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191話:億に一つの奇跡を拾って

 姉:ノエルは目を見開く。

 期待外れだと見捨てたドラノアの口から、黒ヘビが姿を現したのだ。


 事前にパルフェから彼の話は聞いていたものの、「可愛い・強い・カッコいい = 最強」といったニュアンス的な話と、それ以外はのろけ話ばかり。

 その戦闘スタイルについては把握しておらず、彼が地獄の熱を扱えることも知らなければ、ましてやバグに寄生された者だとは思っていなかった。


「……驚いた、ドラの助くんはバグ使いだったのね。しかも人の言葉が話せるなんて」


≪えへへっ、凄いでしょ? ――じゃなくて。さっきから話を聞いてればさ、アンタ随分と好き勝手言ってくれちゃうじゃん。お兄ちゃんとボクを甘く見ないで欲しいね≫


「お兄ちゃん? それはどういうこと? アナタ達は兄妹なの?」


≪そう見える? ボク達が兄妹に≫


「……見えないわね。人間とバグの兄妹なんて聞いたことないわ。っていうか、そもそもバグをこの目で見たのも初めてだもの」


≪そうなの? じゃあ珍しいモノを見れてラッキーだったね。ボクはクロ、お兄ちゃんの相棒だよ。よろしく≫


「………………」


 普段から冷静かつ温厚なノエルも流石に戸惑う他ない。

 むしろ冷静かつ温厚な性格だから戸惑うのかも知れない。

 一体何が「よろしく」なのか。


 そんなバグの登場&発言に吃驚したのは確かだが、それは奇跡を起こすには程遠いのが現状だ。


「彼がバグ使いだろうと、どのみち結果は同じよ。アナタ達はこの牢屋から出ることすら出来ない。その檻はバグにも壊せない筈だもの」


≪だろうね。右肩の拘束具も内側から噛み砕けなかったし、前に見た“壊せないやつ”と凄く似てる感じがする≫


 言うな否や。

 黒ヘビが鉄格子に噛み付くが、「ガキンッ」と音を立てただけでヒビ一つ入らない。

 いくら“強者用の檻”でないとは言え、脱獄者に逃げる隙を与えるほど天国の警備は甘くないという訳だ。


≪う~ん、やっぱり噛み砕けないね。ボク、自信無くしちゃいそう。……でも、ここから逃げる手段ならあるよ≫


「そう言って私を動揺させて、一体何をさせるつもり?」


≪別に? アンタは何もしなくていいよ≫


 自信に満ちた声を放ち。

 黒ヘビは「うッ」と喉が詰まったような声を出し、そして「うへぇ」と“口から吐き出した”。

 そうやって出て来たのは――。


「『ポータブル世界扉』!? まさか身体の中に隠していたとは……ッ」


 直近で使用したのか青色の光は放っていないが、ノエルの瞳が捉えたのは間違いなく『ポータブル世界扉』。

 唯一の武器だったナイフは差し押さえられていたが、身体の内部までは流石に調べられていない。

 つまりは渡航のエネルギーが溜まり次第、この『ポータブル世界扉』を使って逃げる算段だった、という訳だ。


 ただし。


≪あっ、飛ばし過ぎちゃった≫


 吐き出した勢い余って、『ポータブル世界扉』が牢屋の外に飛び出してしまう。

 黒ヘビがすぐさま取りに行こうとするも、鉄格子を前にその身体がピタリと止まる。


≪うっ、何だか凄く嫌な雰囲気。ボクが通り抜ける隙間はあるのに……何なのコレ? ただの壊せない物質じゃないの?≫


「生憎だけど、その檻は“バグ対策”も施されているわ。変幻自在なバグと言えど、その檻を突破することは不可能よ」



「……それなら、ノエルさんが拾って」



「ッ!?」


 黒ヘビの声ではない。

 先ほど彼女が「見捨てた」少年の声だ。

 決して勘違いではなく、実際にぞもぞと彼が身体を起こし始めている。


(もう目を覚ました? お香で眠りに着いたばかりなのに……?)


