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23話:番狂わせの目撃者

 ~ ドラノアが剣舞会でダンガルドを倒した、その同時刻 ~


 十王が一人である閻魔王は、自身の私室にて密談を交わしていた。

 密談の相手は、ここ最近よく顔を合わせる老人。

 今日も今日とて身長より長い白ひげと白い杖を携えており、高級感のある質の高そうな黒いコートを纏っている。


 その老人が「ホッホッホッ」と機嫌良さげに笑う。


「久しぶりじゃな閻魔よ。暇してるじゃろうと思うて来てやったぞ」


「うるせぇよ髭ジジイ、ガキ脱獄の後始末で暇なんてあるか。そもそも先日も会ったばかりだろうが」


「ホッホッホッ、そうじゃったか? 最近は歳のせいか物忘れが酷くてな。十王が揃いも揃って、子供一人の脱獄を止められなかった事など忘れておったわ」


「………………(マジでぶん殴ってやろうかコイツ)」


 会話の初っ端から静なる怒髪天。

 怒りのあまり頭が沸騰しそうな閻魔王だが、頭を沸騰させたところで勝てない相手がこの老人だ。

 彼は「ふぅ~」と大きく息を吐き、頭の熱湯をぬるま湯くらいに冷ましたところで口を開く。


「それで、あれからチビはどうなった? 『Lawless World (無法世界)』に着いたのか?」


「いや、まだ『Fantasy World (幻想世界)』じゃろう。今頃は幻獣でも狩って、せっせと渡航費を貯めておる頃か」


「幻獣狩り? アイツ狩猟免許なんて持ってるのか?」


「……狩猟免許? 何じゃそれは?」


「………………」


 予想外だった老人の反応を受け、閻魔王は「幻獣狩り」について説明した。

 幻獣保護法なる法律が制定され、それによって免許無しでは幻獣を狩ることが禁止されている旨を。 

 その話を受け、老人が珍しく眉根を寄せる。


「ぬかったな、ワシが知らぬ間にそんな条例が出来ておったとは……。あやつに幻獣狩り以外で金を貯る能力があるのか?」


「そんなもん剣舞会にでも出れば済む話だろ。『Fantasy World (幻想世界)』じゃあ観光の目玉だし、色んな街で開催してる。アイツならサラッと出場して優勝してもおかしくねぇぞ」


 ドラノアという少年を応援するわけではないが、獄卒を倒したその実力を知っている閻魔王としては当然の話。

 ただ、それを耳にした老人は苦い物を食べたみたいに「うげぇ~」と顔を歪ませる。

 そして白い杖で「ホレホレ」と閻魔王を突いてきた。


「馬鹿を言うな。脱獄犯のあやつが目立つ興行に出ると、現地の管理者が動くかもしれぬじゃろうが。剣舞会には面倒な魔人が来ることもあるし、わざわざ地獄から出してやったのに、自ら目立つ真似をされては困る。ホレホレ」


「ホレホレじぇねぇよ。杖で突くなクソジジイ、キレるぞ?」


「おいおい、それはワシの決め台詞で――」


 トントン。

 扉がノックされ、二人の間に緊張が走る。



『閻魔王、小鬼のトキです。至急ご報告したいことがあるです』



 扉の外から聞こえて来た幼い声は、十王の小間使いとして働く小鬼の一人。

 チラリと閻魔王が老人を見ると、老人はゆっくりと首を横に振る。


『閻魔王、入ってもいいです?』


「あー、いや、駄目だ。今は取り込み中でな。要件があるならそこで言え」


『了解です。そしたら先日脱獄した咎人についてですけど、居場所がわかったです』


「……本当か?」


『はい、間違いないです。咎人がいるのは『Fantasy World (幻想世界)』にある「シャンテローゼ」という観光街です。“密猟者の小さな子供が剣舞会に出て、優勝候補を倒す番狂わせが起きた”と、街の管理者から報告があったです。“『AtoA』ネット”の一部界隈でも話題になってるです』


 パチリ、パチパチ。

 閻魔王は数回瞬きをする。


「見間違いじゃないのか?」


『間違いないです。先日の脱獄で『全世界管理局』が作成した“手配書”の写真と同じ顔です。まだ公表前だから、現地で気づいている者はいないみたいですけど……閻魔王、どうするです?』


(むぅ……)


