215話:人質交換②
王宮広場の外にいる南の王都50万の命と、パルフェ1人の命。
天秤にかけるまでもないこの2つを取引する為、南方大天使がドラノアから持ち掛けられた話はこうだ。
『先に言っておくけど、こっちが用意した爆弾はあと4つある。そしてパルフェの拘束具は、右足・左足・両手の3つ。アンタがパルフェの拘束具を1つ解除する度、こちらは爆弾の所在を明かし、このスイッチで起爆解除する。簡単な取引でしょ?』
「ふんッ、悪童の分際で偉そうに。最後の爆弾は何と取引するつもりだ?」
『それは勿論、アンタが展開している“魂乃聖域”の解除だよ。パルフェが自由に動けるようになっても、“魂乃聖域”が展開されてると逃げるのも難しいからね。それじゃあ早速、右足の拘束具から――』
「待て。拘束具の解除より爆弾の処理が先だ。まずは爆弾の所在を明かせ」
『はぁ? 50万の命がかかってるんだよ? こちらが譲歩する理由がある?』
起きながら寝ぼけているのかと、半ば呆れの混ざった言葉を返すドラノア。
主導権を完全に握り、こちらが下手に出る必要は無いと強調するその態度は、しかし南方大天使が淡々と告げた言葉で変容する。
「先に言っておくが、我々天使族は『AtoA』26世界の秩序を守る為に存在している。秩序を守れない天使族など、存在価値が無いに等しいも同然だ。無論、50万の市民にも“いざという時”の覚悟はある。秩序の為なら死ねるのが我々天使族だ」
――ざわざわざわ。
南方大天使の発言にどよめきが生まれ、王宮広場が今一度ざわつく。
皆が「正気か?」「マジで言ってるのか?」と恐怖と疑いの眼差しを大天使に向けており、それはホロビジョン越しのドラノアも例外ではない。
『それ、正気で言ってる? 覇者だからって何でも許される訳じゃないでしょ。パルフェ1人の為に何十万の犠牲が出ても良いっていうの?』
「何を狼狽えている。そちらが持ち掛けた交渉だろう? それに、実際に犠牲者が出るかどうかは未来でなければわからない。貴様に何十万もの命を散らせる覚悟が、本当にあるのかどうかも含めてな」
『………………。……わかった。最終的にこちらの目的が果たされるなら、その過程はどうでもいい。取引順番の変更を認めよう』
ここでドラノアは一拍置いて。
それから他所の妥協は許したものの、話の主導権は譲らないとばかりに「次の順番」を告げた。
『まず、こちらが爆弾の所在を明かす。アンタは部下を確認に向かわせる。そこで爆弾が確認出来たら、そっちはパルフェの拘束具を1つ外す。それをこちらで確認出来たら、このスイッチで爆弾の起爆解除を行う。これで互いに1つずつ交換が成立――それでいいね?』
「あぁ、構わん。さっさと始めろ」
『言われなくても始めるよ。ただ、一応訊くけど“娘二人の取引”はいいの?』
「必要無い。さっさと始めろ」
『……わかった』
この時、ホロビジョンのドラノアがチラリと後ろに視線を送る。
長女の方は毅然とした態度のままだったが、幼い三女がその眼に涙を浮かべていたのは彼にも確認出来ただろう。
それはホロビジョンを見る南方大天使も、そして10万の民衆も目撃していた筈だったが、それ以上彼女達が議題の的になることはなかった。
――――――――
~ 取引1回目 ~
『1番大通りにある管理局:南王都第一支部の植え込み。そこに爆弾を隠している』
