22話:リベンジマッチ
『ダンガルド選手 VS ドラの助選手――今、ゴングが鳴りました!!』
テンション高い実況の声で、遂に幕を開けた剣舞会の決勝トーナメント1回戦。
最初は様子見、などという考えは一切ないのか、ドワーフ族の大男:ダンガルドが速攻で仕掛けてくる。
「弱者との戦いなんざつまんねぇんだよ!! 秒で終わらせてやるッ――オラッ!!」
ブンッと風を切って振るわれた太い右拳を、ヒョイと左に避ける。
続けての左拳も、右の足蹴り、左の回し蹴りも続けて避けると、堪らず実況が大声を上げた。
『あーっと、これはどういうことだ!? ダンガルド選手の攻撃がドラの助選手に全く当たりません!! 一体どうしたダンガルド選手!? いつもの剛腕が鳴りを潜めているぞ!! まさかの体調不良かーッ!?』
「ッ~~」
僅かに顔を赤らめ、ボクの前で肩を怒らせたダンガルドが吠える。
「避けんじゃねぇよ糞チビ!!」
「いや、避けるでしょ。当たったら痛いし」
「痛い思いしてさっさと死ね!!」
声を荒げ、先にも増した連続攻撃を繰り出してくるダンガルド。
その気迫に反し、彼の拳もその脚も、空を切るだけで肝心のボクには当たらないのは当然。
体調不良を脱した今のボクが、ダンガルド程度の攻撃を喰らう理由は無い。
だたし。
ボクにとっては当然のことでも、先日の“成功体験”がある彼にとっては受け入れがたい事実か。
「テメェッ、いつまで逃げてる気だ!? ただ逃げてても俺には勝てねぇぞ!!」
「そうだね。だけど攻撃が当たらなきゃ負けもしないよね?」
――ヒクッ。
ダンガルドの口が引きつり、ギリギリという歯軋りがボクの耳まで届く。
「地味に長引く戦いなんざッ、誰も望んでねぇんだよ!! ここは強者を決める剣舞会だ!! 拳を唸らせろ!! 剣戟を鳴らせ!! 血飛沫を上げろ!! それが出来ねぇ弱者は、弱者らしくさっさと俺に潰されろ!!」
渾身の右拳!!
続け様の回し蹴り!!
そのどちらも、ボクは紙一重で避ける。
「そろそろ疲れて来たんじゃない? “攻撃三倍の法則”とか言うし、回避に専念してるボクよりよっぽど辛いんじゃない? あぁでも、この法則ってタイマンにも当てはまるのかな? そこのところどう思う?」
「ざけんなクソが!!」
間髪入れず、太い左足での薙ぎ払い!!
それを後ろに跳んで避け、ボクは思う。
(大きいのに速いなぁ。多分、ボクの何倍も戦いのセンスがあるんだ)
ダンガルドがボクと同じだけの鍛錬をこなしていたら、きっと手も足も出ない相手だっただろう。
地獄で4000年も過ごしたことを「良かった」とは思わないけれど、それでも、こんな強者を相手に立ち回れる事実はボクの大きな自信になる。
ボクが耐え抜いた時間は、ボクが苦しみ抜いた時間は、決して無駄ではなかった――と、感傷に浸っている間に、舞台の隅へと追いやられた。
ダンガルドとは少し距離があり、休憩がてら久しぶりに足を止めると、これまで雑音でしかなかった観客の声が聞こえて来る。
「さっさとやられろチビガキ~!!」
「何やってんだダンガルド!! いつもみたいにド派手な殴り合いを見せてみろよ!!」
「おいおいおいッ、逃げ回る試合を見る為に金払って来たんじゃねぇぞ!!」
(あらら、随分と乱暴な客だね)
まぁ戦いを見に来た客達なのだから、当たり前と言えば当たり前の反応か。
続けて聞こえて来た実況の声も、当たり前と言えば当たり前の反応だった。
『ここまで見事な回避を続けていたドラの助選手ですが、遂にステージ端に追い詰められてしまいました!! 魔人様、この戦いをどうご覧になられますか?』
『うむ。確かに彼の動きは見事だが、逃げてばかりでは勝ちに繋がらないな。体力切れを狙っているのかも知らぬが、ダンガルド相手にあの小さな身体で体力勝負に持ち込むのは厳しいだろう』
『なるほど確かに。あれだけ動き回っているダンガルド選手には、未だ疲労の色も見えません。ダンガルド選手自慢の“大剣”もまだ抜かれていませんし、このまま体力の削り合いが続けば不利になるのはドラの助選手の方でしょう』
『どのみち、彼の武器は腰に見える小さなナイフ一本だ。ダンガルド相手に勝てる未来は無い』
だそうだ。
世界の覇者にそう断言されるのはちょっと哀しいし、100%負けると思われているのは心外。
それに、そろそろボクも逃げ回るのは飽きた。
「ハハッ、ようやく観念したか糞チビ。こんなつまらねぇ試合はさっさと終わらせて――」
「“鎌鼬”」
剣戟音≪ガキンッ≫!!
甲高い音色が響いたのは、直前で“魂乃炎”を灯したダンガルドの、青緑色に変色した喉物から。
結果、無傷の彼に睨まれるのは今日何度目のことかわからない。
「おい、その技は俺に効かないと前に教えたよな? 脳みそが小さすぎて何も覚えられねぇのかテメェは」
「心配しなくても覚えてるよ。『青銅表皮』でしょ? 厄介な“魂乃炎”だよね」
「厄介、で済むかよ。オラッ!!」
ステージの端で逃げ場も無いと確信したのだろう。
ダンガルドが身を屈め、それから一気に距離を詰めて来る!!
