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193話:閻魔王の公務専用私室

 ボクの身体を包む渡航の蒼い光。

 おじいちゃんと共にその光から解放された時、目の前にはキョトン顔をこちらに向ける大男――地獄の十王が一人:“閻魔王”の姿があった。


(えッ?)


 突然の出来事に驚愕するも、驚いているのはボクだけではない。

 本棚と壁で囲まれた周囲の様子から察するに、恐らくここは閻魔王の公務専用私室。

 そんなプライベート空間に現れたボク等を見て、閻魔王も夢から醒めたみたいな顔で驚いている。


「おいおいおいおいッ、こりゃあどういうことだよ髭ジジイ!! 何でいきなり黒ヘビを連れてきてんだ!? 馬鹿か!? 馬鹿なのか!?」


「馬鹿ならそもそもここに来れぬわ。時間が無い、しばらくの間こやつを鍛えろ」


 コツコツと、白い杖でおじいちゃんがボクの頭を叩くも、閻魔王は「はぁ?」と困惑を深めるだけ。

 未だ話の流れが読めない地獄の大物に、おじいちゃんは「耳を貸せ」と近くに行き、二人でゴニョゴニョと話し始める。


(あの二人、初対面って感じじゃなさそうだね。閻魔王は以前、ボク等を地獄から逃がしてくれたし……どういう関係なんだろう?)


 パルフェの処刑まで、残り4日と数時間。

 1日で100年の時間が流れる地獄なら、ギリギリまで粘れば400年程の修行が出来ると踏んでここに来た次第だ。

 まさかその指導を閻魔王に頼むとは思っておらず、おじいちゃんが何者なのかという謎は益々深まるばかり。


「――とまぁ、そういう訳じゃ。後は任せたぞ」


「おいッ、髭ジジイ!!」「おじいちゃん!?」


 話が終わったと思ったら、おじいちゃんは呆気なく窓から飛び降りた。

 閻魔王とボクが慌てて窓を覗いた時、既にその姿は赤黒い地獄の景色の何処にも見当たらない。


「「………………」」


 非常に気まずい時間と空間。

 地獄の十王を前に、この沈黙を耐える度胸は残念ながら持ち合わせていない。


「えっと……閻魔王とおじいちゃんはどういう関係?」


「次、同じ質問をしたら殺す」


「………………」


 年齢が年齢なら漏らしていてもおかしくない気迫。

 殺されたくないのでその件に関して触れることは辞め、ボクは事の本題について話を斬り込む。


「あの、流れ的に閻魔王がボクに修行付けてくれる……ってことでいいの? 多分そういう話だとは思うんだけど」


「……不本意だが致し方ない。手始めに実戦で貴様の実力を見る。構えろ」


「へ?」と答えた次の瞬間。


 頭上に、拳!!


「ッ!!」


 体格差は歴然。

 ほぼ真上から降って来た拳を左に飛んで避けるも、直後にボクの右半身が異様な熱を感じた。

 理由は一目瞭然。


(拳が燃えてる!?)


 床スレスレで止まった閻魔王の拳。

 それはまるで炭のように黒く、しかし高熱を発しているのか部分的に赤く発光している。

 その上でメラメラと揺らめく炎を纏っているが、閻魔王の胸に“魂乃炎アトリビュート”は確認出来ない。


 恐らくは「地獄の鬼族」特有の能力で――その2撃目!!


「ひぃッ!?」


 受け止めようなんて発想は無い。

 今度は転がって床を逃げ、クロの右腕を出して体勢を立て直す――が。



「終わりだ」



 顔を上げた瞬間、眼前には炎の拳。

 避ける未来は見えず、脳裏に浮かんだのは「死」の一文字。


 ただし、それが現実となる直前で閻魔王の拳がピタリと止まる。

 遅れて、ブワッと襲って来た熱気。

 炎天下の砂漠の方がまだマシに思える熱風を浴び、ボクの冷や汗は一瞬にして蒸発する。


「ハッ、ハッ、ハッ……」


 呼吸を整えるので精一杯。

 クロを出したのにこれといった出番も無い為か、不満げな小声が届けられた。


≪ちょっとお兄ちゃん、この強面おじさん強過ぎない? 全く勝てる気がしないんだけど≫


「……だね。重要世界の覇者は流石に格が違うや。それよりクロ、不必要な情報は与えたくないから」


≪わかってる、黙ればいいんでしょ? その代わり、後でたくさん蜂蜜を請求するからね?≫


(うん、いいよ。パルフェを助けたら好きなだけあげる)


