192話:多数決の行方
“今のワシに“広範囲の時間停止を行う余裕は無い”。
――この台詞は衝撃的だった、2つの意味で。
1つは、あまり自分のことを喋らないおじいちゃんが、ここまで教えてくれるとは思っていなかったこと。
そしてもう1つは、“ボクが考えていた以上にリスクを背負っている”と思われること。
万能にも思えた「時間停止」だけれど、かなりハイリスクハイリターンな能力らしい。
「余裕が無いって、それは一体どういう意味? 体力的に難しいってこと? それとも他の要因が?」
「そこを論じるつもりは無い。どのみちワシが万全の状態じゃったとしても、南方大天使を止められるかどうかはわからん。奴の“魂乃炎”:大天秤は、あらゆる事象の是非を問う力。ワシが言うのも何じゃが、反則級の“魂乃炎”であることは間違いない」
「反則級って、具体的にはどんな能力なの?」
「仕組みは実に単純。奴が視認した全ての事象を奴の価値観で判断し、そして“悪”だと断じた事象を『消滅』させることが出来る」
「消滅させる……要するに消すってこと?」
「左様。空から降り注ぐ“不可避の閃光”があらゆる悪が消滅させる」
「なるほど……“アレ”はそういうカラクリだったのか」
下位十六隊のフォルミルという管理者と戦っていた際、ボクの斬撃がいきなり掻き消された。
あの時は理解が及ばなかったけれど、話を聞くに恐らくはこれが原因だろう。
隣で話を聞いていたテテフも、何だか凄そうな南方大天使の“魂乃炎”を聞いて「むぅ~」と眉根を寄せている。
「流石に天国の覇者は一筋縄じゃいかなそうだね。何とか見られない様に不意を突ければ……」
「と思うのが大半じゃが、それも不可能に近い」
「え、どうして? 確かに凄い“魂乃炎”だけど、人間一人の視界なんてどうやっても限界があるよね? その隙を上手く突けば可能性はあるんじゃない?」
「無駄じゃ。南方大天使は“複数の目”を操る術を身に着けておる。仮に奴の時間を止めようとしたところで、ワシが“時間を止める時間を使って”それを邪魔するじゃろう。とか言って、奴の目が届かぬ範囲外から時間を止めようとすれば、正直ワシの身体が持たん。アレはまともにやりあって切り崩せる相手ではない」
「そんな、おじいちゃんでも無理だなんて……」
「それ故の大天使、それ故の覇者じゃ。この『AtoA』26世界において、特に重要な天国を任されておるのは相応の力があるからに他ならん。他世界の覇者とは一線を画すと思え」
「………………」
脳裏に浮かんだのは、『Robot World (機械世界)』の精霊鹿が持っていた“魂乃炎”:神秘のヴェール。
空から降り注ぐ「死の灰」すら無効化したあの“魂乃炎”が、防御面では最強だと思っていたけれど、必ずしもそうとは限らないらしい。
“魂乃炎”:大天秤。
使用者の価値観で「悪」を消滅させることが出来る、正に神業と呼ぶに相応しい力だ。
(参ったね。これは一体どう攻略したものか……)
頭を抱えたくなるこれら話を受け、ボクの袖を引っ張るテテフの力が強まった。
今の話の間も、ずっと不安げな彼女の心をこれ以上揺れ動かす訳にはいかない。
「わかってるよ。絶対にパルフェを助け出すから」
「……うん」
彼女を安心させる為、加えて自分へ言い聞かせる為に己を鼓舞する。
ただし、改めるまでもなく、策も無しに殴り込んだところで捕まるのは目に見えている。
大事なのは手段だ。
「おじいちゃん、パルフェを助ける方法は?」
「無い。諦めろ、と言ったら?」
「諦めない。一人で乗り込んでもパルフェは絶対に助け出すよ。止めても無駄だからね」
「ふむ、まぁお前さんならそう言うじゃろうな。ワシがキレたところで意地でも天国へ行くじゃろう。そして並みの天使部隊を突破するも『下位十六隊』に負けて終わり。運よくそこを突破しても『中位八隊』か『上位四隊』に阻まれる。奇跡的にそこを乗り越えても、南方大天使に打ち倒されて終わりじゃ」
ここまでスラスラと話し終え、一拍置いておじいちゃんは告げる。
「天国の世界情勢的に、4つの王都はそれぞれ独立しておる。南の王都を攻めたところで、恐らく他の覇者が出てくることは無いじゃろう。だが、どちらにせよ南方大天使には勝てん。つまり、お前さんの渡航は十中八九無駄骨に終わる。どうせ無駄骨になるなら、処刑が終わるまでお主を監禁しておく――と言ったらどうする?」
「そしたらボクは、おじいちゃんの首を斬ってでも天国に――」
「自惚れるなよ?」
転倒。
「ぐッ!?」
気付いた時には床に倒され、首元に杖を突きつけられていた。
その杖の持ち主が、炎すらも凍るだろう絶対零度の眼差しを向けてくる。