 ヒト族用のお香、その配合を間違えたのだろうか?

 もしくは先に使用した天使族用のお香と混ざり、効力が薄まった可能性もあるが、何にせよ想定外の事態。

 黒ヘビの出現・発言といい、この短時間でノエルにとっては想定外の連続だ。


「クロ、ありがとう。キミの声で目が覚めたよ。まさか口から出てくるとは思わなかったけど……ちょっと喋りにくいね」


≪それくらい我慢してよ。それとも、お腹の傷口を広げて無理やり出た方が良かった?≫


「それは……よくないね。今のままでいいや」


≪あ、お尻の穴から出ることも出来たけど――≫


「今のままでいいや」


≪頑張れば鼻の穴からでも――≫


「今のままでいいや」


 などと呑気な会話を始めた二人。

 敵陣の真っただ中、牢屋に捕らわれの身だというのに、この余裕。

 いや、余裕というよりは開き直りに近いのかも知れないけれど、それは全てノエルが手にした『ポータブル世界扉』の行く末次第か。


 ――ゴクリ。

 唾を飲み込み、ノエルは問う。


「ここから脱出したとして、ドラの助くんに何が出来るの?」


「何でもするよ。パルフェを連れ戻す為に必要なこと、全部」


「………………」


 具体性は皆無。

 ただの精神論では妹を助けることなど出来ない。

 だけど今、彼にその具体性を求めても意味が無いことはノエルもわかっている。


 無いモノは無いのだ。

 それをこれから無理くり捻り出そうという話で、答えを急いても仕方がない。


 だから、代わりに別の質問。


「どうして、あの子の為にキミがそこまでするの?」


「え? どうしてって……それは多分、ノエルさんと同じだと思うよ」


「……そう」


 無粋な質問か。

 無茶をする理由などわざわざ問うまでもない。


 後はもう“自分がどう決断するか”だけ。

 ギュッと握り締めたその「希望」を胸に、彼女は目を瞑り、考え、考え、考え、考え、考え――決断。

 牢屋に近づき、しゃがんで、『ポータブル世界扉』を鉄格子の間に入れて、床から10センチ程の高さから落とす。


 結果。

 カランと透き通った音を立て、青い石は“あちら側”を向いた。


 ノエルはスッと立ち上がり、鉄格子に背を向ける。

 これ以上の審議は必要ない。


「――見張りが目覚める前に、『ポータブル世界扉』のエネルギーが溜まるかどうか。それはキミの運次第よ。これ以上、私はもう手出し出来ない」


「うん、十分だよ。ありがとう」


(……ありがとう、ね)


 その言葉が正しいのかどうか、彼女にはもうわからない。

 自分の行いが天国の秩序に反していることは、『全世界管理局』の思想に反していることは重々承知。

 それを疑われないギリギリの線引きで、小さな少年に望みを託してはみたものの、未来は誰にもわからない。


「もしかしたら、このままあの子が処刑されて、キミも改めて地獄で罰せられる未来が……それが一番良かったのかもしれない。万に一つの……いえ、億に一つの奇跡を拾って、それで何とか生き永らえた結果、今よりもっと辛い状況に追い込まれるかもしれない。今、このタイミングで死ねば良かったと、そう思う未来が来るかもしれないわ」


「来ないよ、そんな未来は絶対に。ここで何も出来ずにパルフェを見殺しにする、これ以上に最悪の未来は無いからね」


「………………」


 既に背を向けている為、彼の表情はわからない。

 それを見たくもあったけれど、情けない自分の顔を誰にも晒したくなくて、ノエルは何も言わずに牢屋を去った。



 ■



 ~ ドラノア視点:ノエルが去ってから数時間後 ~

 『秘密結社:あさぎり』の隠れ家(アジト)にて。


「ばっかモン!! 単騎で天国に乗り込む奴があるか!! 一歩間違えば死んでもおかしくない状況だったんじゃぞ!? ワシにもカバー出来る範囲とそうじゃない範囲があることくらいわかるじゃろ!?」


 ――『ポータブル世界扉』で天国から隠れ家(アジト)に帰って間もなく、おじいちゃんによる説教が始まった。

 それは機械技師:ゼノスに右肩の拘束具を外して貰う間も続き、かれこれ1時間以上は怒鳴られ続けているだろうか?