 主にパルフェの“魂乃炎アトリビュート”で、と勝手に返済計画を立てつつ。

 今の会話が聞こえてなければいいなと願ったところで、閻魔王はボクの顔よりも大きな拳をスッと引っ込める。


「――フンッ、この程度か。それなりの実力は確かにあるが、逆に言えば“それなり程度”の実力だな。ここが天国なら『下位十六隊』にも及ばないだろう」


「『下位十六隊』以下……」


 天国へ単騎突入した際、大天使の登場で決着がつかなかった相手が、『下位十六隊』序列13位のフォルミルという男性。

 閻魔王のジャッジでは、ボクは彼以下の実力だということになる。


(普通に考えて、序列が上の方が強いよね。ってことは、『下位十六隊』だけでもフォルミルより強い人が10人以上いて、その上には『中位八隊』がいて、更には『上位四隊』がいて、大天使まで控えている、と……全く、どれだけ層が厚いんだ?)


 しかも、南の王都だけでコレ。

 天国全体で考えると、最低でもこの4倍の戦力を保持していると考えられる。

 今回「南」以外の管理者は関わらないと、おじいちゃんはそう予測しているけれど、だとしても立ち向かうのが馬鹿らしくなるレベルなのは間違いない。


(正直、ボクが覇者クラスの力を持っていたとしても勝算は薄い。……でも、それでもやるしかないんだ)


 一歩一歩進んで、一段一段積み上げて、困難を乗り越え、覆していくしかない。

 パルフェを取り戻す為にそれが必要なら、後はそれをやるだけ。

 何を差し置いても、ボクが強くならなきゃ始まらない。


「閻魔王、最速でボクを鍛えて欲しい。時間が無いから、考え得る一番効率のいい方法でお願い」


「けっ、本当に生意気なガキだ。今すぐ部屋から叩き出してやってもいいが……まぁいい。“事のついで”にお前も鍛えてやるよ。貸しを作るのも悪くないしな」


 言って、斜め上からヒョイと投げ渡されたのは「地獄の管理者の制服」。

 閻魔王を見返すと顎でグイっと示されたので、コレに着替えろということだろう。

 地獄で動き回るなら確かに都合が良い服装だけれど、先程おじいちゃんから頼まれたばかりなのに、どういう訳かボクの体格にあったサイズだ。


(こんなサイズの制服、閻魔王には絶対必要ない筈なのに……どうして持ってたんだろう?)


 そこを不思議に思いつつ。

 言われるがまま管理者の制服に着替えると、続けて二つ目の品が投げられる。


「次はコレを被れ」


「コレって……カツラ? それも角付き?」


「お前は小さいからな。それを頭に付ければ“小鬼”に見えるだろう。見習い管理者として地獄をウロチョロしてる小鬼は、お前の変装相手にピッタリだ。管理局内にいる間は自分を小鬼だと思え」


「えぇ? ボクが小鬼って……地獄で過ごした時間を省いても、一応18歳は超えてるんだけど」


「問題無い。どうせお前を知らない相手は、9割方その外見で判断する。大人しくしときゃわからねぇよ」


「それはそうかもだけど……」


 小鬼という言葉は、12歳以下の鬼族を差す言葉だ。

 いくら「チビ」とは言われ慣れていても、18歳と4000年(地獄時間)を生きたボクが名乗るには抵抗がある、が、しかし。

 閻魔王に逆らって怒らせると滅茶苦茶怖そうだし、パルフェを取り戻す為に必要なことなら我慢する他ない。


 涙を呑み、大人しくカツラを被ると、閻魔王は部屋の時計を見て「チッ」と舌打ちをした。


「ったく、“あの馬鹿”は遅いな。もう予定の時間は過ぎてるってのに」


「ん、誰かこの部屋に来るの?」


「あぁ、お前の修業仲間だ。何の因果か知らねぇが、もう一人地獄で修行したいって奴がいてな」


「へぇ、他に修行希望者がいたんだ? 一体誰だろう?」


 と、首を傾げたところで――爆発!!

