196話:赤鬼の極卒
自分で修行するか、それとも赤鬼に稽古をつけて貰うか。
どちらも一長一短な二択で迷っていると、赤鬼が無視しようのない提案をしてきた。
一戦交えようと、それも“久しぶりに”と。
どうやら小鬼のカツラを被ったところで意味が無かったらしく、ボクは「ふぅ~」とため息を吐く。
「せっかく変装したんだけどなぁ。ボクの正体にいつ気づいたの?」
「最初からど。オイの首を斬って財布を奪った不届きもんの顔、忘れる筈なかたい」
「……そう言えば、そんなこともあったね。あの時のお金は凄く助かったよ。一応聞くけど、返した方がいい?」
「要らん。さっさと構えるど」
スッと金棒を下ろし、赤鬼が臨戦態勢に入る。
どうやらお喋りの時間ではないらしいく、ボクが左手のナイフを静かに構えると、赤鬼の視線がそちらに移った。
「オイがくれてやったナイフはどうしたど?」
「あ~、前のは天国で没収されちゃってさ、今は代用品なんだ。手に馴染んでるとは言えないけど、ちゃんと扱えるから安心して」
「……ナイフだけじゃなく、黒ヘビも遠慮なく使うど。本気じゃなかと意味が無か」
「そこまで知ってるんだ? じゃあ遠慮なく」
グイっと右肩からクロを出し――
≪寒ッ、寒すぎるでしょ!! バイバイお兄ちゃん!!≫
――出て来てすぐにクロが帰った。
「ちょっとクロ!?」
≪寒いから無理ッ、必要な時に一瞬だけ出して。出たらすぐ戻るから≫
右肩から僅かに顔を出し、そして再び引っ込むクロ。
まさかクロがここまで極度の寒がりだとは……。
「あんまり我儘言わないでよ。前は雪山も大丈夫だったじゃん。ほら、クオンの絵の世界でさ」
≪あの時は熱で身体を温めてたんだもん。今は熱が無いから寒いんだよ≫
「熱って、地獄の熱のこと? アレで身体を温めてたの?」
≪そうだよ。元々ボクが身体を温める為に熱を溜め込んでたんだから。それをお兄ちゃんが使い切っちゃったのに、それでも怒らないボクを優しく扱って欲しいね≫
「え、そうだったの? 今日になって初めて知ったけど……まぁ今まではクロが喋れなかったからしょうがな――」
「“鎌鼬”」
「ッ!!」
流石にお喋りが過ぎた。
赤鬼が金棒を振り、風の刃:“鎌鼬”を繰り出す。
(なら、こっちも!!)
“鎌鼬”
斬撃に斬撃をぶつけ、相殺――かと思いきや。
弾かれたのはボクの刃。
慌ててナイフを構え、斬撃の軌道を逸らす。
(くっ、流石に“本家”は違うな)
“鎌鼬”は元々赤鬼の技で、ボクは真似させて貰っていた立場だ。
しかも赤鬼は“刃物ではなく金棒”で繰り出すのだから、正直真似をしていると言っても同じ代物とは言い難い。
まぁ何にせよ、どのみち負けた。
それなら――。
≪寒ッ、でも頑張る!!≫
“黒蛇:大鎌鼬”!!
クロの希望通り、一瞬だけ出したクロにナイフを咥えさせ、思いっきり放った風の刃。
素手で放つよりも「数倍強力な斬撃」を赤鬼に向けて放つ、が。
「ふんッ!!」
“角で弾かれた”。
「……はい?」
■
~ ドラノアが赤鬼と戦っていたその頃 ~
『全世界管理局』地獄支部にある閻魔王の私室から、数名の小鬼達がトトトッと小走りで出て行く。
これが一体何事かと言えば、天使の兄弟管理者その弟:ブラミルに破壊された扉の修理を終え、本来の仕事に戻って行ったところだ。
その小さな背中達を見送った閻魔王は、今この場にいない天使に「やれやれ」と溜息を吐くも、そんな自分を見ている“小さな視線”に気づく。
「閻魔王、少しお時間いいです?」
一人残っていたのは「トキ」という名の小鬼。
閻魔王の雑用を一番こなしている小鬼でもあり、その不安げな瞳を前に、閻魔王は修理されたばかりの扉を大きな手で閉じる。
「どうした? 何か悩み事でもあるのか?」
「悩み事という程ではないですが、ここに来る前に赤鬼さんを見たです。知らない天使族と知らない小鬼を連れて、『八寒地獄』の方に向かってたです」
「あー、まぁ色々あってな。問題は無いから気にするな。天使の方は粗暴的なところもあるが、アレでも一応は管理者だ。好きにさせといても心配は無い」