「お主如きがワシの首を斬れるものか。身の程を弁えろ小童が」
「ボクが身の程を弁えて、それでパルフェが助かるの? 協力しないなら邪魔しないでくれる?」
「……年寄りからの助言じゃ。口の利き方には気を付けろ」
「口の利き方に気を付けて、それでパルフェが助かるならそうするよ。でも、そうじゃないならボクは死んでも抵抗する。パルフェを見殺しにする人とは、どうせ今後一緒に居られないし」
押し付けられた杖を掴み、グッと押し返す。
その押し返す力を、これまたおじちゃんが押し返してくる。
「全く、本当にお前さんは我儘じゃな。――クオン、お主はどちらに付く?」
「あら、随分唐突な質問ねぇ」
目を丸くし、それからクオンは間を置かずに答える。
「正直貴方には“大きな恩がある”。出来れば裏切りたくはないけれど……でも、下僕といる方が楽しそうだし、私は下僕を選ぶわ」
悩んだのか、悩んでいないのか。
飄々と答えたクオンにおじいちゃんは忌々しい顔を返す。
そして深く皺の刻まれたその顔に、近くで怯えていた獣人族の少女は恐れつつも叫ぶ。
「アタシはパル姉が大事だ!!」
「まぁお主はそうじゃろうな。それは聞かんでもわかっておる。ではコノハ、お主はどうじゃ?」
「アタイか? まぁあの牛乳の胸を揉めなくなるのは寂しいが……」
「コノハ、お前もこっち側に来い。肉やるぞ」
仲間に引き入れようと餌で釣るテテフだが、流石にお肉程度で釣られる相手ではない。
というよりも、そもそも彼女的にはどんな餌であろうと釣られる訳にはいかないらしい。
小さな手に掲げられた肉を優しく押し返し、珍しく悲しげな顔でフルフルと首を横に振る。
「悪いな。こんな髭もじゃのジジイでも、アタイにとっちゃ育ての親みてぇなもんだ。流石に親は裏切れねぇ。――テテフ、お前ならわかるだろ?」
「……そっか」
ショボンと肩を落とすテテフと、コノハの答えに頷くこともしないおじいちゃん。
その視線は、既に次の相手に向けられている。
「ゼノスには問うまでもなかろう」
「そうだな。まぁ俺はただの手伝いで来てるだけだが、どっちに付くかと問われりゃジジイだ。天国への殴り込みなんて無茶が過ぎる。自殺に等しい所業だぜ」
「という訳で、結果は2対2の同票じゃが――」
≪はいはーい!! ボクお兄ちゃんに入れる!! これで3票ッ、決まりだね!!≫
「「「ッ!?」」」
唐突なクロの発言。
これに驚いたのは、テテフとクオンとコノハにゼノス、つまりはおじいちゃん以外の4人だ。
ざわざわと動揺を隠し切れない様子で、大人クオンが先陣をきって「その黒ヘビ、喋れたの?」と尋ねてくる。
「ちょっと前からね。そう言えばおじいちゃん以外の前で、クロが喋るの初めてだっけ?」
≪うん。多分そうだけど、今はそれより蜂蜜お姉ちゃんだよ!! おい髭もじゃッ、ボクの1票で決まりだ!!≫
「ふんッ。お主等は二人で一人みたいなもんじゃろう? だったら二人で1票扱いじゃ」
≪何それ酷い!! でもお兄ちゃんと一緒なのはちょっと嬉しいかも?≫
「クロ、悪いけどちょっと黙ってて貰える?」
繰り返される「お兄ちゃん発言」で、おじいちゃん以外の皆が怪訝な眼でボクを見始めた。
少々居心地が悪いけど、説明が面倒なので後回しにするとして……今、ここで重要なのは多数決の行方。
同票の場合はどうするんだろうと考えたところで、答えを言うと意味は無かった。
おじいちゃん曰く。
「そもそも、ここは民主主義の国家ではない。『秘密結社:朝霧』は“ワシの組織”。どんな採決結果になっておっても、最後はワシの独断で決める」
「ッ~~」
多数決に意味は無し。
おじいちゃんの横暴が過ぎるけど、それが許される立場故に文句を言っても仕方がない。
こうなったら組織を抜けてでもパルフェを助けに――と考え始めた時、渦中のおじいちゃんから“思わぬ発言”が飛び出した。
「では、天使の娘っ子を助けに行くぞ」
「……へ?」
「何じゃその顔は? 絶対に助けに行かぬとは言っておらんじゃろう」
ポカンとした顔を返すボクに、おじいちゃんは「やれやれ」と肩を竦める。
「さっきはあくまでも仮の話じゃ。そもそもお前さんに反乱を起こされても困るしな。ここは1つだけ知恵を貸そう」
「本当!? パルフェを助ける為ならボク何でもするよ!!」
「そうか。何でもするか。二言は無いな?」
「勿論。パルフェの為なら、どんなに辛いことでも安請け合いだからね。――それで、ボクは何をすればいいの?」
ボクの期待と、隣にいるテテフの期待。
そして他の皆が興味深げに見守る中、おじいちゃんがボクの“行き先”を告げる。
「地獄へ向かうのじゃ」




