221話:パルフェの決断
クオンの広げた巻物から“パルフェの身体が閉じ込められている巨大な氷”が出現。
ボクも相当驚いたけど、何よりも「本人」が一番驚いているのは間違いない。
「え!? 何で私がもう一人いるのッ!? ドラの助の願望が現実になったとか!?」
「馬鹿者、これはお主が殺された時の身体じゃ。南方大天使が『Fantasy World (幻想世界)』から引き取ったらしく、王宮の一室に冷凍保存されておった」
遊びの無いおじいちゃんの答え合わせ。
これを聞いたパルフェは「なるほど」と手を合わせる。
「そっかー。そう言えばこの身体って借り物だったんだっけ」
「うん。地獄の秦行王が魂から作った咎人としての姿だね。今回の騒動に紛れておじいちゃんが盗んだの?」
「そういうことじゃ。南方大天使に娘っ子の身体を確保されていては、この先必ず交渉材料に使われるからな。こんな厄介毎を何度も繰り返したくはないし、今回のどさくさに紛れて盗ませて貰った」
「ナイスおじいちゃん。流石手練れの盗人あイタッ!?」
褒めたのに杖で殴られた。
理不尽極まりないけれど、反論するともっと殴られそうなので辞めておこう。
今ここで重要なことは、この氷漬けの身体を“どうする”か。
更に踏み込んで話せば、本来の身体に戻る為の儀式――かつてボクも行った“魂死反逆”を実行するか否かにある。
その選択肢を握っているのは他の誰でもないパルフェ自身で、彼女は少し迷った後に獣人族の少女:テテフをギュッと抱き締めながら、ボクに不安げな視線を向けて来た。
「ドラの助はどう思う? 今のままでも特に不便は感じてないけど……でも、せっかくなら本物の身体に戻った方がいいよね? ドラの助もそうしたんだもんね?」
「う~ん、ボクの場合は他に選択肢が無かったからね。だけど本物の身体を取り戻すには――」
「身体の一部を喰われるが、それは構わんな?」
ボクに代わって、なのか。
おじいちゃんが一番の問題点を真面目な顔で告げる。
何だかんだ言っても“魂死反逆”の行うのはおじいちゃんなので、その責任者として自分でリスクを伝えた、というところなのだろう。
優しいのか優しくないのか、何とも判断に困るおじいちゃんだという話は一旦横に置いて。
この話を聞いたパルフェは「ゴクリ」と喉を鳴らす。
「勿論、覚悟の上だよって言いたいところだけど……流石に躊躇っちゃうかな。身体を食べられちゃうってのは……ねぇ、ドラの助の時はどんな感じだったの?」
パルフェの視線、だけではない。
テテフやクオン、それにコノハやゼノスも興味ありげな視線を向けてくる。
まぁやりたいと思って経験出来ることでもないし、“魂死反逆”が如何なるものか皆興味あるのだろう。
「そうだね、ボクの時は――」
――――――――
ボクは皆に語った。
これまで多くを語らなかった、語る機会も特に無かった“あの時”の出来事を。
『Soul World (魂世界)』最果ての地で、かつての覇者:ヨルムンガンドに逢って、右腕を喰われた時の話を。
喰われた時は特に痛みも無かったけれど、元の身体に戻って、それが土の中にあって、中々に痛い思いをしたことを。
まぁ、あまり悲惨な感じを出すとパルフェが自分を責めそうだし、その辺は「大変だったなぁ」くらいのニュアンスで終わらせたけれど。
ともあれ。
一通り一連の流れを話し終えたけれど、やはりパルフェは不安を隠せない顔だ。
「今のを聞くと、流石にちょっと日和っちゃうかも。痛いのは嫌だけど……でも、ドラの助だって頑張ったんだもんね」
「まぁでも、別に無理しなくてもいいんじゃない? 本物の身体がこちらにあればひとまずは安心だし、今のままで不便を感じてないなら、尚更無理する必要も無いと思うよ」
「そう、かな? 確かに不便らしい不便は無いけど……」
髪、顔、手、脚、その他色々。
自分の身体をアチコチ触って確認するパルフェだけど、今まで問題の無かった身体にすぐさま発見できる不具合はない。
身体的には急ぐ必要も無さそうだけど、視点を変えると「今後は氷漬けの身体を死守する」必要が出てくる訳で――と、ここまで悩んだところで機械技師:ゼノスがパスを投げてくれた。
「おいジジイ、秦行王が作った身体ってのは、“死んだ時に魂が即消滅する”以外のデメリットはあるのか? どうやら“魂乃炎”も使えてたみたいだが」
「無論、デメリットはいくつかある。所詮は魂が半分しかない状態じゃからな、“魂乃炎”が使えると言っても100%の力を出せる訳ではない。それに、いくら本人の魂を元に創ったといっても、偽りの身体である以上は“命にまつわるモノも全て偽物となる”」
(ん?)