 閻魔王の私室、その扉が吹き飛んだ!!



「おいッ、来てやったぞ閻魔のおっさん!! 俺に修行をつけやがぶへッ!?!」



(あっ、殴られた……)



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



「痛ってぇな、少しは手加減しろっての」


「フンッ、手加減してそれだ。オレが本気だったら、お前の顔は今頃木っ端微塵に砕けて燃え尽きている。っていうか、そもそも扉を爆破してんじゃねぇよ。扉の修理代は後で『本部』に請求しとくからな」


 場所は変わらず閻魔王の私室

 ソファーに座り、先ほど殴られた人物が頭を摩りながら閻魔王を睨むと、閻魔王もこれまた彼を睨み返す。


 何やらラフに会話している二人だけど、扉を破壊した人物はまだ若い管理者だ。

 それも身長より大きな鎌を持った“見覚えのある天使族の管理者”で、ボクは平静を装いつつも内心で冷や汗をかいていた。


(この人、『Closed World (閉じられた世界)』でバグを追ってた“兄弟管理者の弟”だ。相変わらず大きな鎌を持ってるね。名前は確か……ブラミルだっけ?)


 天使族の兄弟管理者、その兄:リョードルとは先日『Pionner World(開拓世界)』で会ったばかり。

 あちらは知的な人格者だったのに対し、弟:ブラミルの方は相変わらず野蛮な感じの人物だ。

 ボクの記憶が正しければ、『Closed World (閉じられた世界)』でのバグ退治で大怪我を負っていた筈だけど、パッと見た感じでは既に傷が完治している。


「ところで閻魔のおっさん。何で小鬼がここにいるんだ?」


「あぁ、そいつはお前の修業仲間だ」


「俺と小鬼が一緒に修行? どうなったらそういう流れになるんだよ。どう見たって足手纏いにしかならねー……ん?」


 ここでブラミルがボクを凝視。

 ズイッと顔を近づけ、眉間に皺を寄せてボクをジロジロと見てくる。


「な、なに……?」


「お前、黒ヘビのチビに似てるな」


「そ、そう? ボクはそんな人知らないけど(マズいッ、バレた!?)」


 初対面ならいざ知れず、一度合っている相手にカツラ程度の変装では誤魔化せない。

 どう対処したものかと、鼓動が倍速でリズムを刻み始めたところで、弟:ブラミルは近づけていた顔をスッと引く。


「ま、アイツはもっとくすんだ金髪だったし、そもそもここにいる訳ねーか。……いや、本当に金髪だったか? 茶色だったような気もするし黒だった気もするが……駄目だ。チビ過ぎて覚えてねぇや」


(くッ、屈辱……ッ!!)


 思わず“腰のナイフ”に手が伸びる。

 以前のナイフは天国の牢屋で没収されてしまったけれど、クオンから借りて来ているので反撃は可能だ。


 ただし、結果的に腰のナイフに手を伸ばしたのは失敗か。

 弟:ブラミルがスッと目を細める。


「お前、そのなりで戦えるのか? リーチも無いに等しいだろ」


「そこはまぁ、それなり――にッ!?」


 予告なしの大鎌!!

 閻魔王といい彼といい、管理者はいきなり攻撃するのが好きみたいだけど、ともあれここで斬られる訳にはいかない。

 すぐさま大鎌の軌道をナイフで逸らすと、弟:ブラミルは「へぇ~?」と目を見開く。


「今のを避けるとは中々やるじゃねーか。チビのくせに最低限は動けるみたいだな。しっかし、今の動きもあの黒ヘビのチビガキに似てる気がするが……」



「閻魔王、来たど」



「ッ!?」


 次から次へと忙しい。

 扉の消えた入口から新たに顔を覗かせた人物を見て、ボクは静かに一人驚く。


 ――間違いない。

 地獄で過ごした4000年もの間、ボクの教育係だった男であり、そして地獄から脱獄する際にボクが首を斬った相手。


(赤鬼の極卒……ッ!?)

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