(はぁ~、このお説教はいつまで続くんだろう? ……お腹減ったなぁ)


 これが、今のボクの率直な気持ち。

 最初こそ無茶をしたことで感じていた「申し訳なさ」も、怒られ過ぎて一周回った結果、既に開き直りの境地に達している。

 むしろ一時間も怒鳴り散らす方が大変で、それ程までに怒り過ぎたせいか、おじいちゃんが鼻息荒く息を吐く。


「はぁ、はぁ……頭に血が上り過ぎて眩暈がしてきたわい。――水を飲んでくる。そこに正座して待っておれ」


 床を指し、ロビーからキッチンへと向かうおじいちゃん。

 その背中が見えなくなったところで、セクハラ医者のコノハが「だから言っただろ?」と呆れ顔を向けてくる。

 それは彼女の隣にいるゼノスも、今は大人姿のクオンも同じ。


 唯一違うのは、ボクの袖をクイッと引っ張る獣人族の少女だけ。

 瞳一杯の涙を浮かべ、真っ赤に目を腫らしたテテフだけか。


「パルねぇ、もう逢えないのか?」


 涙交じりのテテフの問い。

 これ以上無い程不安げな顔の彼女を前に、ボクは否定の言葉を持ち合わせていなかった。


「大丈夫、すぐに逢えるようになるよ。テテフだってまた逢いたいでしょ?」


「当たり前だ。今すぐ逢ってギュッとして欲しい」


 そう口にして、自分で自分の身体を抱きしめるテテフ。


 ――五日後に行われるパルフェの処刑。

 及び、ボク等を盾に彼女を脅した手紙の旨は、既に隠れ家(アジト)の皆に伝えてある。

 各々思うところはあっただろうけれど、やはり彼女を一番慕っていたテテフの動揺は激しかった。

 ボクにパルフェの代わりを務めることは出来ないけれど、少しでも安心させたくて彼女の頭を優しく撫でる。


「今すぐは無理だけど、何とかする為に頑張るよ。ボクだってパルフェに逢えなくなるのは嫌だし」


「でもお前、どうするんだ? 相手は天国だぞ?」


「う~ん、そこが問題だよね。問題が山積み過ぎて、何からどうするべきか……」


 クロに隠し持たせていた『ポータブル世界扉』で何とか帰っては来れたものの、その他のモノは没収されたままだ。

 半ばボクの身体の一部と化したナイフも、天国へ渡る為の渡航許可証も、パルフェから貰ったマフラーも無い。

 隠れ家(アジト)の扉は依然として使い方を教えて貰ってないし、ボクが独断で渡航することも出来ないだろう。


 まぁ渡航出来たところで、今のボクでは天国の警備を突破することも難しい。

 というか、現実を見て「不可能」と断言出来るレベルだし……と頭を悩ませていたところで、説教者がロビーに戻って来た。


「おじいちゃん、モタモタしちゃいられないよ。おじいちゃんの“魂乃炎アトリビュート”で時間を止めて、その隙にパルフェを助け出せないかな?」


「おいおい、ワシの説教中だということを忘れておらんか?」


「そんなことは後にしてよ。パルフェを助けた後でいくらでも怒られてあげるからさ」


「……お主も大概ふざけた性格をしておるのう」


 こめかみに血管を浮かべつつの、深いため息。

 それから周囲をジロリと見て、特に期待の眼差しを向けるテテフの視線から逃げるように、おじいちゃんは再びボクを見る。


「ここでハッキリ言うておくが、今のワシに“広範囲の時間停止を行う余裕は無い”」


「……え?」

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