いまいち要領を得ない発言に、ボクは首を捻ったまま質問を投げる。
その返答が、自分の想像の域を超えるとも知らずに――。
「何それ? 命にまつわるモノが全て偽物って、どういうこと……?」
「簡潔に言えば、子孫を残すことは出来ぬ」
「「ッ!?」」
■
~ パルフェの奪還、その翌日 ~
――パチリ。
目覚めると、ぱっちり瞼の開いたパルフェと目が合った。
直後に感じた後頭部の温もりは、彼女がボクを膝枕している証拠。
いつもは起きるのが遅いパルフェだけど、どういう訳か今日は早起きしたらしい。
……いや、もしかして「昨日の話」を聞いて、一晩眠れなかったのではないだろうか?
と疑ったものの、目の下にはクマも確認出来ないし、単に早く目覚めたのだろう。
「ドラの助、おはよ~」
「うん、おはようパルフェ。今朝は随分と起きるのが早いね。何か大事な用事でもあるの?」
「うん。これからデートに行くの」
「誰とッ!?」
吃驚して上半身を起こし、彼女の額とごっつんこ。
互いに「ッ~~」と悶絶して、しかしそれどころではないボクは彼女に詰め寄る。
「デートって誰と!? ……えっ、デートって誰と!?」
「誰って、そんなのドラの助に決まってるでしょ。何寝ぼけてるの?」
「え、ボク? あ、そうなんだ? ならいいや……って、え? これからデー……お出かけするの? 何で?」
単純な疑問。
シンプルな質問。
ただただ反射的に聞き返した問いに、彼女は至極真剣な表情を返す。
「だってさ、次にデートする時は“今のままの私じゃない”から」
ある意味、これが答えの全て。
――昨日、パルフェは魂死反逆を行わなかった。
おじいちゃんの話を、命にまつわる全てのモノが偽者になるという話を聞いて、パルフェは即決しなかった。
「少し時間が欲しい」と告げて、そのまま今に至る。
続けて彼女は顔に花を咲かせるも、それが造花であることはボクにもすぐにわかった。
「多分……ううん、間違いなく、今度デートする時の私は“身体の何処か失ってる”。だから今の内に、この身体でドラの助とデートに行きたいの。……駄目、かな?」
それでも駄目だ、となる訳がない。
そんな顔をされて断れる人間など、断れるボクなどこの世に存在しないのだから。
■
ある意味で、今のパルフェの最後のわがまま。
そのわがままを叶える為に、ボク等はコノハの手を借りて隠れ家の『世界扉』を使って渡航。
かくしてボク等がやって来た先は――「空の上」。
すぐさま心臓に悪い浮遊感を覚えるも、“前回の時”からボクも成長しているので慌てることはない。
「パルフェ、掴まって」
「うん♪」
返事を聞くや否や。
“黒蛇:自爆逆流炎――弱火”
落下の速度を炎で軽減。
左腕でパルフェ抱き締め、抱き締められつつ、景色を楽しめる程度の余裕を持って空を落ちる。
そんなボク等の瞳に映るのは、神秘的な光を放つ3つのお月様と、夜空を埋め尽くさんとする幾千万もの星々。
それら夜の光を受けて存在を顕わにするのは、雲のように空へと浮かぶ無数の大地。
その“空島”からは惜しみなく水が流れ落ち、受け止める広大な大地に大きな湖を形成していた。
「この世界に来るのも久々だね~。随分懐かしく感じちゃうよ」
「アレから随分と色々あったからね。ま、とりあえず着地するよ」
新鮮さよりも懐かしさが勝る風景の中。
蜷局を巻いたクロをクッションにバウンドし、パルフェと共に着地を決めれば渡航は完了。
ここは彼女の所望した出掛け先――『Fantasy World (幻想世界)』だ。