ドラノアの言葉を受け、街のアチコチに散っていた『下位十六隊』と『中位八隊』数名がすぐに動き出す。
それから大して間を置かず、南方大天使が持つ通信機に慌てた声が届いた。
「――あ、ありました!! 迷彩柄のバックに爆弾が!! こんな場所に一体どうやって……ッ」
部下からの報告を受け、南方大天使は一つ大きく息を吐く。
その後にポケットから鍵を取り出し、パルフェの右足、そこに嵌められた足枷の鍵穴に差し込むが、すぐに鍵を回すことはしない。
第三者には聞こえない声で、己が娘に声を掛ける。
「黒ヘビに期待するな。どうせ全て無駄に終わる。私が終わらせる」
「………………」
口が閉ざされた無言の返事に、彼もそれ以上言葉を重ねることは無い。
鍵を回し、ガチャリと音を立てて外れた足枷を掴み上げ、これ見よがしにホロビジョンのドラノアへと突き出す。
「約束通り、拘束具を1つ外した。次は貴様の番だ。わかっていると思うが、もし爆発させればその時点でこの娘の首を斬り落とす」
『うん、アンタはそういう人間だもんね。わかってるよ』
映像越しで皆に見えるように、ドラノアは顔の前に出した機械、その緑色のスイッチを押す。
すると、爆弾を見つけた部下から通信が入った。
「報告しますッ、爆弾が勝手に分解して――なッ!? これは……ッ!!」
「どうした?」
「だ、断言は出来ないのですが……私が見る限り、この爆弾は恐らく“2B爆弾”です。先日『Robot World (機械世界)』の大都市:リンデンブルグを破壊した、悪魔の爆弾かと思われます」
「……そうか、わかった。後のことは処理班に任せる」
ここで南方大天使は視線を通信機から上に上げ、ホロビジョンのドラノアを見据える。
怒りと困惑の混じった顔で、天国を混乱に貶める大罪人を睨みつける。
「――狂っているな。小娘一人の為にやるレベルを遥かに超えている。悪魔か貴様は?」
『どうだろうね。パルフェを連れ戻す為なら、ボクは悪魔にでも何でも喜んでなるけど。――さぁ、次の取引に移ろうか』
~ 取引2回目 ~
『次の爆弾は、2番大通りにある管理局:南王都第二支部。1階男子トイレの個室』
基本的な流れは1回目と同じ。
まずはドラノアが爆弾の所在を明かし、南方大天使の部下が確認。
その後にパルフェの両手を封じていた手錠を南方大天使が外し、ドラノアが爆弾解除のスイッチを押す。
それで爆弾が解除されたのを確認出来れば、取引は完了となる。
~ 取引3回目 ~
『3番大通りにある管理局御用達の甘味処:しろの屋。その裏路地にあるゴミ箱』
ドラノアが爆弾の所在を明かし、南方大天使の部下が確認。
ここまでの流れは今までと同じで、問題はここから。
南方大天使が手にする小さな鍵。
これでパルフェの左脚から足枷を外せば、彼女を拘束する物は全てなくなる。
本来なら首を失っていた筈の少女が晴れて自由の身となる訳だが、当然の様に天国の覇者:南方大天使としては容認出来る事態ではない。
彼は娘の手錠を外すことはせず、鍵を手にしたままホロビジョンのドラノアに声を掛けた。
「黒ヘビ、1つ確認だ。約束通り娘の手錠を外した後、逃げ出す前に娘の首を斬り落とす行為は容認されるか?」
『馬鹿なの? そんなことしたら、すぐに最後の爆弾を起爆させるよ。パルフェを自由にしたら、彼女には指定の場所まで移動して貰う。それが確認出来た時点で、改めて最後の取引を――ッ!?』
ドラノアの発言を斬り裂き、眩い光が世界を覆う!!
