201話:“炎刑:火之神斬首《ひのかみざんしゅ》”
八寒地獄の1つ目、頞部陀≪あぶだ≫地獄から出て行く師匠の背中を見送り。
それからボクはコートのポケットから“角付きのカツラ”を取り出した。
≪お兄ちゃん、そのカツラ気に入ってたの?≫
「いや、別に気に入ってはないけどさ、一応被ってた方がいいかなって。何処で誰が見てるかわからないし」
亀裂の底に居た時は何の心配も無かったけれど、外に出て来たら何処にどんな目があるかわからない。
用心するには少しタイミングが遅いものの、それでも被らないよりは安心出来ると念の為にカツラを装着する。
「さてと、今日からはボク等だけで修行しないとね。魂気を使えるようになったとはいえ、まだまだ地獄石英を壊すには至ってないし」
≪それもそうだけど、ボクとしては強い奴を食べたいなー。あの牛の魔物とか出て来ないかな≫
「あんな強敵に簡単に出て来られても困るけど……でも、確かにそうだね。地獄に来てから既に100年経過したから、修行に仕えるのはあと300年くらいしかない」
300年。
人の一生で考えれば十分過ぎる時間だけど、南方大天使を筆頭に天使部隊を敵に回すのだから、修行の時間はいくらあっても足りない。
パルフェ奪還の為にはリスクを覚悟で強敵に挑む他ないだろう。
――かくして。
牛の魔物:アウドムラを探し、頞部陀≪あぶだ≫地獄の雪原を歩き始めた訳だけど……やはり、気になるのは人気の無さだ。
100年前と変わらぬ一面の雪景色には、人っ子一人咎人の姿が見当たらない。
(相変わらず咎人と遭遇しないな……管理局が仕事してないのか?)
≪お兄ちゃんッ、下!!≫
「ッ!?」
咄嗟の反応が間に合った。
クロを雪面に叩きつけ、“黒蛇:跳躍”でその場を離脱。
直後、先程までボクが雪面から、大口を開けて牛の魔物が――アウドムラが跳び出した!!
「100年振りだねッ、それじゃあ早速……ッ」
ナイフを構え、魂気を纏わせ。
血潮の如き真っ赤な斬撃を繰り出す!!
“鎌鼬”
――斬ッ。
(斬れた!!)
100年前は硬い体毛に阻まれた斬撃が、今回は通った。
修行の成果が出ているのは疑いようもなく、アウドムラは悲鳴を上げてすぐに雪面へその巨体を隠す。
(まぁ斬ったとは言え、致命傷には程遠いね。次は急所を狙わなくちゃ。……何処だ、何処から出てくる?)
≪お兄ちゃんッ、右!!≫
「ッ――“黒蛇:蜷局拳”」
助言通り。
右の雪面から飛び出してきたアウドムラに、今度はクロの拳をぶつける!!
が、このままでは質量的にボクの身体が吹き飛ばされて終わりだ。
そこで必要なのが、追加の一撃。
“爆炎地獄”!!
本来なら吹き飛ばされるボクの身体を、無理やり爆炎で押し返す!!
結果、ボクに代わって吹き飛ばされたアウドムラの巨体が雪面の上を「ズザザッ」と転び、深く抉れた雪の道を創り上げる。
最後は岩にでもぶつかったか、体勢を崩してゴロンと仰向けになった身体に――追い打ち。
“鋸鎌鼬:群れ”
魂気を纏った回転する斬撃、それを複数ぶち込んだ!!
『ォォォォオオオオオオオオ~~~~ッ!!!!』
悲鳴を上げるアウドムラ。
その首、右前足、左前脚、右後ろ脚、左後ろ足を斬撃が襲い、切断!!
