったことはこれまで一度たりとも無い。お前の直感がそう言っているなら、殺すのが正解だと言っているようなものだ」
「そんなことない。兄さんは私の直感を馬鹿にするけど、私がノアールと出逢ったのは直感のおかげなんだよ」
「だったら尚更外れだろうが」
「おいおい、本人を前にして外れとか言うなよ」
ノアールが口を尖らせたところで、話の蚊帳の外にいた二人が「「はぁ~~」」とため息を吐いた。
そして初老の男性が苛立ち気味に声を上げる。
「与太話はどうでもいい。ノアール、サンドラ、多数決で既に結論が出たのに今更話をごった返すな。それでも二人が反対するってんなら俺達はここで戦うことになるが、それでもいいのか?」
「いやいやいや、流石にそれはよくねぇよ」
ブンブンブンとノアールは素早く首を振る。
「お前等3人相手に戦って勝てると、そう考えるほどオレも己惚れてるつもりはねぇ。そうだな……せいぜい2人殺すのが関の山だろう」
――ゴクリ。
先程ため息を吐いた二人が唾を飲む。
ノアールが冗談のように本気で物事を言う男だと、それを二人は知っている。
3人の内、どの2人を殺すと言っているのかも知っている。
そしてノアールの実力ならば、それが決して不可能ではないことも。
「……ノアール、お前は何をどうしたいんだ?」
「何、そんな難しい話じゃねぇよ」
それからノアールは皆に提案した。
非常に乱暴で、非人道的で、しかし、世界の理から外れたバグ相手ならば、それも許されるだろう提案を。
「正気か?」「……本当にやるのい?」
話を聞き終え、初老の男性と中年の女性が目を点にしたまま訊き返す。
「やるよ。お前等も反対しなかっただろ?」
答えつつ、ノアールは涼し気な顔で赤子を拾い上げた。
そしてそれをバルバトスに手渡す。
「ほら、お前ご自慢の怪力で“赤子が絶対に死ぬと思う場所に投げてみろ”。この裏地獄、八寒地獄の何処でもいい」
「……本当にいいんだな? 魔法陣で“聖域指定”されたこの場所以外、いくらバグといえど赤子が耐えられる場所など何処にもないぞ」
「構わねぇ、やれよ。それで死ぬならそこまでの話だ。一か八かの話に確証なんて要らねぇよ」
ノアールは自信ありげな顔をバルバトスに返した。
それを受けたバルバトスは、数秒思案した後に肯定する。
「――いいだろう、貴様の提案を飲んでやる。ただし、この状況下で生きている赤子だ。万が一に備えて“将来の成長”は制限させて貰う」
「は? そんな条件オレは認めてねぇぞ」
ノアールの言葉を聞く耳はバルバトルに無く、彼はコートから一丁の銃を取り出す。
真っ黒な石を削って作られた不思議な銃だ。
それを見たノアールが何かを言う前に、バルバドスは赤子に銃弾を撃ち込んだ。
麻酔銃の様なプスッとした音が鳴り、ノアールは何かを諦めたように「やれやれ」と首を振る。
一連の流れを見ていたサンドラも「あぁ……」と項垂れを隠せない。
「兄さん、何もそこまでしなくても……」
「黙れ、お前達の我がままに付き合っているのはこちらだ。今すぐこの場でバグを殺さない事に感謝しろ」
吐き捨てるように告げ、それからバルバトスは赤子を持った腕を思いっきり振りかぶった。
そして、一切の遠慮なく投げ飛ばす!!
まるで砲弾の様に物凄い勢いで飛んで行く赤子。
その姿はすぐさま吹雪で隠れ、あっという間に見えなくなる。
消えた赤子の行方を追うモノは、5人の中に誰一人としていない。
――ノアールの提案はこうだ。
『どうせ殺すつもりなら“八寒地獄の谷底”に投げ捨てろ。ただし、生存確認は行わないこと』
結局、誰一人欠けずにこの一件は終わる。
5人はそのままの足で帰路に付き、『全世界管理局』に戻って当時の局長に報告した。
「情報はガセでした」
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翌日、ノアールはサンドラと一緒にこっそりと八寒地獄へ向かった。
そこで見つけたのは、雪深い谷の底で“燃えている赤子”。
一体いつから燃えていたのか、“骨だけとなって燃えている赤子”。
それでも『オギャー』と泣いている、炎と骨だけの赤子。
「「生きてる……」」
二人は顔を見合わせ、それから赤子に名前を付けた。
自分達の名前から二文字ずつ取り、赤子の名を『ドラノア』とした。
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――
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それから18年。
小さくも確かに成長したドラノアは、燃えていた。
雪の中からコロッセオに舞台を移し、燃えていた。
18年前と同じように。
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~ ドラノア視点:パルフェが凶弾に倒れた直後 ~
「…ッぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああッ!!!!!!!!!」
意味がわからなかった。
何故ボクの身体が燃えているのか、ボク自身にも全くわからない。
ただただ熱い。
死ぬほど熱い。
当然の様に死ぬほど苦しい。
だけど――それならそれで丁度いい。
結論から言うと、この時ボクは“死ぬつもり”だった。




