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20話:天使の独白は蜜の味

 “小さい頃、男の人に襲われたの”。

 そう告げたパルフェが、ポツポツと言葉を紡ぎ始める。


「アレはまだ、7歳の頃だったかなぁ。私ね、パパの目を盗んでこっそりと家を出て、近くにあった『世界管理学園』の中庭をお散歩してたの。私にとっては初めての大冒険で、心の底からウキウキして歩いてたんだけど……そこでね、庭の手入れをしていた用務員のおじさんに腕を掴まれて、無理やり用務室に閉じ込められて、押し倒されたの」


「………………」


「相手は身体の大きなおじさんで……それで、倒れた私におじさんの手が伸びて来て――」


 ここで一つ、パルフェは大きく深呼吸をした。


「――無事だったよ。密かに私を尾行していた“教育係”がすぐに助けてくれたから、だから何も酷いことはされなかったの。背中はちょっと痛かったし、パパには沢山怒られたけど……大きな怪我も無かったし。でも……それ以来ね、怖くなったの。男の人が、身体の大きな人は特に。その目が私を見てたら、あの時の事を思い出して……身体が震えて……何も出来なくなっちゃう」


「そう、だったんだ……」


「うん。それからパパの監視が厳しくなって、『学園』に通うどころか家を出るのも制限されて、家庭教師が沢山つくようになったの。最初は仕方ないなぁって理解もしてたんだけどさ、何年経っても厳しいままで、私は日に日にストレスを抱えて……それで何もかも嫌になって家出したの。正直、勢いで飛び出しちゃったから、一人で生きていけるかなって不安は大きかったけど……だけど、そんな時にドラの助と出逢えて、私はラッキーだったよ。っていうお話。チャンチャン♪」


 最後の最後に両手を上げ、ふざけてみせたパルフェ。

 自分は大丈夫だと、自分自身にそう言い聞かせているのかもしれないけれど、ボクは見逃していない。

 過去のことを話している間、ずっと彼女の手が震えていたことを。


(……はぁ)


 心の中だけでため息を吐く。

 少々脱線した話もあったけれど、彼女がボクに固執していた理由がようやくわかった。


 “だからボクなのだ”。


 彼女は大人の男が、特に大きな男の人が怖い。

 だから身体が子供みたいなボクを、小さくて怖くないボクを、“用心棒代わり”にそばに置いておきたかったのだ。

 一言で言うと「都合の良い存在」だったから。


「……天国に帰ればいいのに」


 別に悲しくはない。

 ただ、今後のことを思って心の底から提案すると、彼女は子供っぽく「ぷぅ~」っと頬を膨らませる。


「やだ、今更帰りたくないもん。せっかくの家出なんだし、もっと『AtoA』を楽しまなきゃ」


「わがままだなぁ」


「しょうがないじゃん。ドラの助が優しいから、私はわがままを言いたくなっちゃうの。全部ドラの助のせいだよ? 光栄に思ってよ」


「それを光栄に思えるのは、よっぽど頭のおかしい人だけで――痛ぅッ」


 喋り過ぎたせいか、一時停止していた頭の痛みがぶり返して来た。

 改めてベッドへ横になり、仰向けのままピンク色の天井を見つめる機械と化すしかない。


「……参ったね。“あの蜂蜜”があれば良かったのに」


「蜂蜜? 何で蜂蜜なの?」


 おっと。

 心で呟いただけつもりが、どうやら声に出ていたらしい。

 パルフェに余計な疑問を抱かせる結果となり、必然的にボクは「あの話」をする羽目になる。



 ■



 ~ 10年前:『メリーフィールド孤児院』にて ~


 その日、ボクは酷く体調を崩していた。

 これまでの短い人生で経験に無い程の発熱、頭痛、吐き気、その他もろもろの体調不良が、幼いボクの身体を蝕んでいたその時。

 孤児院で相部屋だった子が心配そうに声を掛けてきた。


「ドラノアくん、これ舐めてみて。倉庫からこっそり持って来た蜂蜜だよ」


「……どうして、ボクに蜂蜜を?」


「知らないの? この蜂蜜は“神様からの贈り物”。ドラノアくんの万能薬なんだから」


「へ? 蜂蜜が万能薬って……何それ? どういうこと?」


「あっ、院長が来る!! ほら、院長に見つからない内に早く!!」


 ハッキリ言って、その子の話は全く意味がわからなかった。

 それでも、この苦しみから逃れられるなら毒でも喜んで飲もうと――いや、流石に毒は喜べないけど、ともあれ藁にも縋る思いで、その子が勧めるままにボクは蜂蜜を舐める。


 するとどうだ?