真っ白な景色を真っ赤な血飛沫で染め上げ、地獄の魔物:アウドムラは絶命した。
――――――――
――――
――
―
≪え? 何でアウドムラの出てくる場所がわかったのかって?≫
ムシャムシャと、アウドムラの死体を美味しそうに食べているクロの食事中。
口の中に何とも言えない生肉の味を感じながら、どうしても気になったので尋ねてみた。
先の戦闘、魂気を纏ったボクの斬撃は有効だったけれど、クロの助言が無ければ反撃する隙は生まれなかっただろう。
影のMVPは間違いなくクロで、何故そんなことが可能なのか尋ねたところ、返って来た答えはこうだ。
≪だって“熱を見れば”大体わかるし≫
「……そうなの? 雪の下に隠れてても?」
≪うん。100年前より全然見つけ易くなってるね。魂気の方はからっきしだけど、一応は成長してるってことかな?≫
「もしそうだとしたら嬉しい誤算だね。目なのか鼻なのか知らないけど、熱を感知するヘビの“ピット器官”は有名だし。クロって益々ヘビの生態に近づいて来たんじゃない?」
≪かもね。このまま“ヘビ道”を極めちゃうよ!!≫
そんな感じでノリが良いだけの返事を返すクロ。
あまり自分の力を気にしている様子もないけど、これはこれでクロのレベルが上がっている証拠なのかも知れない。
パッと見でわかり易い派手な力ではないけれど、戦闘のサポートとしてはかなり重宝しそうだ。
「クロ、その力で近くに咎人がいるか見てくれない?」
≪う~ん、流石にそれは無理かな。見える範囲はせいぜい10メートルくらいが限界だもん≫
「あらま、結構近距離だね。熱探知って結構遠距離まで見れるイメージだったけど。修行すればその範囲も広げられるかな?」
≪それこそ修行してみないとわからないねぇ。何をどう修行すればいいのかわかんないけど……ふぅ、ご馳走様≫
雪原を血染めしていたアウドムラの死体、それらを全て食べ終わった。
これで一気にクロがパワーアップ――とはいかないだろうけど、とにかくパルフェの処刑日までに出来る限りの魔物を食しておきたいところか。
■
~ 師匠と別れてから2か月後(地獄時間) ~
師匠がねぐらにしていた亀裂の底で、地獄の熱を補給しつつ魂気の鍛錬。
そして真っ白な雪原で地獄の咎人とアウドムラを探しつつ、見つけ次第に戦いを挑む日々。
と言っても、未だに咎人と会うことは無く、ここは本当に地獄なのかと疑ってしまう様な毎日だった。
しかし、ここに来て初めて人を見た。
風が凪いでいる雪原に、ボロボロな服を纏った紛うこと無き咎人がいる。
≪お兄ちゃん、あそこ≫
「うん、ようやくアウドムラ以外と遭遇だね。八寒地獄には“億越え”が入れられるって言うし、心して掛からないと」
ボクがいるのは雪原内で無数にある小高い丘の上。
相手との距離は50メートル程で、向こうはまだこちらに気づいていない様子だけど、億越えの咎人ならすぐにこちらに気づく筈。
(まずは様子見、挨拶がてらの“鎌鼬”)
様子見とはいえ手加減はしない。
魂気を纏った斬撃を放ち、それに気づいた咎人が――斬撃を手刀で跳ね返す!!
「えッ!?」
距離があった為、跳ね返された斬撃を避けるのは容易い。
が、咎人の胸に“魂乃炎”が灯っているのは解せない。
一旦岩肌に身を隠し、焦った心を落ち着かせる。
(何で? 八大地獄の中じゃ“魂乃炎”は使えなかった筈なのに……でも、言われてみれば弟の管理者も“魂乃炎”を使ってたし……どういうことだ?)
「おーおー、いきなりやってくれるじゃねーか先輩よぉ。隠れてないで出て来たらどうだ?」
当たり前だけど、斬撃の方向からボクの居場所に咎人は気づいている。
ただ、姿までは見られていないと思うし、このまま一旦逃げてもいいけれど、逃げるくらいなら最初からちょっかいを出していない。
挑発に乗って姿を見せると、咎人は「あ?」と眉を潜めた。
「ハハッ、こりゃ参ったな。まさかこんなチビガキが頞部陀≪あぶだ≫地獄に入れられてるとは……地獄も気が抜けねぇな」
咎人が真顔で構えた、瞬間。
「“炎刑:火之神斬首”」
咎人の首を狙って、“燃える鎌”が背後から襲う!!
「チッ、横槍か!!」
反応した咎人も凄い。
流石は億越えといったところで、首をガードする為に手刀を添えたが――
斬ッ!!
ガードに使った腕ごと首を斬られた。
「は?」
驚愕に目を見開き、見開いたまま身体から離れる咎人の首。
彼の“魂乃炎”がどういう能力だったにせよ、手刀で防げると思っていたのだろうが、結果はご覧の通りだ。
残った胴体は血飛沫を撒き散らしながら雪面に倒れ、呆気なく物言わぬ死体となった。
無論、コレはボクの仕業ではない。
咎人の首を斬ったのは、これまた100年振りに顔を見る双子の管理者兄弟、その弟。
「ブラミル……ッ!!」




