203話:再開
「ぜぇ、ぜぇ……クソッ、やるじゃねーかチビ。黒焦げにしたつもりだったのによぉ」
雪面で行われたボクとブラミルの火力対決。
互いにありったけの炎をぶつけた結果――軍配はブラミルに上がった。
「はぁ、はぁ、はぁ……(“押し返された”ッ)」
互いの最大火力がぶつかり、一瞬の拮抗を経てボクの炎が押し返された。
直撃する炎はクロが咄嗟に“食べて”くれたから助かったものの、周囲の雪は全て蒸発。
焦げた地面が剥き出しになり、周りの風景だけ切り取れば頞部陀≪あぶだ≫地獄とは思えない世界に変わっている。
「悔しいけど、やっぱり炎に関してはブラミルの方が上だね――って、そうだよ。どうして地獄の中で“魂乃炎”が使えてるの? さっきは咎人も使ってたし」
「あぁん? 閻魔のおっさんから聞いてないのか? 頞部陀≪あぶだ≫地獄の“聖域指定”を解除して、今だけは“魂乃炎”を使えるようにしてんだよ。じゃねーと修行で使えねーからな」
「え、そうだったんだ?」
どうやらボクが知らないだけで、“魂乃炎”の使用禁止は勿論、逆に解除も可能らしい。
あまり知的には見えないブラミルだけど、流石に本部の管理者はそれなりの知識を持っている。
ついでなので、前から気になっていたことについても尋ねてみる。
「それにしても、地獄の時間って変な流れだよね。現世での1日がここでは100年になるんでしょ? 外からボク等を見たら、地獄の咎人達って認識出来ないくらい物凄いスピードで動いてるのかな? でも等活地獄はそんな感じもなかったし……」
「馬鹿かテメェ? 時間の流れる速さは何処も変わらねぇよ。ただ、八大地獄と八寒地獄の中だけは“輪唱時間”になってんのさ」
「……輪唱時間?」
「簡単に言えば“時間がループ”してんだよ。現世とは時間の流れる回数が違うんだ」
「えっと……それはつまり、八大地獄と八寒地獄では1日を何度も何度も繰り返して、100年が経過したらようやらく現世の2日目に追いつく、みたいな? いわゆる条件分岐の認識で合ってる?」
「じょ、じょうけんぶんき? あ~、そうだな……。………………」
プシュ~。
ブラミルの頭から煙が出て来た。
(あらら、考え過ぎてオーバーヒート起こしてる……)
先の説明以上は彼の理解も範囲外らしい。
まぁさっきの説明でも何となくの理解は可能だし、逆にそれ以上のことを説明されてもボクの理解が追いつかない。
地獄とはそういうものだと思っておく他ないだろう。
――――――――
身体が熱くなるオーバーヒートも、吹き荒れる吹雪ですぐに冷える。
露出していた地面にも再び雪が積もり始め、完全に意識を取り戻したブラミルは、己がと掌をバチンッと突き合わせた。
「危ねぇ、危ねぇ。そういや一旦地獄を出ようとしてたんだった。流石にこんだけいると魂の消耗が激しいからな。――チビ、お前もそろそろヤバいんじゃねーか?」
「あー、ボクは今のところ大丈夫かな。危なくなったら考えるよ」
「何だテメェ、この環境に慣れてるのか? 一回死んだ奴は皆そうなのか? ……まぁいい、とにかく俺は帰る」
「あ、それならこのコート返すよ」
「要らねぇよバーカ。そんなボロボロな服を返されても困るだけだっつーの」
本心か、それとも照れ隠しか。
借りていたコートを貸そうとするも、彼はそれを突っぱねてからキョロキョロと周囲を覗う。
「何か探してるの?」
「いや、帰る前に局長のバカ息子でもいねーかなと思ってよ」
「局長のバカ息子?」
「あぁ、名家バルバドス家の次男さ。何をどう間違えたのか、同じクラスの奴を自殺に追い込むくらい虐めてたって話だ。バカだよなぁ。普通に生きてりゃエリート街道まっこうくじらだってのに」
「いやいや、そこはまっしぐらだよ(じゃなくて!!)」
一瞬自分の耳を疑ったけど、聞き間違えではない。
彼の言葉は、それはつまり、あの男が――ボクを12年間も虐め続けていた男が、地獄に落とされたという事か?