「いえ、その人達がどうこうというより、最近『八寒地獄』の1つ目:頞部陀≪あぶだ≫地獄の“妙な噂”が広がってるです。何でも咎人を食べる魔物を見たとかどうとか」
「咎人を食べる魔物? 頞部陀≪あぶだ≫地獄に?」
少々想定外の話で、閻魔王が眉間に皺を寄せる。
『八寒地獄』に棲む地獄の魔物は全て把握している筈だが、彼の情報と今の話は一致しない。
「それは確かに妙だな。オレが知る限り、頞部陀≪あぶだ≫地獄にいる魔物は牛のアウドムラだけだ。やつは確かに好戦的だが人は喰わない筈」
「はい。自分もそう思ってたので少し吃驚したです。まだ噂レベルの話ですが、閻魔王のお耳には入れていた方が良いかと思いまして」
「そうか、トキは本当に気が利くな。褒美に饅頭でもやろう。ほれ」
「あ、これ凄く美味しいやつです!! ありがとうございますです!!」
受け取った饅頭を嬉々として喜び、早速その場で包みを開ける小鬼のトキ。
これだけ喜ぶならくれてやった甲斐もあるというもので、閻魔王は自身の掌と比べて随分と小さな椀に茶を注ぎ、「座れ」の意味も込めてテーブルの上に置いた。
その意を汲み取り、ソファーに座ったトキはホクホク顔で饅頭を頬張りつつ、脚をブラブラさせながら窓の外に目線を向ける。
「赤鬼さん達は大丈夫でしょうか?」
「さぁな。今の情報だけでは何とも判別はつかんが、まぁ赤鬼なら心配要らんだろう。奴の実力は俺が保証する」
「は~、随分と赤鬼さんを信頼してるですね。閻魔王、そもそも赤鬼さんって何者です? 自分は極卒ということしか知らないです」
「まぁ小鬼の年齢じゃあ知らなくても無理はないな。アイツは……まぁ話せば色々と長くなるが、簡単に言えば“『十王』に入る筈だった男”だ」
「……へ?」
■
~ ドラノア視点:閻魔王が小鬼と喋っていたその頃 ~
(――駄目だ、勝てないッ。実力差があり過ぎる……!!)
既に勝負はあった。
ボクの身体は背中から雪面に押し倒され、首は赤鬼の手で完全に握り締められている状態。
このまま彼が力を入れれば、ボクの首は呆気なくへし折られ、そのまま千切れるだろう。
「赤鬼さぁ、ボクが脱獄した時より明らかに強くなってない?」
「当然たい。以前は閻魔王に“力ば制限されとった”ど。今回は『八寒地獄』に行くけん、制限ば解除して貰ったど」
「そうなの? 閻魔王にはそんな能力があるのか……」
「能力じゃなか、権限の話したい」
「どういうこと?」
「知る必要はなか」
首から手を離し、ぶっきらぼうに告げた赤鬼。
その後、彼は金棒で雪を固めて椅子を作り、「どっこいしょ」と座ってボクの分析を口にし始めた。
「お前の動きはそこまで悪くなかたい。オイの動きにもそこそこついて来とったど。ばってん、その小さな身体から生まれる破壊力程度なら避けるまでもなか。黒ヘビの攻撃ですらオイには威力不足ど」
「それは……でも、流石に赤鬼が硬過ぎるんじゃないの? 地獄の鬼族は身体が相当頑丈って話だし」
「その言い訳を、お前は今後も繰り返すど?」
「………………。……ボク、どうすればいいかな」
言い訳を重ねたところで「負け」は覆らない。
それを何とかする為に地獄へ来たのだから、素直に自分の弱さを認めて「次」へ進むべきだろう。
ただし、赤鬼もそこまで甘くはない。
「どうするかは自分で考えるど。オイはもう帰るけん、後は好きにするど」
「え、ボクを鍛えてくれるんじゃなかったの?」
「だから、少しだけ鍛えたど」
「えぇ……」
確かに「少しだけ鍛える」という話だったけど、まさかここまでの短時間だとは思わなかった。
「出来ればもっと色々教えて貰いたかったんだけど、まぁ改めてパワー不足ってのは理解したよ。ありがとう」
「礼は要らん。死んでも死体は回収せんけん、そのつもりでおるど。咎人以外、地獄での死はそのまま本当の死になるたい」
「うん、わかってるよ。でも大丈夫。目的を果たすまで、ボクは絶対に死なないから」
「……ふんッ、そう言って皆死んでくど」
別れの言葉にしては随分と冷たいけれど、極寒の『八寒地獄』には逆に相応しい。
赤鬼はゆっくり振り返り、そのままのっしのっしと歩いて吹雪の中に姿を消した。




