202話:ドラノア VS ブラミル
頞部陀≪あぶだ≫で初めて見かけた咎人。
ボクの斬撃を跳ね返したそいつと戦おうとしたら、“弟の管理者”が後ろから首を刎ねた。
二つに別れて物言わぬ死体となった咎人は、地獄時間の明日には復活するだろうけど……それよりも弟:ブラミルだ。
大きな鎌を持ったまま「はぁ、はぁ……」と息苦しそうに呼吸している。
「あの、大丈夫? 随分と苦しそうだけど」
「あぁ? チビな咎人がいるかと思ったらテメェか。とっくに死んでるかと思ってたが……よく生きてたな。もう100年くらい地獄にいるだろ」
「そっちもね。そろそろ地獄を出なくていいの?」
「いちいち言われなくてもそのつもりだタコ。……ふぅ」
地獄に長居している為か、ブラミルは随分と疲弊しているようだ。
それでも億越えの咎人を瞬殺――相手が油断していたとはいえ、瞬殺だ。
この100年で明らかに強くなっているのは間違いないだろう。
「さっきの一撃、凄い威力だったけど何をしたの? ガードの上からゴリ押しで斬ってたけど」
「ハッ、何でネタばらしをしなきゃならねぇんだ? 俺がこの100年で魂気を鍛えていたことを、わざわざテメェに教えてやる必要はねぇ」
「あ、やっぱり魂気だったんだ? 炎で分かりにくかったけど、まぁそうだよね。教えてくれてありがとう」
「………………。……フンッ。俺くらいの大物になれば、いちいち隠すこともしねぇのさ。それよりも――テメェだろ?」
スッと、ブラミルの視線が色を変えた。
このまま呑気にお話という流れではなく、弱まっていた吹雪も強まり始める。
「ボクが、何?」
「このアウドムラを倒した奴だ。そこで死んでる咎人じゃ倒せねぇし、お前しかいない」
「……だとしたら?」
「俺と一戦やりやがれ。ここの咎人は数が少なくて暇してんだ」
「それは断ったら諦めてくれるの?」
「いいや、勝手に始める」
「ッ!?」
問答無用。
ブラミルが天使の翼で距離を詰め、いきなり大鎌を振るってきた!!
その軌道をナイフで逸らし。
返す刃で魂気を纏った斬撃を放ちつつ、一旦距離を取るが――
爆ッ!!
――彼の左手から爆炎が生まれ、ボクの斬撃は打ち消される。
「甘ぇぞチビ!! それで精一杯か!?」
爆爆爆ッ!!
休む間もなく、爆炎3連発。
その全てをギリギリのところで回避するも、回避した先に大鎌が待ち受ける。
「“炎刑:斬り捨て御免”」
「ッ――“爆炎地獄”!!」
反撃の為、ではない。
逃走手段として自分の身体を吹き飛ばすと、爆炎の煙に紛れて僅かに顔を出したクロが慌てた声を上げる。
≪ちょっとお兄ちゃんッ、何でボクを使わないの!?≫
「駄目だッ、キミを使ったらボクの正体がバレる!! 彼の前では使えない……ッ!!」
≪でも、このままだとやられちゃうかも!!≫
「わかってるッ、けど――」
下手に正体がバレて応援を呼ばれでもしたら、それこそ地獄に居られなくなる。
おじいちゃんの影響か閻魔王は協力してくれたけど、逆を言えば閻魔王以外はボクに味方してくれる道理も無い。
可能な限り管理者との接触を避けたいと思っても、しかし大鎌と爆炎は休みなく襲い掛かって来る!!
(くッ、ちょっと魂気が使えるようになったからって、そう簡単に勝てる相手じゃないか。だけどクロは使えないし……駄目だッ、こんなんでパルフェを取り戻すことが出来るのか!?)
成長は確かにしているけれど、このままのスピードで間に合うのかどうかがわからない。
……いや、それでも間に合わせるしかないのだ。
出来る出来ないじゃない、やる。
その為にボクはここに来た。
(このまま修行出来たとして、残りは300年程度。現世の時間で3日と少しで、パルフェが処刑されてしまう。ボクが強くなる為に、地獄での修業は絶対条件で――)
「辞めだ」
ピタリと、攻撃が止んだ。
先程までの連撃が嘘の様に、今はただ吹雪の音だけが響いており、弟:ブラミルは不満げな顔をボクに向ける。
「おい、何を焦ってんだテメェは? 集中してない奴と戦っても面白くねぇだろ」
「……焦ってる? ボクが? ……そんな風に見える?」
「あぁ、“ほくろここに非ず”って感じだぜ」
(……心ここに非ず、かな?)
まぁ言い間違えはともかく。
どうやら簡単に見抜かれてしまう程、ボクの動揺が顔に出ていたらしい。
大鎌を下ろし、ブラミルは呆れ顔で「やれやれ」と首を横に振る。
「気合の入れ方を間違えたままじゃテメェの成長はないぜ? 何事も一点集中。それをやると決めたら他の事は全部後回しでいいんだ。“急がば踊れ”って言うだろう?」
(……急がば回れ、かな?)
まぁ言い間違えはともかく。
正直、今のボクに焦るなと言っても無理がある。
このままでは、4日後の世界からパルフェが消える。
今のボクにはそれを覆す力がなく、この状況下で焦らないのは、どれだけ言葉を繕っても土台無理な話でしかない。
ただ、知らず知らずのうちに焦っている状態よりはマシか。
焦っていることを自覚した上で、それもひっくるめて目の前の事に集中し、全力で取り組むことは出来る。
遠くの目標を達成する為に、今は一点集中する時。
1つ、深呼吸。
呼吸を整え、ボクは改めてブラミルを見据える。
「悪くねぇ目だ、構えろ。次の一撃で勝負決める。オレも本気で行くから、テメェも黒ヘビを出せ」
「……バレてたの?」
「あったりめぇだ。そんなちょこまか動けるチビが、テメェ以外に然う然ういてたまるかよ。オレの頭脳を持ってすれば、2分前には既に気づいてたぜ?」
(2分前まで気づいてなかったのか。このカツラもちゃんと仕事してくれてたんだね)
とは言え、既にカツラはお役御免。
僅かとはいえ動きの邪魔なので、雪面に捨てた後に右肩からクロを出す。
途端、ブラミルがニヤリと笑みを浮かべる。
「――本当はよ、テメェのバックに“やばいジジイ”がいるせいで、上からは迂闊に手を出すなって言われてんだ」
「あ、そうなの? じゃあ戦うのも辞めておいた方がいいんじゃない?」
「構わねぇよ。今は“ただの修業仲間”が、互いの成果を披露しようってだけだ。じゃれてるようなもんだから何も問題はねぇ」
「……随分な屁理屈だね(まぁここで辞める相手なら、最初からボクに手を出さないか)」
あと一撃だけ付き合おう。
途中まで「心ここに非ず」なボクの、彼に対する無礼への謝罪と、そして今の自分の実力を推し量る為に。
ブラミルは大鎌を構え。
ボクはクロの右腕を構え。
互いに、ありったけの熱量をぶつける!!
「“炎刑:火炙り御前”!!!!」
「“黒蛇:自爆逆流炎――最大火力”!!!!」