 さて困った閻魔王。

 出来れば「知らぬ存ぜぬ」で何も聞かなかったことにしたいが、報告を受けた以上はそういう訳にもいかないだろう。

 彼は静かに目を瞑り、たっぷりと間を置き、そして口を開いた。


「――トキ、この件を他の十王には知らせたか?」


『いえ、まだです。まずは閻魔王にと思いまして』


「そうか。ならこの件は全て俺に任せておけ。他の十王には俺から伝えておくから、今日はもう上がっていいぞ」


『えっ、いいですか? まだ定時まで30分あるですよ?』


「構わん。トキはいつも頑張っているからな。少しくらい早上がりしても罰は当たらんさ」


『やったーです!! それじゃ閻魔王あ、お先に失礼するです』


「あぁ、ゆっくり休めよ」


 閻魔王が短い言葉を贈ると共に、小鬼のトキは嬉しそうな足音で「トトトトッ」と扉から離れて行く。

 それから念の為に閻魔王はこっそりと扉を開け、近くに誰もいないことを確認して扉を閉める。


 ひとまず、トキについてはこれで大丈夫だろうと安堵し。

 それから閻魔王が振り向いた時には、次に耳にする言葉が予測出来た。


 老人の顔が、それはもう真っ赤に染まっていたのだ。

 加えて身体がプルプルと震えているのは、決して年のせいではないだろう。


「脱獄者の分際でッ、何を興行に出ておるんじゃ!! 流石のワシもキレるぞッ!?」


「もうキレてるじゃねぇか……」


 閻魔王がため息を吐いた時、老人の姿は煙の様に消えていた――。



 ■



 ~ ドラノア視点:ダンガルドを倒した直後 ~


「ふぅ~~、久しぶりに大技を使ったなぁ」


 剣舞会の決勝トーナメント第一回戦でダンガルドを倒し、ボクは興奮冷めやらぬ舞台を早々に降りた。

 現在は“目的の場所”を探して、迷路の様なコロッセオ内の通路を歩いているところだ。


 今頃舞台の上では、決勝トーナメント第二回戦が行われているだろう。

 他の選手の戦い方を見て次に備えるのが“優等生”の振る舞いだとは思うものの、まぁボクは優等生でもなかったしそもそも必要がない。


 優勝候補筆頭のダンガルドがあのレベルであれば、他の選手の戦いを見るだけ時間の無駄。

 というよりも、そんなことをしている場合でもない。


(早く身体を冷やさないと……シャワールームは何処だ?)


 急ぎ足で次の角を曲がり、


「わっ!?」「きゃッ!?」


 出会い頭に、看護師の女性と衝突。

 互いに倒れる程の衝撃はなかったものの、よろけた勢いで彼女が持っていた資料を数枚落とした。

 キョロキョロ視線を動かしていたボクの失態で、謝りながらそれを拾う。


「ごめんなさい。よく見てなかったから」


「あぁ、いえ。ゴメンね坊や。こっちこそ急いでて……えッ!?」


 拾った資料を彼女に手渡すと、その看護士がボクを見て目を見開く。



「あなた、身体から黒い煙が出てるわよ!?」



 ――彼女の言う通り、ボクの身体からは地獄を彷彿とさせる黒い煙が立ち昇っている。

 ダンガルドを倒す為に使った『“爆炎地獄ばくえんじごく”』、その代償だ。

 体内に溜めた地獄の熱を利用するこの技は、絶大な威力を誇る代わりに“身体が熱くなり過ぎる”という弱点がある


(身体がオーバーヒートを起こして煙が出てるんだけど……それをこの人に説明するのも面倒だしなぁ)


 ついこの前まで地獄にいた。

 その熱をボクは身体に溜めて云々かんぬんと、そんな話を始めるとキリがない。

 今ここで必要なのは「説明」ではなく、身体を冷やす「クールタイム」。


「この煙は、まぁ気にしないで。それよりもシャワールームってどっちにあるの?」


「えっ? シャワールームなら、この先を右に曲がったところにあるけど……」


「ありがとう。それじゃあボクはこれで」


「えっ、あの、本当に大丈夫なの? 普通の人は身体から煙とか出ないわよ?」


「大丈夫。ボクはその……煙を出すのが趣味だから」


「そんな趣味聞いたこと無いけど!?」


 その後もしきりに心配してくる看護師を振り切り。

 ボクはようやく辿り着いたシャワールームで念願のシャワーを浴びた。


 地獄ではほとんど縁の無かった”冷たい水”。

 それが火照った身体を撫で、全身がぞわぞわっとした後、徐々に身体が冷たさに慣れてゆく感覚を堪能しながら、「そういえば……」と思い出す。


(パルフェ、客席にも見かけなかったなぁ)



 “絶対勝ってね!! 決勝戦まで隠れて応援してるから!!”



 これが今朝、彼女とコロッセオで別れる時に聞いた最後の言葉。

 その後ボクは予選会場に一人で向かい、以降は本当に一度たりともパルフェの姿を見かけていない。


(まぁ、隠れて応援してるって言ってた訳だし、あんまり気にしてもしょうがないか)


 ボクの服を買ってくる“ついで”に、ちゃっかりと自分の服まで買っていたパルフェなら大丈夫だろう。

 おかげで残金が雀の涙で、昨日は二人して馬小屋(ペガサス小屋)で寝泊りしたけれど、問題は無い。

 優勝賞金の「100万G」を手に入れれば、宿代どころか渡航費用も万事解決。


 優勝すれば。

 優勝さえすれば――。


 “その前提を達成したとしても”。

 必ずしも万事解決とはいかないことを、この時のボクはまだ知る由もなかった。

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