「ジーザス……死んだの?」
「あぁ。局長が殺した、かどうかは知らねぇけどな。でも局長の判断で“居ない者扱い”されて、地獄に落とされたのは間違いねぇ。自分の息子相手によくやるよ。人の面した悪魔だなアレは。……ってか、お前よくジーザスの名前がわかったな」
「え? あ~、いやほら、名家の次男で名前は有名だったし」
「ふ~ん? まぁどうでもいいけどよ。どのみちアイツが地獄に落ちてから、もう随分と日数が経ってるからな。大したことない魂なら、とっくにすり減って消滅してるだろう」
特に思い入れも感じないその言葉を最後に。
ブラミルは吊り橋の方面に向かって、頞部陀≪あぶだ≫地獄の入口に向かって歩いて行った。
■
≪アイツ、意外と良い奴なのかな? 言葉遣いは悪いけど≫
ブラミルが去って間もなく、クロが久方ぶりに耳へ届く声を出す。
既にその姿はブラミルに見せていたものの、言葉を喋ることまでは彼にも教えていない。
「まぁアレでも本部の管理者だしね。色々と問題はあるけど……とにかく。これで咎人以外の人間は居なくなった」
≪その咎人も少な過ぎるけどねぇ。懸賞金が億越えなのは結構だけど≫
「うん、そこが問題だね。戦う相手がいないことには実戦経験も積めない。場合によっては、早めに次の地獄――尼頼部陀≪にらぶだ≫地獄へ行くことも視野に入れた方がいいかも」
と、今後の行動指針を考えていた時だ。
“目を疑った”。
心臓が止まるかと思った。
夢を見ているのかと猜疑心が生まれるも、その猜疑心を吹雪が吹き飛ばす。
忘れる筈も無い。
吹雪の中から現れたその男を、ボクの人生を滅茶苦茶にした男を忘れる筈が無い。
12年間もボクを苦しめ、ボクが死んでも恨み続け、そして先日、その恨みを成仏させた筈の男――。
(……ジー、ザス?)
間違いない。
その顔は、身体は、名家バルバトス家の次男:ジーザス。
ある意味で一番見知った男の顔を見間違う訳も無く、つい先ほどブラミルから「地獄に墜とされた」という話も聞いていたので間違いない。
しかし、声を掛けるべきかどうかは正直迷う。
今更話すのは気まずいとか、そういうレベルの話ではない。
≪アイツがお兄ちゃんに暴力を振るってた奴?≫
「うん、その筈なんだけど……何だか様子がおかしい。まるでゾンビみたいな歩き方だ」
瞳は焦点が定まらず、口はだらしくなく半開き。
フラフラと酔っ払いの様に歩いているが、顔は一切赤らんでおらず、むしろ完全に青ざめている。
服装は管理者のそれだけど、明らかに場違いな半袖なのも意味不明だ。
≪何なのアイツ? 何で半袖でここに来てるの? 寒さで頭がやられちゃった系?≫
「う~ん、どうだろう? 確かに体温が下がり過ぎると、正常な判断が出来なくなるって話は聞いたことあるけど……」
≪一発ぶん殴ったら正気に戻るかも? お兄ちゃん、やっちゃえ!!≫
「え? いや、流石にそれは……」
既に復讐は果たした。
今は奴を殴ることに微塵の価値も感じないし、正気を失っている相手を殴るのは流石に抵抗がある。
ただ、このまま「さようなら」と離れる訳にもいかず、せめて会話してジーザスの置かれた状況くらいは把握しておきたい。
そう思って奴に近づくと、半開きの口がゆっくり大きく開かれた。
そして口の中から、“2つの赤い目玉を持つ真っ黒い存在”が――バグが顔を覗かせる。
≪クヒヒヒッ。誰かと思えばチビンボーじゃねーか。“コイツ”に復讐してスッキリ出来たか?≫
「……は?」