 蜂蜜を舐めた途端、重かった身体がスッと軽くなり、気分の悪さも自然と抜けていった。

 ただ蜂蜜を舐めただけで、ボクの体調がすこぶる快調になったのだ。



 ―

 ――

 ――――

 ――――――――



「――という事があってね。それで蜂蜜が欲しいんだけど……(まぁ、あの蜂蜜じゃないと意味ないか)」


 あの一件の後。

 何度か他の蜂蜜を試してみたけれど、結果としてあの子の持って来た蜂蜜しか体調不良は改善しなかった。

 きっと特別な薬を混ぜた蜂蜜だったのだろうと、今になってそんな憶測を立てたところで、パルフェが「えっへん」と自慢げに胸を張る。


「それなら私に任せて。蜂蜜があればいいんだよね?」


「いや、蜂蜜なら何でもいいって訳でも……っていうか、一体何するつもり?」


「まぁまぁ、ドラの助は安静にしてて」


 起き上がろうとするボクを制し、パルフェがもぞもぞとベッドに上がって「よいしょ」とボクの上に跨った。

 そのまま身体を曲げ、華奢な両手を枕に押し付けると、結果として二人の顔が急接近。

 今にも唇が触れそうな距離で視線が交差し、パルフェが頬を赤らめて唇を尖らせる。


「……恥ずかしいから見ないでよ」


 だったら最初から顔を近づけなければいいのに、と思いつつ。

 流れのまま、言われるがままボクは瞼を閉じる。


「ドラの助、ちょっと口を開けて」


 相変わらず彼女の意図はわからない。

 わからないまま、ボクは瞼を透けてくる僅かな光と陰を感じつつ、言われた通りに口を開けると――ポタリ。


 ボクの舌に“何か”が乗った。


 思わず、反射的に飲み込み。

 その何かが喉元を通り過ぎる時、すぐさま理解する。


 ――蜂蜜だ。

 間違いない。

 今、ボクの喉元を蜂蜜が通り過ぎたのだ。


(でも、何処から蜂蜜を? 何も持ってなかったよね?)


「ドラの助、もう一回落とすから口開いて」


「あぁ、うん」


 とりあえず答えたはいいものの、謎は変わらず謎のまま。

 その謎を解くため、ボクはひっそりと瞼を開ける。


 すると、衝撃の光景が飛び込んで来た。

 パルフェが口を半開きにして“特大の涎をボクの口に垂らしている”光景が――。


(え~っと……コレってそういう事?)


「わわっ!? 見ないでって言ったのに!!」


 約束反古の視線に気付き、彼女が慌てて叫ぶ。

 おかげで、その口から垂れていた「蜂蜜味の涎」がボクの顔面にぶちまけられた。



 ――――――――



「要するに、パルフェの“魂乃炎アトリビュート”は液体の“性質”を変えられるってこと?」


「うん。透明感のある液体っぽいモノなら、イメージすれば結構作れるの。蜂蜜は今回初めて試したけど、割とよく出来てたでしょ?」


「そうだね、普通に蜂蜜だったよ。しかも“頭痛が収まって来たし”」


 タオルで顔を拭きつつ、ボクが驚いたのは蜂蜜が出てきたこと以上に、あの蜂蜜と同じ効果を持っていたことにある。

 パルフェは「初めて試した」と言っていたけれど、“あの蜂蜜”と近い効力を持っているのは、これは一体どういうことだろうか?

 たまたま症状の改善するタイミングと重なっただけ、なのか……。


「ねぇ、ドラの助。私って意外と有能でしょ?」


「え? あぁ、ゴメン。まだお礼を言ってなかったね。助けてくれてありがとう」


「ううん、そうじゃなくてさ。最初は“街まで一緒に”って話だったけど、そんなこと言わずにこれからも一緒にいようよ。二人で『AtoA』を回ってみるのも楽しそうじゃない? っていうか絶対楽しいよ。だから、これからも一緒にいてくれるよね? そうだよね? ね? ね? ね?」


「近い近い、顔が近いって」


 視界の大半がパルフェの笑顔で埋まっている。

 そのまま接近されたら唇が重なってしまうレベルだ。


 そんなに積極的に迫られると――ボクは引く。


「無理だよ」


「どうして? あ、ドラの助ってあだ名が嫌だった? それならもっと可愛いあだ名を考えるし――」


「いや、呼び方の問題じゃない。そもそもボク等は一緒に居ない方がいいんだ。今度こそ、パルフェとはここでお別れだよ」


「……どうして、そんな悲しいこと言うの?」


 一瞬で花が枯れる、そんな瞬間を目の当たりにした気分だ。

 パルフェの笑顔が真顔となり、真顔がすぐに悲痛な表情へと変貌。

 見ているこちらが辛くなる顔で、でもだからこそ、ボクは嘘偽りなく言葉を紡ぐ。


「理由がどうあれ、ボクはダンガルドに負けた。それが全てだよ。これから先、ボクがキミを守れる保証なんて何処にも無い」


 本当に、それが全てだ。


「パルフェ、悪いことは言わない。帰れる家があるんだったら、早めに帰った方がいいよ。このままボクと一緒にいても、いつかキミは家出した事を後悔すると思う。そうなる前に――」


「そうはならないもんッ」


 情けない顔で、だけどパルフェは断言する。

 ボクの目の前で、涙を浮かべ、力強く断言する。


「私に何があっても、ドラの助が絶っっっッ対に守ってくれる。そんな気がするの。だから私は、家出した事を後悔しないの」


 本当に力強く、何の理屈も根拠もなく、パルフェは断言する。

 直線よりも真っ直ぐに、一直線にボクを見つめて。

 それがボクには、何よりも辛い。


「……未来のことなんて誰にも保証出来ないよ。一緒に居ても、キミを守り切れるとは限らない」


「うん。だから私も頑張るよ。怖い男の人を前にしても、ちゃんと“魂乃炎アトリビュート”を使って逃げれるように特訓する。私だって守られてばっかりは嫌だもん。だからさ、ドラの助もこれまで以上に頑張ってよ。これからも、私達がずっと一緒に居られるように――」


 それからパルフェは、世界で一番図々しいお願いをしてきた。





 “『AtoA』で一番強くなって?”





 あまりにも身勝手。

 あまりにも自分勝手。

 あまりにも馬鹿馬鹿しく、あまりにも荒唐無稽な願いを前に。


 ボクは、次第に込み上げてくる「笑い」を堪えることが出来なかった。



*次話、ここまでに出てきたキャラクターと背景の挿絵です。

 次々話から『剣舞会』が始まり、1章も後半へ突入します。

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