「“魂乃聖域:再展開≪エアヴァース≫”」
南方大天使を中心に、一瞬にして広がった眩い光。
それと同じ勢いで光量が失われた時、“南の王都全て”が淡い光のドームに包まれていた。
直後、ドームの頂上には巨大な目玉が再出現し、更には再び無数の目玉が――“天秤の目”が空を覆い尽くす。
つまりは“魂乃聖域”の範囲を、王宮広場全体から南の王都全域に広げた訳だ。
無論、この現象を起こした人物は一人しかおらず、ホロビジョン越しのドラノアはここで初めて焦りの顔を見せる。
『参ったね。それ程強大な力を、まさかこの規模で展開出来るとは……。一応確認するけど、アンタの『“魂乃炎:大天秤”』の有効範囲を、街全体まで拡大したってことであってる?』
「あぁ、理解が早くて助かる。準備に少々時間を要し、一時とは言え貴様の好きにさせたのは不本意だがな。都合により、こちらも“全力が出せない故に”致し方ない」
『何それ? 誰に何の言い訳してるの?』
「貴様が知る必要は無い。それより、もうわかっているだろう? この広大な“魂乃聖域”内部にいる限り、“天秤の目”が爆弾の存在を許さない。故に、これ以上貴様の茶番に付き合う必要も無い」
『いいや、違うね。“天秤の目”は建物の中までは見通せない。ボクを見つけることも不可能だ。そして爆弾を見つけられない限り、アンタに爆発を防ぐことは絶対に出来ない』
「逆を言えば、爆発が外に及んだ時点で“天秤の目”が視認する。多少の犠牲を払うことにはなるが、それ以上の被害拡大を防ぐことは可能だ。秩序と犠牲を天秤にかけた時、私は覇者としてここに境界線を引く。――黒ヘビ、この勝負はどう転ぼうと貴様の負けだ」
言い終わるや否や。
南方大天使がすぐに動いた。
パルフェの手錠を外す鍵、それをゴミでも捨てるかのように床へと放り投げ、彼は今一度「首斬り鎌」を手にする。
『おい、まさか……ッ!?』
ホロビジョンのドラノアが焦る中。
南方大天使は誰に断りを入れるでもなく、首斬り鎌を大きく振り上げる。
「ッ~~!!」
流石にこの状況下では、処刑されるパルフェも黙ってはいない。
自由になっていた両手で起き上がり、拘束の無い左足を出して逃げようとするも、右足を封じる足枷がそれを許さない。
鎖に繋がる鉄球が彼女のバランスを崩し、起き上がってすぐにパルフェは倒れた。
その無防備な首に、南方大天使は狙いを定める。
(……すまない、最後まで愚かな父親だった)
ここで初めて。
彼は誰にも聞かせることのない謝罪の言葉を紡ぐ。
(この先、お前がどう生き永らえようと、待っているのは修羅の道だ。世界は――『AtoA』は決して“生き返りを許さない”。そんな世界で生き返ってしまったお前が、これから先の人生で辛い目に遭わない方法は、もうここで死ぬ以外には無いのだ。だからせめて、最後は俺の手で……ッ!!)
その想いを胸の内に秘めたまま。
南方大天使は決して内面を表に出すことなく、ただ行動のみを民衆へ見せる。
覇者としての覚悟を。
秩序を司る天国の守護者としての姿を。
人の上に立つ者が、どういう振る舞いをすべきかを
毅然とした態度のまま、南方大天使は首斬り鎌を、振り下ろす!!
涙を浮かべる愛娘の泣き顔を、その目に強く焼き付けながら――。
「ドラの助ぇぇぇぇええええええええ~~~~~~~~ッ!!!!」
――斬ッ!!
手ごたえはあった。
娘の悲鳴を無視する一撃は、確かに何かを斬るに至った。
しかし、首斬り鎌が喰い込んだのはパルフェの首ではなく、“彼女の右足と鉄球を繋ぐ鎖”。
(首を外したッ!? この俺が!?)
これまで見せたことのない顔で、驚愕に目を見張る南方大天使。
今更言うまでもないことだが、狙って外した訳ではない。
この期に及んでそんな慈悲を与える彼ではない。
――避けられたのだ。
転んで動けぬ筈のパルフェを、首が斬り落とされる筈だった娘を助けた者がいた。
鎖を断ち切り、空中回廊の床に突き刺さった首斬り鎌の横に――幻獣:ペガサスに乗った“右肩から黒ヘビを出す「青年の姿」”が。
「黒ヘビ!? 何だその姿は……ッ!?」
*次話はパルフェ視点でのお話です。