不用意にも、その喉元をガラ空きにして。
(チャンスだ)
斬撃は自分に無効だと、そう“勘違いしている”らしい。
ならばこそ、ここは正面突破させて貰う。
先日不発に終わったこの技で。
「“鋸:鎌鼬”」
ボクの一振りで斬撃が生まれ、斬撃がダンガルドに向かって飛ぶ。
彼の喉元に命中して甲高い剣戟音が響くも、ここまでは先程と同じ流れ。
「ハッ、だから効かねぇって言ってんだろ!!」
ダンガルドが鼻で笑う――直後。
岩にチェーンソーを当てたみたいな、「ガガガガガガガガガッ!!!!」と物質が互いを弾く轟音が響く!!
そして、ダンガルドの喉元に「切り傷」が生まれた!!
「ぐっ!?」
その後は勢いを失った斬撃が弾かれるも、彼の喉元からはツーッと赤い血が流れている。
『あーっと!! これはどういうことだ!? 斬撃が効かないダンガルド選手に斬撃が通った!?』
実況席から驚きの声が上がった。
会場も「ざわざわ」とざわつき、そのBGMを背後にダンガルドが流れ出た血を拳で拭く。
そして拳に付着した赤い血を見て、彼の目つきがギラリと変わる。
「俺が、斬撃で血を? テメェ、チビガキッ、一体何をしたぁぁぁぁああああ~~~~ッ!!!!」
「うるさいなぁ、いちいち叫ばないでよ」
そんなに大したことはしていない。
「単に“『青銅表皮』でも防ぎ切れない回数”攻撃しただけだよ。斬撃を鋸刃にして、勢いよく回転させたんだ」
「はぁッ!? テメェみたいなチビガキにッ、そんな真似出来る訳がねぇだろ!!」
そう言われても、それを出来る様にボクは頑張ったのだ。
死後でも死にたくなるような地獄で、4000年もの月日をかけて。
「“師匠”がね、ボクに教えてくれたんだ。『どんな“魂乃炎”にも限界はある』って。だからその限界さえ越えられれば、どんなに凄い“魂乃炎”だろうとやりようはあるんだよ」
体格にも、才能にも、運にも恵まれなかった無能なボクにとって。
正に「心の拠り所」と言っても過言ではない金言だったけれど、彼には言葉の意味が理解出来ていないのか、物凄い顔で「ギリリ……ッ」と歯噛みしている。
そして――。
遂に業を煮やしたのか、ダンガルドが“背中の大剣”を抜いた。
途端、観客が「わぁああッ」と盛り上がり、実況もここぞとばかりに大声を上げる。
『とうとう出ましたッ、ダンガルド選手の代名詞:斬馬刀!! 彼はこの斬馬刀で、憂さ晴らしに幻獣を100匹狩りした逸話の持ち主でもあります!!』
『うむ。おかげで周辺の幻獣が激減し、慌てて幻獣保護の条例を制定した程だ。全く傍迷惑な男だが、それは奴の強さの裏返しでもある』
(えぇ……アイツのせいで幻獣保護法なんて生まれたのか。おかげで散々な目に遭ったよ)
たった一人でルールを変えさせるような男が、街の掃溜めでチンピラの親分顔をしてるんだから世も末。
幻想的な反面、闇に紛れやすい常闇の世界であるのを良いことに、これまで腕力に物を言わせて好き勝手生きて来たのだろう。
まるでジーザスだ。
彼の背格好も、周囲の迷惑など考えないその横暴さも、何から何までボクをイジメ続けたジーザスに見えてくる。
そのジーザスが――いや、ダンガルドが斬馬刀を構える。
“全身を青緑色に変色させ”、つまりは青銅の鎧で身を固めたまま大きく踏み込み、躊躇なく斬り込んでくる!!
「テメェみたいなチビガキがッ、俺の限界を超えられる訳がねぇ!! 死ねぇぇええーーッ!!」
「嫌だよ、もう地獄はゴメンだからね」
普通の世界では40日程度。
だけど時間の流れが違うあの場所では、4000年もの時が経過した。
死んでも死んでも死にきれない、終わりの見えない永遠の牢獄からようやく逃げて来たのだ。
(もう二度と、あんな場所へは戻りたくない。地獄には二度と戻らない)
今度こそ本気で終わらせよう。
雨の中で体調の悪かったこの前とは違い、体調が万全な今となっては躊躇する理由も無い。
ナイフから火炎を放つ「“火葬地獄”」――その更に一つ上の大技。
『“爆炎地獄”』
ボクのナイフから放たれた「火花」。
ダンガルドが振りかざす「大剣」。
二つの想いが真正面からぶつかった、その刹那。
大爆発が起きた!!!!
「うおッ!?」
ダンガルドの巨体が軽々と宙を舞い、観客席の壁にドンッと食い込む!!
「きゃー!!」と、会場に悲鳴が起きたのは、その時だけ。
すぐさま水を打ったようにシーンと静まり返る会場。
何が起きたのかすぐには理解出来ず、そして理解が及んだ観客達は次第に「ざわざわ」と騒ぎ始める。
実況も未だに戸惑いつつ、ただここで起きた事実を告げる。
『えっと……今、何が起きました? ドラの助選手が舞台に残り……ダンガルド選手が場外の客席に埋まっていますので……えぇっと、勝者は――ドラの助選手!!』
客席の「ざわざわ」が歓声に変わり、そして大歓声へと化けるのに多くの時間は要らなかった。




